SiGe変調ドープ構造は、現在、集積回路の性能を大幅に向上させるものとして期待され、研究が行なわれている。特に、p型変調ドープ構造は、従来型トランジスタの10倍以上の動作速度を達成できる可能性を持っている。しかし、これまでの研究では、作製構造の膜質が低い事や、デバイスプロセスに関する知見が不十分である事などから、実用化に際して解決されなければならない幾つかの問題点が残っている。本論文では,「シリコンゲルマニウム歪ヘテロ構造の作製とその電子デバイスへの応用に関する研究」と題し、従来と比較して、著しく改善された高品質p型変調ドープ構造の作製と伝導特性評価、デバイスプロセスにおいて重要なイオン注入した不純物の活性化と、アニールが変調ドープ構造の伝導特性に与える影響に関して行った研究をまとめたものである。 第1章「序論」では、本研究の背景、目的、方法、論文の概要などが述べられている。 第2章「SiGe変調ドープ構造」では、本研究の対象であるSiGe変調ドープ構造についての予備知識、および従来の研究報告がまとめられている。 第3章、第4章、第5章、第6章は,本論文の中心をなすもので、本研究で得られた実験結果とその考察が議論されている。 第3章「低温Siバッファを用いた緩和SiGe層作製とその評価」は、分子線エピタキシー法を用いて低温Siバッファ上に作製された緩和SiGe層と、低温Si層に関する内容を述べている。緩和SiGe層の成長温度を上昇させると、SiGe層の緩和率が温度に対してピークを持つという低温Siバッファ特有の現象が見い出された。これは、低温Si層が緩和SiGe層成長時にアニールされて、結晶性が改善された為と説明できた。さらに、Ge組成を増加させていくと、低温成長が可能となりGe組成が0.6を越えると、緩和SiGe膜の緩和率、表面ラフネス、貫通転位密度といった膜特性が改善される特徴的な振る舞いが観測された。 また、低温Siバッファが、優れた膜緩和バッファとして働く原因として、空孔型欠陥が関与していると考えられたので、陽電子消滅法を用いて空孔型欠陥を評価した。その結果、Siが結晶化する最低温度400℃において、空孔型欠陥のサイズが最大であることが観測され、そのサイズは原子空孔の10倍以上であり、濃度は〜1018cm-3以上である事が解明された。この事から、低温Si層が優れたバッファとして役割を果たすのは、巨大空孔クラスターが存在し、機械的強度が弱くなって、膜緩和が起きやすくなったためと結論づけられている。 第4章「低温バッファを用いた歪みGeチャネル変調ドープ構造」は、第3章で述べた低温バッファ上のp型歪みGeチャネル変凋ドープ構造の作製と伝導特性に関する検討結果を述べている。まず、低温バッファを用いることによって、室温で1300cm2/Vsという非常に高い移動度を得る事に成功した。この値は世界最高値であるとともに、表面ラフネスの少ない高品質バッファ層を用いていることから、デバイス応用に有望であることが指摘されている。また、極低温におけるSchubnikov-de Haas振動から、ドーピング層に大量のパラレル伝導キャリアが存在する事がわかり、これが移動度の低下を引き起こしている事がわかった。したがって、ドーピング条件を最適化することにより、さらに移動度向上が期待できる。また、バッファとして1段階の低温バッファを用いた場合、2段階バッファより低移動度を示すのは、表面構造が影響しているためと説明できた。 第5章「イオン注入したSiGe混晶のキャリア活性化」は、Asをイオン注入した歪み緩和Si1-xGexにおいて、キャリア活性化に関する内容について述べている。AsのSi1-xGexに対する固溶度は、Ge組成の増加につれて減少すること、活性化率がやはりGe組成増加に伴い減少することを見出した。また、キャリア活性化温度は、Ge組成に対してx=0.1付近で極大を持つという特異な振るまいが見出された。この結果は、低い活性化エネルギーを持つGe導入による活性化エネルギーの減少と、原子レベルでの歪み増加による活性化エネルギーの増加が競合している為と説明できた。 第6章「アニールしたn型歪みSiチャネル変調ドープ構造の散乱要因」では、異なるチャネル幅を持つn型歪みSi変調ドープ構造をアニールし、散乱要因の変化に関して検討を行っている。チャネル幅が10nmより大きい場合は、アニール温度800℃から移動度の低下が起こり、主散乱要因が遠距離不純物から一様不純物散乱に変化していく事がわかった。チャネル幅が小さくなるにつれて、界面ラフネス散乱の影響が大きくなり、チャネル幅4nmの場合には、700℃から界面ラフネス散乱の影響が大きくなり、850℃でキャリアの局在が起こる事がわかった。これらの結果から、チャネル幅が5.3nm以上の場合、800℃以下でアニールを行えば移動度には悪影響を与えないことが明らかとなった。また、アニールによって期待された結晶性向上による移動度の増加はほとんど見られない事がわかった。 第7章「結論」では、以上の研究の結論が要約されている。 以上を要約すると、本研究はデバイス応用を目的とした高品質SiGe変調ドープ構造の作製、評価、デバイスプロセスに関する物理現象について、多くの新しい知見を見出したものであり、物理工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |