軟X線領域の分光法は物質の電子状態を観測するのに適した分光法であることはよく知られている。軟X線領域の光電子分光は、これまで、固体の占有電子状態を解明する上で極めて重要な役割を演じてきた。近年、分解能は数meV近くに達し、物質にとって重要なフェルミ面付近の情報を得る上で画期的な進歩があった。一方、物質の非占有電子状態を知る方法として、逆光電子分光があるが、この実験方法は強度が極めて弱いために、精度が悪くほとんど研究がなされていないのが現状である。本研究では、共鳴逆光電子分光法の開発を行い、その手法を用いてCe化合物の電子物性の研究を行った。 本研究の第一の目的は、まず、共鳴逆光電子分光装置を作成することにある。これまで軟X線領域の逆光電子の共鳴効果は850eV付近で行われるだけであった。本研究では世界で初めて50-200eV付近で、共鳴効果を測定することに成功した。それによって、Ce化合物の4fレベルのみを抽出する事ができた。また、強度が著しく増大したために、スペクトルの精度が上がり、分解能も向上した。第二に共鳴効果について調べた。不純物アンダーソンモデルにより、共鳴効果について解析した。第三に混合原子価であるCePd3の逆光電子スペクトルの温度変化が、近藤温度でスケールされることを明らかにした。第四にCeCoGe3-xSixの共鳴逆光電子分光実験を行い、シリコン濃度とともに変化する電子物性について議論を行った。 第1章では、共鳴逆光電子分光の概念を明らかにした後に、本研究で用いた共鳴スペクトルの計算方法について述べた。 第2章では、作製した実験装置について述べた。電子源である電子銃について述べた後、発光分光器の仕組みについて述べた。発光分光器は回折格子と検知器、スリットをローランド円上にのせることにより高分解能を得ることができた。 第3章では、CePd3、CeRh3、CeSn3を中心に逆光電子分光の4d→4f共鳴効果を調べた。巨大共鳴領域及び吸収端前の励起により、f1ピーク及びf2ピークの著しい共鳴が観測された。著しい強度の増大とともに多重項構造が観測された。不純物アンダーソンモデルにより計算された共鳴逆光電子スペクトルは、表面の効果を考慮することにより、実験の構造をよく再現しており、これらの物質のfレベルのエネルギー位置やhybridizationの大きさが決定された。 第4章は、大きく分けて2つに分かれており、前半ではCePd3の逆光電子分光と高分解光電子分光の温度変化を観測し、逆光電子分光ではf1とf2の強度比が近藤温度を境に著しく変化する事を明らかにした。この変化は近藤温度を境に4f電子数が変化するというCePd3の電子物性とよく一致することがわかった。一方、近藤状態のコヒーレンスが形成されるにしたがって、40K付近のコヒーレンス温度以下で、フェルミ準位近傍の4f状態密度が減少することが光電子分光で観測された。後半は4元系のCeCoGe3-xSixの共鳴逆光電子分光と電子物性との関係が議論された。この物質はGe濃度が増加するに伴い、格子定数が増大し、近藤効果が弱められるため反強磁性が出現する相図を持っている。逆光電子分光による4fピーク強度の温度変化から4f電子数の温度変化が観測され、近藤温度との関係を議論した。第4章では電気伝導度、赤外吸収、磁性等の他に実験手段で得られる電子物性との詳細な比較を論じ、逆光電子分光が何を観測しているかを明らかにした。 最後に第5章では本研究で得られた結果をまとめ、今後の課題を挙げた。 以上、本研究では50-200eV付近の軟X線領域において、世界で初めて共鳴逆光電子分光実験を成功させた。共鳴効果により、精度が上がり、4f成分のみを抽出する事ができ、高分解能を達成することができた。詳細なCe化合物の電子物性を実験的に明らかにしており、物性物理学の発展に寄与するところが極めて大きいものと考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |