学位論文要旨



No 115149
著者(漢字) 鈴木,賢哉
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンヤ
標題(和) 石英系平面光波回路を用いた導波路型共振方式光ジャイロに関する研究
標題(洋)
報告番号 115149
報告番号 甲15149
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4644号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨

 近年の自動化技術の発達に伴い航空機や船舶のみならず、自動車、ロボットなどの民生用機器においても自律航法の実現が期待されている。自律航法に必要な技術要素として移動体の方位を測定する慣性センサすなわちジャイロが挙げられるが、これまでに実用化されているジャイロはコマ式ジャイロ、リングレーザジャイロ、光ファイバジャイロ、圧電振動ジャイロなどであり民生用に適したグレードのジャイロが実現されていなかった。これらの構成のジャイロの中でもSagnac効果を用いる光ファイバジャイロは、近年実用化が進みカメラスタビライザや自動芝刈り機、カーナビゲーション等に応用されているものの、これらの用途にはオーバスペックであり、その作製工程の煩雑さから高価なものにならざるを得なかった。この問題を解決するために、石英系光導波路基板(PLC:Planar Lightwave Circuit)上に全ての光エレメントを集積することで光ファイバジャイロよりは性能的には劣るが、非常に作製工程が簡素化された光ジャイロが実現される。このような集積型光ジャイロを一般にマイクロオプティクスジャイロ(MOG)と呼び原理提案は1980年代初頭になされているが、雑音対策の困難さから未だ実現されていない。本研究では、MOGの雑音要因を明らかにし、対策を講じることでMOGの実現に向けた基礎研究を行う。

 MOGの構成としてはセンシングループの短尺化が可能である点からリング共振方式の構成が適当である。リング共振方式の構成では干渉方式の構成に比べ、共振器のフィネス倍感度が向上されるという利点を持ち、狭線幅の半導体レーザを入手性良く利用できる。しかしながら、受動型共振方式光ジャイロにおいては偏波変動誘起雑音、後方散乱誘起雑音、光カー効果によるドリフト、Faraday効果によるドリフト、共振器の長手方向の温度分布の時間的変化が及ぼす雑音が問題となり、その対策はこれまで困難を極めてきた。ところが、民生応用を考える限り非常に高性能のジャイロは必要なく、0.1°/sの回転検出分解能を持つものジャイロを考える場合、上記の中では偏波変動誘起雑音および後方散乱誘起雑音がのみが問題となる。本論分ではこの2つの雑音についてMOGに適した対策を示し、その効果を実験的に確認する。

 偏波変動誘起雑音は、リング共振器の複屈折が温度変動や機械的摂動により変化することにより共振条件が変化するために生じる雑音である。すなわち、リング共振器の共振を共振する偏波状態は固有偏波状態(ESOP:Eigen State of Polarization)と呼ばれ一般に2つ存在し、おのおのに対応した共振周波数が存在する。ここで、共振器を構成する導波路の複屈折が環境温度により変化すると、共振器中を伝搬する光の偏波状態が変化する。このため、それぞれに対応した共振周波数も変化し、それらは独立に動く。このとき、導波路に入射する光波が左右両周りで異なる偏波で入射する、もしくは導波路の偏波軸にわずかでもカップリングがあると両方のESOPが励振されるため、回転検出に不必要なESOPと対応した共振特性が回転検出を行うべき共振特性の形を変形・劣化させる。これが、偏波変動誘起雑音の簡単な説明である。この対策として、R-FOGではリング共振器の一点で共振器を90°捻ることにより2つのESOPに対応した共振ピークをちょうどだけ離した位置に固定することで共振特性の変形を最小限に抑えている。しかしながら、共振器中に偏波依存性の損失を引き起こす要素がある(これは主に共振器を構成するカプラ部で存在する)と90°捻った場合の雑音は非常に大きくなる。また、MOGにおいては、その作製工程上共振器中で導波路偏波軸を90°回転させることは現実的ではない。ここでは、導波路基板上にアモルファスシリコンによる応力付与膜を貼り付けることで導波路複屈折を調節し、2つのESOPに対応した共振ピークをちょうどだけ離れた位置に固定する方法を採用する。この場合、基板温度が変化すると導波路複屈折も変化し雑音抑圧特性を劣化させる。しかしながら、実験により測定した導波路複屈折の温度依存性は10-8/℃程度であり、この場合本実験における長さ15cmのリング共振器では約50℃の範囲内にわたって雑音は0.1°/s以下に抑えられることがわかった。すなわち、MOGにおいては提案手法が十分効果的であると言える。

 もうひとつの雑音要因である後方散乱誘起雑音は共振器中もしくは導波路端面で生じる後方レーり散乱光やフレネル反射が共振器を反対回りに伝搬し、本来観測されるべき信号光と干渉することで引き起こす雑音である。リング共振方式光ジャイロにおいては温度変動等による共振周波数のずれを補正するなめに、左右両回りに伝搬させた光から共振周波数変化を読み出しその差分をとることで系の回転による共振周波数変化のみを抽出している。しかしながら、左右両回り光が同時に存在するため共振器中で生じる後方散乱光が反対回り光と同じ方向に伝搬し、本来反対回り光のみを検出すべき受光器に混入するため雑音を生じる。後方散乱の影響は散乱光自身の強度の影響と散乱光と信号光が干渉することにより引き起こされる影響の2つに分けられる。前者は共振特性に双峰性を示し、スケールファクタに非線形性を与える。また、後者は後方散乱光の位相変化により干渉光強度が変化するため、信号光に対する共振特性を変形することにより雑音となる。前者の対策には共振器に入射する前に光波を2分する位置に光スイッチを配置し、時分割して左右両回り光を伝搬させることで、同時には両回り光が存在しないようにすることで対策を施す。一般に、機械式のもの以外は消光比の高い光スイッチは実現されていないが、散乱光強度はその電界の2乗で効くためにそもそもの大きさが小さい。干渉成分の影響に対しては光波を2分した後、片回り光に光波の位相を0,,0,,...と位相変調する2値位相変調(BPSK)を適用する。BPSKはR-FOGにおいて過去に提案された方法であり、干渉成分の位相を0相と相で同じ絶対値で異なる符合に変調する。R-FOGにおいては片回り光の搬送波のキャリア成分を抑圧し、干渉光を帯域の外へ追い出す手法として用いられてきた。MOGにおいてはその基板となるPLCにおいて唯一利用可能な位相変調器は熱光学(TO:thermo-optic)効果によるものであり、その帯域は高々1kHzと極端に制限されている。したがって、ジャイロ帯域が極端に狭くなるため、R-FOGでなされてきた対策をそのままMOGに用いることは困難である。ここでは、0相と,相をシグナルプロセッサによりサンプリングしてディジタル的に信号処理を施すことにより急峻なカットオフ特性をもつフィルタを実現し、ジャイロ帯域を狭めることなくBPSKを利用する方法を提案した。また、矩形の変調を必要とするBPSKをTO変調器で施す場合、その前縁部に鈍りを生じる。この鈍りはBPSKの効果を制限するので受光器出力をサンプリングする時点で電気的にゲートをかけて処理することで、対策を施す。また、変調信号にオーバシュートにより変調器をオーバドライブすることでTO変調器の帯域を広げる方策も施した。これらの対策により約8dB程度雑音抑圧を図ることができた。さらに、BPSKと電気的ゲートを用いた方法を改良して、光波の位相を0,,2,,0,...と変調する3値位相変調(TPSK:ternary phase shift keying)を提案し、その効果を実験的に確認した。BPSKによる方法では電気的ゲートを必要とするため、受光器出力に含まれるその他の雑音の影響を強めてしまう。TPSKは0→,→2(等価的に0相),で変調器の過渡応答の重み付けを等しくし、過渡応答の影響を除去する手法である。この対策によりBPSKと同様の抑圧度を得た。また、ジャイロ系を作製し回転検出を行った結果、積分時間0.5sで40°/sの分解能を得た。

 半導体レーザを光源として使うMOGにおいてはそのFM雑音も影響を及ぼす。すなわち、光源のFM雑音スペクトルの、共振点検出のための同期検波周波数における成分がジャイロ性能に大きく影響を及ぼす。同期検波周波数を数100Hz、ジャイロ帯域を1Hzとしたとき、一般的に使用される多電極DFBレーザではこの値は数10°/sの雑音に相当する。したがって、光源のFM雑音を低減するため外部共振器付半導体レーザ(ECLD:external cavity laser diode)の適用を検討した。ECLDではFM雑音は数°/s程度の雑音に相当するため、約十倍のジャイロ感度向上が図れる。また、半導体レーザのFM雑音スペクトルは1/f特性をもつため、同期検波周波数を上げることによっても感度改善が図れる。すなわち、適当な同期検波周波数で、適切に設計したECLDを用いることによって所望の性能を得ることができる。ECLDはPLC基板上にブラッググレーティングを作製することで容易に実現可能であり、MOGに適した光源であるといえる。

 本論分では、MOGにおける雑音要因である偏波変動誘起雑音、後方散乱誘起雑音に対して、MOGに適した雑音対策を提案しその可能性を示した。また、光源のFM雑音対策として外部共振器付半導体レーザの利用を提案し、その性能向上特性を示した。

審査要旨

 本論文は「石英系平面光波回路を用いた導波路型共振方式光ジャイロに関する研究」と題し、全6章からなる。

 第1章は「序論」であり、本論文の背景と目的が書かれている。近年の自動化技術の発達に伴い、航空機や船舶のみならず、自動車、ロボットなどの民生用機器においても自律航法の実現が期待されている。その要素デバイスとして慣性角速度センサ、すなわちジャイロが必要となる。これまでに、機械式、光学式、圧電振動式などが開発されているが、価格・性能の両面で民生用に正に適合するものの開発は不充分であった。本研究ではこの点に鑑み、光集積回路上に光エレメントを集積した集積型光ジャイロの研究に着手した。作製工程が簡素化されることになり、将来の画格低減に期待が持てる構成である。このような集積型光ジャイロは一般にマイクロオプティクスジャイロ(MOG)と呼ばれ、原理提案は1980年代初頭になされている。しかし、現実的な雑音対策の研究は殆どなく、高い性能は実現されていない。本研究では、MOGの雑音要因を理論的・体系的に探求し、これらへの対策を提案・実証することを目的としている。ジャイロの高性能化にとって低損失光導波路の利用が不可欠であり、本研究ではこの要求を満たし得る光導波路として石英系光導波路(PLC:Planar Lightwave Circuit)を採用している。

 第2章は「光ジャイロの原理と導波路型共振方式光ジャイロ」と題している。まず、MOGの構成としては、センシングループの短尺化が可能である点から、干渉方式よりも共振方式の方が優れていることが述べられている。つづいて、受動型共振方式光ジャイロの雑音として、偏波変動誘起雑音、後方散乱誘起雑音、光カー効果誘起ドリフト、Faraday効果誘起ドリフト、共振器の長手方向温度分布の時間的変化によるドリフトが詳細に検討されている。その結果、本論文での検討対象である民生用光ジャイロにおいては、偏波変動誘起雑音および後方散乱誘起雑音のみが問題となることを明かにしている。

 第3章では「導波路型共振方式光ジャイロにおける偏波変動誘起雑音」と題し、本雑音の理論的挙動把握と、それに基づく対策の提案、さらにはその実証について述べられている。光リング共振器中では2つの固有偏波状態(ESOP:Eigen State of Polarization)が共振する。ここで、導波路の複屈折が環境温度により変化すると、両ESOPの共振器ピーク間隔が変動し、ジャイロドリフトとなる。本論文では、共振方式光ファイバジャイロで採用されてきた手法、すなわちリング共振器内の一点で複屈折軸を90°捻る方法はPLCでは実現性に問題があるばかりでなく、雑音低減効果も低いことを理論的に明らかにした。そして、PLC上のMOGにおいては、導波路基板上にアモルファスシリコンによる応力付与膜を貼り付けて導波路複屈折を調節することにより、2つのESOPに対応した共振ピークを互いに共振周期の半分だけ離す方法が有効であることを提案している。この場合に導波路温度が50℃にわたって変化しても、雑音は目的性能である0.1°/s以下に抑えられることを示している。

 第4章は「導波路型共振方式光ジャイロにおける後方散乱誘起雑音とその除去手法」と題している。共振方式光ジャイロにおいては、左右両回りに伝搬させた光の共振周波数変化の差分がジャイロ出力となる。後方散乱光誘起雑音は、共振器中もしくは導波路端面で生じる後方レーリ散乱やフレネル反躬が共振器を反対回りに伝搬し、本来観測されるべき信号光を乱すために生じる。これには、散乱光自身の強度の影響と、散乱光と信号光が干渉することにより引き起こされる影響の2つがある。本論文では、前者に対しては共振器に入射する前に光波を2分する素子に光スイッチを用い、左右両回り光を時分割して伝搬させる方法を提案している。また後者に対しては、片回り光に0,,0,,...と2値位相変調(BPSK)を施す方法を具体的に提案した。BPSKは光ファイバジャイロにおいて提案されているが、MOGではその基板となるPLCにおいて唯一利用可能な位相変調器は熱光学効果(TO)変調器に限られ、帯域は高々1kHzと極端に制限される。そこで本論文では、0相と相でのデータをサンプリングしてディジタル的に信号処理することにより、ジャイロ帯域を狭めることなくBPSKを実現する方法を提案した。また、矩形変調を必要とするBPSKをTO変調器で施す場合、その前縁部に鈍りを生じる。これへの対策として、変調信号にオーバシュートを施す方法、および位相を0,,2,,0,...と変調する3値位相変調(TPSK:ternary phase shift keying)を提案・検討し、実験系を構成してその効果を確認している。

 第5章は「光源の周波数雑音および直接周波数変調特性の非平坦性によるジャイロ性能の劣化とその対策手法」である。半導体レーザを光源として使うMOGにおいてはそのFM雑音が性能を制限することを具体的に示している。すなわち、光源のFM雑音スペクトルのうち、共振点検出のための同期検波周波数における成分がジャイロ性能を劣化させる。同期検波周波数を数100Hz、ジャイロ帯域を1Hzとしたとき、一般的に使用される多電極DFBレーザではこの値は数10°/sの雑音に相当する。そこで、このFM雑音低減のために外部共振器付半導体レーザ(ECLD:external cavity laser diode)の適用を検討した。ECLDではFM雑音は一桁以上低減できる。さらに、半導体レーザのFM雑音スペクトルが1/f雑音性を示すことを利用し、同期検波周波数を高めた信号処理方法をも考案した。そして、この処理系をデジタルシグナルプロセッサで実現して、その動作を確認することにも成功している。ECLDはPLC基板上にブラッググレーティングを作製することにより容易に実現可能であり、MOGに適した光源であると提言している。

 第6章は「結論」であり、得られた成果をまとめている。

 以上のように本論文は、民生用光ジャイロとしての石英系平面光波回路を用いた導波路型共振方式光ジャイロの雑音要因を体系的に検討し、主たる雑音である偏波変動誘起雑音および後方散乱誘起雑音の挙動把握を深めて、これに基づいた対策を提案・実証し、また光源に起因する雑音も評価してその低減法を提案するとともに、これら対策を施した実験系を動作させ、本方式光ジャイロの性能向上指針を明かにしたものであって、電子工学、特にフォトニクス応用センシングに貢献するところが多大である。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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