学位論文要旨



No 115183
著者(漢字) 池田,博和
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ヒロカズ
標題(和) 粒子法による蒸気爆発の溶融金属細粒化過程の数値解析
標題(洋)
報告番号 115183
報告番号 甲15183
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4678号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 陳,ゆう
内容要旨 はじめに

 原子炉の仮想的な過酷事故時に、溶融炉心と冷却水の相互作用(FCI)によって蒸気爆発が生じ、格納容器の破損につながることが懸念されている。蒸気爆発はその発生過程について下記のように四つの素過程に分けることができる。冷却水中に落下した高温の溶融炉心は、安定な膜沸騰で覆われた液滴に分裂し(粗混合)、自発的なもしくは外部からの撹乱によって膜沸騰が不安定化する(トリガリング)。溶融物の細粒化による急速な蒸気発生から衝撃波を生じ、粗混合領域を伝播する(伝播)。その結果高圧領域の膨張により機械的エネルギーが放出される(膨張)。このうちトリガリング以降の伝播、膨張過程は数msecという非常に高速な現象で爆発を伴うため、詳細な測定が難しくそのメカニズムには分からない部分が多い。特に溶融物液滴の細粒化は急速伝熱の直接の原因であり、発生エネルギーを定量的に評価する上で非常に重要である。これまでに蒸気爆発の伝播過程の多相流解析コードが開発されてきたが、溶融物液滴の細粒化に関してはメカニズムを仮定してそれに基づいた相関式を用いており、特定の実験に依存した係数を与えている。このようなことから、溶融物の細粒化のメカニズムを明らかにすることが強く求められている。

 Lagrange的な数値解析法であるMPS法(Moving Particle Semi-implicit Method)は、流体を粒子の集まりで表現し、支配方程式を粒子間相互作用でモデル化する。計算格子を用いないので、流体の大変形のみならず、分裂・合体も容易に扱うことができる。そこで本研究の目的は、MPS法を用いて蒸気爆発における溶融物の細粒化過程の数値解析を行い、細粒化のメカニズムについて検討することである。

MPS法

 支配方程式は連続の式、ナビエ・ストークス方程式および熱伝導方程式である。

 

 粒子は重み関数w(r)((1)式)に従って近傍の粒子と相互作用する。

 

 ここでreは重み関数の幅、rは粒子間の距離である。重み関数の幅を有限とすることにより、それより遠方の粒子との相互作用は無く、計算時間を短縮できる。

 ある物理量Pの勾配(gradient)およびラプラシアンは、次の粒子間相互作用によって計算する。

 

 非圧縮条件は流体の密度一定であり、粒子数密度niを一定値n0とする。これより粒子数密度の差をソース項とする圧力についてのポアソン方程式が得られる。

 

 ここでcは音速である。(4)式左辺は、ラプラシアンモデルを用いて離散化する。またポアソン方程式を解く際に、密度差の大きな2流体を同時に安定に解析するため、重い流体と軽い流体の圧力を2段階で計算する。

 MPS法において相変化を扱うモデルを開発した。通常の沸騰モデルは、水粒子と蒸気粒子の中間位置に水-蒸気界面を定義し、界面には水粒子と蒸気粒子から熱伝導方程に従って熱が伝わるものとする。界面に蓄積された熱量が蒸気粒子1個の質量に相当する量を越えたら界面に1個蒸気粒子を発生させ、その分の質量を界面の蓄積量から引く。

 自発核生成モデルは、高温液体金属粒子と水粒子が直接接触してからある時間遅れ(=0.1〜0.5msec)のあと、急速に蒸気粒子を発生させることでモデル化した。自発核生成が始まったら水の過熱された分のエネルギーが0.1〜1msecの間に全て蒸発に使われるものとする。蒸気粒子は液体金属粒子と水粒子の中間の位置に発生させる。

溶融物-冷却材相互作用実験の数値シミュレーション

 FARO-L14実験の数値シミュレーション FARO-L14[1]はJRC/ISPRAによって行われた溶融コリウム-水反応の大規模実験である。飽和水(5MPa,536K)プールに溶融したコリウム(3071K)を落下させる。計算では、コリウムジェットの先端がマッシュルーム状になり、やがて細粒化する結果が得られた(図1)。この落下の先端位置の変化を図2に示す。実験と比較すると計算では0.5sec以降、落下が減速される。これは計算がX-Y二次元なのに対し実験がR-Z二次元であるために、水を押しやる空間が実験に比べて小さいということが一因であると考えられる。

図表図1 FARO-L14実験の計算結果 / 図2 溶融金属の先端位置

 MUSE実験の数値シミュレーション 原研のAlpha計画におけるMUSEの可視化実験[2]は、FCIにおいて冷却材が溶融物中に貫入するCI(Coolant Injection)モードの基本的な物理現象を知る目的で行われた。実験では、直径1cmの水ジェットを初速度3.8m/sで落下させた。プール側の流体は水よりも重いFluorinert(密度比1.88)を用い等温条件とした。プールは幅10cm高さ20cm奥行き2cmであった。

 まず二次元体系において計算を行った(図3左)。水ジェットの先端位置の時間変化を図4に示す。水ジェットがプールに衝突する時刻をosecとする。計算におけるジェットの先端位置が実験と比較すると浅い。計算では0.04sec以降のジェットの減速が顕著である。

 実験ではジェットの直径(1cm)がプール奥行き(2cm)に対して細く、この違いが二次元計算との相違の原因であると考えられる。そこで三次元体系においてジェットの奥行きを1cmとした計算を行った。図3に0.1secにおける実験との比較を示す。ジェットの先端位置と形状が良く実験と一致している。ジェットの先端位置の時間変化を図4に示す。0.04sec以降においてもあまり減速せず実験と一致しているのが分かる。両側の壁におけるプールの表面位置の変化を図5に示す。二次元の計算結果はプール表面の上昇が大きいが、三次元の計算結果は実験と良く一致した。従って、二次元体系においてジェットが潜るためにはプール流体を直接上方へ押し上げる必要があり、ジェットのエネルギー損失が三次元体系に比べ大きいことがジェットの減速の原因であると考えることができる。これからジェットの貫入に関してMPS法の妥当性が確認できた。

溶融金属細粒化過程の数値シミュレーション

 計算条件 トリガリング及び伝播過程初期において重要な熱力学的細粒化モデルの代表的なものにKim-Corradiniモデルがある[3]。このモデルは、蒸気膜が崩壊する際に水ジェットが形成され、これが溶融物内に潜り込み、そこで急激な蒸気発生が生じて外周部の溶融物を細粒化するというものである(図6)。他にCiccarelli-Frostモデルがある[4]。このモデルでは、蒸気膜の崩壊が不均一に生じるために、局所的な低沸点液体と溶融物の液-液接触から急激な蒸気発生が不均一に起こり、蒸気発生の弱い部分で溶融物がフィラメント状に飛び出す、というものである(図7)。また、単一溶融金属滴の水中への落下実験では、水との界面温度が自発核生成温度以上であることが自発的蒸気爆発の必要条件であることが知られている。

図表図3 計算結果(0.1sec,2D,3D)と実験との比較 / 図4 水ジェットの先端位置 / 図5 プールの表面位置 / 図6 Kim-Corradiniモデルの概念図7 Ciccarelli-Frostモデルの概念

 蒸気膜の崩壊を模擬して溶融物プールに水ジェットを衝突させる計算を行った。計算体系は2次元とした。単一ジェットの体系ではKim-Corradiniモデル、二本のジェットの系ではCiccarelli-Frostモデルを想定している。ここで溶融物は錫(=6650kg/m3)とし、初期温度700℃で一定とした。水は65℃で958.84kg/m3とした。

 通常の沸騰モデルの計算では、ジェットの長さl、落下速度はそれぞれl=0.8,1.6mm,=1,3,5,10,30m/sの場合について計算を行った。仮想的にジェット側の流体の密度を変えた計算、蒸気相の存在および相変化を考慮しない計算も行った。自発核生成モデルを用いた計算では、液-液接触が起こってから自発核生成を開始するまでの時間遅れを=0.12,0.22,0.32,0.42msecと変えて計算を行った。どの計算においても、表面張力は無視し得るので考慮しなかった。

 計算結果 通常の沸騰モデルを用いた場合の初期粒子配置と1.8msec後の計算結果を図8,9に示す。l=1.6mm,=5m/sである。単一ジェットでは、Kim-Corradiniモデルで提唱されているジェットの溶融物内への潜り込みは見られず、クレーター状のくぼみが形成された(図8中)。ジェットの流体の密度を仮想的に大きくした計算では、落下ジェットが液体金属の下に、潜り込む様子が見られた(図8右)。一方、二本のジェットでは、Ciccarelli-Frostモデルで提唱されているようなフィラメントが二本のジェットの中間で生じた(図9)。CiccarelliとFrostがExploding Wireを用いた実験で撮影したX線写真を図10に示す。本計算結果はこれと良く似ている。

 図11は自発核生成モデルでの、遅れ時間=2.2msec、ジェット間距離d=3mmでの計算結果である。水ジェットを衝突させた時と同じくフィラメントが形成された。自発核生成開始後、水-錫界面に蒸気粒子が多量に発生し、そこで強い圧力が生じ、フィラメントの成長が促進された。

図表図8 単一ジェットの計算結果 左(初期配置)、中(jet/pool=0.144),右(jet/pool=4.0) / 図9 二本ジェットの計算結果(jet/pool=0.144) / 図10 Ciccarelliらの実験のX線写真 / 図11 二本ジェットの計算結果(自発核生成モデル,=0.22msec)

 計算におけるクレーター形状の検討 ジェット側の流体の密度を仮想的に変えた場合に形成されるクレーターの形を定量的に評価した。ここで図12のようにクレーター深さhと口径wを定義し、その比=h/wを導入する。が大きいと潜り込みが生じているといえる。蒸気発生を考慮した計算においてl=1.6mm,=1m/sの場合の、無次元時間T=1.38において整理した結果を図13に示す。クレーター形状は密度比によって決まり、ジェット流体が重いとKim-Corradiniモデルのようなジェットの潜り込みが生じるが、逆の場合にはそうならないことが分かる。水と錫の組み合わせでは密度比が0.144で、水とUO2では0.1程度であり、これらは共にCiccarelli-Frostモデルの領域内であることがわかる。従って、水と溶融炉心の蒸気爆発の熱力学的細粒化メカニズムとしてはCiccarelli-Frostモデルが支持できる。

 自発核生成に関する考察 フィラメント高さ(図14)の時間変化の結果を図15,16に示す。異なった初期ジェット落下速度およびジェット長さにおいてもほぼ同じ直線上に乗っている(図15)。いったん自発核生成が開始されると、遅れ時間が長い程フィラメントの上昇速度が加速されることが分かった(図16)。これは、遅れ時間が長い程過熱水に蓄積される熱エネルギーが大きくなり、発生蒸気が増えるからである。これは単一溶融金属液滴の蒸気爆発発生温度領域(TIZ;Thermal Interaction Zone)の下限温度が自発核生成温度と一致するという実験事実をうまく説明できる。

図表図12 クレーター深さ口径比 / 図13 ジェット密度とクレーター深さ口径比の関係 / 図14 フィラメント高さ図表図15 通常の蒸発モデルの有無によるフィラメント高さの時間変化 / 図16 自発核生成を考慮した場合のフィラメント高さの時間変化

 三次元数値解析 液滴の熱的細粒化の三次元構造を明らかにするために、三次元体系において計算を行う。計算条件はCiccarelli-Frostの実験と同じとし、蒸気膜の非均一な崩壊を模擬して水ジェットを液滴(直径5.1mm)の周囲から衝突させる(図17左)。水ジェットの初期速度70m/s、ジェット太さ1.4mm、ジェット長さ0.6mmとし、正二十面体の各頂点に配置した。実験では初期蒸気膜崩壊後のフィラメントの初期の上昇速度の平均は7.12m/sであるため、これからジェットの条件を決定した。ただし蒸気および表面張力は無視した。計算結果を図17(右)に示す。ジェットの衝撃により二十本の針状のフィラメントが生成されている。計算結果から実験と同様のX線強度を考慮して作成したX線透過図を図18(左)に示す。実験結果(図18右)と形状・成長速度ともに良く合っていた。模式図(図19)に示すように近傍の三点の衝撃の中心で一次元的なフィラメントが生成する。

図表図17 計算体系,計算結果(0.4msec) / 図18 X線透過画像,下;計算(0.4msec) / 図19 フィメント生成の模式図
まとめ

 MPS法に相変化モデルを加えた計算コードを開発し、溶融物-冷却材相互作用の数値シミュレーションを行った。FARO-L14実験の数値シミュレーションでは、溶融コリウムジェットの崩壊過程が計算できた。MUSEの可視化実験の数値解析では、水ジェットの先端位置は実験とよく一致した。これからジェットの潜り込み挙動に関するMPS法の妥当性が確認できた。

 次に蒸気爆発における溶融物細粒化の数値解析を行った。単一ジェットの衝突の二次元解析から、その落下速度に関わらず水ジェットの潜り込みは見られず、Kim-Corradiniモデルが成立し難い事がわかった。また、二本のジェットの解析では、フィラメントの形成が見られ、Ciccarelli-Frostモデルが支持できる。これはジェットとプールの流体の密度比で決まり、水-錫あるいは水-UO2の組み合わせはCiccarelli-Frostモデルが実現する領域に含まれる。自発核生成モデルの計算結果からは、自発核生成によって細粒化が促進されることが分かった。これは単一溶融金属滴の滴下実験において、自発核生成温度以上で蒸気爆発が生じ易いという実験事実をうまく説明できる。三次元解析ではCiccarelli-Frostの実験のX線写真を良く再現した。これから三次元体系でも一次元的なフィラメントを形成するということがわかった。

参考文献[1]D.Magallon et al.,Proc.23rd Water Reactor Safety Information Meeting,1995,p.157-170[2]Park H.S et al.,ICONE6,San Diego,USA,1998,ICONE-6091[3]Kim,B.and Corradini,M.L.,Nucl.Sci.Eng.,98(1988),16.[4]Ciccarelli,G.and Frost,D.L.,Nucl.Eng.Des.,146(1994),109.
審査要旨

 本論文は蒸気爆発の溶融金属細粒化過程の粒子法による数値解析について記述したものである。論文は6章より構成されている。

 第1章は序であり、原子炉苛酷事故と蒸気爆発について述べ、溶融物細粒化の解明が必要としている。MPS法は流体の分裂飛散を計算できるので、原子炉苛酷事故の解析において他の手法にみられない能力を発揮する可能性がある。本研究の目的は、溶融炉心-冷却材相互作用をMPS法を用いて解明するために必要なモデルとアルゴリズムを開発し、細粒化過程の数値解析を行い、そのメカニズムについて検討することであると述べている。

 第2章はMPS法の相変化を含む多相多成分流れの計算モデルとその改良について述べている。密度差の大きな2流体の計算アルゴリズム、熱伝導モデル、蒸発モデル、自発核生成モデル、凝固モデル、表面張力モデル、粒子の高速検索アルゴリズムと非均一粒子モデルの開発と検証について記述している。

 第3章は燃料冷却材相互作用の数値解析について述べている。まずFARO-L14実験を解析し、溶融コリウムジェットの崩壊過程を計算している。次にMUSEの可視化実験を解析し、水ジェットの先端位置は実験とよく一致し、これからジェットの潜り込み挙動に対するMPS法の妥当性を確認できたとしている。得られた結果の考察から水ジェットが溶融物に衝突する場合の現象の進展は2つの過程に分けることができ、初めの過程においては冷却材ジェットの周りに空気の柱ができ、ジェットブレークアップ相関式で示されるブレークアップ深さより深く潜り込むことが分かったとしている。

 第4章は溶融物の熱的細粒化過程の数値解析について述べている。高温の溶融物の周囲の蒸気膜が崩壊する時に高温の水ジェットが生じると考えられているので、それをMPS法で解析している。単一ジェットの衝突の二次元解析から、その落下速度に関わらず水ジェットの潜り込みは見られず、Kim-Corradiniモデルが成立し難い事がわかった。2本ジェットの解析ではフィラメントの形成が見られCiccarelli-Frostモデルが支持できることを示している。自発核生成モデルを用いた計算結果からは、自発核生成によって細粒化が促進されることが分かったとし、これは自発核生成温度以上で蒸気爆発が生じやすいという実験事実をうまく説明できるとしている。3次元解析ではCiccarelli-Frostの実験のX線写真を良く再現している。

 第5章は流体力学的細粒化過程の数値解析について述べている。等温条件での流体力学的細粒化のメカニズムはWe<200ではVibrational breakupもしくはBag breakupが、We>200ではRayleigh-Taylor不安定性によるCatastrophic breakupが生じることを示している。計算結果から液滴のブレークアップ時間を見積り、液-液系の実験結果と妥当な一致を得ている。計算における液滴質量の時間変化の見積りから蒸気爆発伝播解析コードで用いられる細粒化の構成式は等温条件ではPilch-Erdmanの式が妥当であるとしている。しかし、蒸気爆発が生じる場合には流体力学的効果の他に熱力学的な効果が細粒化を促進するという実験事実があるため、Pilch and Erdmanの式では細粒化時間が遅く見積られると考えられ、これに熱的な効果を補正するのがよいと考えるとしている。

 第6章は結論で本研究の総括と今後の課題を述べている。

 以上を要するに、本論文は蒸気爆発の溶融金属細粒化過程をMPS法のモデルを開発して解析することにより、そのメカニズムを明らかにしている。これらの成果はシステム量子工学、特に原子炉安全工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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