学位論文要旨



No 115145
著者(漢字) ブンワォラセト,ウドムキャット
著者(英字)
著者(カナ) ブンワォラセト,ウドムキャット
標題(和) 連続メディア通信に適したTS構成の可変速度時分割交換方式
標題(洋)
報告番号 115145
報告番号 甲15145
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4640号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,忠夫
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨

 マルチメディア実現において,ディジタル動画像の伝送は欠かすことのできない重要な構成要素と考えられる。現在のインターネットを使用する動画像通信は、QoS保証が困難である。一方,B-ISDNにおけるATMネットワークを用いたMPEG動画像通信としての研究が進められているが,「ATMは基本的には音声トラヒックに対して最適化が行われているためデータや動画像通信に対しては必ずしも最適なネットワークではない」との認識が広まりつつある。

 回線交換方式の一つに時分割多重(TDM)交換方式がある。TDMネットワークは,一度コネクションセットアップが完了すると,その後はフロー,輻輳制御などの特別な制御を行わなくても,遅延保証,損失率保証を確実に行うことができる特徴がある。これは連続メディア通信において非常に有利な特徴であるが,TDMをそのまま動画像通信に用いるには可変速度トラヒックの取り扱いが困難という問題が生じる。

 本研究では、ディジタル動画像などの連続メディアの双方向通信に対するIPやATM以外のソリューション、動画像専用交換網として可変速度時分割多重(VTDM)交換方式と、そのスイッチとしてTS構成のものを提案する。VTDM交換方式は、TDM交換技術のシンプルなQoS保証方式を継承したまま、可変速度トラヒックも扱えるように拡張していくものである。

 各VTDMフレーム(図1)において、各コネクションのタイムスロット割り当て数は可変かつ、発生ビット量に合わせて時変である。従って、各タイムスロットの送信元・宛先・コネクション番号・優先度などを記したフレームヘッダを各フレームの先頭に付加している。フレームヘッダからストリーム情報をスイッチ(図1)に通知することで,スイッチがタイムスロット単位での制御を行う.また,フレームにまとめてヘッダを付加することでスイッチング(スケジューリング)時間を長くすることができる。VTDMフレームの長さ(3.3ms)は画像の2大フォーマットであるNTSCとPALのフレーム長の約数である

図1 VTDMフレーム構成及びスイッチアーキテクチャ

 このような特徴を持つVTDMで用いるべきスイッチに対する条件は,「VTDMフレームヘッダからストリーム情報を取得し,ストリームの性質に基づいたインテリジェントな制御をタイムスロットレベルで行うこと」である。VTDMネットワークでは,動画像通信において重要なQoS保証の一部をスイッチレベルで実装する(遅延やジッタの保証,綱の輻輳時の情報廃棄制御など)ことによって,上位レイヤでのQoS保証制御を大幅に簡略化することが可能になる。

 TS構成のVTDMスイッチは,時間スイッチ・空間スイッチ及びスケジューラから構成される。可変速度Tスイッチのバッファアーキテクチャは,既存TDMのダブルバッファ方式(シーケンシャル書込/ランダム続出)と同じ原理のものを採用し,フレーム周期内に転送できなかったタイムスロットは廃棄する。これによって、タイムスロットの最大遅延時間を保証することを可能にしている。

 スケジューラには以下の2つの機能がある。

 1 タイムスロット割当機能 Sスイッチがバッファレスであるために発生する内部ブロッキングを防ぐように,タイムスロットをTスイッチで時間的に入れ換え,それと連携してSスイッチのクロスポイントを制御する。

 2 優先制御機能 フレームヘッダから通知される情報を把握した上で,動画像ストリームの性質を利用することにより,優先制御を行う。

 ただし、上記の機能を実現しながら,処理を1VTDMフレーム時間(3.3ms)以内に終了させることが制約条件である。

 シミュレーションからトラヒックシェーピングの効果が高いこと、動画像通信に対して良好なタイムスロット損失率・遅延特性を持つことが確認された。さらに、同一交換容量を持つスイッチならば、できるだけ多重度が大きくポート数の少ないものを設計すべきであるという結果も得た。

 タイムスロット割り当てに決定的アルゴリズムによる探索手法を用いる場合、割り当てミスによるタイムスロット損失率を0にすることが可能であるが、計算時間の条件をクリアするのは不可能である。従って、割り当てミスの損失をバーストによる損失より低く押さえれば、スイッチ全体の損失に大きな影響は与えないという緩和条件を利用して3.3ms以内に終了するアルゴリズムを考察するほうが現実である。本論文は、タイムスロット割当機能の非決定的アルゴリズムとして,VCA及びVCA+を提案する。両者はトラヒック行列という概念を基に動作する。トラヒック行列は,Sスイッチの各クロスポイントの通過を希望するタイムスロット数を表現する正方行列である(図2)。

図2 トラヒック行列

 VCA方式はダミータイムスロットを挿入してトラヒック行列の各行・列の総和を揃える。このようなトラヒック行列のスケジューリング回数は、その総和数と等しいことが、SS-TDMAの研究で明らかになっているため、評価パラメータとして、トラヒック行列の各行・列の総和と非負要素数を用いて、なるべく0要素を選択しないようなアプローチを採用している。一方、VCA+方式の評価パラメータはVCAと同じであるが、総和最大のパス(行・列)の回数以内にスケジューリングを完了させるアルゴリズムが存在するという性質を利用して、最も総和の大きいパスに属する要素からスケジューリングする。シミュレーションの結果から,VCA/VCA+方式ともに,バースト性によって生じるタイムスロット損失よりも,はるかに小さなオーダでしかスケジューリングミスは生じないことがわかる。したがって提案アルゴリズムの精度は,目標性能を十分達成していると言える。VCA+方式の時間計算量オーダは,VCA方式と同様にO(hn2)であるが,「ダミータイムスロット挿入」の手間がないために,VCAよりも若干計算時間が短縮される。

 スケジューラに実装される優先制御機能は,2つの手法がある。優先制御レベル1は,優先制御モジュールと優先度順逆引きテーブル生成モジュールの2つで実現される。トラヒック行列生成の結果,明らかにタイムスロット損失が生じる場合は,優先度の低いタイムスロットをトラヒック行列から削除する。その後,スケジューリングの結果をTスイッチから読み出す際に,優先度順逆引きテーブルに従って読み出すことで,優先度の高いタイムスロットからスケジューリングしていく。優先制御レベル2も上記の2つのモジュールで実現される。タイムスロット割当の際,各優先度に応じたトラヒック行列を別個に用意しておき,高優先度レベルにあるトラヒック行列から順番にタイムスロット割当していく。ただし,高優先度レベルにあるトラヒック行列をスケジュールした結果,0要素が選択されたら,順次低優先度の行列要素を埋め込んでいく。

 VTDM上でのMPEGストリーム制御の結果から,VTDM上でタイムスロット損失が10-2程度発生しても,TV品質の双方向通信が可能であると結論されている。この結果をTS構成VTDMスイッチにおけるタイムスロット損失率に適用すると、優先制御レベル1&利用ユーザ率85%以下でTV品質、質優先制御レベル2&利用ユーザ率75%以下でTV品質を提供できると言える。また、Pピクチャが廃棄される可能性があるが、この廃棄が非常に低い割合でしか発生しない。このようにTS構成スイッチによるVTDMは,MPEG2ストリームに適当な制御を加えて伝送を行うと,非常にシンプルな実装で良好な性能を示すことが可能であると結論できる。

 機能的に完成したスケジューラの計算時間が,制約条件を満たすことができているかどうかを評価する。処理時間の目安を行うため、C言語で機能を記述し,Sun Enterprise Server 450上のgcc2.7.2.3を用いてコンパイルしたオブジェクトを利用し,最大実行時間を測定した.この結果から,VCA+方式によるタイムスロットスケジューリング時間は,128多重、8入出力ポート程度のスイッチ規模ならば,汎用プロセッサによるソフトウェア実装でも,VTDMフレーム時間3.3ms以内にスケジューリングは終了する。

 スケジューラの計算時間制約のスイッチ規模に対するスケーラビリティをさらに向上させるには、ハードウェア化が必要である。本研究では,最も重い処理であるタイムスロット割り当て機能VCA+のハードワェア化を試る。ハードワェア記述言語VHDLを用いて設計し、回路シミュレーションによる動作確認を行い、計算時間の短縮効果について検証する。設計したハードワェアの必要なゲート数は260,924であり、現在のLSI1チップに搭載可能ある。また計算時間は22,391クロック、100MHzを想定すると約224sである。これはソフトワェアで処理する際の2.857%で計算を終了させることが可能であることを意味する。ハードワェア化の結果、スケジューリングに必要なその他の計算やオーバーヘッドを含めて、16*16port,128channelのスケジューリングを636s(0.2VTDMフレーム時間)程度で終了させることが可能となった。

 また、VTDMスイッチの扱うトラヒックが基本的に動画像である。しかし、現実の動画像通信においては、マルチキャストを前提としたアプリケーションが非常に有用である。従って、本研究はVTDMスイッチにおけるマルチキャスト機能の実現についても行った。

 MPEG2動画像ストリームに代表される連続メディア通信を扱うべき通信方式として,TS構成スイッチによるVTDMを提案した。TS構成スイッチの最大の課題は,スイッチにおけるスケジューリング問題であるが,提案したVCA+タイムスロット割当機能と優先制御機能とを実装したスケジューラを用いると,CACなし,UPCはトラヒックシェーピングのみという単純化された上位レイヤの制御で,ユニキャスト及びマルチキャストの面で低損失率・最大遅延保証・タイムスロットレベルでの優先制御など,動画像通信に有利な様々な特性を導くことが可能である。また、スケジューラ計算時間制約条件はスケジューリング機能の一部であるVCA+アルゴリズムをASIC化することで充足可能であり,交換容量に対するスケジューラのスケーラビリティを上昇させることができる。

審査要旨

 本論文は「連続メディア通信に適したTS構成の可変速度時分割交換方式」と題し、高能率符号化されたビデオ信号に代表される連続メディア通信を能率良く扱うために、時分割交換の原理を拡張した方式である可変速度時分割交換方式について論じたものであって、8章よりなる。

 第1章は「序論」であって、次世代のディジタルネットワークにおいては、画像型のメディアが広く扱かわれ、その取扱いに適した交換方式が重要であることを述べ、本論文の構成を明らかにしている。

 第2章は「連続メディア通信に対する既存交換技術の問題点」と題し、MPEG2に代表される可変速度ビット流を扱う場合の、回線交換、パケット交換、ATM交換、時分割交換の各方式の問題点を明らかにし、これらに対してつぎはぎ的対処では限界があり、新たな方式が必要であることを述べている。

 第3章は「TS構成を用いた可変速度時分割スイッチの提案」と題し、可変速度情報を扱うための可変速度時分割多重(ATDM)交換の原理を述べ、TS構成のスイッチについて提案している。VTDM交換方式においては、例えば3.3msのフレームを128スロットに分けて、時分割交換を行なう。1スロットで16kビット程度の情報を扱い、コネクションに対して、フレームごとに可変数のスロットを割当てる。TS型のスイッチでは、このフレームを入側のTスイッチに一旦蓄積し、スケジューラはフレームごとに時分割フレーム内のスロット割当を再計算して、出力側のフレームを形成する。

 第4章は「スケジューラのタイムスロット割当機能」と題し、TS型可変速度時分割スイッチの性能に支配的影響を持つスケジューリング方式について述べている。複数の伝送媒体に対して適切にタイムスロットを割当てるスケジューリング方式は多様な分野で研究されており、そうした既知のスケジューリング方式を検討したあと、新たにVCA方式およびVCA+方式を創案し、これらをタイムスロット割当精度の点から比較評価し、この両方式は既知の方式に比べ、格段に精度が高く、VTDMスイッチの理想的な呼損率に比べ、1桁以上小さいタイムスロット損失率でタイムスロットスケジューリングが可能であることを示している。

 第5章は「スケジューラにおける優先制御機能」と題し、VCA+方式のアルゴリズムに加え、高能率符号化された画像情報の重要度に対応した優先制御を行なうことによって、一層通信品質を向上できることを示している。

 第6章は「スケジューラにおける計算時間制約の検討」と題し、VCA+アルゴリズムによるスケジューラの計算時間を高速化するための手法について論じている。連続したフレームにおいて、使用されるタイムスロットに相関があることを利用する方式等について検討したあと、VCA+アルゴリズムを実現するためのハードウェア設計を論理設計のレベルで行なっている。このハードウェアを使用すれば、128入力、128出力で128多重程度のスケジューラを100MHzのクロックで実現しても、システムの制約時間内にスケジューリングが完了できることを示している。

 第7章は「TS構成の可変速度時分割スイッチにおけるマルチキャスト機能の実現」と題し、スケジューリング方式を見直すことによるマルチキャストに対応可能なスイッチ構成について検討している。マルチキャストのためのファンアウト方式として時間、空間、時間空間の3方式を検討し、タイムスロット割当アルゴリズムを比較評価している。

 第8章は本論文の結論であり、全体を総括すると同時に今後の課題について述べている。

 以上本論文は可変速度時分割交換方式の内、簡易なハードウェアで実現できるTS型につき、その構成を明らかにすると共にスケジューリング方式をユニキャスト、マルチキャストの両方の場合について詳細に検討し、その実現性を明らかにしたものであって電子情報工学上貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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