本研究は「Mico-Optical Module for All-Optical Time Division Demultiplexing(全光学式TDMデマルチプレクシングのための微小光学モジュール)」と題し、英文で書かれており、全5章からなる。 第1章はIntroduction(序論)であり、まず高速光ファイバネットワークの重要な要素として光トリガで動作する全光学式スイッチが有望であること、これを用いた時分割多重(TDM)超高速ディジタル光伝送の研究が活発化しつつあることを述べ、全光学スイッチ列を用いた信号分離回路(デマルチプレクサ)実現の有力な方法として微小光学技術を用いた自由空間光学モジュールの概念を提案している。ついで近年注目されている半導体多重量子井戸(MQW)構造の可飽和吸収体を微小な非対称光共振器に閉じ込めて応答感度を高めた全光スイッチの動作原理を要約している。その動作特性を測定するためにこれまで用いられていた信号光とポンプ光を平行ビームとしてスイッチを照射する方法ではコンパクトで実用性の高いモジュールとするには困難が多いことを指摘している。この難点を克服するために、微小光学モジュールの最適設計を行い、実際に試作して半導体全光スイッチ上でのポンプ光と信号光の同時集光を確認すること、および半導体レーザパルス光を照射してスイッチングの基礎評価を行うこと、を本研究の目標と設定している。 第2章はOptical Platform(光学モジュール)と題し、光プラットフォームの設計、試作、評価実験、および結果の検討が記述されている。ポンプ光と信号光を隣接するファイバから入力し、回折型レンズ(フレネルゾーンプレート)によって光スイッチ上に同時集光させるため、必然的に軸はずし配置となる。回折効率を高めるために、波面を階段近似するバイナリーオプティクスの手法を採用している。本研究では8レベルの階段近似を採用したため、3枚のフォトマスクを設計した。ただし、加工最小寸法の制約から部分的に4ないし2レベルに近似を落とす必要があった。スポットサイズの小さい4レンズ系とレンズ数の少ない2レンズ系の2種類について2チャンネル配置およびテスト配置を設計した。ビーム形状を評価するため、レンズを2次元に分割して部分ビームの光線追跡を行うとともに、それぞれの回折効率を考慮して集光効率を数値評価した。2、4、8、レベルのゾーンプレートの回折効率がそれぞれ40、81、95%と予想されることを用いて集光面における結像パターンのシミュレーションを実施し、スポットサイズおよび挿入損失の理論予測値を得ている。次に回折型レンズを組み込んだガラスプラットフォーム製作の概要を記述している。電子ビーム描画、ドライエッチングの工程について、留意すべき諸項目を列挙している。新たな考案のポイントとしては本プラットフォームではレンズないしブラッグ反射鏡をガラス板の両面に配置する構造としたが、これを一度のリソグラフィー工程で作成するために、表部分と裏部分を並置して製作後、これらを切り離し、紫外線硬化樹脂を接着剤とし、位置あわせパターンを利用して精密に張り合わせるようにした点が特徴的である。樹脂の屈折率とガラスの屈折率が近似的に一致するものを選んでいる。単一モードファイバの1次元アレイ構造バンドルを入射端とし、プラットフォームに入射する位置あわせ装置つきのモジュールを自作し、反射型顕微鏡に実装した。同時集光状態を調べる目的で集光面の画像を赤外線CCDカメラで観測したが、イメージセンサの非線形性の影響を避けるために等高線マップする手法を開発した。波長範囲10nmの範囲でスポット直径10ないし20ミクロンで照射可能なことが確認された。また挿入損失の実験値は予想値より3dB程度低かったが、製作上の誤差が主原因と判断した。 第3章はNon-collinear Gaussian Beam Illumination(非平行ガウスビーム照射)と題し、光スイッチに非平行なポンプ光と信号光が入射したときのスイッチ感度を予測する電磁気学理論構築を記述している。光ビームが細いほど角度スペクトルは広がり、平面波照射と異なる応答を示すが、数値計算の結果、試作例については有意の差はないと結論された。 第4章はDemultiplexing Module(デマルチプレクシング モジュール)と題し、InGaAs/InAlAs組成によるMQW全光スイッチを実装し、2台の利得スイッチ半導体レーザパルサからのポンプ光と信号光を同時入射したときのスイッチング特性の実験的評価についてまとめて述べている。在来の平行配置と試作した2レンズないし4レンズのプラットフォームのいづれにおいてもスイッチング動作が観測された。相互に若干の違いがあるが、スイッチに要するポンプ光パワー密度は同じ桁であること、スイッチに必要な光エネルギーは約30pJであること、応答時定数は400ps程度であることが見出された。今後光スイッチへの共振器構造の採用、時間応答特性の改良、光プラットフォームの損失低減が実現されればコンパクトで高速なスイッチチモジュールとして有望であると結論している。 第5章はConclusion(結論)であり、得られた成果をまとめている。以上のように、本研究は将来の高速光ネットワークで重要となる全光スイッチを複数実装する光プラットフォームの微小光学技術による実現を課題として、設計、試作、光学的評価実験、光スイッチング実験を実施し、その有望性および課題を明かにしたもので、電子工学、ことに高速光エレクトロニクスに貢献するところが多大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |