学位論文要旨



No 115176
著者(漢字) 奥,宏史
著者(英字)
著者(カナ) オク,ヒロシ
標題(和) 逐次部分空間状態空間同定と未知システムの状態推定
標題(洋) Sequential subspace state-space system identification and state estimation of unknown multivariable systems
報告番号 115176
報告番号 甲15176
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4671号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 山本,博資
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 講師 津村,幸治
内容要旨

 本論文は,多変量系のオンライン同定法,特に部分空間同定法の逐次アルゴリズムの導出について考察している.元来,部分空間同定法は有限次元の多入出力線形時不変系に対するオフラインバッチ処理型の同定法として提案された.部分空間同定法の最大の特徴は,得られた入出力データから同定対象のモデルが状態空間表現によって得られることである.厳密に言うと,部分空間同定法は同定対象の「拡大可観測性行列」と呼ばれる行列の列ベクトルが張る部分空間を決定する方法である.拡大可観測性行列はシステムを特徴付ける行列で,この行列から同定モデルの状態空間表現の係数行列を直ちに計算することが可能である.この拡大可観測性行列によって定まる部分空間は,入出力データから構成されるある行列の特異値分解によって求められる.部分空間同定法は多入出力系に対する現在最も有効な同定手法として近年脚光を浴び,たくさんの研究成果が報告されている.ところが,そのオンライン化についてはほとんど手付かずの状態であった.その原因は,特異値分解などの行列分解が逐次化とは馴染まない点が挙げられる.しかしながら,部分空間同定法のオンライン化を行うことの意義は以下の理由で大きいと考えられる.すなわち,逐次最小二乗推定によって単入出力系の適応制御が発展したように,部分空間同定法のオンライン化から多入出力系に対する適応的な制御手法の開発へと発展する期待が持てるからである.

 本論文では,部分空間同定法の中で主要な手法の一つであるMOESP(MIMO output-error state-space model identification)法に注目する.その中でも特に,出力データが観測雑音によって乱される場合に有効なordinary MOESP法と,同定対象がプロセス雑音の影響を受けかつ出力が観測雑音によって乱される場合に有効なPO-MOESP(the ordinary MOESP scheme with instrumental variables constructed from past input and output measurements)法を取り上げる.

 まず最初に,ordinary MOESP法とPO-MOESP法の逐次アルゴリズムをそれぞれ提案する.これらのアルゴリズムは逆行列補題に基づいて導出される.これらのアルゴリズムは,入出力データに関して陽に記述されているところにその特徴がある.この入出力データに関するアルゴリズムの構造の鮮明さから,部分空間同定法のいくつかの重要な性質が明らかになる.このアルゴリズムでは,compressed I/O data行列という,入出力データのみから構成される行列を定義し,その行列の逐次更新を行っている.逐次更新回毎にCompressed I/O data行列を固有値分解することにより,求めるべき拡大可観測性行列の推定値が得られ,さらに,同定モデルの状態空間表現の係数行列を求めることができる.同定モデルの次数は固有値分解のときに決定できる.これらのアルゴリズムは,拡大可観測性行列に関して間接的に逐次更新している.

 次に,同定対象の次数が既知であるという仮定の下で,拡大可観測性行列の直接的な逐次更新則を提案する.これらのアルゴリズムは,前述の間接アルゴリズムにアレー信号処理におけるsubspace trackingの一手法である勾配法を応用することによって得られる.勾配法は,拡大可観測性行列の部分空間を厳密に推定できるという長所がある一方,その数値アルゴリズムとしての収束性に関しては現在まであまり良い結果が得られていなかった.しかし本論文では,更新幅について0<<1という仮定の下で,提案するアルゴリズムの厳密な収束性を証明した.

 次に,上で述べた逐次アルゴリズムに忘却係数を導入することにより,緩やかな時変系に対する逐次同定アルゴリズムを導出する.緩やかな時変系の例として,化学プラントのような時定数の大きい系が挙げられる.

 最後に,逐次部分空間同定法から得られた同定対象の状態空間モデルに対する逐次状態推定法を提案する.もしオンライン同定によって得られる同定モデルの現在の状態を推定することが可能ならば,モデルとその推定した状態を用いて同定対象に対するフィードバックコントローラを設計することが可能となる.言いかえると,本問題を考えることは,未知のシステムに対するフィードバック制御を可能にすることにつながる.部分空間同定法の重要な特徴の一つはcompressed I/O data行列の固有値分解から同定モデルの次数を決定できることであるということは既に述べた.ところが同定モデルの状態推定を考える際には,このことは深刻な問題となる.なぜなら,異なる時刻において,同定モデルの次数が異なる場合が生じ得,このとき,モデルの状態は異なる時刻において意味を成さなくなるからである.この問題を回避するために,本論文では新たにquasi-stateという擬似的な状態を定義し,このquasi-stateに関して逐次状態推定を行う.このquasi-stateは異なる時刻における異なる次数の選択や同定モデルの状態空間表現に関する相似変換の影響を受けないという性質を持っている.このアイデアの有効性を未知システムの出力追従制御の数値例によって例証する.

審査要旨

 本論文は「Sequential Sabspace State-Space System Identification and State Estimation of Unknown Multivariable Systems(逐次部分空間状態空間同定と未知システムの状態推定)」と題し、最も新しいシステム同定の手法である部分空間状態空間同定法(4SID法)を、実時間応用には不可欠の逐次化のアルゴリズムを導出し、それに関して詳細な理論的解析を行ったものであり、英文7章と付録から構成されている。

 第1章は「序章」であり、本研究の背景について述べ、本研究がもたらしたインパクトについて述べている。

 第2章は「通常のMOESP法の逐次アルゴリズム」と題して、本論文の骨格となる通常のMOESP(Multi-input Multi-output Output-error State-space Model Identification)法の逐次化アルゴリズムを、逆行列補題を用いて導出している。これにより、MOESP法の情報の構造が分かりやすい形で提示された。

 第3章は「PO-MOESP法の逐次アルゴリズム」と題し、MOESP法の拡張であるPO-MOESP(Past input and Output MOESP)法に対して前節で導いたアルゴリズムを拡張している。

 第4章は「部分空間トラッキングにもとづく逐次4SID法」と題し、信号処理で用いられる部分空間トラッキングの理論を適用した新しい逐次4SID法を提案している。このアルゴリズムは本質的に非線形であるが、収束の理論的な証明が与えられている。

 第5章は「時変系に対する逐次4SID法」と題し、これまで得られた逐次アルゴリズムを時間的に変動する特性をもつシステムに対する同定問題に応用した結果を述べている。

 第6章は「State Estimation」と題し、同定と同時に、「疑似状態」とよばれる新しい概念にもとづいてシステムの状態ベクトルを推定する問題を考察している。

 第7章は「結論」として本研究の成果が要約されている。

 以上、これを要するに、本論文は4SID法とよばれる新しいシステム同定の手法を逐次的な形に構成しなおすことによって実時間で用いることを可能にし、それによって4SID法の計算アルゴリズムの動的な構造の特徴を明らかにし、さらに未知システムの状態推定問題に新しい方法を与えたもので、制御工学上貢献するところが少なくない。

 よて本論文は東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

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