ペロフスカイト型Mn酸化物は巨大磁気抵抗を示すことから近年盛んに研究されている物質である。この系は近年の研究の進展によりスピン・電荷に加えてキャリアの存在する軌道の自由度も重要な役割を果たしていることが明らかになり、これらの自由度が結合した系として数多くの研究がなされている。ペロフスカイト型Mn酸化物ではホール濃度を変化させたり一電子バンド幅を制御することにより物性制御が可能であり、巨大磁気抵抗現象を研究する格好の舞台を提供している。本研究の特色は巨大磁気抵抗現象を研究するための一つの切り口として、系の次元性を取り上げた点にある。ホール濃度を40%に固定して物性の発現の仕方を比較してみると3次元系のLa1-xSrxMnO3では強磁性金属であるが、2次元でMnO2層1枚からなるLa1-xSr1+xMnO4では反強磁性体である。一方、MnO2層2枚からなるLa2-2xSr1+2xMn2O7ではT=120Kにおいて金属・絶縁体転移を生じ、その転移点近傍で非常に大きな巨大磁気抵抗効果が観測される。本研究では中性子散乱実験により2次元ペロフスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7系の磁気構造および結晶構造のホール濃度依存性を明らかにして、相図を完成させる。本論文の意義は、多数の試料に関して系統的な中性子散乱実験を行い、La2-2xSr1+2xMn2O7における結晶構造・磁気構造のホール濃度依存性を決定し、この2次元系ではA型反強磁性秩序が支配的であり、この相において観測される電荷秩序が電気抵抗の振舞いに重要な影響を与えていることを実験的に明らかにした事にある。 本論文は8つの章からなる。第1章では、本研究の動機となったペロフスカイト型Mn酸化物の示す巨大磁気抵抗を紹介し、本研究で取り上げる2次元系La2-2xSr1+2xMn2O7に関連して次元性の影響に関して既知の情報が総括され、この系の中性子散乱実験を用いた研究の有用性と目的が述べられている。 第2章は、本研究に用いられた中性子散乱実験手法にかんして、その原理とデータの解析方法が簡潔に記載されている。また第3章では、本研究で使用された試料の作成方法が説明されている。 第4章は、La2-2xSr1+2xMn2O7系の結晶構造・磁気構造のホール濃度相図に関する研究結果を述べたものである。本研究がなされるまでは特定のホール濃度における研究はなされていたが、この系のホール濃度変化に対する相図は作成されていなかった。本研究では系統的にホール濃度を変化させた単結晶試料を作成し中性子回折実験により磁気構造と結晶構造の決定を行うと供に、とくに結晶構造解析によりMnO6八面体の形状変化と電気抵抗との関連について、ヤーンテラー歪みをパラメータ化することにより考察がなされた。 第5章では、2次元性に伴って観測されるMnO2二重層の積層に関する散漫散乱の解析結果が詳しく報告されている。強磁性と反強磁性が共存する場合は、キャント磁性と理解することが伝統的になされてきているが、ペロフスカイト型Mn酸化物の示す巨大磁気抵抗の研究においては、強磁性と反強磁性への相分離現象が巨大磁気抵抗現象の原因として精力的に議論され研究されている。本La2-2xSr1+2xMn2O7系でも強磁性と反強磁性のブラッグ反射が共存することが観測されキャント型反強磁性秩序であると解釈されているが、MnO2二重層の積層に関する特徴的な散漫散乱の解析から強磁性領域と反強磁性領域への相分離ではなく、字義通りキャント型反強磁性であることが明快に示されることが述べられている。 第6章は、引き続いて電荷秩序に関する散漫散乱の解析結果とその考察に当てられている。本La2-2xSr1+2xMn2O7系では、広く常磁性相とA型反強磁性相とにおいて、一見ストライプ的と思われる散漫散乱が観測される。この散漫散乱の温度変化は電気抵抗の温度変化に良く対応しており、この系の電気抵抗の振舞いを決定している重要な因子となっている。またx=1/2では3次元系R1-xAxMnO3でも観測されているいわゆるCE型電荷磁気複合秩序が存在することが、本研究において確認された。しかも、その複合電荷秩序はA型反強磁性と共存し、ホール濃度のてい濃度領域で顕著な強磁性秩序と反強磁性秩序の相分離とは異なる、x=1/2における相分離の一形態である可能性が示唆された。 最後に第7章では、この系のスピンダイナミクスが報告されている。ホール濃度の変化に対して系統的にスピン波スペクトルを測定してMnO2二重層内のスピン交換相互作用を解析することにより、軌道状態の変化がスピン波励起にも明瞭に反映されていることを示すことが出来た。 第8章は全体のまとめで、本研究によって確立された2次元系La2-2xSr1+2xMn2O7の相図を俯瞰し、軌道状態と磁気秩序の関連性が系統的に理解できたことが示された事が要約されている。本研究は、ペロフスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7のホール濃度0.30<x<0.50の範囲に関し相図を完成させるとともに、その物性のホール濃度変化が軌道状態と関連づけて複合物性という視点から理解できることを示し、2次元ペロフスカイト型Mn酸化物の示す巨大磁気抵抗現象の理解に有用な知見を提供するものであり、物性物理学さらには物理工学に寄与するところ大であると判断される。 よって本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |