内容要旨 | | 化学物質の胎児に対する影響を評価する生殖発達毒性試験において,各母獣における胎児の状態を死亡,奇形,異常なしの3つの状態に分類してデータを分析することがしばしば行われる.このようなデータにおいて,データを説明するモデルとして3項分布を仮定すると,実際のデータの分散が3項分布の理論的な分散と比較して,過大になる場合がしばしばある.このようなデータを説明するモデルとして,母獣の胎児が3つのカテゴリに落ちる確率である反応確率が各母獣で異なり,反応確率がある独立同一分布に従うと考えるのが合理的であり,反応確率の分布としてディリクレ分布を仮定するディリクレ3項分布が用いられる.既存の研究において,ディリクレ3項分布を仮定して生殖発達毒性試験のデータを分析し,環境リスクアセスメントが行われているが,反応確率の分布としてディリクレ分布を仮定することの妥当性は必ずしも明らかではなく,ディリクレ3項分布を仮定して環境リスクアセスメントを行う場合,誤った推測を導く可能性があり,環境政策を行う上で問題になりうる. 本論文では反応確率の分布としてディリクレ分布を仮定することが妥当であるかを反応確率の分布として任意の確率分布を考え,反応確率のとりうる共分散の領域を比較することによって調べた.ある母獣における胎児が死亡,奇形,異常なしの3つの状態になる反応確率(p,q,r)の平均を(,,)とし,反応確率の分布が任意の分布をとりうると仮定すると,反応確率の共分散のとりうる領域の満たす必要条件はp+q+r=1であること,p0,q0,r0であること,cov(p,q,r)が非負定値行列であることから求めることができ,この必要条件を満たす分布を具体的に構成することによって,この必要条件を満たす領域が反応確率のとりうる共分散の領域の十分条件でもあることを示すことができる.反応確率の共分散のとりうる領域は,3つのパラメータu,,を用いて, ただし と書くことができる.この(,,)の集合は3次元の凸集合であるが,ディリクレ分布のとりうる共分散の領域は, ただし,0<<1となり,3次元の凸集合の1次元の部分集合でしかないことがわかる.このことから,反応確率のとりうる共分散の観点からディリクレ3項分布は過大分散のある3つのカテゴリからなるデータを表現するモデルとして不十分であることがわかった. 反応確率のとりうる共分散の領域を示すことにより,母獣の胎児の状態のデータの2次モーメントまで特定するセミパラメトリックモデルを構成することができる.セミパラメトリックモデルから推定関数を構成することができるが,本論文では興味あるパラメータである平均パラメータの推定量の分散が3次以上の高次のモーメントによらない推定関数を構成し,実データに対してパラメータ推定を行った.また,実際のデータにおいてディリクレ3項性が成り立たない場合,本論文で提案されたモデルがディリクレ3項モデルを仮定する場合と比較して,平均パラメータの推定に関してエフィシェンシーの観点から優れていることを理論的に示した.平均パラメータの推定量の分散推定として,モデル分散推定量とロバスト分散推定量を考えることができるが,ディリクレ3項性が成り立たない場合,ディリクレ3項モデルに基づいてモデル分散推定量を用いて分散推定を行うと,推定量の一致性が成り立たないことがわかる,シミュレーション実験によって,ディリクレ3項性が成り立たない設定で,平均パラメータの推定量のエフィシェンシーと平均パラメータの推定量の分散推定のバイアスに関して調べたところ,実際に得られるデータに近いサンプル数において,本論文で提案されたモデルとディリクレ3項モデルの平均パラメータ推定のエフィシェンシーに優劣がないこと,また,ディリクレ3項モデルに基づいてモデル分散推定量を用いて分散推定を行うとバイアスが大きくなることがわかった. 本論文で提案されたモデルはディリクレ3項モデルを含むモデルであるので,データのディリクレ3項性に関する適合度検定を行うことができる.ディリクレ3項性に関する適合度検定として,推定関数に基づき,一般化ウォルド検定,一般化スコア検定,近似擬似尤度比検定の3つの検定を構成することができる.与えられる化学物質の用量により3群に分けられた生殖発達毒性試験の実データに対して適合度検定を行ったところ,3群のうち2群においてディリクレ3項性の帰無仮説に対して有意になった.従って,生殖発達毒性試験で観察されるデータはディリクレ3項性が成り立たないことがあることがわかった. ディリクレ3項性に関する適合度検定として,一般化ウォルド検定,一般化スコア検定,近似擬似尤度比検定の3つの検定を構成することができるが,これら3つの検定方式は漸近理論に基づくものであり,有限のサンプル数においてどの方式が優れているかは理論的には明らかではない,帰無仮説の下でデザインされた有意水準を達成するか否か,また,対立仮説の下で十分な検出力を持つか否かの2つの観点から,3つの検定方式に関する比較をシミュレーション実験により行った.実際に得られるデータのサンプル数に近い3つのサンプル数の設定を考え,モデルのパラメータの値も実際に得られるデータに基づいて設定し,シミュレーション実験を行ったところ,帰無仮説の下でデザインされた有意水準に十分近い有意確率を持ち,対立仮説の下でも十分な検出力を持つ検定として,近似擬似尤度比検定が優れていることがわかった. 実際のデータにおいてディリクレ3項性が成り立たない場合があることが適合度検定によりわかるので,そのような状況において本論文で提案されたモデルとディリクレ3項モデルを用いて環境リスクアセスメントを行ったときの比較をシミュレーション実験により行った.このシミュレーション実験では,化学物質の用量として3つの用量をとり3群に分け,用量反応関係として死亡率,異常率にロジスティック曲線を仮定し,サンプル数も実際に得られるデータのサンプル数に近い3つの設定の場合を考えた.環境リスクアセスメントにおいて重要な指標として,Virtually Safe DoseとBenchmark Doseがあるが,Virtually Safe Doseは平均パラメータの推定,Benchmark Doseは平均パラメータの推定と平均パラメータの推定量の分散推定に関連がある.本論文で提案されたモデルはディリクレ3項モデルに比べ各群においてパラメータの数が2多く,このシミュレーション実験においてパラメータ数が6多いため,平均パラメータの推定においてバイアスが大きくなることがシミュレーション実験によりわかった.従って,Virtually Safe Dose,Benchmark Doseを求める場合,ディリクレ3項モデルを用いるのが良いことがわかった.また,環境リスクアセスメントのシミュレーション実験においても,ディリクレ3項性が成り立たない場合,ディリクレ3項モデルに基づきモデル分散推定量を用いて平均パラメータの推定量の分散推定を行うと,推定量に一致性がないためバイアスが大きくなることがわかった.従って,環境リスクアセスメントにおいてディリクレ3項モデルに基づき平均パラメータの推定量の分散推定を行う場合には,ロバスト分散推定量を用いるのが良く,ロバスト分散推定量に基づきBenchmark Doseを求めるのが良いことがわかった. |