学位論文要旨



No 115156
著者(漢字) 安井,直彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤスイ,タダヒコ
標題(和) 波長割り当て光交換方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 115156
報告番号 甲15156
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4651号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 教授 齋藤,忠夫
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 淺野,正一郎
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 小関,健
内容要旨

 本論文では、現在、電気技術を用いて実現されているノードに対して発展著しい波長多重光技術を適用し、マルチメディアサービス向けのトランスポートを低廉に提供しうる小形で大容量のノードを実現し得る波長割り当て光交換方式(WAPS:Wavelength Assignment Photonic Switching System)を提案する。本方式の基本原理は、ネットワークが波長リソースを貯えておき、呼設定要求に従って、空いている波長を端末間通信に割り当てるものである。ビットレートフリー、プロトコルフリーなネットワークを構築することが可能である。網としてはデジタル情報の同期処理用クロック分配も不要となる。

 波長割り当て光交換方式の原理図を図1に示す。同一波長に複数の端末を収容し、同一波長内の接続にはスイッチを用いる。波長対応にサブネットワークを作り、端末ではこのサブネットワークを選択してパスを張る。各サブネットワーク間には渡りはなく、全く独立である。通話路は見かけ上は大容量となるが、波長数分で分割されるので実質は小容量の通話路になり、通話路段数が少なくなり、コストまた伝送特性上も極めて有利となる。各サブネットワークは論理的には独立であるが、物理的には1つのネットワークであり、伝送路は波長多重され、スイッチも波長多重スイッチが必要となり、加入者線も波長多重となる。さらに、各サブネットワークへのアクセス機能として、波長を選択し、かつトラフィックの収束を実現する機能を設置する必要がある。また、ネットワーク全体のリソースを管理し、制御するためのシステムコントロールも必要とする。

図1 WAPS 構成原理

 スイッチの基本的構成概念図を図2に示す。本スイッチは、全く同一なスイッチを波長数分だけ重ね合わせたものであり、接続不可能な入出力端子の組み合わせがある不完全スイッチである。波長多重された信号が入力されると各マトリックスの交点にある波長クロスポイントでは通過させるべき波長のフィルタのみアクティブとする。この波長クロスポイントは、任意の波長のフィルタが全く独立にon/offされなければならない。現状では空間スイッチが使用可能な技術レベルにあり、それを用いることが現実的な解である。

図2 波長スイッチ

 アクセス方式としては、図3に示す如くSw型、Bs型の2つがある。Sw型はトラフィック収束用のSDスイッチを設けるものである。この方式は、スイッチ、加入者線、端末を含む系の構成を、中継網の構成とは全く異なるものとし得る独立性がある。Bs型加入者系は、Sw型におけるスイッチング機能を各端末に分散、物理的なスイッチを削除したものである。端末それぞれでネットワークから指定される任意の波長を発振出来ることが必要であり、端末での発振波長の十分な安定性が要求される。この方式をLAN、あるいはループ網として実現することが可能である。

 本システムのチャネルグラフを図4に示す。各サブネットワークを1本のリンクとして考えた時チャネルグラフは直並列型であり、各サブネットワークが自己のリソース管理を実施し、全ネットワークを眺めたパス設定、管理はシステムコントロールが実施する形式で階層化制御が可能である。

図表図3 アクセススイッチ構成 / 図4 WAPSチャネルグラフ

 図5 は伝送特性評価のためのネットワークモデルである。本方式は本質的にアナログ方式であり、信号の再生、波形整形が不可能、雑音が累積し、波形ひずみは伝送距離に比例して劣化する。ネットワークモデルはアクセス方式の違いにより変わる。アクセス方式としてSw型を取った場合をタイプ1とし、Bs型の場合をタイプ2とする。ネットワーク構成は上位網が10局のメッシュ構成、下位局が50局のスター構成の2階位網、カリ直径2000Km内に均等に5000万加入が分布するとして、図6に示す接続構成及びパラメータ値を仮定した場合のノードにおける損失と漏話の関係を図7に示す。タイプ2の場合もビットレートを下げて(B=100Mbps)同様の結果を得ている。これを満たす通話路構成は8x8スイッチマトリックスの5段構成、端子数4096となり、漏話減衰量47dB以上、マトリックススイッチの損失3〜4dB以下が必要である。

図表図5 ネットワークモデル / 図6 タイプ1評価接続構成及びパラメータ / 図7 Q=6とした漏話と損失の関係(タイプ1)

 本論文では、さらに可変多重分離光時分割交換方式(VTDS:Variable Multi/Demultiplexing Photonic Time Division Switching System)を提案する。本方式は図8に示す如く、通常固定されている多重化時のチャネル指定を可変にした可変多重化スイッチを多段に縦続接続(全体をVMUXと称す)し、また、分離回路の通常固定されている分離時のチャネル指定を可変にした可変分離スイッチを多段に縦続接続(全体をVDEMと称す)し、これらVMUXとVDEMを高速のハイウェイで接続した多段の通話路方式である(これをVTDSと称する)。VTDSのチャネルグラフは図9に示す如く、直並列型である。また、この直並列型の経路形式に対して、ハイウェイ部分に時間ジャンパを設置して情報を固定的に入れ替えることによってトラフィック特性の改善可能性があることから、JVTDS(Jumpered VTDS)を提案し、そのジャンパリングアルゴリズム、ジャンパー実現法を検討した。両方式につき、リンクの使用率を独立として通話路の呼損率を求め、さらにゲートコストが支配的であり、それが多重度に比例するとして容量当たりコストを求めた。図10にはVTDS、JVTDSのVMUX(=VDEM)の段数(s)を2〜5と変化させた場合の容量当たりコストの最適構成を210端子の場合につき示す。

図8 VTDSチャネルグラフ図9 VTDSチャネルグラフ図10 最適通話路構成(210端子)

 本方式は分散する多重化回路、分離回路を可変化し、ネットワーク全体にわたってパス設定制御ができること、伝送容量に対応して多重化、分離を実施できることから、WAPSに取り込むことによって既存の伝送方式との親和性を高めることが出来る。また特に、端末インターフェースを波長+時分割チャネルの組み合わせとする場合、波長毎に構成したサブネットワークをさらにチャネル数単位のサブネットワークに分割したことと等価となるので、通話路をさらに小容量にすることが可能となり、ノンブロック化による制御の簡単化の可能性が出てくる点でもWAPSへのVTDSあるいはJVTDS導入効果は大きい。

審査要旨

 本論文は,将来の全光情報通信ネットワークに向けた新たな伝送・交換方式を提案し,ネットワーク性能評価式の導出,ノード構成法の提案,伝達特性の評価,IP網構成方法の検討などを行ったもので,8章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成を述べている.

 第2章は「光交換技術の現状」と題し,ネットワーク全体を視野に入れた光交換技術研究の現状と動向を,光クロスコネクトシステムの研究を中心に論じるとともに,従来の交換システムとの違いを明確にした.

 第3章は「波長割り当て光交換方式の提案」と題し,本研究の中核をなす概念の提案を行っている.ここでは,点であるノードと線である伝送リンクとが組み合わさった通信ネットワーク全体を一つの通話路と捉え,リンク剖分に波長多重(WDM)光伝送システムが導入されつつある現状を踏まえて,ノード部分にWDM光スイッチング技術を導入することとし,端末間の通信に1波長を呼毎に割り当てることを基本とする「波長割り当て光交換方式(wavelength assignment photonic switching system,WAPS)」を提案した.本方式では端末間で波長変換を実施せず,スイッチも空間分割スイッチのみでネットワークが構築可能である.ネットワークリソースの全体管理という「制御」に負荷を掛ける代わりに,要求される伝送特性条件を緩和し,光スイッチング技術を導入し易くすることが本提案の基本的な考え方である.

 第4章は「WAPSネットワーク評価式の導出」と題し,対象となるWAPSネットワークモデルを整理した後,光増幅器および損失からなる通信路一セクションおよびそのK段縦続接続における平均光子数,光子数揺らぎに着目して,評価式の導出を行い,ビット誤り率の計算を可能としている.さらに,漏話と信号の相関(コヒーレンシ)があるとした場合の評価式の導出を行っている.

 第5章は「光ノード構成法」と題し,ここで検討対象とする南北2000km,端末数5000万規模のメッシュ,スター2階層のネットワーク構成(上位網10局,下位網50局)について述べた後,端末に光源を持たないタイプ1モデルについてQ値,光ノード漏話減衰量,許容ピットレート,パワーペナルティを計算により求めている,その結果,漏話減衰量,損失がノード当たりそれぞれ-30〜-50dB,-25〜-30dBの場合に,端末間で200Mbps,ビットエラーレート10-9の伝送が可能であることが分かった.次にこの条件下で実現可能なノード構成につき,チャネル整合法及び呼損率に着目して検討を行っている.具体的通話路構成を提案し,その基本となる8×8の空間分割スイッチには損失-3〜-4dB以下,漏話減衰量-47dBが要求されることを示した.さらに端末に波長可変光源を擁するタイプ2モデルについても同様の計算を行い,タイプ1と同等の品質を確保するためにはピットレートを134Mbpsに下げる必要のあることが明らかになった.

 第6章は「波長割り当て交換方式に適応する可変多重分離光時分割交換方式」と題し,各端局に存在する時分割多重化/分離機能を可変にしスイッチング機能を持たせることによりWAPSの機能を向上させ,伝送路容量の使用率を向上し得る新たな方式VTDS(variable multi/demultiplexing time division switch)の提案,検討を行っている.方式の概要を述べた後,呼損率及び通話路コストの計算式を導出している.続いて,VTDSに「時間ジャンパ」を導入する提案を行い,そのジャンパリングアルゴリズムと時間ジャンパ実現法の検討を行っている.その場合の呼損率及び通話路コストの表式を導出し.それらに基づいて通話路構成の最適化を試みている.さらに,VTDSの時分割伝送方式との整合性,波長多重伝送方式との整合性,WAPSへの適合性について論じている.

 第7章は「波長割り当て光ネットワークのIP網への適用についての考察」と題し,将来ネットワークトラフィックの大部分を占めると思われるインターネットトラフィックへのWAPSの適用性についての検討を行い,半固定接続とフロー毎に接続を行う2形式を備えることにより,現在と同様なIPトラフィックの運べることを示した.特にフロー毎の接続に関し接続待ち時間と必要バッファ量の検討を行い,どの程度の情報長以上でWAPSが有利になるかについて試算している.信号網の充実により接続待ち時間は短縮され得るので,WAPSが有利になる局面も拡大する.今後必要となるQoS保証型の通信サービスとの適合性が高いことと併せて,IP通信に対してもWAPSが有望であると結論している.

 第8章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,全光情報通信ネットワークに向けた新たな交換伝送方式として「波長割り当て光交換方式(WAPS)」を提案し,ネットワーク性能評価式の導出,具体的ノード構成法の考案と伝達特性のシミュレーション,WAPSの帯域利用効率を向上する「可変多重分離光時分割交換方式(VTDS)」の提案と解析,WAPSのIP網への適用方法の検討を行い,今後の光情報通信技術発展の礎を築いたものであって,電子工学分野へ貢献するところ多大である.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54733