内容要旨 | | 補間は,数値計算の柱ともいうべき重要な技術であり,数値積分・微分方程式の解法・曲面のデザイン等の様々な応用がある.1次元データに対してはLagrange補間を始め多くの補間法が知られているが,多次元データに対して実用的な補間法と言えるのは,現状では有限要素補間のみである,有限要素補間以外の多次元データに対する補間法としては,Voronoi図を用いた補間法(Voronoi補間)が1980年頃から研究されてきているが実用には課題が残っていた. まず,補間問題を定式化する.d次元Euclid空間上のn個の点P1,...,Pnおよびn個の実数z11,...,Znが与えられたとする.このとき, を満たす「良い」関数を求めるのが補間問題である.ここで,「良い」という言葉の意味は問題の文脈に依存する.P1,...,Pnをデータ点,z1,...,znをデータ値と呼ぶ. Voronoi補間としては,大きく分けてThiessenの発見した補間(Thiessen補間),Laplace方程式の離散化から得られる補間(Laplace補間),Sibsonの発見した補間(Sibson補間)の三種類が知られていた.Voronoi補間は,有限要素補間と比べていくつかの良い点を持っていることが知られている.例えば,データ点を微小に動かしたとき,有限要素補間では補間値が連続に変化するとは限らないが,Laplace補問およびSibson補間では補間値が連続に変化する.この性質がら,Voronoi補間の精度が有限要素補間に比べて良いことが期待される.このように,Voronoi補間は良い性質を持っているのであるが,現状では実用段階にあるとは言えない.本研究ではVoronoi補間を実用的にするために,以下で述べるような研究を行なってきた. 研究の詳細を述べる前に,まずVoronoi補間の考え方を説明する.ただし,Thiessen補間は他の二つの補間と性質が異なるため,以下ではVoronoi補間という場合Thiessen補間は含まないこととする.今,集合{P1,...,Pn}の凸包の内部の点Pにおける補間の値を計算したいとしよう.Voronoi補間では、{P1,...,Pn,P}を母点集合とするVoronoi図を構成する.構成されたVoronoi図において,PのVoronoi多面体は,いくつかのデータ点のVoronoi多面体に囲まれるが,PのVoronoi多角形と境界を接するようなVoronoi多角形の母点は,他の母点に比べてPに近いと解釈することができる.このような母点をPの隣の母点と呼ぶことにしよう.P1,...,Pn,PをそれぞれP1, ...,Pn,Pの位置ベクトルとする.このとき, のようにpをp1,...,Pnの凸結合で表すことができる.ここで,はVoronoi図に関する量から計算される係数で,補間法によって計算法が異なる.(1)によって計算されるを用いて,Pの補間値を のように計算するのがVoronoi補間である.特に,PiがPの隣の母点であることと>0であることは同値である.したがって,Voronoi補間は局所性を有する.また,(1)から,Voronoi補間公式が線形関数を厳密に補間することも証明される.このように,(1)からVoronoi補間のいろいろな性質を導くことができるので,(1)をVoronoi補間の基本恒等式と呼ぶことにする. Laplace補間は,提案当時,2次元データに対する補間法であった.本研究では,まずLaplace補間を一般次元データに対して拡張した.特に,Laplace補間に対する基本恒等式(1)を一般次元に対して証明した.この証明の中で,Gaussの発散定理から得られる次の定理が証明の道具として使われている:「定理A.Vをd次元Euclid空間内の有界な領域とする.このとき, が成り立つ,ここで,nは点QにおけるVの外向き単位法線ベクトルを,dSは点QにおけるVの微小面積要素を表す,」この定理は大変柔軟性のある定理であり,以下の研究でも繰り返し用いられる. Voronoi補間が有限要素補間に比較して実用性に欠ける理由の一つとして、補間公式の少なさが挙げられる,本論文の2つ目の研究は,この欠点を解消するためのものである.まず,Sibson補間の基本恒等式をLaplace補間の基本恒等式と定理Aから証明した.また,この証明過程を繰り返すことによって,基本恒等式を満たすような補間公式の無限列を構築できることを発見した.この無限列のk番目の補間公式をk次の標準補間公式と呼ぶことにする.k次の標準補間公式は,データ点を除いてk回連続微分可能である.一方,同じ場所でLaplace補間公式は0回,Sibson補間公式は1回データ点を除いて連続微分可能である.したがって,構築された補間公式は,従来の方法よりも高い微分可能性を有することが証明された.一方,一般化の副産物として,有限要素補間の一種であるDelaunay三角形分割上の区分線形補間が得られた.したがって,有限要素法の技術がVoronoi補間にも導入することができるようになることが期待される.本研究によって,Voronoi補間公式の種類の少なさという欠点が解消されただけでなく,Voronoi補間の応用範囲も広がり,実用化への道が拓けたということができる. 本論文の第3の研究では,Laplace補間を,データが点,線分,円弧上に分布しているような場合に拡張した.この拡張に対する基本恒等式も定理Aを用いて証明される.この拡張結果は,例えば微分方程式をVoronoi補間を用いて解く際に,境界条件を定式化するために利用できる. 以上のように,本論文では,Voronoi補間を微分方程式あるいは曲面のデザイン等の工学的な方法に応用するための研究を行なってきた.実際の問題にVoronoi補間を応用するのが今後の課題である.また,定理AはGaussの発散定理がら導かれているが,Gaussの発散定理はより一般の多様体上で証明できる.したがって,定理Aを用いることによって,球面上のデータに対する補間等にVoronoi補間を拡張できる可能性があり,これも今後の研究の一つの方向性を与える. |
審査要旨 | | 空間において与えられたデータ点を通る滑らかな関数を求める補間問題は,観測点以外での値の推定や幾何形状の設計など多くの工学的応用をもつ重要な課題である.しかし,1次元の補間問題に対しては多くの研究がなされ,手法もほぼ確立しているものの,2次元以上の次元の補間問題は,数学的な困難さが格段に増し,実用上十分な柔軟性をもった手法の確立は未解決のまま残されている. 本論文は,このような背景のもとで,多次元補間問題に対して汎用性のある多様な手法群を構成しようとするもので,「Study on Interpolation Based on Voronoi Diagrams」(ボロノイ図を用いた補間法に関する研究)と題し,8章から成る. 第1章の「Introduction」(序論)では,多次元補間問題に対する研究の歴史を概観すると同時に,今までの手法が実用上十分な柔軟性を獲得するに至っていないことを示して,本研究の意義を説いている.さらに,2章以降の各章の構成を示している. 第2章は「Voronoi-Based Interpolation」(ボロノイ図に基づいた補間)と題し,ボロノイ図を用いた補間の考え方を整理し,その考え方の.他の方法に対する優位性を論じている.ボロノイ図とは,空間に配置された離散的な点に対して,そのどれに最も近いかに基づいて空間を分割した図形のことである.これによって,不規則に配置された点の間に「隣り」の関係を導入することができる.そこでボロノイ図から,値を推定したい注目点と隣りの関係にあるデータ点を見つけ,そこでの値を利用して補間を行なうという接近法が考えられる.この接近法が,1次元では簡単に実現できてそれが区分線形補間に一致すること.および2次元以上には単純には拡張できないことを示すとともに,それにもかかわらず,有限要素法を利用した従来の補間などと違ってデータ点の移動に対する連続性などの利点を備えた有望な接近法であることを論じている.さらにこの接近法が成功すれば,有限要素法自身にも新しい枠組みを追加できるという見通しも述べている. 第3章「Previous Works」(過去の研究)では,ボロノイ図に基づいた補間法として今までに知られているティーセンの方法とシブソンの方法をまとめ,それらが補間結果の連続性に関して十分ではないことを指摘している. 第4章「Laplace’s Interpolant」(ラブラス補間)では,ボロノイ図を利用した数少ない2次元補間法の一つであるラプラス補間を取り上げ,それを一般の次元へ拡張し,その性質を論じている. 特に連続性に関しては,ほとんどいたるところで1階連続微分可能であるが,データ点の配置に依存した有限個の超球の上ではその連続性が崩れることを明らかにしている.また,補間公式の具体的な計算法を構成するとともに,この補間がラプラス方程式の離散近似から得られる式であることなどを示している.実際,今まで無名であったこの2次元補間法およびここでの多次元への拡張に,ラプラス補間の名称を与えたのもこの論文が初めてである. 第5章は「Generalization of Voronoi-Based Interpolants」(ボロノイ図に基づいた補間の一般化)と題し,従来から知られていた補間法を含む無限に多くの補間法を生成する枠組みを構成している.ボロノイ図に基づく補間で従来から知られているものは,基本的に,ラプラス補間(と本論文で名付けたもの)とシブソン補間の2種類ある.本章では,まずボロノイ図をラゲールボロノイ図に置き換えることによって,ラプラス補間に無限に多くの変種が作れることを示し,次にそれらを積分することによってシブソン補間公式を導いている.これは,シブソン補間の新しい証明法を与えただけでなく,シブソン補間とラプラス補間の間の関係を初めて明らかにしたという意義ももつ.そして,積分範囲の変更,被積分関数の重みの調整,部分積分の結果を再帰的に積分するという形の多重積分などの操作を施すことによって,この関係からさらに多くの補間公式が得られることを示している.特にk次の多重積分操作で得られる補間公式をk次の標準補間と名付け,これがデータ点を除いてk階連続微分可能であることを示している.これはk=0のときラプラス補間に一致し,k=1のときシブソン補間に一致するものであり,2以上のkに対しては,従来のものより連続性の高い無限に多くの補間公式が得られる.kを増やしたときの連続性の向上を,理論的に証明すると同時に,数値計算実験によっても確かめている.さらにこれらの新しい補間法の性質を調べるとともに,これを用いて新しい有限要素法が構成できることも示している. 第6章「Laplace’s Interpolant for the Data Distributed on Curves」(曲線上に分布するデータに対するラプラス補間)では,2次元のラプラス補間を,データが曲線上に連続に分布した場合に拡張している.特に,曲線が線分または円弧である場合に,この補間公式が簡単な形に書けることを導くとともに,その有効性を数値実験によっても確かめている. 第7章「Requirements for Engineering Applications」(工業応用のための課題)では,本論文で提案した補間法を工業の諸分野へ応用するためにさらに解決すべき今後の課題について論じている.特に偏微分方程式の境界値問題のための有限要素法の新手法としても使える条件を明らかにした.また,一般の偏微分方程式の解法にも使えるようにするためには.特にデータ点での連続性を今より高める必要があることを指摘している. 第8章「Concludiog Remarks」(結言)では,本論文の成果をまとめ,今後に残された課題を整理している. 以上を要するに,本論文は,多次元補間問題への,ボロノイ図に基づいた接近法の利点を見通した上で,従来の補間法を含む無限に多くの補間法を生成する一般的枠組みを構成するとともに,それに基づいて従来より連続性の高い補間公式を提案したもので.数理工学の発展に大きく寄与するものである. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |