学位論文要旨



No 115152
著者(漢字) 福田,盛介
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,セイスケ
標題(和) 合成開ロレーダ画像における空間的な濃度の揺らぎに関する研究
標題(洋)
報告番号 115152
報告番号 甲15152
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4647号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣澤,春任
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨

 本論文は「合成開口レーダ画像における空間的な濃度の揺らぎに関する研究」と題し,リモートセンシング用のマイクロ波センサである,合成開口レーダ(SAR)が供する画像にみられる濃度の揺らぎに関連した,種々の課題への取り組みをまとめている.SAR画像は,光学センサの画像や航空写真などと比較すると,しばしば視覚的に異質に映るが,これは,植生や土壌を透過するSARの特徴に加え,画像内の空間的な濃度の揺らぎによるものであり,そのソースであるスペックルとテクスチャが,本論のキーワードとなっている,スペックルとテクスチャは互いに重畳した形で画像上に存在し,結果として観察される濃度の揺らぎは,雑音と情報の両方の側面を併せもつことに留意し,その性質,および処理,活用の方法を論じる.本論文は全8章から構成される.

 第1章は「序論」であり,リモートセンシングにおけるSARの位置付け,ならびにSAR画像の濃度の揺らぎの一般的な性質を論じた上で,本論文の目的と構成を示している.

 第2章では,「基礎」として,本論文を理解するために必要なことがらを概説する.具体的には,スペックルの統計,レーダポーラリメトリ,ウェーブレット解析についてまとめる.

 第3章「ウェーブレットを用いたスペックルの低減」では,SAR画像のスペックルを低減するための,ウェーブレット分解を応用したフィルタ(WSF)を新たに提案する.スペックルは,コヒーレントな撮像システム一般にみられる現象であり,分解能セル内の各散乱点からの散乱波が,ランダムに干渉することによって生じる.スペックルによる濃度の揺らぎは画像判読を妨げ,SAR画像においては雑音として扱われる.したがって,これを平滑するための,エッジやテクスチャの保存性や視覚的自然性の観点からみて,バランスのとれたフィルタの構成が必要とされている.提案するWSFは,スペックルによる高周波な揺らぎが,ウェーブレッド分解で得られる差分画像の振幅(ウェーブレット係数)を圧縮することにより抑えられる,というアイデアに基づいている.その際,エッジなどの画像構造を保存するために,選択的な処理アルゴリズムを構築し,視覚的に自然な処理画像を出力することを目指すものである.実際,WSFの良好な性能は,シミュレーションや数種の実画像への適用において示されている,またここでは,フィルタパラメータと平滑効果の関係の定量的な考察を行っている.このことは,homomorphicフィルタリングとの関わりについてや,ケンナウ行列で与えられた多偏波データへの適用性など,WSFに関する発展的な研究へと繋がる.さらに,WSFのパラメータを適当に設定することによる,テクスチャ保存型のスペックル低減の一つのアプローチをも提示する.

 第4章は,「テクスチャ情報に基づく多周波ポーラリメトリックなSAR画像の分類」を試みるものである.SAR画像におけるテクスチャとは,スペックルやシステム雑音以外の,撮像される表面に固有な空間的多様性や,散乱の物理的な機構に由来する画像濃度の揺らぎを指す.よって,テクスチャの情報を積極的に用いることで,ターゲットを把握することが可能になる,そこでは,マルチスケール性を有する新たなテクスチャの表現として,過剰系ウェーブレット分解によりテクスチャ情報を抽出し,画像分類のための特徴ベクトルを構成する方法を案出する.また,実際の分類手法においては,多偏波なデータを処理する際に適応的に偏波を選択する手順や,使用する特徴量の数を絞りこむ方法などを検討する.適用例としては,農耕地帯を撮した多周波/多偏波なSAR画像を,非常に高い精度で分類した結果を,カラーマップや判別効率表によって示す.

 第5章「テクスチャ特徴としてのフラクタル次元」では,SAR画像におけるテクスチャの自己相似性に着目する.すなわち,テクスチャの揺らぎを捉える特徴量として,フラクタル次元を取り上げるものであり,その推定式を新たに導出する.具体的には,2次元非整数ブラウン運動(fBm)モデルを介し,フラクタル次元に対応するハースト指数を,ウェーブレット分解の解像度と差分画像内のデータの分散の関係から推定できることを数学的に示す.また,この推定法により,SAR画像のフラクタル性を実証するとともに,そのフラクタル次元の観測周波数や偏波への依存性を明らかにする.

 第6章は,「高分解能なSAR画像における濃度の揺らぎ」と題し,現在から将来にかけてのSARシステムの分解能の向上を鑑み,高分解能な画像の統計的性質を考察する.これまでに,分解能が波長の数倍程度であるシステムが供するSAR画像では,テクスチャの影響が増大する,もしくは分解能セル内の散乱点の個数が減少するなど,その濃度の揺らぎの性質が従来の統計から変化することが予想されていたが,ここでは実際に,多周波/多偏波な高分解能画像の解析を行う.これは,スペックルとテクスチャを,より統合的に扱う研究であるともいえる.詳細としては,スペックルとテクスチャを乗法的に扱う積モデル,およびそこから導かれるK分布の妥当性に焦点をあて,森林や市街地の領域について,データとの適合を精査する.その結果,解析したデータ(強度)は,森林域でK分布によく適合するのに対し,市街地の領域ではターゲットの極度な不均質性により,通常の指数分布はおろか,K分布からさえも逸脱すること,またK分布に適合する森林域においても,そのオーダパラメータは,従来の分解能のSAR画像と比較して小さな値となり,高分解能化が確かにテクスチャの効果を高めていること,などを明らかにする.さらに,単純な積モデルでは解釈が困難な,Lバンドにおける森林域のオーダパラメータの偏波依存性を説明するために,異なる散乱機構を有する複数の散乱レイヤを取り扱う新たなモデルを提案する.

 第7章「K分布に従うSAR画像にみられる線状構造」では,第6章の内容をうけ,道路などの線状ターゲットの検出の妨げとなる,スペックルによる暗線模様の性質を,高分解能化の弊害の一例として,K分布画像にまで拡げて議論する.SAR画像の空間的な濃度の揺らぎは,暗い画素の連なりを確率的に発生させ,画像上に物理的に意味のない線状のパターンをもたらすが,K分布に従う画像においては,そのような線状パターンが,一般的なスペックル画像と比べ,より鮮明な形で生起することを示す.また,K分布画像におけるそれらのパターンは,マルチルック処理が施された場合でも,周囲と識別され得るだけの十分な閾値を有し,その影響は容易には回避できないことについて注意を促す.

 第8章は「結論」であり,以上の研究成果を総括する.

審査要旨

 本論文は、「合成開口レーダ画像における空間的な濃度の揺らぎに関する研究」と題し、リモートセンシングのための代表的なセンサーである合成開口レーダで得られる画像の濃度の揺らぎを研究の対象として、スペックルの低減、テクスチャ情報の活用、フラクタル次元の推定、濃度揺らぎの統計、などに関する一連の研究の成果をまとめたものであって、8章からなる。

 第1章「序論」では、リモートセンシングにおける合成開口レーダの役割と合成開口レーダ画像における濃度の揺らぎの一般的性質を紹介し、その上で、本論文の構成を述べている。

 第2章「基礎」では、本研究の背景をなす事柄として、スペックルの統計、レーダポーラリメトリ、並びにウェーブレット解析について詳しく解説している。

 第3章は「ウェーブレットを用いたスペックルの低減」と題し、合成開口レーダ画像の典型的な濃度揺らぎであるスペックルを低減するための、ウェーブレット分解を応用した新しいフィルタを提案している。提案されたフィルタは、スペックルによる高周波な揺らぎをウェーブレット分解で得られる差分画像の振幅を圧縮することによって抑える、という着想に基づいており、平滑効果、エッジ保存性、並びに視覚的な自然さの点で、従来から知られている典型的なスペックル低減フィルタに総合的に勝るフィルタが実現している。さらに、同フィルタのホモモルフィックなフィルタリングとの関わり、ポーラリメトリックなデータへの適用性、テクスチャ保存化、等についての理論的考察がなされ、同フィルタが幅広い適用可能性を持つことを結論している。

 第4章は「テクスチャ情報に基づく多周波ポーラリメトリックなSAR画像の分類」と題し、合成開ロレーダ(しばしばSARと略称される)がもつ意味のある濃度揺らぎ、すなわちテクスチャを、ウェーブレット分解により抽出し、画像上で土地被覆等を分類する新しい試みについて述べている。テクスチャ抽出を目指す特徴ベクトルを過剰系ウェーブレット分解によって作るところに特徴があり、さらに、適応的な偏波選択や特徴量の数の絞り込みなどに創意を加え、農耕地帯を撮像した実画像に適用して、91%という高い精度で土地被覆分類を行うことに成功している。

 第5章は「テクスチャ特徴としてのフラクタル次元」と題し、テクスチャの揺らぎを捉える特徴量としてフラクタル次元を取り上げ、ウェーブレット分解を利用して2次元画像のフラクタル次元を求める新しい推定式を導出している。この推定法により実SAR画像のフラクタル性を示すと共に、フラクタル次元が観測周波数や偏波に依存することを明らかにしている。

 第6章は「高分解能なSAR画像における濃度の揺らぎ」と題し、SARが高分解能化するとともに、画像の濃度の揺らぎの統計が従来のものから変化することを予想し、スペックルとテクスチャをより統合的に扱う理論モデルを追求している。具体的にはいわゆる積モデルとK分布の妥当性に焦点を当て、高分解能化とともに、K分布のオーダーパラメータが低下し、テクスチャの効果が増すこと、オーダーパラメータに偏波依存性が現れること、ターゲットによってはK分布によってもその統計を記述できなくなること、などを実画像を用いた解析により明らかにしている。さらに、オーダーパラメータの偏波依存性を説明するために、積モデルに代わるものとして、異なる散乱機構を有する複数の散乱レイヤ、という新しい概念を呈示している。

 第7章は「K分布に従うSAR画像にみられる線状構造」と題し、第6章の議論の1つの応用として、SAR画像上にスペックルの濃度の揺らぎによって確率的に発生する暗線模様の性質をK分布画像にまで拡張して論じ、K分布画像ではそれらがより鮮明に生起することを結論している。

 第8章は「結論」で、本論文の主要な成果のまとめを行っている。

 以上これを要するに、本論文は、リモートセンシングのための代表的なセンサーである合成開ロレーダの画像に関して、濃度の揺らぎを雑音であるスペックルと情報を担うテクスチャの両面から追求し、スペックルの低減、画像分類、フラクタル次元の推定などに新たな手法を提案、その有効性を実証するとともに、高分解能合成開口レーダ画像の濃度揺らぎに関して、従来に代わる統計モデルを提案する等、新たな知見を加えたものであって、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1898