近年、格子不整合を有する系の結晶成長モードを用いて、自己組織的に数十nm級の寸法を有する半導体量子ドット構造を比較的容易に形成することができるようになった。このような自己組織化量子ドットは、量子効果が顕著になる微細性、高密度性、低欠陥密度性を有しており、半導体レーザ、メモリーへの応用が活発に検討されている。また、最近、量子ドット中のサブバンド間遷移を用いて、中赤外光の検出を行おうという試みも検討され始めている。本論文は、"Intersubband Transition in Indium Arsenide Self-Assembled Quantum Dots and Its Application to Mid-Infrared Photodetectors"(「自己組織化InAs量子ドット中のサブバンド間遷移とそれを用いた高感度赤外光検出」)と題し、自己組織化InAs量子ドットを用いた新しい赤外光検出器構造を提案するとともに、それを試作・評価することにより、本素子の有望性を示すとともに、量子ドット中の電子状態を議論したもので、6章からなり、英文で記されている。 第1章は序論であり、本論文がその研究の対象としている中赤外光検出の重要性を述べるとともに、従来の赤外光検出素子の特性と利点・欠点について紹介した後、本研究の背景と目的を明らかにしている。 第2章では、量子ドットを変調ドーブ量子井戸構造に埋め込んだ赤外光検出器構造(横方向伝導型変調ドーブ量子ドット赤外光検出器と呼ぶ)を提案し、その作製および動作原理について述べている。まず、自己組織化InAs量子ドットの結晶成長について検討を行い、自己組織化量子ドットを光検出に用いるために必要なドットのサイズの制御が、成長温度の適当な設定により可能であることを原子間力顕微鏡やフォトルミネセンスによる評価を通して示している。横方向伝導型変調ドーブ量子ドット赤外光検出器においては、暗状態で量子ドット中に束縛された電子は、赤外光によりGaAs量子井戸の伝導帯中に励起され(bound-to-continuum遷移)、その後、高移動度ヘテロ界面に緩和し、光電流を生成する。提案した素子構造を用いることにより、光励起された電子の移動度および寿命が、従来の赤外光検出素子のそれらに比べて大きくすることができ、高い光検出感度が期待できることを説明している。また実際に素子構造を作製し、電気的・光学的評価を行うことにより、量子ドット中に束縛されている量子準位の数やエネルギー位置を明らかにしている。 第3章は、サブバンド間遷移による量子ドット赤外光検出構造の光電流スペクトルを測定した結果について述べたものである。得られた光電流から素子の感度を見積もったところ、従来の量子井戸赤外光検出器のそれの約10倍、また近年研究が進められてきた縦伝導型量子ドット赤外光検出器のそれの約1000倍という高い検出感度であり、本素子が高感度の赤外光検出器として有望であることを示している。また、光電流スペクトルの入射赤外光偏光依存性を測定することにより、作製された量子ドットが面内方向にはほぼ等方的であることを示している。さらに、ある光エネルギーに対してサブバンド間遷移確率が消失するというbound-to-continuum型サブバンド間遷移に特有な遷移スペクトルの特徴について議論しており、それが光遷移過程における量子干渉効果によるものであることを明らかにしている。 第4章は、量子ドット赤外光検出器の感度を支配する要因の一つである光励起電子の寿命について検討したものである。パルス炭酸ガスレーザーからの赤外光パルスを量子ドット赤外光検出器に照射し、光電流の時間波形より光励起電子の寿命を見積もったところ、おおよそ数sのオーダーという大きな値であった。このことより、本素子構造が長いキャリア寿命を実現するためにきわめて有効であることを結論している。また、光励起キャリア寿命の素子構造パラメータ依存性を明らかにすることにより、キャリア寿命と素子の感度を広い範囲で設計できることを示している。 第5章は、量子ドット赤外光検出器の感度、雑音、光伝導ゲイン、動作温度などの素子性能を評価することにより、従来の赤外光検出器との比較を行い、本素子の有効性を述べたものである。 第6章論であり、本研究で得られた主要な成果をまとめている。 以上のように本論文は、自己組織化InAs量子ドット中のサブバンド間遷移を用いた横方向伝導型赤外光検出器構造を提案・試作・評価することにより、本構造が赤外光検出器として優れた性能を有していることを示すとともに、サブバンド間遷移スペクトルや電気伝導特性より、自己組織化量子ドット中の電子状態を明らかにしたもので、電子工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |