本論文は「石英系平面光波回路を用いた導波路型共振方式光ジャイロに関する研究」と題し、全6章からなる。 第1章は「序論」であり、本論文の背景と目的が書かれている。近年の自動化技術の発達に伴い、航空機や船舶のみならず、自動車、ロボットなどの民生用機器においても自律航法の実現が期待されている。その要素デバイスとして慣性角速度センサ、すなわちジャイロが必要となる。これまでに、機械式、光学式、圧電振動式などが開発されているが、価格・性能の両面で民生用に正に適合するものの開発は不充分であった。本研究ではこの点に鑑み、光集積回路上に光エレメントを集積した集積型光ジャイロの研究に着手した。作製工程が簡素化されることになり、将来の画格低減に期待が持てる構成である。このような集積型光ジャイロは一般にマイクロオプティクスジャイロ(MOG)と呼ばれ、原理提案は1980年代初頭になされている。しかし、現実的な雑音対策の研究は殆どなく、高い性能は実現されていない。本研究では、MOGの雑音要因を理論的・体系的に探求し、これらへの対策を提案・実証することを目的としている。ジャイロの高性能化にとって低損失光導波路の利用が不可欠であり、本研究ではこの要求を満たし得る光導波路として石英系光導波路(PLC:Planar Lightwave Circuit)を採用している。 第2章は「光ジャイロの原理と導波路型共振方式光ジャイロ」と題している。まず、MOGの構成としては、センシングループの短尺化が可能である点から、干渉方式よりも共振方式の方が優れていることが述べられている。つづいて、受動型共振方式光ジャイロの雑音として、偏波変動誘起雑音、後方散乱誘起雑音、光カー効果誘起ドリフト、Faraday効果誘起ドリフト、共振器の長手方向温度分布の時間的変化によるドリフトが詳細に検討されている。その結果、本論文での検討対象である民生用光ジャイロにおいては、偏波変動誘起雑音および後方散乱誘起雑音のみが問題となることを明かにしている。 第3章では「導波路型共振方式光ジャイロにおける偏波変動誘起雑音」と題し、本雑音の理論的挙動把握と、それに基づく対策の提案、さらにはその実証について述べられている。光リング共振器中では2つの固有偏波状態(ESOP:Eigen State of Polarization)が共振する。ここで、導波路の複屈折が環境温度により変化すると、両ESOPの共振器ピーク間隔が変動し、ジャイロドリフトとなる。本論文では、共振方式光ファイバジャイロで採用されてきた手法、すなわちリング共振器内の一点で複屈折軸を90°捻る方法はPLCでは実現性に問題があるばかりでなく、雑音低減効果も低いことを理論的に明らかにした。そして、PLC上のMOGにおいては、導波路基板上にアモルファスシリコンによる応力付与膜を貼り付けて導波路複屈折を調節することにより、2つのESOPに対応した共振ピークを互いに共振周期の半分だけ離す方法が有効であることを提案している。この場合に導波路温度が50℃にわたって変化しても、雑音は目的性能である0.1°/s以下に抑えられることを示している。 第4章は「導波路型共振方式光ジャイロにおける後方散乱誘起雑音とその除去手法」と題している。共振方式光ジャイロにおいては、左右両回りに伝搬させた光の共振周波数変化の差分がジャイロ出力となる。後方散乱光誘起雑音は、共振器中もしくは導波路端面で生じる後方レーリ散乱やフレネル反躬が共振器を反対回りに伝搬し、本来観測されるべき信号光を乱すために生じる。これには、散乱光自身の強度の影響と、散乱光と信号光が干渉することにより引き起こされる影響の2つがある。本論文では、前者に対しては共振器に入射する前に光波を2分する素子に光スイッチを用い、左右両回り光を時分割して伝搬させる方法を提案している。また後者に対しては、片回り光に0,,0,,...と2値位相変調(BPSK)を施す方法を具体的に提案した。BPSKは光ファイバジャイロにおいて提案されているが、MOGではその基板となるPLCにおいて唯一利用可能な位相変調器は熱光学効果(TO)変調器に限られ、帯域は高々1kHzと極端に制限される。そこで本論文では、0相と相でのデータをサンプリングしてディジタル的に信号処理することにより、ジャイロ帯域を狭めることなくBPSKを実現する方法を提案した。また、矩形変調を必要とするBPSKをTO変調器で施す場合、その前縁部に鈍りを生じる。これへの対策として、変調信号にオーバシュートを施す方法、および位相を0,,2,,0,...と変調する3値位相変調(TPSK:ternary phase shift keying)を提案・検討し、実験系を構成してその効果を確認している。 第5章は「光源の周波数雑音および直接周波数変調特性の非平坦性によるジャイロ性能の劣化とその対策手法」である。半導体レーザを光源として使うMOGにおいてはそのFM雑音が性能を制限することを具体的に示している。すなわち、光源のFM雑音スペクトルのうち、共振点検出のための同期検波周波数における成分がジャイロ性能を劣化させる。同期検波周波数を数100Hz、ジャイロ帯域を1Hzとしたとき、一般的に使用される多電極DFBレーザではこの値は数10°/sの雑音に相当する。そこで、このFM雑音低減のために外部共振器付半導体レーザ(ECLD:external cavity laser diode)の適用を検討した。ECLDではFM雑音は一桁以上低減できる。さらに、半導体レーザのFM雑音スペクトルが1/f雑音性を示すことを利用し、同期検波周波数を高めた信号処理方法をも考案した。そして、この処理系をデジタルシグナルプロセッサで実現して、その動作を確認することにも成功している。ECLDはPLC基板上にブラッググレーティングを作製することにより容易に実現可能であり、MOGに適した光源であると提言している。 第6章は「結論」であり、得られた成果をまとめている。 以上のように本論文は、民生用光ジャイロとしての石英系平面光波回路を用いた導波路型共振方式光ジャイロの雑音要因を体系的に検討し、主たる雑音である偏波変動誘起雑音および後方散乱誘起雑音の挙動把握を深めて、これに基づいた対策を提案・実証し、また光源に起因する雑音も評価してその低減法を提案するとともに、これら対策を施した実験系を動作させ、本方式光ジャイロの性能向上指針を明かにしたものであって、電子工学、特にフォトニクス応用センシングに貢献するところが多大である。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |