学位論文要旨



No 115146
著者(漢字) 李,承雄
著者(英字)
著者(カナ) リ,スンウン
標題(和) 自己組織化InAs量子ドット中のサブバンド間遷移とそれを用いた高感度赤外光検出
標題(洋) Intersubband Transition in Indium Arsenide Self-Assembled Quantum Dots and Its Application to Mid-Infrared Photodetectors
報告番号 115146
報告番号 甲15146
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4641号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 高橋,琢二
内容要旨

 近年、分子線エピタキシー法などの結晶成長法を用いて数十nmの半導体量子ドット構造を比較的容易に形成することができるようになり、量子ドット構造の物性及びデバイス応用に関する研究が活発に行われるようになってきた。特に、基板と成長層の間の大きな格子不整合を積極的に利用して形成される自己組織化量子ドット構造は、その高いサイズ均一性、低結晶欠陥性、作製の容易性などにより、10nm級量子ドット構造を作製する手法として大いに注目を集めている。また最近、この自己組織化量子ドットを量子ドットレーザ、メモリー素子、赤外光検出器等に応用しようとする試みも活発に行われている。

 赤外光検出器に関しては、これまで、多重量子井戸中のサブバンド間遷移を用いた赤外光検出器(QWIP)が開発されているが、量子井戸中のサブバンド間遷移の選択則のため試料表面への垂直入射光に対して感度を持たないこと、散乱を介した暗電流が大きく高温動作が難しいことなどの欠点がある。そのため実用上重要な77Kでの動作が困難である。それに対して、量子ドット中のサブバンド間遷移を用いた赤外光検出器(QDIP)は,試料表面への垂直入射光に感度を持っていること、暗電流が比較的小さく高温での動作に適しているなどの点から、近年急速に注目されてきた。

 QDIPに関しては、多重量子ドット構造中の光励起電流を測定した報告があるが、そのほとんどが積層した量子ドットの垂直方向、すなわち、成長方向への伝導に関する報告である。多重量子ドットの垂直方向へのトンネリングによる伝導を用いる場合、自己組織化量子ドットのサイズおよび整列の不均一性による影響を避けられないため、高感度検出器の実現が難しい状況である。本研究では、高感度の赤外光検出器を実現するために以下のような構造を設計、試作した。1)低温成長により小さいドットを成長し、ドット内に束縛準位が一つだけになるようにした。2)光励起されたキャリアが高移動度の変調ドープAlGaAs/GaAs界面を伝導するようにした。3)キャリアの寿命を長くするために量子ドットとヘテロ界面との距離を比較的大きい値にした。これによって、ドット内の束縛準位からGaAs伝導帯の上の仮想準位へbound-to-continuumモードのサブバンド間光励起されたキャリアが、ヘテロ界面に緩和し、電界による横方向伝導により、光電流が生じるような構造である(図1)。

図1 自己組織化InAs量子ドットを用いた変調ドープ横方向伝導型赤外検出器の伝導帯のバンド構造。

 分子線エピタキシー法により(001)半絶縁GaAs基板に成長した試料をチャネル長20m、幅8mmのダイオード構造に加工した。ホール効果、フォトルミネセンスおよび暗電流の観測結果、量子ドット中には束縛準位が1つだけ形成されていること、および低温では試料が高抵抗なりほとんどの電子が量子ドットにトラップされていることを確認した。

 光励起電流特性を調べるために、赤外光を試料表面に垂直に入射させる配置で、フーリエ分光法による評価を行った。その結果、フォトンエネルギーが100-300meVの領域に感度をもつブロードな光電流スペクトルが得られた(図2)。この信号は量子ドット中の局在した束縛準位から量子井戸中の仮想準位へのbound-to-continuumモードによるサブバンド間遷移によるものである。特に、フォトンエネルギーが100-300meVの領域は、室温付近の黒体輻射の波長とも整合性がよく、暗視装置などへの応用に適しているとともに、種々の分光(CO2等のガスモニタリング)にも応用が考えられる。最大感度は印加電圧9V、測定温度10Kで約2.3A/Wであり、いままで報告された量子ドット赤外光検出器の感度の中では最高の値になっている。これは、主に光励起されたキャリアの高い移動度および長い寿命により実現されたものである。実際、電流雑音の測定を行い、ショット雑音の値から、試料の光伝導ゲインを求めた結果、約10,000という非常に高い値を得ることができた。さらにこの素子はglobarの光源に対しては190K、300Kの黒体輻射に対しては110Kの高温まで感度を示した。これはこの素子が77K程度の冷却で動作が可能であることを意味している。

図2 垂直入射配置でフーリエ分光法により測定した光励起電流スペクトラル。

 また、光励起電流スペクトラムでフォトンエネルギーが約300meV近傍で感度が消える奇妙な現象を始めて観測し、定量的な解析を行った。その結果、この現象は量子ドットの仮想束縛準位と量子井戸中の連続準位間の量子力学的結合によりサブバンド間遷移が強く変調される量子干渉効果(Fano共鳴)によるものであることを明らかにした。

審査要旨

 近年、格子不整合を有する系の結晶成長モードを用いて、自己組織的に数十nm級の寸法を有する半導体量子ドット構造を比較的容易に形成することができるようになった。このような自己組織化量子ドットは、量子効果が顕著になる微細性、高密度性、低欠陥密度性を有しており、半導体レーザ、メモリーへの応用が活発に検討されている。また、最近、量子ドット中のサブバンド間遷移を用いて、中赤外光の検出を行おうという試みも検討され始めている。本論文は、"Intersubband Transition in Indium Arsenide Self-Assembled Quantum Dots and Its Application to Mid-Infrared Photodetectors"(「自己組織化InAs量子ドット中のサブバンド間遷移とそれを用いた高感度赤外光検出」)と題し、自己組織化InAs量子ドットを用いた新しい赤外光検出器構造を提案するとともに、それを試作・評価することにより、本素子の有望性を示すとともに、量子ドット中の電子状態を議論したもので、6章からなり、英文で記されている。

 第1章は序論であり、本論文がその研究の対象としている中赤外光検出の重要性を述べるとともに、従来の赤外光検出素子の特性と利点・欠点について紹介した後、本研究の背景と目的を明らかにしている。

 第2章では、量子ドットを変調ドーブ量子井戸構造に埋め込んだ赤外光検出器構造(横方向伝導型変調ドーブ量子ドット赤外光検出器と呼ぶ)を提案し、その作製および動作原理について述べている。まず、自己組織化InAs量子ドットの結晶成長について検討を行い、自己組織化量子ドットを光検出に用いるために必要なドットのサイズの制御が、成長温度の適当な設定により可能であることを原子間力顕微鏡やフォトルミネセンスによる評価を通して示している。横方向伝導型変調ドーブ量子ドット赤外光検出器においては、暗状態で量子ドット中に束縛された電子は、赤外光によりGaAs量子井戸の伝導帯中に励起され(bound-to-continuum遷移)、その後、高移動度ヘテロ界面に緩和し、光電流を生成する。提案した素子構造を用いることにより、光励起された電子の移動度および寿命が、従来の赤外光検出素子のそれらに比べて大きくすることができ、高い光検出感度が期待できることを説明している。また実際に素子構造を作製し、電気的・光学的評価を行うことにより、量子ドット中に束縛されている量子準位の数やエネルギー位置を明らかにしている。

 第3章は、サブバンド間遷移による量子ドット赤外光検出構造の光電流スペクトルを測定した結果について述べたものである。得られた光電流から素子の感度を見積もったところ、従来の量子井戸赤外光検出器のそれの約10倍、また近年研究が進められてきた縦伝導型量子ドット赤外光検出器のそれの約1000倍という高い検出感度であり、本素子が高感度の赤外光検出器として有望であることを示している。また、光電流スペクトルの入射赤外光偏光依存性を測定することにより、作製された量子ドットが面内方向にはほぼ等方的であることを示している。さらに、ある光エネルギーに対してサブバンド間遷移確率が消失するというbound-to-continuum型サブバンド間遷移に特有な遷移スペクトルの特徴について議論しており、それが光遷移過程における量子干渉効果によるものであることを明らかにしている。

 第4章は、量子ドット赤外光検出器の感度を支配する要因の一つである光励起電子の寿命について検討したものである。パルス炭酸ガスレーザーからの赤外光パルスを量子ドット赤外光検出器に照射し、光電流の時間波形より光励起電子の寿命を見積もったところ、おおよそ数sのオーダーという大きな値であった。このことより、本素子構造が長いキャリア寿命を実現するためにきわめて有効であることを結論している。また、光励起キャリア寿命の素子構造パラメータ依存性を明らかにすることにより、キャリア寿命と素子の感度を広い範囲で設計できることを示している。

 第5章は、量子ドット赤外光検出器の感度、雑音、光伝導ゲイン、動作温度などの素子性能を評価することにより、従来の赤外光検出器との比較を行い、本素子の有効性を述べたものである。

 第6章論であり、本研究で得られた主要な成果をまとめている。

 以上のように本論文は、自己組織化InAs量子ドット中のサブバンド間遷移を用いた横方向伝導型赤外光検出器構造を提案・試作・評価することにより、本構造が赤外光検出器として優れた性能を有していることを示すとともに、サブバンド間遷移スペクトルや電気伝導特性より、自己組織化量子ドット中の電子状態を明らかにしたもので、電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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