学位論文要旨



No 115188
著者(漢字) 松山,敬介
著者(英字)
著者(カナ) マツヤマ,ケイスケ
標題(和) 多液面区分振動系におけるカオス現象
標題(洋)
報告番号 115188
報告番号 甲15188
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4683号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 講師 大森,良太
内容要旨 1.緒言

 機械や構造物に見受けられる区分的に線形な系、例えば、衝突、がた、クーロン摩擦などを持つ系では、接続点の非線形性ゆえに系挙動は複雑となる(1)(2)。ところで、図1のような単純な体系において、特定の条件を与えることで液位やタンク内圧力が減衰振動を繰り返し、しかもその繰り返し周期が一見不規則に変動する現象が起こる。体系は、メインタンク、サブタンク、および垂直管内に液面が存在し多液面系を構成する。この系は液面がカバーガス圧で決まる固有周期で振動しながら上昇、下降を繰り返す系であり、液面の位置によってカバーガスの流入出が切換わる。振動系としては、カバーガスの流入出による区分系と考えることができる。このような単純な体系で起こる複雑な振動を調査することは工学的に興味深い。そこで本論文では、まず多液面系で観測される繰り返し周期の変動を示し、その支配要因の考察を行う。さらにこれらの知見に基づき、確率的要素を排除した解析モデルを導出し、繰り返し周期の変動の要因を明らかにすることを目的とする。

2.実験

 2.1実験装置及び方法 図1の実験装置を用い、連結管内の流速、メインタンクカバーガス圧力、垂直管下端から液面までの限界距離のメニスカス高さRを測定した。

 2.2実験結果および考察

 2.2.1観測された現象 窒素ガスを一定流量Qでメインタンク内に流入すると、図2に示すA〜Dの状態を繰り返す現象が観測された。図2Aにおいて窒素ガスをメインタンクに流入する。するとメインタンク内の水が連結管を通ってサブタンクに流れ込むため液位が下降する。さらに液位が下降し垂直管下端以下となっても、水の表面張力の影響でガスが垂直管へ流入することはない(図2B)。液面が垂直管下端よりある程度以上低下し、その差がメニスカス高さ以上になると垂直管内にガスが流入する(切換1)。ここでメインタンクカバーガスは、窒素ガスの流入と同時に流出も生じた状態となる。切換1の後、垂直管内で気液交換が行なわれる。(図2C)この気液交換のためメインタンクカバーガス圧力は大気圧付近まで低下する。ところが、サブタンクとメインタンクとの水頭差により垂直管はすぐに水没し(切換2・図2D)、さらにカバーガスが圧縮されサブタンクから水が流入するので、メインタンク内の液位が垂直管下端より上昇する(図2A)。窒素ガスの流入があるため、メインタンク内の液位が再び下がる。垂直管が露出すると気液交換が起こり、上記のことを繰り返す。なお、切換1から次の切換1までの時間をスイッチング周期Tswと呼ぶことにする。

 これらのプロセスは、カバーガスの垂直管内への流出の有無によって二つの状態(状態I、状態II)に大別できる。状態Iはカバーガスの流出のない状態、一方状態IIはカバーガスの流出のある状態である。

 2.3.2振動特性 メインタンク内の液面の振動は連結管内の流速変動で表すことができる。図に連結管内の流動特性を示す。連結管内では繰り返し減衰振動が観測される。この減衰振動は、状態Iにおいて観測されるメインタンク液面のマノメータ振動に相当する。また、この減衰振動の繰り返し周期は、スイッチング周期である。すなわち減衰振動の起点である大きい振幅は、切換1によりもたらされるものである。

 このように、メインタンク内の液面振動にはスイッチング周期Tsw、マノメータ周期Tmの二つの周期が存在する。

 2.2.3スイッチング周期の変動 連結管内の時系列データ(図)から、TswがTmの整数個数(7〜9個)で表される。また図3に示すようにTswの変動は周期性を持たずに不規則に変動しているように見える。

 Tswは切換1によりメインタンク内のカバーガス圧力が大気圧付近まで下降し、メインタンク内の液位を垂直管下端よりメニスカス高さだけ低い位置まで押し下げる圧力まで回復する時間と考えられる。つまり状態IIで起こる圧力降下分Pstagellがスイッチング周期と最も関係があるように思える。しかしながら、図4に示すようにPstagellとスイッチング周期の関係には明確な相関は見られない。このことは、スイッチング周期の変動が直接状態IIでの圧力降下の変動だけに支配されているのではないことを意味する。他にメニスカス高さRとTswの関係やRと切換1後のメインタンクの圧力の最低値やRと状態IIでの連結管内流速の最大値などについても相関を調べたが、これらについてもはっきりした相関は見られなかった。以上のことから、スイッチング周期の変動は、PstagellやRの変動によって直接支配されているとは考えにくい。それでいて、スイッチング周期、Pstagellなどはそれぞれ大きく変動している。

 このように、連結管内の振動流を構成しているスイッチング周期はランダム現象のようにも見える。しかし、ランダム現象と考えた場合、これだけ大きなスイッチング周期の変動を与えるノイズ源の存在は考えにくい。またこれがPstagellやRとほとんど相関が無いこととも理解し難い。さらに連結管内の振動流に対して、相関次元(5)を求めたところ、〜2、5となりこの運動は小数自由度で支配されている可能性が高いことが示された。つまり、連結管内の流れを構成するスイッチング周期が、なにかしらのパラメータによって決定論的に支配されていることを示している。また連結管内の振動流の時系列データから埋め込み(6)によりアトラクターを再構成し、その最大リアプノフ指数(7)について評価したところ正となることが分かった。

3.解析

 実験的考察によりスイッチング周期(Tsw)の変動が決定論的要因によって支配されている可能性が強いことが示唆された。ここでは確率的要素を排除した振動解析モデルを単純化した形で導出し、Tswの変動が確定系により決定されることを示す。

 3.1解析モデル 本連結タンク系で起こるメインタンク液面の振動は、メインタンクカバーガス圧力を駆動力とする自励振動と考えることができる。Tswは、状態Iと状態IIの経過時間の和であることから、連結タンク系の振動を解くことにより求められる。本研究では、Tswの変動のメカニズムを明らかにするため、必要最低限の情報だけを残した振動モデルを導出する。図1の記号を用い、メインタンク液面の運動方程式および状態IIでのガス流出の運動方程式を導出し、これらについてさらに微小項の省略と線形化を行うことで以下の区分線形常微分方程式を導出した。これ以降、切換2ごとに変化する諸量は、特別に表記しない限りN回目の値を表すとする。

 

 ここで、T1は状態Iの継続時間、は状態IIでのガスの流出抵抗を表す値である。tは切換2ごとにその開始時間を0と表記している。係数は以下のとおりである。

 

 なお、は連結管の摩擦および入口と出口損失の合計を表す損失係数、Xは連結管内での圧力損失の時間平均値、gは重力加速度、は水の密度、Vはx=0の時のメインタンクカバーガス容積、Paは大気圧、そしてmは状態IIで流出するガス(二相混合物)の等価質量である。

 状態IIの継続時間をT2として、切換2ごとに更新されるP0は次式で表される。

 

 他にAは実験結果を参考に0.5[1/s]とし、メニスカス高さRを0.003[m]とした。切換1の条件はx=-R、切換2の条件はx=0[m]とした。初期条件として、まず状態Iにあるとし、x(0)=(0)=0を与える。すべての接続点で連続条件を満足するが、式(3)に関しては切換1ごとにz(T1)=(T1)=0を与える。

 3.2計算結果 式(1)〜(3)の解析解を用いてメインタンク液面の速度変動およびスイッチング周期Tswを求めた。またをパラメータとして扱い、いくつか計算を行った。

図表図1:実験装置概略 / 図2:観測された現象

 =3.4の場合の連結管内の速度変動を図4に示す。実験と同様に連結管内では繰り返し減衰振動が観測される。同時に、Tswは図5に示すように、毎スイッチングごとに非周期に変動する。この非周期に変動する要因については、後で考察を行う。このように、実験で見られたようなTswの変動が、本モデルにおいても再現できた。

 3.3 考察

 3.3.1カオス的特徴 図に図5の場合のリターンマップを示す。このようにTswの変動は単純な写像によって一意的に決まる。なお、このパラメータの場合のメインタンク液面の振動の相関次元およびリアプノフ指数について評価した結果、前者は〜2.1となり、後者は正の値を取ることを確認し、このパラメータでの液面の挙動をカオスと判断した。図7にを分岐パラメータとした場合の分岐図を示す。このように、の増加に対して次々と周期倍分岐を行った後にカオス領域に入ることがわかる。

 3.3.2スイッチング周期の変動要因 切換2に着目すると、この点では毎回P0が更新される。また、これら三つの方程式の係数に着目するとA、DおよびH以外の係数にはすべてP0が含まれていることがわかる。これらの係数の値は、切換2ごとに更新されるP0によって決定される。このことから、毎回P0が違った値を取れば、式(1)〜(3)の一般解としての形は同じであるが、時刻歴解としては異なってくる。カオス変動は、各状態の経過時間の和Tswに現れる。同時に切換2ごとのも変動するが、試しにの値を固定し計算した結果、固定しない場合と同様にP0のカオス変動を確認することができた。ところが、P0を毎回固定した場合、Tswはカオス変動せず周期解に収束した。このことはの変動はTswの場合と同様、P0の変動の従属的なものと考えることができる。切換2でのをUとすると、切換2でのポアンカレ断面(U,P0)は図8に示すようになる。この断面をN回目に通過した点とN+1回目に通過した点の関係はU(N+1)=fu(U(N),P0(N))、P0(N+1)=fP0(U(N),P0(N))のようになる。したがってこの系の挙動を知るには写像fuとfP0の特性がわかればよい。

 3.3.3P0の分岐 写像fP0はP0とUの2次元写像である。ところが、先に示したようにUの変動はP0に対して従属的に変動するだけで、P0に与える影響は小さい。ここではU=5.5[mm/s]と固定することで、1次元写像fP0(P0,U)を検討する。図9に=2、8(周期1),3.0(周期2),3.4(カオス)でのfP0(P0,U)を示す。各で写像fP0(P0,U)は正弦波的な関数で与えられる。図9中に示す点列は=3.4の場合のP0の変動のリターンマップを表す。fP0(P0,U)との違いはほとんどなくfP0(P0,U)でfP0を近似的に議論することができる。の増加によりfP0(P0,U)振幅は次第に大きくなる。同時に不動点における写像の微係数の絶対値も増加する。通常、不動点での微係数の絶対値が1以上となるとき、その点は不安定,すなわち反発的となる。このときP0の解には周期倍分岐が生じる。これがTswの解が周期倍分岐する理由である。

図表図3:連結管内での振動流 / 図4:Pstagellとスイッチング周期の関係 / 図5:連結管内での振動流 / 図6:スイッチング周期の変動 / 図7:リターンマップ(スイッチング周期) / 図8:分岐図(スイッチング周期) / 図9:ポアンカレ断面(切換2) / 図10:fP0(P0,U)とリターンマップとの比較
4.結言

 本研究で扱う多液面系において、垂直管を通してカバーガスが間欠的に流出する周期、すなわちスイッチング周期が不規則に変動することを見出した。スイッチング周期の変動を与える要因については、各物理量との相関は見当たらなかった。連結管内の振動流の相関次元、および最大リアプノフ指数を調査したところ、系は決定論的機構により支配されている可能性が強いことが示された。系の挙動を表す単純な区分線形常微分方程式を導出した。二相混合物の垂直管からの流出抵抗を表す無次元係数をパラメータとしてスイッチング周期の変動を調べたところ、ある特定の領域で実験で見られたスイッチング周期の変動を再現することができた。またこの変動は、周期倍分岐を経て至るカオスであることを確かめた。P0(N)からP0(N+1)への写像を近似的に考察することで系の分岐特性等をうまく説明できた。このように多液面区分系のスイッチング周期の変動が決定論的モデルで記述できる可能性を示した。

参考文献(1)G.-W.Luo,J.Sound Vib.,213-3(1998),291-408.(2)S.W.Shaw,J.Applied Mechanics,52(1985),453-458.(3)P.Grassberger and I.Procaccia,Physica,9D(1983),189-208.(4)S.Sato,M.Sano and Y.Sawada,Prog.Theor.Phys.,77-1(1987),1-5.
審査要旨

 受動安全炉において均圧注入系という概念が提案されている。これは、炉容器と格納容器上部ドライウェルを圧力逃がし管で、炉容器下部と格納容器内のボロン水タンクを注水管でつないでおき、事故時には両配管の弁が受動的に開けるというものである。圧力逃がし管の働きで両容器圧力は等しくなるので、水位差によりボロン水が注水管を通って炉容器内に供給される。この系の特性を模型実験で調べたところ、圧力逃がし管からガスの噴出が間欠的に生じる自励振動が発生した。さらにその噴出周期が不規則に変化した。本論文は、この現象を実験と解析により調べ、カオスが発生していることを明らかにし、その発生機構を調べたものである。

 第1章は序論であり、研究の背景や既往研究についてまとめ、本論文の位置づけを述べている。

 第2章では実験について述べている。炉容器模擬タンクに圧力逃がし管を模擬した垂直パイプを上部から挿入し、注水管でタンク下部と格納容器模擬タンクとをつなぐ。崩壊熱による蒸気発生を模擬するガス注入により炉容器模擬タンク内水位は低下していくが、そのとき水柱の減衰振動が重畳する。水位が垂直パイプ下端より低くなるとガスは外部へ噴出し、圧力は急激に低下する。格納容器模擬タンクからの水の供給により水位は回復し、垂直パイプ下端は水没する。その後ガス圧力はまた上昇するので、ガスの噴出は間欠的に生じる。この噴出間隔は一定ではなく、大きく変動する。相関次元が2.5であり、最大リアプノフ指数が正であることから、変動はノイズによるものでなく決定論的機構に支配された低次元カオスである可能性が高いと結論づけている。他に、各種変動量間の相関を調べ、噴出間隔を直接支配するノイズ要因はないことの確認も行っている。

 第3章では、炉容器模擬タンク、格納容器模擬タンク、垂直パイプそれぞれの水面に注目し、現象を3水面系の水柱振動として数学的に定式化している。ここで、ガスが垂直パイプ内を流れて外部へ噴出する期間とその他の期間とで挙動が異なることに着目し、定式化は期間ごとに行っている。次いで微小項を無視することで式を線形化し、区分線形モデルを構築している。このモデルには多くの係数が使われるが、その値は1つを除いて実験装置形状や実験結果から求めている。垂直パイプの流動抵抗を代表する係数だけは実験的に求めることが困難なため、これを変化させた計算を実施し、解が1周期解、多周期解、非周期解と分岐していくことを明らかにしている。なお、垂直パイプへのガスの流入は水位がパイプ下端よりある距離だけ低くなってから生じるが、この距離は若干変動することが実験により調べられている。解析モデルにはこれが変動する機構が組み込まれていないため、ランダムに変動させた計算も実施し、系の挙動にどのように影響するかも調べている。

 第4章では、垂直パイプ内の水面の動きを無視することでモデルをさらに単純化し、その挙動を調べている。この場合は独立な係数が4つだけの区分線形2階微分方程式で現象は記述されることになる。4つの係数を広く変化させ、系の挙動は時刻歴波形として2種に分類できること、どちらの波形でも非周期解となりうるが異なる分岐形態をとることなどを明らがにしている。周期倍分岐となる場合、微分方程式が切り替わる瞬間のカバーガス圧力を代表する1変数の写像で近似的に系の挙動が記述できることを示し、写像関数を近似的に求めて分岐の理由を明らかにしている。

 第5章では、解が多周期解や非周期解となる物理的意味を考察している。

 第6章は結論で、本研究の成果をまとめるとともに今後の課題を整理している。

 以上のように本論文は、受動安全炉の均圧注入系模擬体系において発生する水柱振動を伴うガスの噴出がカオス的に振舞うことを実験により発見し、区分線形モデルによりこの現象が決定論的機構だけで非周期解を持つことを確認するとともにその理由を調べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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