次世代のエネルギー源として注目されているD-T核融合炉におけるトリチウム(以下T)増殖材料として現在さまざまな物質が検討されているが、フッ化リチウム-フッ化ベリリウム混合溶融塩(以下Flibe:2LiF-BeF2、融点459℃)は、最も有望な溶融塩増殖材料の一つであると考えられる。Flibeは、その高い化学安定性、低い電気伝導率(MHD圧損防止)等からT増殖材と冷却材を兼ねる事が考えられ、これを用いた核融合炉設計を非常にシンプルにできる可能性がある。一方、Flibeを使ったブランケットシステムの問題点としては、LiFと中性子が反応して生成するTFによる構造材料の腐食、Flibeや気相からの構造材料を通してのHTの透過漏洩等が挙げられるが、これらの問題点を解決するためには、高温照射下Flibe中でのT挙動に関する知見を得る事が重要である。このため、本研究は中性子照射下Flibe中のT含有分子の化学形変化、及び、T含有分子の各化学形についての放出挙動・透過漏洩挙動について明らかにし、Flibeを用いたブランケットの概念設計に資する事を目的とする。 Flibe中のT挙動についての研究の第一歩として、Flibe中のT含有分子の化学形変化及びその制御方法についての研究を行った。実験体系の概略図を図1に示す、東大弥生炉において溶融塩Flibe(873K,150-300g)に対して中性子照射(108〜109n/cm2s)を行う事によってFlibe中にTを生成(約50Bq/g-Li,s)させ、Flibeから放出されるTをHe+0-100%H2+0-2%HFパージガス(約100cc/min)によってFlibe表面をスイープ、あるいは、Flibe中をバブリングさせる事によって回収した。Tを含んだパージガス中のT分圧を、T含有分子の化学形を分離しながら電離箱で連続測定した。また、構造材料壁を透過したTについても別のラインのパージガスによって回収した。放出されるT含有分子の化学形の変化を調べるためのパラメータとして実験体系のH2/HF濃度を変化させた。表1に原子炉運転開始から約150分間において観測された放出Tの化学形についてまとめる。また、パージガス中のH2濃度を0〜100%まで変化させた際のHT放出速度の時間変化を図2に示す。原子炉の運転開始とともにパージガス中のHT濃度が上昇し始め、約350分の運転時間でほぼ定常値に達している。パージガス中のH2濃度が1%以上ではHT放出速度の時間変化はほぼ一致しているのに対して、H2濃度が1%以下ではH2濃度の減少とともにHT放出速度も減少している事がわかる。また、このデータは、低H2分圧下(He+0-0.1%H2)におけるHT放出速度の時間変化については、高H2分圧下(He+1-100%H2)におけるHT放出速度の時間変化と比較して、定常状態におけるHT放出速度が異なりHT放出速度係数は等しいと仮定したフィッティングカーブによく一致した。このため、定常状態においてHTとして放出されないTはTFとして放出されると考えられ、本実験体系における各H2分圧下の定常状態での放出Tの各化学形の放出速度の比が表2のように求まった。これらから、T放出の定常状態では、体系中のH2/HF濃度に応じて、主なT放出化学形が、TFからHTへ連続的に変化する事がわかった。 図1 原子炉における実験体系図表表1 放出されたT含有分子の主な化学形 / 図2 各H2分圧下におけるHT放出速度の時間変化表2 各H2分圧下における定常状態でのHTとTFの放出割合 Tの放出化学形にHTとTFが存在する事、及び、その放出割合の制御可能である事から、Flibeから放出されるT含有分子の化学形をほぼ一種類ずつに制御し、それぞれの化学形の気相への放出挙動と配管材料壁を通しての透過漏洩挙動を研究した。なお、HT・TFの放出速度の時間依存性、及び、HTの透過漏洩速度の時間依存性が、一次時間遅れを仮定したフィッティングカーブによく一致する事から、それぞれ総括物質移動係数Kを定義した。HT放出のKHTについて、図3に示すように、Flibe試料中のバブリングの流量に対する依存性を持つ事がわかった。Flibe中のバブリング流量を増加させる効果としてはFlibeの流動を増加させFlibe境膜の厚さを減少させると考えられる事から、HT放出の律速過程は、Flibe境膜内の拡散過程であると考えられる。また、HT放出のKHTの活性化エネルギーは28kJ/molとなり、Flibe中に存在するHT分子が電気的に中性である事から比較的小さな活性化エネルギーを得たと考えられる。TFの放出挙動については、図4に示すような原子炉外でHFを模擬物質として用いた実験体系において、TF(HF)放出のKHFを測定した。Flibeから構造材料壁(SUS316またはモネル合金)を透過漏洩したT含有分子の化学形はすべてHTであり、気相中にTFが放出される条件下ではTの透過漏洩は観測されなかった。図5に示すように、HT透過漏洩のK2.HTは透過する金属の種類によって異なり、また、気相中へのHT放出のKより1〜2桁小さい事がわかった。FlibeからのHT透過漏洩の律速過程は、Flibe境膜におけるHT拡散過程、金属中のTの拡散過程、金属材料表面からのHTの脱離(再結合)過程のいずれでもなく、Flibe-金属界面の腐食生成物相がHT透過漏洩の重要な物質移動抵抗になっている可能性が考えられた。 図表図3 HT放出のKのバブリングガス流量依存性 / 図4 原子炉外における実験体系図5 HT放出と透過漏洩の総括物質移動係数 本実験体系におけるトリチウム挙動を総合的に解析するために、Tの化学形変化と物質移動を同時に考慮したモデルを考えた。Flibe中でLiはLi+として存在しているが、これと中性子が反応するとT+が生成する。このT+はFlibe中のF-と結びつき気相中にTFとして放出される(Process1)。一方、T+として生産されたTの放出化学形としてはHTも存在し、体系中のH2濃度とHF濃度によって各化学種の割合が変化する事から、T+は同位体交換反応 によってFlibe中に溶解しているH2と反応しHTに変換(Process2)された後、放出(Process3)されていると考えられる。図6にこの反応に関わるFlibe中の化学種のマスバランスについて示す。Process1によって放出される単位体積当たりのT放出速度R(1)[mol/m3/s]は、試料の体積と気液界面面積を含んだTF放出の総括物質移動係数K’TF[l/s]を使って と表される。[A][mol/m3]はFlibe中の化学種Aの濃度を表し、[A]g[mol/m3]は気相中の化学種Aの分圧をFlibe中に平衡状態まで溶解した時のFlibe中濃度で表したものである。式(3)において、気相中のTFは常にパージガスによって取り除かれてしまうため、[T+]≫[TF]gであり、R(1)は と表される。同様に、 である。一方、式(1)で表される同位体交換反応の反応速度R(2)[mol/m3/s]は、正反応と逆反応の反応速度定数、k1[m3/mol/s]とk2[m3/mol/s]を使って と表される。R(1)〜R(5)で表される物質移動過程・反応過程により、Flibe中の4つの化学種(T+、H2、H+、HT)の濃度は時間的に変化する。これらの化学種の濃度変化は核変換によるT生成速度をG[mol/m3/s]として と表される。K及び反応速度係数に対する同位体効果を無視し、 と仮定し、HT放出速度の時間依存性をk1及び[H+]の初期値をパラメーターとして数値計算した。図7にk1=100[m3/mol/s]とした時の各H2分圧下におけるHT放出速度の時間依存性を実験データと共に示す。計算結果は気相中のH2分圧が1%以下でHT放出速度が大きく減少するという特性、および、HT放出速度曲線の傾向を良く再現していると言える。低H2分圧下におけるH2濃度は、Flibeに対するH2の溶解度が小さいため初期の値が非常に小さい事に加え、気相から供給されたH2が同位体交換反応によって速やかに消費されてしまいさらに減少してしまう事がわかった。すなわち、低H2分圧下では、Flibe中での同位体交換反応が十分進まず、HTの放出速度が体系中のH2分圧に強く依存する結果となっている事がわかった。 図6 Flibeからのトリチウム放出モデル図7 本実験体系における各H2分圧下でのHT放出速度の時間依存性 本研究より得られたトリチウム挙動に対する知見について、これを大規模Flibeシステムにおけるトリチウム挙動の予測に応用するための問題点を明らかにしつつ、さまざまな仮定の上に現在考えうる実用核融合炉のFlibeループ要素の概念について考察した。TFのインベントリーが大きい事からHTが回収トリチウムの化学形の候補であると考えられた。また、T化学形のHTへの制御のためには還元性金属による還元、トリチウム回収のためにはFlibeの細粒化、トリチウム漏洩防止のためには二次溶融塩ループが有効に働く可能性があると考えられた。 |