本論文で取り上げられた、層状遷移金属酸化物は、銅酸化物系での高温超伝導の発見以降、強相関電子系のプロトタイプとして関心が高い。特に、層状ニッケル酸化物は、高温超伝導体と同様、あるいは、より明瞭な形での、電荷ストライプと呼ばれる電荷整列現象が観測されている。また、マンガン酸化物は、巨大な負の磁気抵抗(CMR)効果を示すことから、応用上の観点からも注目を集めているが、このCMR機構にも、電荷・軌道の整列と相関が深く関与している。 本論文は、「Raman Scattering Study of Charge-Ordering Transition in Layered Transition-Metal Oxides(層状遷移金属酸化物における電荷整列相転移のラマン分光による研究)」と題し、層状構造を有するニッケルおよびマンガン酸化物の電荷整列相転移の特徴を明らかにすることを目的として、電荷励起、スピン励起、および格子変形をプローブするラマン散乱分光法を駆使して行った研究を纏めたものである。 第1章では、本研究の目的、意義と位置づけ、論文の構成が述べられている。 第2章では、単結晶試料の作製法とその基本的な物性の特徴、および、ラマン散乱分光法の特徴と使用した実験装置系の特徴が述べられている。 第3章は、La2-xSrxNiO4結晶の電荷・スピン整列相転移に関して、ラマン分光法によって得られた種々の新しい知見が述べられている。この系では、スピンおよび電荷がNiO2面において、対角線方向にストライプ秩序をもつことが電子顕微鏡および中性子回折によって知られていたが、単結晶試料を用いたラマン散乱分光によって、相転移に至る電荷・スピン相関や短距離秩序を明らかにしたのは、本研究が最初である。まず、x=1/3あるいはx=1/2の整合ストライプ相を持つ系での、各種対称性をもつラマン散乱スペクトルの温度依存性を調べ、格子変形によって活性化されたフォノンモードを探針として、転移温度以上でも強い2次元揺らぎを有する電荷秩序の発達を調べることができた。また、2マグノン励起の強度とエネルギー位置によりストライプ相に特有な反強磁性スピン秩序の発達を調べ、これが、3次元的な磁気転移温度が電荷整列温度と異なるにも関わらず、電荷秩序の発達と同時に(x=1/3)、あるいはこれに誘起されて(x=1/2)起こることを示した。本章ではさらに、ドーピングxが整合値をとる以外の場合にも実験と考察を進め、x<1/3の低濃度側では電子論的相分離の可能性があることを示している。 第4章は、層状(単層および2重層)マンガン酸化物結晶の電荷・軌道整列相転移のラマン分光測定結果とその解析・議論にあてられている。まず、単層結晶La1-xSr1+xMnO4および2重層結晶La2-2xSr1+2xMn2O7のともに、x=0.5の際に顕著に現れるCE型の軌道・電荷秩序相転移について、ラマンスペクトルの温度変化を詳しく解析した。その結果、電荷が面内で交互に配列し、それと同時に、軌道の整列に伴う協同的ヤーン・テラー変形が起こることによって活性される、AgおよびB1gの対称性を持つフォノンモードを同定し、これを電荷・軌道秩序の探針に用いることができることを示した。これによって、相転移の前駆現象としての軌道・電荷相関を高温域に見出しただけでなく、同時に電荷揺らぎに由来すると考えられる、特徴的な散漫散乱を見出している。本章では、このような電荷整列状態でのラマンバンドの同定の基礎にたって、典型的なCMR効果が見出されるx=0.3-0.4の2重層結晶についても、実験・考察を進めた。ラマンフォノンバンドと散漫散乱の測定から得た新しい重要な知見は、強磁性転移温度(Tc)直上のCMR効果が顕著な温度域に向けて、電荷・軌道の短距離秩序が成長していき、Tc以下の金属化転移とともに、この相関が著しく抑制されることである。これは、CMR効果の直接の起源が、電荷・軌道秩序の磁場による抑制であることを結論として導く。格子変形に対する局所的・高速のプローブとしてのラマン散乱分光から得られたこの結論は、最近、他のグループによって行われた同結晶での軌道放射光によるX線散漫散乱の測定結果によるものとも合致している。 第5章は、上記の層状ニッケル酸化物および層状マンガン酸化物の電荷整列相転移とその揺動現象、およびそれらが電荷ダイナミクスに与える影響を総合的に検討、議論している。 以上を要するに、本研究は、良質の単結晶試料を用いた高感度のラマン散乱分光法によって、強相関電子系遷移金属酸化物の物性に本質的に重要な電荷整列相転移、および電荷秩序と電荷ダイナミクスの関連に関して、多くの新しい重要な知見を見出したものであり、物性物理学および物性工学の発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |