学位論文要旨



No 115166
著者(漢字) 齋藤,志郎
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,シロウ
標題(和) 超伝導近接効果接合配列におけるボルテックスのダイナミクス
標題(洋)
報告番号 115166
報告番号 甲15166
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4661号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
内容要旨

 ジョセフソン接合を2次元的に配列した構造をジョセフソン接合配列という。2次元超伝導薄膜や、ジョセフソン接合配列においては、磁束(ボルテックス)のグイナミクスの研究が盛んに行われてきている。特に、ジョセフソン接合配列は、人工的に接合の性質を制御したり、配列を変えることができる非常に興味深い系である。中でも、超伝導/常伝導/超伝導接合からなる近接効果接合配列は、最初、コスタリッツーサウレス(KT)転移が観測される系として注目を浴びた。その後、接合配列中のボルテックスに対するピニングポテンシャルや、分数巨大シャピロステップなど、ボルテックスのグイナミクスに関する様々な研究が行われてきている。しかし、今までの研究は等方的な接合配列においてのみ行われてきた。

 本研究は、接合配列を人工的に設計できるという点を生かし、異方性のある接合配列におけるボルテックスのダイナミクスを探求することを目的としている。異方性の導入は、Nb/Au/Nb接合を用いた正方格子接合配列に対して、縦方向と横方向の接合強度の変化をつけることにより行った。実験およびシミュレーションの結果から、ポテンシャルバリアが異方性とともに急激に変化し、それに伴いボルテックスのダイナミクスも劇的に変化することが明らかになった。私たちは、近接効果接合配列における異方的なボルテックスの実現にはじめて成功した。さらに、ボルテックスのダイナミクスの影響を受けると考えられる、KT転移や巨大シャピロステップに対する異方性の影響を調べた。

試料作製および評価

 試料は、Si基板上に厚さ0.1mのAuを網目状にパターニングし、その上に厚さ0.2mの十字型をしたNbアイランドを配列することによって作製されている(図1(a))。同一の試料に於いて、縦・横両方向の測定を行うために、全体を十字型にする工夫を行っている。これにより、異方性を正確に求めることができる。

図1(a)近接効果接合配列.異方性導入のため,接合間隔dは0.2〜0.4mに設定されている.(b)2重接合配列.(c)3重接合配列.

 異方性をEJ///EJ⊥=iC///iC⊥と定義する。ここで、EJ//は測定電流方向に並んだ接合の、ジョセフソンのカップリングエネルギー、EJ⊥は垂直方向に並んだ接合のカップリングエネルギーである。iC//とiC⊥は、それぞれの方向に並んだ接合の臨界電流である。接合配列の臨界電流iCは、ゼロ磁場における接合配列のI-V特性を、散逸の大きなジョセフソン接合のI-V特性を用いてフィティングすつことにより求めている。測定の結果、5個の試料に対して、0.3から6の間で10個の異方性が得られた。

異方性によるピニングポテンシャルの変化

 接合配列の磁場中の電気抵抗は、磁束量子と接合配列の整合性を反映して、磁場に対して周期的に振動する。私たちは、この整合振動が、異方性とともに劇的に変化することを見出した(図2)。この変化は、ボルテックスに対するポテンシャルバリアが、異方性とともに変化するためであると考えた。そこで、ボルテックスに対するポテンシャルバリアの高さを実験、シミュレーションの両面から見積もった。

 接合配列に電流を流すと、ボルテックスはマグナス力を受けて周期ポテンシャル中を運動する.ボルテックスが接合配列を横切ることにより発生する電圧と測定電流との関係は、ボルテックスの運動方程式から求めることができる。この運動方程式が、周期ポテンシャルの項を含んでいるので、単位ボルテックスあたりのI-V特性からポテンシャルバリアが見積もられる。整合振動のゼロ磁場付近での抵抗が磁場に対して線形になっていることから(図2)、この傾きは単位ボルテックスあたりに発生する抵抗をあらわしていると考えられる。測定電流を変えることにより、単位ボルテックス当たりのV-I特性が得られ、バリアの高さが実験から求まる。規格化されたポテンシャルバリアの高さEB/EJ//を図3に示す。

 さらに、異方性に対するバリアの高さをシミュレーションにより決定した。一本のボルテックスが、接合配列中に存在する際のエネルギーは、超伝導アイランドの位相配列から求まる。ボルテックスが接合上に存在する場合がエネルギー的に一番不安定で、接合と接合の間(プラケット)に存在する場合が安定である。この2つの状態のエネルギー差がボルテックスに対するポテンシャルバリアの高さとなる。位相配列は、各超伝導アイランドにおける電流保存則を用いて、繰り返し計算によりもとまる。私たちは、異方性の効果を導入するために、ボルテックスに近い4つあるいは6つの超伝導アイランドの位相を変化させ、最もエネルギーが安定になる位相配列を求めた。シミュレーションの結果は、実験結果をよく再現している(図3)。

 次に、接合配列の形状を変化させ、人工的にポテンシャルバリアを制御することを試みた。図1(b)(c)の様に、各ボンドが2個あるいは、3個の接合を持つ構造を作製した。この2重接合あるいは3重接合配列においては、各ボンドの接合の数が多くなるにつれて、バリア高さが高くなり、異方性に対する変化が小さくなることがわかった(図3)。さらに、シミュレーションにより実験結果を再現することに成功した(図3)。

図表図2 各異方性における抵抗の磁場依存性 / 図3 規格化されたポテンシャルバリアの異方性依存性
KT転移

 近接効果接合配列においては、ボルテックスとアンチボルテックスの対形成によるKT転移が起きることが知られている。実験的には、対数プロットしたI-V特性の傾きが、温度を減少させていくとKT転移温度で、1から3にジャンプし、その後傾きが大きくなっていくという特徴がある。図4にI-V特性の対数プロットの異方性に対する変化を示す。>1(相対的にバリアが高い)では、温度の減少とともに傾きが大きくなり、KT転移のような特徴を示している。<1(相対的にバリアが低い)では、温度を下げても傾き1のテイルが残っている。

図4 各異方性における接合配列のV-I特性の対数プロット.

 この結果に対して、次のような考察を行った。有限サイズの接合配列においては、ボルテックスとアンチボルテックスが対形成した後も、有限温度ではフリーボルテックスが残ることが知られている。異方性により、バリアの高さが変化しボルテックスの流れやすさも変化する。そのため、異方性の小さい試料では、フリーボルテックスが流れることにより、低温でも傾き1のテイルが残るのではないかと考えている。

まとめ

 近接効果接合配列は、人工的に自由に設計できるという点を生かして、異方的な接合配列における実験と解析をはじめて行った。その結果、ボルテックスのダイナミクスを制御するうえで、接合配列の異方性が非常に重要であることがわかった。特に、異方性とともにボルテックスに対するポテンシャルが劇的に変化し、それがボルテックスのダイナミクスに大きな影響を与えている。このため、接合配列の抵抗の磁場依存性や、KT転移、巨大シャピロステッブなとのボルテックスの動きに関係のある実験では異方性の効果が顕著に表れる。

審査要旨

 微小な超伝導体をジョセフソン接合でネットワーク的に結合したジョセフソン接合配列は代表的な超伝導メゾスコピック系の1つである。近接効果接合配列は超伝導/金属/超伝導の近接効果接合を用いたジョセフソン接合配列であり、帯電効果が無視できるため超伝導ボルテックスのダイナミクス研究の格好の対象となる。本論文は、「近接効果接合配列におけるボルテックスのダイナミクス」と題し、Nb/Au/Nb近接効果接合の2次元正方格子配列において縦横の接合の結合エネルギーを変えることで異方性を導入し、ボルテックスのダイナミクスに対する異方性の影響を研究したものである。

 第1章「はじめに」では、研究の背景、目的、特徴、構成について述べられている。

 第2章「近接効果接合配列」では、ジョセフソン接合、近接効果接合配列、その中のボルテックスの運動など本研究の背景となる概念が簡潔に説明されている。

 第3章「試料の作製及び評価」では、電子線リソグラフィーやドライエッチング等の微細加工技術を用いたNb/Au/Nb近接効果接合配列の作製、および作製した試料の異方性の評価について述べられている。異方性は縦横の接合の結合エネルギーの比、すなわち臨界電流の比で定義される。Ambegaokar-Halperin理論により有限温度における電流電圧特性から臨界電流を評価する方法が説明されている。

 第4章、第5章、第6章が本論文の中心をなす部分であり、各主題について行った実験結果とそれに対する考察が議論されている。

 第4章「異方的な近接効果接合配列におけるボルテックス」では、接合配列中でボルテックスが感ずる周期ポテンシャルに対する異方性の効果についての研究結果が述べられている。4.1節では異方的接合配列の磁気抵抗整合振動の実験結果がまとめられている。接合配列の磁気抵抗はボルテックスの運動によって生ずるが、これが単位格子に磁束量子が1本入る周期で振動する現象が整合振動である。異方的接合配列の整合振動の振幅が、異方性に極めて敏感に変化することを見出し、これをポテンシャル障壁の異方性に関連付けて説明している。4.2節では次節の準備として接合配列中のボルテックスの運動とそれに伴う電圧発生に関する理論の概略が述べられている。デピンニング電流以上でボルテックス運動が生じ電圧が発生することが詳しく解説されている。4.3節では異方的接合配列におけるボルテックスのポテンシャル障壁の実験的決定について述べられている。整合振動を示す磁気抵抗の原点近傍の傾きは、ボルテックス1本の運動で発生する電圧に比例する。この傾きの電流依存性を前節の理論で解析することにより、デピンニング電流、さらにはポテンシャル障壁が求まる。結合エネルギーで規格化したポテンシャル障壁は普遍的な量であるが、これを異方性の関数として初めて決定したことは重要な知見であると考えられる。4.4節では数値計算により異方的接合配列のポテンシャル障壁を求めた結果について述べられている。ボルテックス位置に対し全接合エネルギーを最小化するよう位相配列を決めてポテンシャルを求めており、前節の実験を良く再現する結果を得ている。4.5節では以上の実験的・数値的手法を、異方的な多重接合配列に応用して、ポテンシャル障壁の異方性依存性が多重接合では弱くなるなどの知見を得ている。

 第5章「コスタリッツーサウレス転移」では、ゼロ磁場における接合配列の電流電圧特性の温度依存性が詳細に調べられている。有限温度で熱励起されていたボルテックスと反ボルテックスは低温で全て対を作りKosterlitz-Thouless(KT)転移を起こす。対が電流で解離すると自由ボルテックスにより電圧が発生する。本節の目的は異方的ボルテックスの対解離の異方性の研究であるが、予想通り電流電圧特性のKT転移的温度依存性が異方性に強く依存することが観測された。しかしより詳細な検討の結果、KT転移の可能性は少なく、むしろボルテックスのダイナミクスにより説明されると議論されている。

 第6章「交流電流下での接合配列」では、rf電場重畳時の電流電圧特性に現れる巨大Shapiroステップに関する研究結果がまとめられている。巨大Shapiroステップは異方性を反映したボルテックス運動によりブロードニングを起こすと議論されている。

 第7章「まとめ」では、以上の研究の概要がまとめられている。

 以上を要約すると、本研究は超伝導近接効果接合配列におけるボルテックスの運動に対する異方性の効果を初めて扱い、多くの新しい知見を見出したものであり、物性物理学、物理工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54109