学位論文要旨



No 115164
著者(漢字) 久保田,正人
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,マサト
標題(和) 層状ペロフスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7の磁性と電荷・軌道秩序の研究
標題(洋)
報告番号 115164
報告番号 甲15164
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4659号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉澤,英樹
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 三浦,登
内容要旨 緒言

 銅酸化物高温超伝導体の発見を契機として、単結晶作製技術の向上並びに様々な実験手段を用いた研究が行なわれ、3d遷移金属を含むペロフスカイト型酸化物は「モット絶縁体にキャリアドープした系」として理解されている。その中で、ペロフスカイト型Mn酸化物ではホール濃度を変化させたり、許容因子rを介して1電子バンド幅を制御することにより、巨大磁気抵抗に関する物性を研究する上で格好の舞台となっている。その結果、スピシ・電荷に加えてキャリアが存在する軌道の自由度にも着目される様になり、これらが複雑に関係し合っていることが分かってきた。

 最近では、次元性に着目した研究も盛んに行なわれる様になってきた。Ruddelesden-Popper型((La,Sr)n+1MnnO3n+1)と呼ばれる物質群では(La,Sr)2O2ブロック層に対するMnO2層の数を変化させることで系の次元性を制御することができる。例えば、La1-xSrxMnO3はn=∞に相当する3次元系物質であり、一重層ペロフスカイト型Mn酸化物La1-xSr1+xMnO4はn=1に相当する2次元系物質である。同じホール濃度x=0.40で比較した場合、全温度領域でn=∞の時には強磁性金属であるが、n=1では反強磁性絶縁体(CE型構造)である。これらに対して、MnO2面が2枚積層した2次元系La2-2xSr1+2xMn2O7(n=2)では強磁性転移温度TC=120Kにおいて金属絶縁体転移を起こす。そして、磁場下での巨大磁気抵抗効果の大きさはn=∞と比較して約2桁も大きな値を取る。更にn=2の系は顕著な電気抵抗の異方性を示し、x=0.30において面内方向の電気抵抗abと面間方向の電気抵抗cの比は室温付近でc/ab〜103、TC付近ではc/ab〜104にも達している。これら以外にも、n=2の系では低次元化したことによる3次元系との相違点が幾つか報告されている。Mitchellらはx=0.40において絶縁体相よりも金属相の方がヤンテラー歪みが増大することを観測した。これは3次元系の場合はヤンテラー歪みが増大すると1電子バンド幅が減少することと矛盾する結果である。また、圧力下での電気抵抗の次元性による相違を比較すると、3次元ペロフスカイトMn酸化物においてはTCの値が増加し、それに連れ電気抵抗率が減少するのに対して、n=2の系では圧力は電気抵抗率の値を増加させる働きがある。

図1:(a)La2-2xSr1+2xMn2O7(0.30x0.50)の磁気相図。(b)10Kにおける強磁性モーメントと反強磁性モーメントの大きさのホール濃度依存性。(c)格子定数a,cの室温(RT)と10K(LT)でのホール濃度依存性(d)ヤンテラー歪みJT(MnO22重層における面間方向Mn-Oボンド長(平均値)と面内方向のMn-Oボンド長の比)の室温(RT)と10K(LT)でのホール濃度依存性。
本研究の目的

 この様にn=2においてもCMRが出現するが、低次元化した際に見られる物性は、2重交換相互作用モデルや1電子バンド幅の変化による説明では不充分である。そこで、低次元化することがCMRや電荷秩序にどの様な影響を及ぼすのかを理解するために、中性子散乱実験により層状ペロフスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7の金属絶縁体転移に伴う磁性及び電荷秩序に関する研究を行った。低次元化することはキャリアの運動領域をMnO2ブロック層に制限し、磁性に関しては積層方向の相互作用を弱める効果がある。また、低次元化に伴いキャリアが存在するcg軌道の縮退が解け、異方的な軌道状態の一方が選択されるため、強磁性金属相における軌道状態を研究するのに適した系となっている。また後述する様に、La2-2xSr1+2xMn2O7系ではバックリングが生じておらず、MnO6八面体の変化がヤンテラー結合による軌道状態の変化をより直接的に反映したものになっている。これらの特徴のためCMRを示すペロフスカイト型Mn酸化物における軌道と磁性、結晶構造の関係を議論する際にも有利である。

La2-2xSr1+2xMn2O7の相図

 まず、粉末試料並びに単結晶を用いて中性子散乱実験を行ない、La2-2xSr1+2xMn2O7のホール濃度が0.30x0.50の範囲に関して磁気相図を決定した。0.39x0.48の中間相において、面内は強磁性相関であるが反強磁性相関が面間方向に発達していることを明らかにした。強磁性相より高い温度領域に反強磁性相が存在する磁気相図はLa2-2xSr1+2xMn2O7に特有なものであり、3次元ペロフスカイト型Mn酸化物においてはこの様な磁気相図の報告例はない。低温相に関しては、0.32x0.48の範囲で隣接するMnO2面内の磁化容易軸どうしがキャント角cantをなすキャント型反強磁性構造が出現している。そして、ホール濃度の増加と共にキャント角が0°(planar FM0.32x<0.39)から180°(A-type AFM0.48x)へと連続的に変化する。TCはx=0.40で120K、x=0.45で95Kであるのに対して、x=0.48ではTCが消失する。一方、強磁性を示すx=0.30では磁化容易軸が積層方向を向いており、x=0.30付近に相境界が存在することが明らかになった。

 続いて粉末試料の実験結果のRietveld解析を行い、各ホール濃度(0.30x0.50)での格子定数(a,c)、Mn-O6八面体における面内、面間のMn-Oボンド長(Mn-Ocqualorial<Mn-Oapical>)を求めた。その結果、xの大きさを増加させると面内のa、Mn-Ocquatorialはほとんど変化しないのに対して、積層方向のc、<Mn-Oapical>は大きく収縮することが明らかになった。そして、0.30x0.50のホール濃度範囲では構造相転移が無く、しかもバックリングも生じていないことが分かったので、キャリアが存在するcg軌道の状態が磁性、結晶構造に及ぼす影響をより関係深く理解することができた。実際、ホール濃度が増加し、A-type反強磁性が出現するようになるとで定義されるヤンテラー歪みの大きさは減少し0.45<xではほぼ1に近い値を取ることから、軌道状態の混成はからが支配的な状態に変化していると考えられる。

2種類の電荷秩序不安定性

 前述のA型反強磁性構造は、3次元系ペロフスカイト型Mn酸化物でも観測され、磁気異方性を反映した電気抵抗の異方性が存在している。実際Nd0.45Sr0.55MnO3ではTN以下で、反強磁性を示す面間方向の電気抵抗は絶縁体的に上昇していくのに対して、2重交換相互作用が働く強磁性面内の電気抵抗は金属的な振舞いを示すことが分かっている。しかし、n=2系ではMnO2面内が強磁性であるにも関わらず、中間温度領域で絶縁体的に面内の電気抵抗は増加しており、A型反強磁性構造で期待される電気抵抗の温度変化の振舞いとは矛盾している。x=0.40,0.45,0.48の各ホール濃度で強磁性面内の電気抵抗が絶縁体的な振舞いを示す温度領域で散慢散乱を観測し(図2)、このピーク強度の温度変化が各ホール濃度の電気抵抗の温度変化と対応していることが分かった。更に、0.30x0.50の広いホール濃度範囲でこの散慢散乱が存在していた。また、面内での相関は短距離に留まっているが、ホール濃度が大きくなるに連れ相関長が大きくなっていくことが分かった。本研究により、キャリアの運動はこの短距離電荷秩序の影響を直接受け、その結果電気抵抗の振舞いや磁化の温度変化に異常が生じていることが明らかになった。

図2:La2-2xSr1+2xMn2O7の電気抵抗の温度依存性(x=0.40,0.45,0.48)。図3:LaSr2Mn2O7における各逆格子点でのピーク強度の温度依存性。(a)A-type反強磁性構造の磁気反射,(b)CE-type電荷秩序反射.(c)ab面内の磁気散慢散乱。(d)CE-type反強磁性構造の磁気反射

 x=0.50では電気抵抗が一旦上昇してから再び減少するリエントラントな振舞いを示す。電気抵抗の飛びが見られるのは、CE型電荷秩序(Mn3+サイトとMn4+サイトがジグザグに並んだ構造)が出現するためである。しかし、MnO2層が1枚のLa1-xSr1+xMnO4や3次元系で見られるCE型電荷秩序とは異なり、La2-2xSr1+2xMn2O7ではA型反強磁性秩序が共存し、しかもオーダーパラメータの温度変化にヒステリシスが生じていることが分かった。この共存のために、CE型電荷秩序が生じているにも関わらず面内の電気抵抗の絶対値は他の系と比べ相対的に小さい。また低温でA型反強磁性秩序が安定化し、CE型電荷秩序は抑制される。

スピンダイナミクスのホール濃度依存性

 最後にダイナミクスの立場から軌道状態のホール濃度による変化を理解するためにスピン波測定を行ない、2重層の中の面内の交換相互作用Jと面間の交換相互作用Jの大きさ〇ホール濃度依存性を求めた。ホール濃度が大きくなるに連れ、Jは増加するのに対して、Jは減少する。特に、0.40x以上でJの値は、非常に小さな値となっている。2重交換モデルでは交換相互作用の大きさはキャリアのトランスファー積分の大きさに比例する。従って、ホール濃度が大きくなるに連ねJ/Jの比の値が小さくなることは、キャリアのトランスファーがよりMnO2面内に制限され、より2次元的な運動をする様になることを意味している。この時、キャリアの面内での運動エネルギーを得させるには、cg軌道はに近い状態を取る必要がある。こういった交換相互作用J、Jのホール濃度依存性は、MnO6八面体におけるJahn-Teller歪み(Mn-Oapical/Mn-Ocqualorial)が小さくなっていくことと同様に、軌道状態がからに近い状態に変化する様子を示唆している。

審査要旨

 ペロフスカイト型Mn酸化物は巨大磁気抵抗を示すことから近年盛んに研究されている物質である。この系は近年の研究の進展によりスピン・電荷に加えてキャリアの存在する軌道の自由度も重要な役割を果たしていることが明らかになり、これらの自由度が結合した系として数多くの研究がなされている。ペロフスカイト型Mn酸化物ではホール濃度を変化させたり一電子バンド幅を制御することにより物性制御が可能であり、巨大磁気抵抗現象を研究する格好の舞台を提供している。本研究の特色は巨大磁気抵抗現象を研究するための一つの切り口として、系の次元性を取り上げた点にある。ホール濃度を40%に固定して物性の発現の仕方を比較してみると3次元系のLa1-xSrxMnO3では強磁性金属であるが、2次元でMnO2層1枚からなるLa1-xSr1+xMnO4では反強磁性体である。一方、MnO2層2枚からなるLa2-2xSr1+2xMn2O7ではT=120Kにおいて金属・絶縁体転移を生じ、その転移点近傍で非常に大きな巨大磁気抵抗効果が観測される。本研究では中性子散乱実験により2次元ペロフスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7系の磁気構造および結晶構造のホール濃度依存性を明らかにして、相図を完成させる。本論文の意義は、多数の試料に関して系統的な中性子散乱実験を行い、La2-2xSr1+2xMn2O7における結晶構造・磁気構造のホール濃度依存性を決定し、この2次元系ではA型反強磁性秩序が支配的であり、この相において観測される電荷秩序が電気抵抗の振舞いに重要な影響を与えていることを実験的に明らかにした事にある。

 本論文は8つの章からなる。第1章では、本研究の動機となったペロフスカイト型Mn酸化物の示す巨大磁気抵抗を紹介し、本研究で取り上げる2次元系La2-2xSr1+2xMn2O7に関連して次元性の影響に関して既知の情報が総括され、この系の中性子散乱実験を用いた研究の有用性と目的が述べられている。

 第2章は、本研究に用いられた中性子散乱実験手法にかんして、その原理とデータの解析方法が簡潔に記載されている。また第3章では、本研究で使用された試料の作成方法が説明されている。

 第4章は、La2-2xSr1+2xMn2O7系の結晶構造・磁気構造のホール濃度相図に関する研究結果を述べたものである。本研究がなされるまでは特定のホール濃度における研究はなされていたが、この系のホール濃度変化に対する相図は作成されていなかった。本研究では系統的にホール濃度を変化させた単結晶試料を作成し中性子回折実験により磁気構造と結晶構造の決定を行うと供に、とくに結晶構造解析によりMnO6八面体の形状変化と電気抵抗との関連について、ヤーンテラー歪みをパラメータ化することにより考察がなされた。

 第5章では、2次元性に伴って観測されるMnO2二重層の積層に関する散漫散乱の解析結果が詳しく報告されている。強磁性と反強磁性が共存する場合は、キャント磁性と理解することが伝統的になされてきているが、ペロフスカイト型Mn酸化物の示す巨大磁気抵抗の研究においては、強磁性と反強磁性への相分離現象が巨大磁気抵抗現象の原因として精力的に議論され研究されている。本La2-2xSr1+2xMn2O7系でも強磁性と反強磁性のブラッグ反射が共存することが観測されキャント型反強磁性秩序であると解釈されているが、MnO2二重層の積層に関する特徴的な散漫散乱の解析から強磁性領域と反強磁性領域への相分離ではなく、字義通りキャント型反強磁性であることが明快に示されることが述べられている。

 第6章は、引き続いて電荷秩序に関する散漫散乱の解析結果とその考察に当てられている。本La2-2xSr1+2xMn2O7系では、広く常磁性相とA型反強磁性相とにおいて、一見ストライプ的と思われる散漫散乱が観測される。この散漫散乱の温度変化は電気抵抗の温度変化に良く対応しており、この系の電気抵抗の振舞いを決定している重要な因子となっている。またx=1/2では3次元系R1-xAxMnO3でも観測されているいわゆるCE型電荷磁気複合秩序が存在することが、本研究において確認された。しかも、その複合電荷秩序はA型反強磁性と共存し、ホール濃度のてい濃度領域で顕著な強磁性秩序と反強磁性秩序の相分離とは異なる、x=1/2における相分離の一形態である可能性が示唆された。

 最後に第7章では、この系のスピンダイナミクスが報告されている。ホール濃度の変化に対して系統的にスピン波スペクトルを測定してMnO2二重層内のスピン交換相互作用を解析することにより、軌道状態の変化がスピン波励起にも明瞭に反映されていることを示すことが出来た。

 第8章は全体のまとめで、本研究によって確立された2次元系La2-2xSr1+2xMn2O7の相図を俯瞰し、軌道状態と磁気秩序の関連性が系統的に理解できたことが示された事が要約されている。本研究は、ペロフスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7のホール濃度0.30<x<0.50の範囲に関し相図を完成させるとともに、その物性のホール濃度変化が軌道状態と関連づけて複合物性という視点から理解できることを示し、2次元ペロフスカイト型Mn酸化物の示す巨大磁気抵抗現象の理解に有用な知見を提供するものであり、物性物理学さらには物理工学に寄与するところ大であると判断される。

 よって本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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