学位論文要旨



No 115153
著者(漢字) 二見,史生
著者(英字)
著者(カナ) フタミ,フミオ
標題(和) 光ファイバー中におけるスーパーコンティニューム生成およびその超短パルス光源への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 115153
報告番号 甲15153
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4648号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨

 最近のインターンネット通信需要の急激な増大を主な背景として,光ファイバの持つ広帯域性を活かすべく大容量伝送技術の研究開発が活発化している。数十GHzの電気帯域制限を打破するために、電気変調した信号光パルスを光段で多重する時分割多重(OTDM)方式、電気段で処理できる伝送速度の信号光を異なる波長に割り当てる波長分割多重(WDM)方式の二通りのシステムが注目されている。

 OTDM方式では、より短いパルスに情報を載せれば多重度が高まり、より大容量の情報を伝送できる。1999年9月にこの方式で総容量640Gbps、伝送距離100kmの大容量伝送に成功している。高繰り返し周波数でジッタのない数100fsの超短パルスを生成できれば更なる大容量化につながるが、レーザ共振器から直接そのようなパルスを生成することは現在の技術では非常に難しい。

 一方WDM方式に関しては、1996年2月に光源に55個のDFBレーザを用意し1Tbpsを越える大容量伝送システムが現実のものとなった。この報告を契機に、伝送容量がTbpsを上回る伝送システムの研究が盛んに行われている。WDM方式は商用化が急速に進んでおり、大容量に加え安価で高信頼性のシステムの構築が大きな課題になっている。

 広帯域スペクトル光源が用意できれば、どちらの方式の光源にも応用できる。スペクトルの位相を同相にするとスペクトルのフーリエ変換限界に対応する超短パルスが得られる。また、多波長透過光フィルタでそのスペクトルを切り出せば多波長パルス光源が作れる。本論文では、光ファイバの非線形性を積極的に利用し平坦で広帯域なスペクトルの生成機構を解明することを主目的とし、光ファイバ通信で重要な波長1.55m帯で高繰り返し周波数10GHzの光パルスを励起光としスペクトルを効率よく拡散する手法を確立する。そして、安価かつ高信頼性のWDM方式用多波長パルス光源に最適な広帯域スペクトル生成法を明らかにする。さらに、この手法により生成した広帯域スペクトルを応用し、OTDM方式用高繰り返し周波数サブピコ秒超短パルス光源を実現する。

 第2章では、光ファイバー中における広帯域スペクトル生成、「スーパーコンティニューム生成」について理論解析、数値解析およびこれらの実験検証を行った。

 光ファイバ中で非線形性と群速度分散の相互作用でスペクトルを広帯域化できることは1970年代初頭に発見された。ピークパワーがkWを越える励起光パルスを用いていた当時の手法は、パルスの繰り返し周波数が10GHzを越える超高周波数が求められる光ファイバ通信用パルスには応用できない。高繰り返し周波数で実現できる10W程度のピークパワーの励起光パルスで非線形効果を効率よく生じさせる方法の一つに、分散の小さな光ファイバ中で非線形作用長を長くする方法がある。分散値が小さいと高次の分散である分散スロープが無視できなくなる。非線形シュレディンガ方程式をスプリットステップフーリエ法で数値解析し、分散スロープが無視できない光ファイバ中では、異常分散領域、零分散波長周辺および正常分散領域のいずれでも平坦かつ広帯域にスペクトルを拡散できないことを明らかにした。あわせて行った実験結果と解析結果は非常によく一致した。各分散領域でのスペクトルの特徴および平坦で広帯域のスペクトル生成を制限する要因を表にまとめる。

表:分散スロープのある光ファイバ中でのスペクトルの特徴と広帯域化の制限要因

 異常分散の場合は、分散スロープと自己位相変調(SPM)の相互作用または群速度分散とラマン効果が原因で、平坦な広帯域化は起こらない。零分散波長付近では、分散スロープとSPMの相互作用により、スペクトルが異常分散領域と正常分散領域に拡散し、正常分散領域に拡散されたスペクトル成分は分散波になり、異常分散領域に拡散されたスペクトル成分は基本ソリトンが励起される条件に落ち着く。このような機構が働き、スペクトルは二つに分割され平坦にスペクトルは拡散しない。正常分散の場合は、SPMにより生じる非線形周波数チャープが群速度分散により線形化され、他の分散領域よりは幾分広帯域化が生じるものの分散スロープの影響で非対称に広がる。

 1970年代当時のやり方に通じるが、群速度分散を比較的大きめにすることにより分散スロープを相対的に抑圧できる。この場合、群速度分散の影響でパルスのピークパワーが急激に小さくなるために、非線形効果が十分に生じない。そこで、比較的大きめな群速度分散値でも非線形性の高い光ファイバを利用すれば広帯域化が生じ、なおかつ分散スロープを効率よく低減できることを提案した。実際に、ゲルマニウムを添加し非線形性を高めた高非線形ファイバの正常分散領域において、10GHzの高繰り返し周波数のパルス光源のスペクトルを10倍近く(18.8nm)まで広げることに成功した。

 次に、平坦で広帯域なスペクトルの生成を妨げる分散スロープ自体を低減した分散フラットファイバ中でのスペクトル拡散の機構を解析した。

 異常分散領域では、高次ソリトンが励起されるためにスペクトルが広帯域化するものの、平坦なスペクトルは得られない。また、高次ソリトンはソリトン周期を一周期として周期的な振る舞いをするために、励起光パルスに対してスペクトルが最も広帯域になるように光ファイバの長手方向を含めた緒元の最適化が必要であることを示した。その上、光増幅器雑音が異常分散領域では利得を受けるために、可干渉性が劣化することも示した。諸元を最適化して行った実験結果と数値解析結果はよく一致しており、スペクトルには大きな窪みが生じた。また、異常分散領域ではパルスのピークパワーが常に高い値に保たれているために、ラマン効果などの高次非線形効果の影響を受けやすく、パルス幅1.7psのパルスの場合せいぜい30ナノメートル程度までしか広帯域できないことを数値解析で明らかにした。

 零分散領域ではSPMのみでスペクトルが広帯域化し、光ファイバ長を長くするだけで広帯域化率が向上する特長がある。逆に、鋭い窪みが多数生じるという欠点があり、広帯域パルス光源への応用上問題となる。実際、パルス幅1.7ps、スペクトル帯域1.76nmの光パルスのスペクトルを1kmの光ファイバ中でスペクトル帯域18.8nmまで拡散したが、10dB程度の大きな窪みが生じた。また、今日のファイバ製造技術を駆使しても、光ファイバの長手方向の分散揺らぎが無く、完全に零分散が保たれている長尺の光ファイバの製造は非常に困難であるという問題も本手法は抱えている。

 正常分散領域では、SPMと群速度分散の相互作用で周波数チャープが線形化し、このチャープが蓄積し広帯域化する。他の分散領域とは異なり、非常に平坦に広帯域化する特長がある。効率よくスペクトルを拡散するには、光ファイバの分散値を小さくしピークパワーの大きな励起光パルスを用いればよいことを数値解析で明らかにした。繰り返し周波数10GHzの光パルス列を励起光源に用いた実験では、ピークパフー10W程度まで増幅後光ファイバに入射した時、1.7nmのスペクトルはほとんど平坦かつ励起光波長に対して対称に20nm近くまで広がった。この実験結果から、正常分散フラットファイバ中ではスペクトルは平坦に広がるという数値解析結果の正当性が確かめられた。

 最後に、正常分散フラットファイバはスペクトルを平滑化する作用があることを数値解析で明らかにし、高次ソリトン圧縮で生成した大きな窪みのあるスペクトルの平滑化、および零分散波長で広帯域化した複数の窪みのあるスペクトルの平滑化実験を行った。

 以上まとめると、平坦で広帯域のスペクトルを効率よく生成するには、正常分散で分散値が小さく、分散スロープの無い光ファイバを用意し、ピーク光パワーの大きな励起光パルスを入射すればよい。

 第3章では、広帯域のスペクトルを多波長短パルス光源への応用を検討した。正常分散フラットファイバがスペクトルの平坦化を促すことが前章で分かったので、正常分散フラットファイバ、零分散フラットファイバと正常分散フラットファイバの組み合わせおよび異常分散フラットファイバと正常分散フラットファイバの組み合わせで生成した広帯域スペクトルを、光バンドパスフィルタで切り出し、得られるパルスの雑音特性を解析した。特に、透過帯域1nmの強度フィルタでスペクトルを切り出す際に強度雑音の変化に注目した。次に、切り出したパルスの符号誤り率特性を測定し、WDM用多波長パルス光源に十分応用できるか調べた。

 零分散ファイバ中でSPMにより広帯域化させたスペクトルを正常分散ファイバで平滑化する場合、零分散ファイバ中で強度雑音は位相雑音に変換されるので、位相雑音は増大する。この位相雑音が、光フィルタを介して強度雑音に変換される。そのために、零分散ファイバで広帯域化させる場合は、強度雑音の小さな励起光パルスが必要となる。

 異常分散ファイバで高次ソリトン圧縮した後、正常分散ファイバで平滑化する手法では、高次ソリトン圧縮により残留する大きなペデスタル成分が、正常分散領域でSPMを受けないためにスペクトルの中心部に残留する。そのために、スペクトルの中心部の成分を光フィルタで切り出すと大きな歪みが生じる。

 正常分散ファイバのみの場合は、線形にチャープしているために切り出したパルスは必ず単峰になる。また、正常分散領域では雑音の増大がないために、全帯域に渡り切り出したパルスはエラーフリーになっている。

 以上より、正常分散領域で広帯域化したスペクトルは、多波長パルス光源に応用できることが分かった。このスペクトルをITU勧告の周波数間隔100GHzの多波長透過光フィルタで切り出すと、24波長程度の多波長パルス光源を実現できる。この多波長パルス光源は、一つの励起光パルス光源で実現できる特長があるので安価かつ信頼性が高く、現在広く求められているWDM用光源の要件を満たしている。

 第4章では、超高速光分割多重システムへの応用を想定し、広帯域スペクトルからピコ秒を切る超短パルスを生成する手法を構築し、解析及び実験によりその手法の有効性を検証した。

 規格化した非線形シュレディンガ方程式を数値解析し、分散フラットファイバを用いた場合の圧縮率を明らかにした。その結果、最適な圧縮を実現するためには、線形圧縮に用いる通常分散ファイバのみならずスペクトルの広帯域化を担う分散フラットファイバも最適化する必要があることが分かった。この方法による圧縮限界は、高次非線形効果の影響により決まる。1.7psのパルスでは、0.1psまで高次非線形効果の影響を受けることなく圧縮されることを明らかにした。

 次に、繰り返し周波数10GHz、パルス幅1.7psのパルスの圧縮実験を行った。5W程度の限られたピークパワーで20nm以上の広帯域スペクトルを生成し、パルス幅0.2psのパルス生成に成功した。また、本手法の特長として、中心波長可変性、パルス幅可変性を実験検証した。

 高非線形ファイバを用いて生成した18.8nmの広帯域スペクトルの場合、フーリエ変換限界の0.3psのパルス列生成に成功した。

 最後に他の圧縮法と比較し、本手法の特徴をまとめた。この0.2psパルス光源は、光段で多重することにより毎秒テラビットの超高速OTDM通信システムの信号源に応用できる潜在的な可能性を秘めている。

 本研究を総括すると、従来短波長領域で行われていたスペクトル拡散技術および短パルス生成法を光ファイバ通信で重要な波長1.55m帯へ応用し、繰り返し周波数10GHzの多波長短パルス光源およびサブピコ秒パルス生成手法を確立した。

審査要旨

 本論文は「光ファイバ中におけるスーパーコンティニューム生成およびその超短パルス光源への応用に関する研究」と題し,5章からなる。

 近年,光ファイバの非線形性を積極的に利用して,波長1.55m帯の光パルスのスペクトルを数10nm-数100nmに拡散する技術が注目されている。このような広帯域スペクトルはスーパーコンティニュームと呼ばれ,フェムト秒パルスの生成や多波長パルス光源などへの応用が可能である。これまで,異常分散領域で分散がファイバの長手方向に減少するファイバがスーパーコンティニュームの発生に有効であることが指摘されているが,その発生機構には未知の点が多い。

 本論文は,光ファイバによるスーパーコンティニュームの生成機構を解明し,スーパーコンティニュームの発生に適したファイバの設計理論を確立することを主目的としている。第一に,スペクトル拡散の理論解析および実験検証を行い,スペクトル拡散の機構を体系化した。第二に,正常分散領域におけるスペクトル拡散の重要性を指摘し,この設計に基づいて,波長多重通信用の多波長短パルス光源およびサブピコ秒の超短パルス光源を開発した。

 第1章は序論であり,本研究の背景,論文の目的,論文の構成がまとめられている。

 第2章は「光ファイバー中におけるスーパーコンティニューム生成」と題し,スペクトル拡散に対する光ファイバの分散の影響を,理論および実験により明らかにした。特に正常分散ファイバを用いると,光パルスは線形にチャーブし,平坦かつ広帯域にスペクトルが広がることが示された。また,スペクトル帯域はファイバの三次分散により大きな制限を受け,スーパーコンティニュームの発生には,分散フラットファイバを用いる必要があることが示された。

 また,他の手法として,分散減少ファイバを用いる方法についても理論的に検討し,正常分散を用いた手法との比較検討を行った。

 第3章は「短パルス多波長光源への応用」と題し,スーパーコンティニュームの多波長短パルス光源への応用を検討している。

 ここではまず,スーパーコンティニューム生成の際の雑音発生機構を解析した。光増幅器による強度雑音が位相雑音に変換され,これが光フィルタで切り出されることにより,光パルスに強度雑音を生じさせることを明らかにした。しかし,正常分散を用いてスーパーコンティニュームを発生した場合には,このような過剰雑音の発生は軽微であり,多波長パルス光源に応用可能であることが示された。

 実際に,20nm程度のスーパーコンティニュームスペクトルを,帯域1mの光フィルタで切り出し,10Gbit/sの変調信号の符号誤り率特性を測定することにより,全帯域にわたる低雑音性を実証した。

 第4章は「サブピコ秒超短パルス光源への応用」と題し,超高速光分割多重システムへの応用のために,広帯域スペクトルからピコ秒を切る超短パルスを生成する手法を確立した。この方法では,正常分散フラットファイバを用いてスーパーコンティニュームを発生させ,その線形チャーブを通常分散ファイバで補償することにより,超短パルスを得る。

 まず規格化した非線形シュレディンガー方程式を数値解析し,正常分散フラットファイバを用いた場合の圧縮率を明らかにした。その結果,最適な圧縮を実現するためには,線形圧縮に用いる通常分散ファイバのみならずスペクトルの広帯域化を担う分散フラットファイバも最適化する必要があることが分かった。

 次に,繰り返し周波数10GHz,パルス幅1.7psのパルスの圧縮実験を行った。5W程度のピークパワーで20nm以上の広帯域スペクトルを生成し,パルス幅0.2psのパルス生成に成功した。また,本手法の特長である,中心波長可変性,パルス幅可変性を実験的に検証した。

 第5章は本論文の結論である。

 以上のように本研究では,光ファイバ中でスーパーコンティニュームが発生する機構を体系的に解明した。特に,正常分散フラットファイバを用いた場合,平坦性にすぐれたスーパーコンティニュームが発生できることを理論,実験両面から明らかにし,この方法を用いて,波長1.55m帯において,繰り返し周波数10GHzの多波長短パルス光源およびサブピコ秒パルス光源の開発に成功した。

 このように本論文は,次世代波長多重/時間多重光ファイバ通信システムへの寄与が多大であり,電子工学への貢献が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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