学位論文要旨



No 115147
著者(漢字) 岸本,大輔
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,ダイスケ
標題(和) GaAs分子線エピタキシーにおける表面拡散および核形成の制御と選択成長への応用
標題(洋)
報告番号 115147
報告番号 甲15147
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4642号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 近年、分子線エピタキシー法(MBE;Molecular Beam Epitaxy)や有機金属気相成長法(MOCVD;Metalorganic Chemical Vapor Deposition)に代表される結晶成長技術が発展し、1原子層レベルで厚さの制御された積層薄膜を形成することが可能になった。一方、量子細線や量子箱といった微細構造を用い、これまでのデバイスにはない優れた電気・光学特性を持つ低次元量子効果デバイスが提案されている。これらのデバイスは、量子力学的な効果をより積極的に利用し、従来のデバイスにはない新しい特性の実現を狙ったものである。その代表的なものとして、量子細線・量子箱レーザー、光干渉デバイス、量子細線トランジスタ、電子波干渉デバイス、表面超格子デバイスなどが挙げられる。しかし、積層構造とは違って、面内方向の構造制御を行なう技術はまだ確立されていないため、これまでに試作された量子細線構造、量子箱構造や表面超格子構造といったものは、十分な精度を持っておらず、期待された特性を発揮できていないのが現状である。これらの構造を実現するためには、成長素過程を解明し理解を深めつつ、そこで得られた知見を量子微細構造の形成に応用していくアプローチが欠かせない。本研究では、パターン基板上へのMBE成長素過程を解明し、高品質の量子微細構造を大量に形成する技術の確立をめざした。

 パターン基板上のMBE成長において、とりわけ重要になる素過程は、吸着原子の表面拡散過程と2次元核形成による結晶への取り込み過程である。一般にパターン基板上でのMBE成長では、隣り合う面と面との間に吸着原子(または分子、以下では原子とのみ記す)の表面濃度差に起因する面間拡散が見られる。表面濃度は成長原子が結晶に取り込まれるまでの寿命、入射フラックス量、拡散定数などに依存して決まる。

 図1に示すように、一般に[110]方向のストライプパターンを持つGaAs(001)基板にMBE成長を行うと、ストライプの両サイドに平坦な(111)Bファセットの斜面が現れる。本研究ではまず、このような段差基板上のMBE成長において入射分子線強度に時間変調をかけると成長形態に劇的な変化が生じ、(111)B面の成長を止めたまま(001)面を選択的に成長できる条件が存在することを見出した。このことは、(111)B面上にGa表面原子が堆積して2次元核形成を起こすために必要な時定数が存在することを示している。そして、変調周期がこの時定数より短いときには(111)B面上で核形成が起こらないため成長せず、(001)面だけ選択的に成長すると考えられる。また、この結果から入射分子線に変調を加えない場合でも、Ga分子線の入射量を極端に減らし、(111)B面上にGa原子が堆積しない条件を選べば、(001)面だけを選択的に成長できることが予測され、実験的に確かめられた。また、1次元の拡散方程式を使った解析により、上記の時定数を決める要因はGa表面原子が表面拡散によって(111)B面から(001)面に流出する過程の律速段階であることが明らかになった。その結果、従来は明らかにされていなかったGa原子の拡散定数を評価することが可能となった。

図1.本研究で用いたGaAsパターン基板と、成長層の形状。

 次に、Ga分子線の入射量によって(111)B面上での2次元核形成が起こる条件と起こらない条件があることを確かめるため、microprobe-RHEED(Reflection High Energy Electron Diffraction)を用いて、幅わずか500nmの(111)Bファセットの局所的な回折強度を測定した。その結果、Ga入射フラックスが多いときには(111)B面でRHEED振動が見られるのに対し、Gaフラックスが少ないときにはRHEED振動が見られなかった。従って、成長条件によって(111)B面で2次元核形成が起こり成長する場合と、核形成が起こらず成長しない場合があることが確認された。

 最後に、MBE成長素過程に関して得られた知見を生かし、パターン基板上の選択成長によってある種の量子微細構造の形成が可能であることを示した。本研究で試作した構造の概念図を図2に、サンプルの断面SEM写真を図3に示す。この構造は、共鳴トンネルダイオードの一方の電極を2次元的に絞り込み、量子化した形になっている。共鳴トンネルを起こす2重障壁構造は2次元電極のエッジの部分にあり、伝導電子は2次元-1次元-3次元の空間を移動することになる。4.2KにおけるこのデバイスのI-V特性を図4に示す。順バイアスで2つ、逆バイアスで1つの共鳴ピークが見られるが、磁場をかけた際のI-V特性の変化は通常の3次元-2次元-3次元の共鳴トンネルダイオードとは異なる振る舞いを見せた。

図2.(a)2次元-1次元-3次元共鳴トンネル構造の概念図。 (b)選択成長で形成したサンプルの断面図。 (c)成長後のプロセスと電極の取り方。図表図3.サンプルの断面SEM写真。 / 図3.4.2KでのI-V特性。
審査要旨

 量子井戸レーザや高電子移動度トランジスタなど高性能デバイスの形成手段として有力な分子線エピタキシーは、原子スケールで厚さの制御された超薄膜のみならず、量子細線や量子箱など面内で組成制御された各種のナノ構造の成長にも活用可能な重要な結晶成長法である。本論文は、「GaAs分子線エピタキシーにおける表面拡散および核形成の制御と選択成長への応用」と題し、パターンを刻み込んだ基板上でGaAsのファセット構造が選択的に成長する過程に注目し、堆積物質の面内での核形成や面間での拡散過程につて調べるとともに、これを活用して形成した微細共鳴トンネルダイオードの特性を明らかにした研究を記したものであり、全6章より成る。

 第1章は序論であり、本論文の目的と背景について述べている。

 第2章は、「分子線強度が時間変化する条件下でのGaAs成長過程」に関する研究を記している。特に、結晶基板を回転させながら、(111)B面と(100)面からなる台形ファセット構造をメサストライプ上に成長させ、各面に入射するGaやAs分子線の強度を周期的に変動させ、これが各面の成長速度に及ぼす効果について調べている.例えば、ある条件下では、(111)B面上に入射したGa原子のほとんど全てが(100)面へ拡散流出するが、この現象は(111)B面での表面原子密度が核形成に要する臨界値に到達していない状況下で生じることを指摘した。続いてこのモデルを裏付けるために、分子線強度をシャッターで変調した成長実験とその解釈を試み、モデルの妥当性とその適用限界を示している。

 第3章は、「拡散方程式による成長過程の解析」に関する研究が記されており、(111)B面から(100)面へのGa原子の拡散流と各面における成長速度の違いを定量的に解析するモデルを詳述している。殊に、見通しのよい近似解析により、現象の本質を把握した後に、数値解析も行い、実験との対比から、拡散長を決定するのみならず、拡散定数D、結晶への取込み時間、表面原子密度の推定を行い、その妥当性を吟味している。なお、(111)B面と(100)面との境界での原子流の反射現象など、モデルの精度を上げるために検討すべき事項についても記している。

 第4章では「時間変調を加えない静的な成長条件下での成長の制御」の研究について記している。特に、入射分子線強度を十分に下げると、表面原子密度は核形成のための臨界値以下に保たれて、成長が抑制されることを示している。なお、拡散定数や結晶取込み時間は、面方位のみならず、As圧にも依存するため、面間の物質の移送過程は、これらの条件にも依存することを指摘している。

 第5章は、「マイクロプローブ電子線回折を利用した(111)Bマイクロファセット上の成長過程の観察」に関する研究について述べている。特に、ファセット構造が成長する際に、(111)B面上に細い電子ビームを照射し、その反射強度が振動的な変化する状況を観測し、(111)B面上の局所的な核形成が周期的な変化を示すことを直接見出した。その結果、分子線の強度を下げると反射電子線強度の振動が消滅し、核形成の抑制されることを示している。

 第6章は、上記の選択ファセット成長法を用いて厚さが20nm程の超薄膜の端面を一方の電極とする共鳴トンネルダイオートを試作し、その伝導特性について述べている。特に、負性抵抗特性の磁界依存性を測定して特異な振舞を見い出し、これが共鳴トンネル過程において、準1次元電子状態が関与することに因ることを指摘している。

 第7章では、本論文で得られた主要な知見をまとめ、結論を述べている。

 以上のように、本論文は複数のファセット面の関与する選択的な分子線エピタキシーにおいて、面内での核形成と面間での拡散過程に関する新知見を得るとともに、この成長法を駆使して形成した新構造共鳴トンネル素子について、その伝導特性を明らかにしたもので、電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク