学位論文要旨



No 115175
著者(漢字) 山本,貴一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,キイチ
標題(和) 層状遷移金属酸化物における電荷整列相転移のラマン分光による研究
標題(洋) Raman Scattering Study of Charge-Ordering Transition in Layered Transition-Metal Oxides
報告番号 115175
報告番号 甲15175
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4670号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 助教授 岡本,博
内容要旨 1.研究の目的

 遷移金属(Cu,Fe,Ni,Mn)酸化物の中には、ある温度以下でホールとスピンが実空間で秩序化する、電荷整列現象が観測されるものがある。この電荷整列は層状ペロブスカイト構造をもつCu系高温超伝導体においては高温超伝導発現機構の新たな候補として、またペロブスカイト型Mn酸化物においては超巨大磁気抵抗(CMR)効果と密接に関わる現象として、近年精力的に研究がなされている。このような背景のもと、本研究ではまず電荷整列そのものを詳細に調べるため典型的な電荷整列相転移系であるを選び、ホール濃度(nh)依存性も含めてラマン散乱の測定を行った。その後、層状ペロブスカイト型Mn酸化物(La1-xSr1+xMnO4,La2-2xSr1+2xMn2O7)の測定を行い、電荷/軌道整列を起こす組成(x=0.5)およびCMR効果が見られる組成(La2-2xSr1+2xMn2O7:x=0.4)のラマンスペクトルを比較することにした。

 本研究で測定手段として用いたラマン分光は、(局所的な)格子変形、磁気秩序、および電荷励起の情報をその対称性もふくめて同時に得ることができる。従って、上記のような、電荷、スピン、軌道(格子)の自由度が複雑に絡み合った相転移現象を研究するには最適な測定手段である。

2.における電荷整列とそのホール濃度依存性

 ではnh(=x+2)=1/3及び1/2という、ホール濃度が特定の分数値をとる組成において電荷整列(電荷とスピンが縞状に整列)が起こることが知られている。ラマン散乱の測定はnh=0.332(〜1/3),0.502(〜1/2)の単結晶試料を用いて行った。中性子回折実験の結果から、nh=0.332の試料における電荷整列はTco=230K以下で、また、nh=0.332と0.502の試料におけるスピン秩序が形成されるのはそれぞれTso=170K、80K以下であることが明らかになっている。

 図1(a)、1(b)はnh=0.332の、図1(c)及び1(d)はnh=0.502の295Kと20K(電荷整列相)におけるラマンスペクトルである。まず、nh=0.332のA1gスペクトル(図1(a))に注目する。295Kで見られる500cm-1付近の構造は温度の低下とともにTco以下で強度が急激に増大し、20Kで2本の鋭いフォノンピークまで成長する。一方、nh=0.502のA1gスペクトル(図1(c))を見ると、すでに295Kにおいて570cm-1付近にはっきりとしたフォノンピークが存在することがわかる。温度の低下とともにこのピークは20Kにおいてその周波数が高エネルギー側にシフトして580cm-1になるとともに、強い散乱強度を持つようになることがわかる。A1gスペクトルに現れるこれらのフォノンピークは周波数がかなり高い(500-600cm-1)ことからNi-Oボンドを伸縮させるモードに対応していると考えられる。これらNi-O2面内のフォノンピークは、室温での平均構造であるテトラゴナル(K2NiF4型)構造ではラマン禁制である。従ってこれらは電荷整列による格子歪みにより活性化されたモードに対応し、その散乱強度は電荷整列の振幅によく対応していると考えられる。次に再び図1に戻ってB1gスペクトルを見ていくことにする。nh=0.332の20Kのスペクトル(図1(b))には735cm-1及び1150cm-1に、またnh=0.502の20Kのスペクトル(図1(d))には420cm-1付近に、295Kにはみられない幅広いピーク構造が出現していることがわかる。これらは2-マグノン励起により出現したもので、磁気秩序を反映している。B1gスペクトルの温度変化を測定することにより、nh=0.332の2-マグノンピークはTso以上から現れ始めていることがわかった。またnh=0.502の2-マグノンピークもTsoの高温側からすでに出現しておりTso近傍で大きな変化を伴っていない。これらのことから、電荷整列もしくはその短距離相関の発達とともに2次元的反強磁性相関もすてにTso以上から発達し始めていると考えることができる。

図1
3.層状ペロブスカイト型Mn酸化物における電荷/軌道相関とCMR効果

 擬ペロプスカイト型Mn酸化物の示す多彩な物性、相変化はMn3d電子のeg軌道の自由度から生まれるとの指摘がある。このような軌道の自由度の重要性を示しているのがホール濃度(〜x)が1/2の組成で見られる電荷整列である。Mn酸化物の電荷整列で重要な点は、それがMn3+サイトの軌道の整列(d(3x2-r2)/d(3y2-r2)型)をも伴っているということである。このような電荷と軌道の同時整列は、典型的な電荷整列系であるLa0.5Sr1.5MnO4のTco=217K以下で初めて確認された。一方、Mn-O2面の2層構造をもつLaSr2Mn2O7(x=0.5)においてはTco〜210K以下で電荷/軌道整列がおこるが、それは温度の低下に対して安定ではなく、100K付近でA-型反強磁性スピン構造をもつ絶縁体相へと1次転移的に転移する。この電荷/軌道整列は、典型的なCMR物質として知られるLa1.2Sr1.8Mn2O7(x=0.4)では見られないが、組成がx=0.5と近いことから考えると、電荷/軌道の相関がこの系においても残っており、強磁性転移温度Tc=126K付近で観測されるCMR効果に影響を与えていることが期待できる。

 まず、面内のスペクトル(図2(a)及び2(b))に注目すると、電荷/軌道整列相においてのみ計4本の、散乱強度のきわめて強いフォノンピークが現れていることがわかる(La0.5Sr1.5MnO4の場合、30Kでx’x’の偏光配置で532cm-1と637cm-1に、x’y’の偏光配置で532cm-1と693cm-1の計4本、LaSr2Mn2O7の場合、120Kで、x’x’の偏光配置で502cm-1と623cm-1に、x’y’の偏光配置で505cm-1と671cm-1の計4本)。これらのフォノンピークは、La0.5Sr1.5MnO4及びLaSr2Mn2O7が室温でとる結晶構造のもつ対称性(I4/mmm)ではラマン禁制のモードに対応しており、電荷/軌道整列により引き起こされた格子歪みによって活性化したモードと考えられる。電荷秩序のパターンのみ考えれば前述の(nh=1/2)の場合と同じはずであるが、La0.5Sr1.5MnO4及びLaSr2Mn2O7のラマンスペクトルにはこのように散乱強度の大きなフオノンピークが4本も現れるという点が著しく異なっている。従って、この4本のフォノンピークの存在から電荷/軌道整列相における特徴的な格子歪み(Jahn-Teller型)の存在を推測することができる。

 図2(c)にCMRが見られる系、La1.2Sr1.8Mn2O7のラマンスペクトル(常磁性絶縁体相:140K、及び強磁性金属相:10K)を示す。La1.2Sr1.8Mn2O7の常磁性絶縁体相のラマンスペクトルをみると、幅がかなり広くなっているもののLa0.5Sr1.5MnO4及びLaSr2Mn2O7の電荷/軌道整列相における特徴的な4本のフォノンピークが残存していることがわかる。この幅広い4本のフォノンピークは温度の低下とともにその強度が増大していくが、Tc=126K以下でほとんど消失してしまう。この温度変化は抵抗率の温度変化と非常に良く対応している。それゆえこのフォノンピーク強度の温度変化は、La1.2Sr1.8Mn2O7の抵抗率が温度の低下とともにTcにむけて増大していく原因が電荷/軌道の動的な相関の発達によるものであることを示唆している。さらにこのことからTc付近で見られるCMR効果は磁場による電荷/軌道相関の融解によるものであろうとの推測が可能である。

図2
4.まとめ

 本研究では、電荷整列相転移系、電荷/軌道整列相転移系La1-xSr1+xMnO4,La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.5)、及びCMR系であるLa2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.4)のラマン散乱の測定により、これらの系について以下の知見が得られた。

 ○ (nh=1/3,1/2)の電荷整列相転移近傍における電荷・スピン相関の発達の様子

 ○ La1-xSr1+xMnO4,La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.5)の電荷/軌道整列相における特徴的な格子歪みの存在

 ○ La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.4)の常磁性絶縁体相における電荷/軌道の動的相関の存在

審査要旨

 本論文で取り上げられた、層状遷移金属酸化物は、銅酸化物系での高温超伝導の発見以降、強相関電子系のプロトタイプとして関心が高い。特に、層状ニッケル酸化物は、高温超伝導体と同様、あるいは、より明瞭な形での、電荷ストライプと呼ばれる電荷整列現象が観測されている。また、マンガン酸化物は、巨大な負の磁気抵抗(CMR)効果を示すことから、応用上の観点からも注目を集めているが、このCMR機構にも、電荷・軌道の整列と相関が深く関与している。

 本論文は、「Raman Scattering Study of Charge-Ordering Transition in Layered Transition-Metal Oxides(層状遷移金属酸化物における電荷整列相転移のラマン分光による研究)」と題し、層状構造を有するニッケルおよびマンガン酸化物の電荷整列相転移の特徴を明らかにすることを目的として、電荷励起、スピン励起、および格子変形をプローブするラマン散乱分光法を駆使して行った研究を纏めたものである。

 第1章では、本研究の目的、意義と位置づけ、論文の構成が述べられている。

 第2章では、単結晶試料の作製法とその基本的な物性の特徴、および、ラマン散乱分光法の特徴と使用した実験装置系の特徴が述べられている。

 第3章は、La2-xSrxNiO4結晶の電荷・スピン整列相転移に関して、ラマン分光法によって得られた種々の新しい知見が述べられている。この系では、スピンおよび電荷がNiO2面において、対角線方向にストライプ秩序をもつことが電子顕微鏡および中性子回折によって知られていたが、単結晶試料を用いたラマン散乱分光によって、相転移に至る電荷・スピン相関や短距離秩序を明らかにしたのは、本研究が最初である。まず、x=1/3あるいはx=1/2の整合ストライプ相を持つ系での、各種対称性をもつラマン散乱スペクトルの温度依存性を調べ、格子変形によって活性化されたフォノンモードを探針として、転移温度以上でも強い2次元揺らぎを有する電荷秩序の発達を調べることができた。また、2マグノン励起の強度とエネルギー位置によりストライプ相に特有な反強磁性スピン秩序の発達を調べ、これが、3次元的な磁気転移温度が電荷整列温度と異なるにも関わらず、電荷秩序の発達と同時に(x=1/3)、あるいはこれに誘起されて(x=1/2)起こることを示した。本章ではさらに、ドーピングxが整合値をとる以外の場合にも実験と考察を進め、x<1/3の低濃度側では電子論的相分離の可能性があることを示している。

 第4章は、層状(単層および2重層)マンガン酸化物結晶の電荷・軌道整列相転移のラマン分光測定結果とその解析・議論にあてられている。まず、単層結晶La1-xSr1+xMnO4および2重層結晶La2-2xSr1+2xMn2O7のともに、x=0.5の際に顕著に現れるCE型の軌道・電荷秩序相転移について、ラマンスペクトルの温度変化を詳しく解析した。その結果、電荷が面内で交互に配列し、それと同時に、軌道の整列に伴う協同的ヤーン・テラー変形が起こることによって活性される、AgおよびB1gの対称性を持つフォノンモードを同定し、これを電荷・軌道秩序の探針に用いることができることを示した。これによって、相転移の前駆現象としての軌道・電荷相関を高温域に見出しただけでなく、同時に電荷揺らぎに由来すると考えられる、特徴的な散漫散乱を見出している。本章では、このような電荷整列状態でのラマンバンドの同定の基礎にたって、典型的なCMR効果が見出されるx=0.3-0.4の2重層結晶についても、実験・考察を進めた。ラマンフォノンバンドと散漫散乱の測定から得た新しい重要な知見は、強磁性転移温度(Tc)直上のCMR効果が顕著な温度域に向けて、電荷・軌道の短距離秩序が成長していき、Tc以下の金属化転移とともに、この相関が著しく抑制されることである。これは、CMR効果の直接の起源が、電荷・軌道秩序の磁場による抑制であることを結論として導く。格子変形に対する局所的・高速のプローブとしてのラマン散乱分光から得られたこの結論は、最近、他のグループによって行われた同結晶での軌道放射光によるX線散漫散乱の測定結果によるものとも合致している。

 第5章は、上記の層状ニッケル酸化物および層状マンガン酸化物の電荷整列相転移とその揺動現象、およびそれらが電荷ダイナミクスに与える影響を総合的に検討、議論している。

 以上を要するに、本研究は、良質の単結晶試料を用いた高感度のラマン散乱分光法によって、強相関電子系遷移金属酸化物の物性に本質的に重要な電荷整列相転移、および電荷秩序と電荷ダイナミクスの関連に関して、多くの新しい重要な知見を見出したものであり、物性物理学および物性工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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