量子井戸レーザや高電子移動度トランジスタなど高性能デバイスの形成手段として有力な分子線エピタキシーは、原子スケールで厚さの制御された超薄膜のみならず、量子細線や量子箱など面内で組成制御された各種のナノ構造の成長にも活用可能な重要な結晶成長法である。本論文は、「GaAs分子線エピタキシーにおける表面拡散および核形成の制御と選択成長への応用」と題し、パターンを刻み込んだ基板上でGaAsのファセット構造が選択的に成長する過程に注目し、堆積物質の面内での核形成や面間での拡散過程につて調べるとともに、これを活用して形成した微細共鳴トンネルダイオードの特性を明らかにした研究を記したものであり、全6章より成る。 第1章は序論であり、本論文の目的と背景について述べている。 第2章は、「分子線強度が時間変化する条件下でのGaAs成長過程」に関する研究を記している。特に、結晶基板を回転させながら、(111)B面と(100)面からなる台形ファセット構造をメサストライプ上に成長させ、各面に入射するGaやAs分子線の強度を周期的に変動させ、これが各面の成長速度に及ぼす効果について調べている.例えば、ある条件下では、(111)B面上に入射したGa原子のほとんど全てが(100)面へ拡散流出するが、この現象は(111)B面での表面原子密度が核形成に要する臨界値に到達していない状況下で生じることを指摘した。続いてこのモデルを裏付けるために、分子線強度をシャッターで変調した成長実験とその解釈を試み、モデルの妥当性とその適用限界を示している。 第3章は、「拡散方程式による成長過程の解析」に関する研究が記されており、(111)B面から(100)面へのGa原子の拡散流と各面における成長速度の違いを定量的に解析するモデルを詳述している。殊に、見通しのよい近似解析により、現象の本質を把握した後に、数値解析も行い、実験との対比から、拡散長を決定するのみならず、拡散定数D、結晶への取込み時間、表面原子密度の推定を行い、その妥当性を吟味している。なお、(111)B面と(100)面との境界での原子流の反射現象など、モデルの精度を上げるために検討すべき事項についても記している。 第4章では「時間変調を加えない静的な成長条件下での成長の制御」の研究について記している。特に、入射分子線強度を十分に下げると、表面原子密度は核形成のための臨界値以下に保たれて、成長が抑制されることを示している。なお、拡散定数や結晶取込み時間は、面方位のみならず、As圧にも依存するため、面間の物質の移送過程は、これらの条件にも依存することを指摘している。 第5章は、「マイクロプローブ電子線回折を利用した(111)Bマイクロファセット上の成長過程の観察」に関する研究について述べている。特に、ファセット構造が成長する際に、(111)B面上に細い電子ビームを照射し、その反射強度が振動的な変化する状況を観測し、(111)B面上の局所的な核形成が周期的な変化を示すことを直接見出した。その結果、分子線の強度を下げると反射電子線強度の振動が消滅し、核形成の抑制されることを示している。 第6章は、上記の選択ファセット成長法を用いて厚さが20nm程の超薄膜の端面を一方の電極とする共鳴トンネルダイオートを試作し、その伝導特性について述べている。特に、負性抵抗特性の磁界依存性を測定して特異な振舞を見い出し、これが共鳴トンネル過程において、準1次元電子状態が関与することに因ることを指摘している。 第7章では、本論文で得られた主要な知見をまとめ、結論を述べている。 以上のように、本論文は複数のファセット面の関与する選択的な分子線エピタキシーにおいて、面内での核形成と面間での拡散過程に関する新知見を得るとともに、この成長法を駆使して形成した新構造共鳴トンネル素子について、その伝導特性を明らかにしたもので、電子工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |