学位論文要旨



No 115158
著者(漢字) 石川,弘
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ヒロシ
標題(和) 誘導体微小共振器における近接場光学効果
標題(洋)
報告番号 115158
報告番号 甲15158
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4653号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 三尾,典克
 日本女子大学 教授 国府田,隆夫
内容要旨 1概要

 近年、誘電体共振器を含む微小で複合的な誘電体構造の光学的性質に興味が集まっている。誘電体微小共振器は光を蓄積して光と物質の相互作用を増強する機能を持つことが知られているが、最近になって、さらにmオーダーの空間領域で光の流れを制御できるような微小な光回路素子としても有望であることが明らかになってきたためである。しかし、構造自体が微小で複雑であることに加えて、物質中に閉じ込められた導波光/エバネッセント波に対する応答が問題になることから、回路素子としての動作の背景にある基礎的な光の振舞いについてはまだ十分に理解されていないのが現状だと考えられる。

 微小共振器を含む全反射型の光回路(図1)では、光の閉じ込めが全反射によっておきていることから、素子の動作を理解するためには入出力用の導波路の存在による共振器表面での局所的な全反射効率の変化を理解することが重要になる。言葉を変えると、微小共振器を含む光回路では共振器導波路間の局所的な光のトンネリングが問題の本質であると言うことができる。共振器のサイズが数m程度まで小さくなった場合には、さらに入出力点の大きさが光の波長に近づくことから回折効果を考慮することも必要になると考えられる。すなわち、数mサイズの微小共振器を含む光回路ではトンネリングと回折が同時におきることになるため、従来の理論(単一モード系:結合モード理論、多モード系:無効全反射の理論)によるトンネリングの取り扱いは不十分であって、実験的にもサイズが大きい系とはいくらか違った振舞いが生じると予想されることになる。

 本研究は、そのような事情を背景にして、誘電体微小共振器と誘電体基板/誘電体導波路の間での回折を伴う局所的な光のトンネリング過程の性質を明らかにするために行ったものである。具体的には、まず基本的な実験事実をえるために、導波光/エバネッセント波に対する応答を観察できるような特別な顕微鏡の配置を使って種々の条件で観察を行った。また、共鳴時に共振器中に光が蓄積されていることを示すために単純なモデルにもとづく数値計算を行った。現時点では波長に近いサイズの複合誘電体素子の光学応答を説明するための単純な方法が存在するということ自体に特別な意味があると考えられるので、モデルに対する理解を深めるための理論解析も試みた。

2.予備的考察:光回路での共振器構造の働き

 一般に、光学素子を微小化すると素子の光学応答は弱くなるが、これは素子の微小化に対する重要な制限要因になる。共振器を含む光回路は、微小化しても光学応答が弱くならないという特殊な性質を持っているが、まずそれを明らかにするための予備的考察を行った。

 共振器を含む光回路の動作をおおざっぱに理解するためには、回折が生じないような十分大きなサイズの共振器を対象にした解析モデルを使えば十分である。共振器が大きい場合には単純な理論によって系の振舞いを説明できることが知られており、それによって以下の性質を導くことができる。

 (1)トンネリングを介して共振器と導波路を接続した素子では、素子の入出力特性が、トンネリングによるコヒーレントな結合と散乱や曲がり損失によるエネルギー散逸の間のバランスによって決まっている。散乱によるエネルギー散逸が強い場合には共振器でのエネルギー損失が素子の動作を支配するが(散乱型動作)、コヒーレントな結合が十分強い場合には共振器中での導波による位相変化と導波光間の干渉だけによって素子の動作が決定される(導波型動作)。

 (2)コヒーレントな結合が十分強い場合には、共振器の中に光が蓄積され、その結果共鳴時の共振器-導波路間の相互作用が実効的に増強される。このことによって、導波路から共振器への光の分岐量がどんなに少なくても(例えば1%以下でも)、全体として大きな光移行を実現できることになる。これは、単一波長回路においては、同じ分岐比を持つ方向性結合器を使った場合に比べて、素子サイズ(結合長)をはるかに小さくできることを意味している。すなわち、共振器を含む光回路には、波長選択機能以外に、時間応答を犠牲にすることによって空間サイズの微小化を達成するという機能があることになる。

3.実験

 全反射顕微鏡:光回路への応用を考える場合には、興味の対象が閉じ込められた状態で流れている光-導波路中の導波光/エバネッセント波や誘電体基板中の全反射/エバネッセント波-なので、それらの光を観測できるような特別な実験配置が必要になる。本研究では、基板中の全反射光を集光して結像できる顕微鏡として、全反射顕微鏡(図2)を用いて実験を行った。微小共振器としては誘電体微小球/円筒を使用した。球や円筒にはWhispering Galleryモードと呼ばれる形態依存性共鳴があるため、微小なpill box共振器として機能することが期待される。また、導波路は誘電体平面基板(多モード導波路)によって代用した。観察は、全反射がおきるような条件で共振器に光を照射し、その際の基板中の散乱光を集光して結像することによって行う。これによって、導波路系と極めてよく似た状況で共振器との相互作用による全反射光(導波光)の波面の変化を実空間で観察できることになる。この際、共振器-基板系では基板が多モードであるために導波光の分散関係は任意になる。この点は、光回路中の導波路と多少異なっているが、位相整合条件を満たさない光が観測できるので、トンネリングと回折の関連を見る上では逆に好都合である。(共振器-導波路系での位相整合条件と回折効果の関連は、理論的にも実験的にも自明ではない)。

図表図1 / 図2

 振動数に関する共鳴の観測(強い共鳴応答の存在):微小共振器-平面基板系の全反射光/エバネッセント波に対する散乱光の強度分布の振動数依存性は図3の上段のようになる。微小共振器のW.G.モードは外部との結合が弱いことで知られているが、入射光が導波光/エバネッセント波の場合には図のような強い応答が観測されることが分かった。

 位相整合と回折効果:数mサイズの微小共振器に対しては、回折によって伝播定数の不確定性が大きくなるために伝播定数に関する共鳴の幅がかなり大きくなる。このことは入射光の角度を変えた実験から確認できた(図3上段と中段)。この結果は、微小共振器に対しては位相整合条件がゆるくなることを意味している。さらに、共振器から出てくる光は全反射光とは違った出射角と比較的大きな角度広がりを持つが、このことは共振器から基板へのトンネリング過程における回折効果の存在を裏付ける別な証拠になっている。またその他の実験から、共鳴で観測される光の波面が基板表面での全反射光と共振器から出てくる光の干渉によって形成されていることも分かった。微小球共振器の導波型動作:基板/導波路と結合した共振器の動作を考える上では、光が散乱によって基板/導波路の外に散逸するか、それとも共振器中を導波されて基板の中に戻ってくるかということが重要である。実験では、直径5mの微小球共振器と誘電体基板の複合系に対して、光がほとんど全て基板中に戻ってくることが観測された(図4)。これは共振器が導波型の動作をしていることを示唆するが、そのことをより明確に示すためにはさらに光が共振器の中に入っていることを確かめることが必要になる。そのためには以下で述べる数値的な手法を用いた。

4.モデル化と数値計算

 図に示した全反射顕微鏡像は、基板表面での全反射ビームと、誘電体微小球の少数の球面部分波(固有モード)が基板をトンネル(透過)してできた光の、単純な重ね合わせとみなすことによってほぼ再現することができる(図5)。このことは、基板中の導波光が共振器中の共鳴モードに選択的に結合しており、さらに共鳴時にはそのモードが共振器中で大きな振幅を持っていることを意味している。理論的観点から言うと、この際、平面上の電場分布からえられる2次元フーリエ変換による平面波展開と、基板表面での非伝播光から伝播光への「モード変換」の影響を考慮することが本質的である。使ったモデルは、Maxwell方程式に対するBorn近似に類似の近似の1次の項に相当するものであって、回折を伴う局所的な光のトンネリングを記述する上での最も基本的なモデルになっていると考えられる。共鳴の上下の異なる波長に対する顕微鏡像は、計算に使う部分波の位相を変えることによって再現できることも分かった。この際、各部分波の位相変化の相対的量から、基板存在下では異なる磁気量子数(m)を持つ共鳴モードの縮退が解けており、共鳴の幅も違っていることが明らかになった。これは、理論的には共振器-基板間の多重散乱に起因する効果であって、共鳴の周波数軸上での位置と幅に関しては高次の寄与が無視できないことを示している。なお、再現像をえるためには、全反射顕微鏡のモデル化に際して、対物レンズの高開口数成分の偏光特性を適切に取り入れることが必要である。

図表図3:共振器-基板系の共鳴の振動数・伝播定数依存性(全反射顕微鏡像) / 図4:共振器-基板系における基板の中と外への散乱光強度 / 図5:実験と数値計算の比較
5.まとめ

 微小共振器-導波路系の光回路中での役割について考察し、平面基板上のmサイズのW.G.モード型共振器のエバネッセント波に対する共鳴特性および動作モードを実験と数値解析によって明らかにした。また、光の波長よりわずかに大きい開口に対する局所的な光のトンネリングのモデルと全反射顕微鏡像の解析方法を開発した。論文では応用上重要と考えられる光回路の配置についても論じた。

審査要旨

 光通信の裾野が広がるにつれて、光・電気変換を経ずに、光のままで情報伝達をするための小型で簡便な導波回路、インターコネクト、フィルターなどへの研究に関心が集まっている。そのような要素を構成する最も単純な原理は、内部全反射による光閉じ込めを用いるものであって,光ファイバーはその典型的な例である。ところが、二つの光閉じ込め素子の間の光伝達を記述する方法は、従来、位相整合の考えを指導原理とするものであって、伝達領域が空間的に限定されている場合についてこの考えが妥当であるかどうかの批判的検討は行われて来なかった。本論文は、微小球共振器と基板内の全反射モードの結合という最も単純化された系で、微小領域における伝搬モード・局在モード間の光伝達の際に重要となる因子を、実験とモデル計算によって明らかにしたものであり、全5章および付録よりなる。

 第1章は序論であり、本研究の背景、研究対象である誘電体基板上の微小球共振器に即した研究目的が述べられている。

 第2章は予備解析である。本研究ではモデルを用いた実験と解析を行うが、それに先立ち、実用上意味があると思われる、リング共振器・導波路結合系の一般的な性質を基礎に立ち戻って解析することにより、十分な議論が従来なされて来なかった強結合の場合に、応用上意義のある動作原理があることを示している。特に、強結合の場合でも、直感に反して共振器としての性能が大幅に損なわれることがないことを示し、方向性結合器やフィルターとして利用可能な動作モードであることを明らかにしている。

 第3章は実験について述べている。ここでは、モデル系としての誘電体基板上の微小球共振器に、基板の全反射モードが結合する様子を全反射配置の顕微鏡で実空間観察する方法について詳述されている。全反射波は、その一部がエバネセント領域によって微小球の固有モードと結合する。この固有モードが再びエバネセント領域を介して基板中に放射されるときに、全反射波と干渉し、特有の干渉パターンを形成する。このパターンを、狭帯域レーザ光の波長を走査しながら観察することにより、固有モードの共鳴・非共鳴が明瞭に区別できることが見出された。また、共鳴の幅が比較的狭い、共鳴時でも外部の非導波モードに散乱される光量の増大がない、固有モードと全反射波の強度は同程度であるなど、前章で議論した強結合系特有の現象が見られることが明らかになった。

 第4章は、前章の実験結果を理解するための数値計算である。まず、孤立した誘電体基板と微小球共振器から出発し、両者の相互作用による固有モードの変化は無いと考え、固有モード間がエバネセント波で結合しているという近似を行う。その上で、球面上のエバネセント波を基板面内二次元フーリエ展開することで通常のフレネル係数が適用できるように書き換える。このような簡単化によって、解析的な表現が可能になり、数値計算においても、どのような部分波が取り込まれているか、物埋的な理解が容易に行えるようになった。その結果、観察された干渉パターンは全反射波の角運動量を近似的に保存するような、ごく少数の部分波を用いるだけで、ほぼ完全にその振舞いを再現することができた。

 第5章は結論である。2章で予想された強結合の振舞いが現実の系で実現されていることがまとめられている。また、付録も4部からなり、本文中では煩雑になると思われる式の導出や、結論をさらに補強するための追加実験について述べられている。

 以上要するに、本研究は、内部全反射によって光閉じ込めを起こしている微小光学系において、強結合の意義を明らかにし、その振舞いの拠って来る物理的描像を簡明に示したものであって、物理工学に寄与するところ大であると判断される。

 よって本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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