学位論文要旨



No 115154
著者(漢字) 吉光,徹雄
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミツ,テツオ
標題(和) 微小重力環境における移動探査ロボットの研究
標題(洋)
報告番号 115154
報告番号 甲15154
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4649号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨 はじめに

 太陽系に存在する小天体(小惑星や彗星)は,太陽系の起源を探る上で貴重な証拠を残していると考えられており,近年,これら小天体の探査ミッションが非常に注目されている.日本の宇宙科学研究所でも,2002年に小惑星1989MLを探査するMUSES-Cミッションを計画しており,小天体を探査する手法を工学的に確立することは将来の宇宙科学にとって非常に重要である.

 本論文は,ローバによる小天体探査手法について論じたものである.本研究の成果を最終的には,MUSES-C探査機に搭載される可能性のある超小型ローバMINERVA(MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle for Asteroid)に応用したいと考えている.

微小重力環境に適した移動メカニズムの提案

 小天体は文字通り非常に小さな天体であり,その表面の重力加速度は非常に小さい.直径数[km]から数100[m]の小天体では,その表面の重力加速度は地球と比較して,10-4〜10-6[G]程度と考えられる.地上で多く用いられている車輪型のローバをこのような微小重力環境で使用すると,以下のような問題点から移動効率が悪いと考えられる.

 (1)摩擦力が小さいため,スリップしやすい.

 (2)表面に凹凸のため,ローバにさまざまな方向から力が働く.重力が小さいため,わずかな力が作用してもローバが表面から離れ,駆動力を小天体表面に伝えることができない.

 そこで,本研究では,微小重力環境に特化したメカニズムとして,ローバ内部にトルカを内蔵し,トルカを回すことの反力でホップしながら移動するメカニズムを提案する(図1).

図1:提案するホッピングローバ

 このホップ移動メカニズムを2次元のシミュレーションモデルを用いて解析した.この結果,ホップする角度は摩擦係数に依存するが,横方向の移動速度を得ることができることがわかった.また,この移動メカニズムの利点として以下のような点が明らかになった.

 ・トルカによってローバ本体を地表面に押し付け,地表面とローバの間の接触力を増加させる.このため摩擦力の上限が大きくなり,横方向の移動速度を大きくすることができる.

 ・トルカをホップした後の姿勢制御アクチュエータとして用いることことにより,1つのアクチュエータで並進運動と回転運動の制御が可能となる.科学観測のためには,姿勢制御は不可欠であるが,別に専用のアクチュエータを必要としない.

 ・外部に可動部を持たないため,宇宙空間での利用に適している.

 ・10-1〜10-6[G]で必要なトルクは,小型モータ程度で実現できるため,小型・軽量なローバが実現できる.

ホップによる移動シーケンス

 提案したホップ移動メカニズムを用いた1回のホップによる移動シーケンスとして,下記に示す手法を提案する.提案した手法は,3フェーズに分けることができる.

(1)ホップ

 ・ホップする方向の決定:周囲の画像と自己状態から決定するホップする方向を決定する.

 ・トルクの大きさの決定:ローバが地球を脱出する段階で,小天体の詳細な環境はm未知であり,ローバはある程度の幅を持った重力加速度に対してロバストに移動できる必要がある.特に想定より小さい重力加速度の場合に,小天体からの脱出速度を越えないようにする必要がある.このホップ速度制御方法として,トルク可変制御とトルク打ち切り制御を提案する.この手法を用いることにより,重力加速度が予想したより1/100倍小さくても,小天体からの脱出速度を越えない.

(2)空中での姿勢制御と画像による運動推定

 ・回生ブレーキによるエネルギ回収:ローバはホップ後高速回転をするため,トルカ(モータ)を発電機として利用してエネルギを回収すると共に,ローバの回転角速度を小さくする.

 ・トルカによる姿勢制御:トルカを完全に停止すると,10〜30[rpm]程度で回転するため,太陽センサやジャイロを利用して姿勢制御を行なう.

 ・運動方向の推定:姿勢制御により搭載したカメラを太陽と逆方向に向けると,ローバの影が中心に位置する画像を得ることができる.この画像を利用して,地表面からの距離とローバの運動速度を推定する.

(3)着地

 ・再衝突時刻の推定とトルカ逆起動による軟着陸:ローバにハードウェア的なコンプライアンスを持たせて,何度かバウンドの後,再着地することを基本とする.ただし.画像によって運動方向を求め地表面との再衝突時刻を推定し,再衝突する際に,トルカを逆起動することにより,バウンド後の速度を緩和する手法も提案する.

小天体表面での自己位置同定

 ローバが小天体を探査するためには,なんらかの自己位置同定機能が必要である.ローバは非常に小型であるため,小型・軽量なセンサのみを使用した自己位置同定手法が要求される.本論文では,太陽センサと重力センサを利用して自己位置同定を行なう手法を提案する.

 ローバは夜になると電力の問題から活動を停止し,朝太陽が当たると再び活動を開始する.活動を停止する前後に2回,太陽センサで太陽の方向を観測し,最小2乗フィルタにより,ローバの小天体固定座標系でみた姿勢を求める.この姿勢推定値と重力センサの値から,ローバの絶対位置(ローバ固定座標系における天文緯度,経度)を直接算出する.この方法により1日1回,ローバの絶対位置・姿勢を求めることができる.

 この手法をシミュレーションによって検証した.太陽センサの誤差を1[deg]とすると,2[deg]以下の精度で姿勢推定が可能である.推定位置には,重力センサの誤差がそのまま加わる.重力センサの誤差を2[deg]とすると,直径500[m]の小天体では20[m]程度の誤差で位置を決定できる.1回のホップで5[m]以上は移動できるため,自己位置同定手法として有効である.

 また,ローバが太陽センサに加えてジャイロを搭載すると,リアルタイムで姿勢を推定できる,重力センサの値が常に得られるとすると,ローバはリアルタイム自己位置同定が可能となる,ただし,ジャイロには積分誤差が蓄積するため,上述の方法で1日1回校正する.

小天体表面での行動計画

 ローバは地球との通信時間遅れのため,自律的な行動能力(ホップする方向と速度の決定)が必須である.本論文で提案する行動計画手法は,ローカルな岩や陰に入らないようにするため,ホップ時に取得した周囲の画像を使用する.この画像に,濃淡値から決まるポテンシャル場を作り,ポテンシャルの低い方向にホップさせる.小天体表面にあるローバは,温度や電力の条件が厳しいため,これら自己の状態を考慮したグローバルなポテンシャルがポテンシャル場に付加される.また.太陽の運動方向によってローバの温度や電力,陰の位置は変化するため,ホップした後の状態を予測し,ポテンシャルの大きさに反映させる.

無重力実験

 提案した移動メカニズムを検証するため,落下型無重力実験施設を用いた実験を行なった.DCモータをトルカとして使用するローバを試作し,トルカを無重力状態になってから起動し,ローバの運動をカメラにより計測した.

 計測の結果得られたホップする角度や速度は,シミュレーションによる結果はよく合致しており,この移動メカニズムが小天体表面で有効であることを確認できた.また,構築したシミュレーションツールを今後のローバの設計・開発に利用できる見通しを得た.

まとめ

 小天体を探査するために適した移動メカニズムを提案し,シミュレーションと無重力実験を通して,その有効性を示した.また,小天体を探査する上で必要な自律機能として,自己位置同定手法と行動計画手法を提案した.

審査要旨

 本論文は「微小重力環境における移動探査ロボットの研究」と題し、太陽系に存在する小天体(小惑星や彗星)の表面探査の実現に向け、自律ローバの移動メカニズム、自己位置同定、行動計画の新しい手法に関して、理論的および実験的な研究を行ったもので、7章からなる。

 第1章は序論であり、小天体探査の意義、国内外の研究状況、宇宙研が2002年に打上げを計画している小惑星探査ミッションの概要がまとめられている。

 第2章は「微小重力環境に適した移動メカニズムの提案」と題し、非常に重力の小さい小天体表面での移動メカニズムの基本的検討を行ない、微小重力環境に特化した移動メカニズムとして、ローバ内部にトルカを内蔵し、トルカを回すことの反力でホップしながら移動する新しいメカニズムを提案している。さらに、2次元シミュレーションモデルを用いてこのホップ移動メカニズムを解析し、移動メカニズムとしての有効性を示すと共に、この移動メカニズムを持つローバの具体的な設計を行なっている。また、ローバに対する要求仕様の点から従来からある車輪型移動メカニズムに対する優位性を説明している。

 第3章は「小天体表面での自己位置同定」と題し、小型・軽量なセンサを使用した小天体表面での自己位置同定手法として、太陽センサと重力センサを利用した手法を提案している。一般に天文利用の絶対自己位置同定手法は角度の精度は良いが、地球や月などの大きな天体では、距離に換算した時の精度が悪いため単独で使用するのが難しいとされてきた。しかし、対象としている天体が小さい場合には天文利用の手法が単独で使用できることを示し、複数回の太陽観測で姿勢を推定し、その姿勢推定値を利用して、重力方向から緯度、経度を同定する手法を提案している。また、太陽センサに加えてジャイロを搭載することにより、リアルタイムで姿勢・位置を同定し、ジャイロの積分誤差の較正方法として提案した手法を応用できることを示している。

 第4章は「ホッピングローバによる行動計画」と題し、提案したローバの小天体表面での行動計画について論じ、ホップしながら移動するローバの(1)ホップ、(2)空中、(3)着地、の各局面でローバがとるべき自律的行動をまとめている。まず、ホップする際に、ホップする方向を決める手法として、目標方向、自己の温度、太陽の運動方向、周囲の画像を統合的に用いる手法を提案している。また、ローバの並進運動の推定手法として空中で小天体表面の画像を用いた状態推定手法を提案している。この手法により重力加速度の方向や着地時刻、相対的な移動距離を推定することも可能であることを示している。

 第5章は「無重力実験」と題し、第2章で提案した移動メカニズムを持つローバのテストモデルを作成し、落下型無重力実験施設を用いて移動メカニズムとして実証実験を行なっている。計測の結果得られたローバのホップする角度や速度は、シミュレーションによる結果によく合致しており、この移動メカニズムが小天体表面で有効であることを確認している。

 第6章は「MUSES-C MINERVAへの応用」と題し、宇宙研の小惑星探査プロジェクトMuses-Cを対象としたMINERVAローバに関して、基本的な設計結果について述べられている。このMINERVAは、質量500[g]の中に2つのDCモータを持ち、ターンテーブルにより移動する方向を変える構造となっている。

 第7章は本論文の結論であり、本研究の成果と今後の課題のとりまとめを行っている。

 以上、これを要するに、本論文は、ローバを用いて小天体表面を探査するための基本的な技術としての移動メカニズム、自己位置同定、行動計画について新しい手法を提案し、従来、困難とされていた小天体表面を移動しながら探査する手法を確立したものであり、電子工学、特に宇宙電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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