光通信の裾野が広がるにつれて、光・電気変換を経ずに、光のままで情報伝達をするための小型で簡便な導波回路、インターコネクト、フィルターなどへの研究に関心が集まっている。そのような要素を構成する最も単純な原理は、内部全反射による光閉じ込めを用いるものであって,光ファイバーはその典型的な例である。ところが、二つの光閉じ込め素子の間の光伝達を記述する方法は、従来、位相整合の考えを指導原理とするものであって、伝達領域が空間的に限定されている場合についてこの考えが妥当であるかどうかの批判的検討は行われて来なかった。本論文は、微小球共振器と基板内の全反射モードの結合という最も単純化された系で、微小領域における伝搬モード・局在モード間の光伝達の際に重要となる因子を、実験とモデル計算によって明らかにしたものであり、全5章および付録よりなる。 第1章は序論であり、本研究の背景、研究対象である誘電体基板上の微小球共振器に即した研究目的が述べられている。 第2章は予備解析である。本研究ではモデルを用いた実験と解析を行うが、それに先立ち、実用上意味があると思われる、リング共振器・導波路結合系の一般的な性質を基礎に立ち戻って解析することにより、十分な議論が従来なされて来なかった強結合の場合に、応用上意義のある動作原理があることを示している。特に、強結合の場合でも、直感に反して共振器としての性能が大幅に損なわれることがないことを示し、方向性結合器やフィルターとして利用可能な動作モードであることを明らかにしている。 第3章は実験について述べている。ここでは、モデル系としての誘電体基板上の微小球共振器に、基板の全反射モードが結合する様子を全反射配置の顕微鏡で実空間観察する方法について詳述されている。全反射波は、その一部がエバネセント領域によって微小球の固有モードと結合する。この固有モードが再びエバネセント領域を介して基板中に放射されるときに、全反射波と干渉し、特有の干渉パターンを形成する。このパターンを、狭帯域レーザ光の波長を走査しながら観察することにより、固有モードの共鳴・非共鳴が明瞭に区別できることが見出された。また、共鳴の幅が比較的狭い、共鳴時でも外部の非導波モードに散乱される光量の増大がない、固有モードと全反射波の強度は同程度であるなど、前章で議論した強結合系特有の現象が見られることが明らかになった。 第4章は、前章の実験結果を理解するための数値計算である。まず、孤立した誘電体基板と微小球共振器から出発し、両者の相互作用による固有モードの変化は無いと考え、固有モード間がエバネセント波で結合しているという近似を行う。その上で、球面上のエバネセント波を基板面内二次元フーリエ展開することで通常のフレネル係数が適用できるように書き換える。このような簡単化によって、解析的な表現が可能になり、数値計算においても、どのような部分波が取り込まれているか、物埋的な理解が容易に行えるようになった。その結果、観察された干渉パターンは全反射波の角運動量を近似的に保存するような、ごく少数の部分波を用いるだけで、ほぼ完全にその振舞いを再現することができた。 第5章は結論である。2章で予想された強結合の振舞いが現実の系で実現されていることがまとめられている。また、付録も4部からなり、本文中では煩雑になると思われる式の導出や、結論をさらに補強するための追加実験について述べられている。 以上要するに、本研究は、内部全反射によって光閉じ込めを起こしている微小光学系において、強結合の意義を明らかにし、その振舞いの拠って来る物理的描像を簡明に示したものであって、物理工学に寄与するところ大であると判断される。 よって本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |