学位論文要旨



No 115185
著者(漢字) 鈴木,晶大
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,アキヒロ
標題(和) 核融合炉溶融塩増殖材料中のトリチウム挙動
標題(洋)
報告番号 115185
報告番号 甲15185
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4680号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 山口,憲司
内容要旨

 次世代のエネルギー源として注目されているD-T核融合炉におけるトリチウム(以下T)増殖材料として現在さまざまな物質が検討されているが、フッ化リチウム-フッ化ベリリウム混合溶融塩(以下Flibe:2LiF-BeF2、融点459℃)は、最も有望な溶融塩増殖材料の一つであると考えられる。Flibeは、その高い化学安定性、低い電気伝導率(MHD圧損防止)等からT増殖材と冷却材を兼ねる事が考えられ、これを用いた核融合炉設計を非常にシンプルにできる可能性がある。一方、Flibeを使ったブランケットシステムの問題点としては、LiFと中性子が反応して生成するTFによる構造材料の腐食、Flibeや気相からの構造材料を通してのHTの透過漏洩等が挙げられるが、これらの問題点を解決するためには、高温照射下Flibe中でのT挙動に関する知見を得る事が重要である。このため、本研究は中性子照射下Flibe中のT含有分子の化学形変化、及び、T含有分子の各化学形についての放出挙動・透過漏洩挙動について明らかにし、Flibeを用いたブランケットの概念設計に資する事を目的とする。

 Flibe中のT挙動についての研究の第一歩として、Flibe中のT含有分子の化学形変化及びその制御方法についての研究を行った。実験体系の概略図を図1に示す、東大弥生炉において溶融塩Flibe(873K,150-300g)に対して中性子照射(108〜109n/cm2s)を行う事によってFlibe中にTを生成(約50Bq/g-Li,s)させ、Flibeから放出されるTをHe+0-100%H2+0-2%HFパージガス(約100cc/min)によってFlibe表面をスイープ、あるいは、Flibe中をバブリングさせる事によって回収した。Tを含んだパージガス中のT分圧を、T含有分子の化学形を分離しながら電離箱で連続測定した。また、構造材料壁を透過したTについても別のラインのパージガスによって回収した。放出されるT含有分子の化学形の変化を調べるためのパラメータとして実験体系のH2/HF濃度を変化させた。表1に原子炉運転開始から約150分間において観測された放出Tの化学形についてまとめる。また、パージガス中のH2濃度を0〜100%まで変化させた際のHT放出速度の時間変化を図2に示す。原子炉の運転開始とともにパージガス中のHT濃度が上昇し始め、約350分の運転時間でほぼ定常値に達している。パージガス中のH2濃度が1%以上ではHT放出速度の時間変化はほぼ一致しているのに対して、H2濃度が1%以下ではH2濃度の減少とともにHT放出速度も減少している事がわかる。また、このデータは、低H2分圧下(He+0-0.1%H2)におけるHT放出速度の時間変化については、高H2分圧下(He+1-100%H2)におけるHT放出速度の時間変化と比較して、定常状態におけるHT放出速度が異なりHT放出速度係数は等しいと仮定したフィッティングカーブによく一致した。このため、定常状態においてHTとして放出されないTはTFとして放出されると考えられ、本実験体系における各H2分圧下の定常状態での放出Tの各化学形の放出速度の比が表2のように求まった。これらから、T放出の定常状態では、体系中のH2/HF濃度に応じて、主なT放出化学形が、TFからHTへ連続的に変化する事がわかった。

図1 原子炉における実験体系図表表1 放出されたT含有分子の主な化学形 / 図2 各H2分圧下におけるHT放出速度の時間変化表2 各H2分圧下における定常状態でのHTとTFの放出割合

 Tの放出化学形にHTとTFが存在する事、及び、その放出割合の制御可能である事から、Flibeから放出されるT含有分子の化学形をほぼ一種類ずつに制御し、それぞれの化学形の気相への放出挙動と配管材料壁を通しての透過漏洩挙動を研究した。なお、HT・TFの放出速度の時間依存性、及び、HTの透過漏洩速度の時間依存性が、一次時間遅れを仮定したフィッティングカーブによく一致する事から、それぞれ総括物質移動係数Kを定義した。HT放出のKHTについて、図3に示すように、Flibe試料中のバブリングの流量に対する依存性を持つ事がわかった。Flibe中のバブリング流量を増加させる効果としてはFlibeの流動を増加させFlibe境膜の厚さを減少させると考えられる事から、HT放出の律速過程は、Flibe境膜内の拡散過程であると考えられる。また、HT放出のKHTの活性化エネルギーは28kJ/molとなり、Flibe中に存在するHT分子が電気的に中性である事から比較的小さな活性化エネルギーを得たと考えられる。TFの放出挙動については、図4に示すような原子炉外でHFを模擬物質として用いた実験体系において、TF(HF)放出のKHFを測定した。Flibeから構造材料壁(SUS316またはモネル合金)を透過漏洩したT含有分子の化学形はすべてHTであり、気相中にTFが放出される条件下ではTの透過漏洩は観測されなかった。図5に示すように、HT透過漏洩のK2.HTは透過する金属の種類によって異なり、また、気相中へのHT放出のKより1〜2桁小さい事がわかった。FlibeからのHT透過漏洩の律速過程は、Flibe境膜におけるHT拡散過程、金属中のTの拡散過程、金属材料表面からのHTの脱離(再結合)過程のいずれでもなく、Flibe-金属界面の腐食生成物相がHT透過漏洩の重要な物質移動抵抗になっている可能性が考えられた。

図表図3 HT放出のKのバブリングガス流量依存性 / 図4 原子炉外における実験体系図5 HT放出と透過漏洩の総括物質移動係数

 本実験体系におけるトリチウム挙動を総合的に解析するために、Tの化学形変化と物質移動を同時に考慮したモデルを考えた。Flibe中でLiはLi+として存在しているが、これと中性子が反応するとT+が生成する。このT+はFlibe中のF-と結びつき気相中にTFとして放出される(Process1)。一方、T+として生産されたTの放出化学形としてはHTも存在し、体系中のH2濃度とHF濃度によって各化学種の割合が変化する事から、T+は同位体交換反応

 

 によってFlibe中に溶解しているH2と反応しHTに変換(Process2)された後、放出(Process3)されていると考えられる。図6にこの反応に関わるFlibe中の化学種のマスバランスについて示す。Process1によって放出される単位体積当たりのT放出速度R(1)[mol/m3/s]は、試料の体積と気液界面面積を含んだTF放出の総括物質移動係数K’TF[l/s]を使って

 

 と表される。[A][mol/m3]はFlibe中の化学種Aの濃度を表し、[A]g[mol/m3]は気相中の化学種Aの分圧をFlibe中に平衡状態まで溶解した時のFlibe中濃度で表したものである。式(3)において、気相中のTFは常にパージガスによって取り除かれてしまうため、[T+]≫[TF]gであり、R(1)は

 

 と表される。同様に、

 

 である。一方、式(1)で表される同位体交換反応の反応速度R(2)[mol/m3/s]は、正反応と逆反応の反応速度定数、k1[m3/mol/s]とk2[m3/mol/s]を使って

 

 と表される。R(1)〜R(5)で表される物質移動過程・反応過程により、Flibe中の4つの化学種(T+、H2、H+、HT)の濃度は時間的に変化する。これらの化学種の濃度変化は核変換によるT生成速度をG[mol/m3/s]として

 

 と表される。K及び反応速度係数に対する同位体効果を無視し、

 

 と仮定し、HT放出速度の時間依存性をk1及び[H+]の初期値をパラメーターとして数値計算した。図7にk1=100[m3/mol/s]とした時の各H2分圧下におけるHT放出速度の時間依存性を実験データと共に示す。計算結果は気相中のH2分圧が1%以下でHT放出速度が大きく減少するという特性、および、HT放出速度曲線の傾向を良く再現していると言える。低H2分圧下におけるH2濃度は、Flibeに対するH2の溶解度が小さいため初期の値が非常に小さい事に加え、気相から供給されたH2が同位体交換反応によって速やかに消費されてしまいさらに減少してしまう事がわかった。すなわち、低H2分圧下では、Flibe中での同位体交換反応が十分進まず、HTの放出速度が体系中のH2分圧に強く依存する結果となっている事がわかった。

図6 Flibeからのトリチウム放出モデル図7 本実験体系における各H2分圧下でのHT放出速度の時間依存性

 本研究より得られたトリチウム挙動に対する知見について、これを大規模Flibeシステムにおけるトリチウム挙動の予測に応用するための問題点を明らかにしつつ、さまざまな仮定の上に現在考えうる実用核融合炉のFlibeループ要素の概念について考察した。TFのインベントリーが大きい事からHTが回収トリチウムの化学形の候補であると考えられた。また、T化学形のHTへの制御のためには還元性金属による還元、トリチウム回収のためにはFlibeの細粒化、トリチウム漏洩防止のためには二次溶融塩ループが有効に働く可能性があると考えられた。

審査要旨

 LiFとBeF2の混合溶融塩であるFlibeは、それ自身の化学安定性が高いこと、電気伝導率が小さいためMHD圧力損失を生じないことなどの理由から、核融合炉液体ブランケットにおける有望な冷却材兼トリチウム増殖材料として検討されている。Flibeはかつて溶融塩増殖炉の燃料媒体として研究された実績があり、それ自体の核的性質や物理化学的性質に関しては比較的データが整備されているが、核融合炉ブランケット材料としての応用を目指した研究は少なく、特にリチウムの核変換によりその材料中に生成するトリチウムの挙動に関してはほとんど研究が行われていない。このため、Flibeを用いたブランケット設計において、ブランケット中で生成するトリチウムの回収あるいは配管構造壁中の透過漏洩についての予測が困難となっており、この事がFlibeブランケットの概念を考える上で大きな障害となっている。本論文は、このような背景のもとで、中性子照射下Flibe中で生成するトリチウムの物理・化学的挙動についての研究を行った結果をとりまとめたものであり、全体は6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的について述べている。

 第2章では、Flibe中のトリチウムの化学的挙動を研究するための実験方法と、それを用いることにより測定したトリチウムの放出化学形について述べている。中性子高温照射という核融合炉ブランケット模擬条件下でのトリチウム放出挙動を明らかにするために、東大弥生炉照射孔内にFlibeを装荷したトリチウム放出実験装置を設置し、400〜600℃の高温において溶融Flibeからのその場トリチウム放出実験を実施した。類似の研究は世界的にもほとんど例が無く、極めてオリジナリティーの高いものである。体系中の不純物水分濃度、Heパージガス中のH2やHFの濃度などのパラメータを変化させたときの放出トリチウムの化学形について測定を行った。その結果、高温照射下Flibeからのトリチウム放出化学形としてHTとTFが存在し、その割合は体系中のH2濃度とHF濃度の比に依存して連続的に変化し、還元性雰囲気下ではHTが主な放出化学種であるが、フッ素化雰囲気下ではTFが支配的になるということを確認した。

 第3章では、Flibe中のトリチウム含有分子の放出速度についての研究を行った結果について述べている。実験条件を調整することにより、Flibeから放出されるトリチウムの化学形をHTまたはTFのほぼ一種類ずつに制御し、それぞれの化学種の物質移動について、気相への放出実験と配管材料壁の透過実験を行った。その結果、HTの気相への放出の総括物質移動係数はパージガス中のH2濃度には依存せず、Flibeの流動状態に依存する事がわかった。また、TFの気相への放出に関しては、原子炉外においてTFの代わりにHFを使った模擬実験を行い、その放出速度係数を測定した。配管材料壁のトリチウム透過に関しては、Flibe中の主なトリチウムの化学形がHTであればトリチウムは透過しやすく、TFであればほとんど透過しないという事を確認した。HT透過の総括物質移動係数は、気相へのHT放出の総括物質移動係数と比較して1桁以上小さく、その律速過程はFlibeから配管材料壁への物質移動であると考察している。

 第4章においては、上記で得られた各素過程のパラメータをもとにしてトリチウム放出モデルを構築し、本モデルによりトリチウム放出実験の結果を良く再現できることを示している。構築したモデルは、Flibe中に生成したT+が気相へ放出される際に複数のプロセスが関与するというものであるが、特にT+がFlibe中のH2との同位体交換反応によってHTへ変化し、その反応速度がFlibe中のTあるいはH含有化学種の濃度に依存して変化するという速度論的モデルをその中に組み込むことにより、H2分圧の広い範囲で、HT放出速度の時間変化に関する実験結果をうまく再現する事ができた。

 第5章においては、本研究より得られたトリチウム挙動に関する知見について、これを大規模Flibeブランケットシステムにおけるトリチウム挙動の予測に応用するための問題点を明らかにしている。特に、具体的な核融合炉Flibeブランケットシステムを念頭に置き、その体系内におけるトリチウム挙動について考察し、トリチウム工学の観点から核融合炉Flibeブランケットの要素として重要ないくつかの概念を提案している。

 第6章は結論であり、本論文で得られた成果を総括している。

 以上を要約すると、本論文は、核融合炉溶融塩増殖候補材料として有望なFlibe中のトリチウム挙動に関し、原子炉を用いた実験やその解析を行うことにより、Flibe中のトリチウムの放出化学形や放出速度などに関する学術上重要な知見を得るとともに、Flibeブランケットの設計を目指した研究開発を行うための重要な技術基盤を提供したものであり、核融合炉工学や溶融塩化学を通してシステム量子工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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