学位論文要旨



No 115189
著者(漢字) 溝上,伸也
著者(英字)
著者(カナ) ミゾガミ,シンヤ
標題(和) 実数格子ガス法を用いた熱流動問題の解析
標題(洋)
報告番号 115189
報告番号 甲15189
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4684号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 陳,ゆう
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨

 1.はじめに 近年ミクロモデルによる流体のシミュレーションが盛んに行われるようになってきた。ミクロモデルでは粒子同士もしくは壁などの障害物との相互作用により更新される各粒子の挙動のみに着目すればよく、現象モデル等を必要としない。そのため、複雑流れのシミュレーションに適していると考えられる。ミクロモデルの代表的な手法に、MD,DSMC,LGA,LBGKなどがあるが、流体解析にはLGA、LBGKが主に使われている。しかしながら、これらの手法では熱の扱いに制限があるため、熱が系の挙動に重要な役割を果たすような問題を解析することは不得意であった。そこで、ミクロレベルで衝突を記述でき、熱を物理的に健全に表現できるモデルが求められてきた。本研究で用いられているRLGはその要請を満たすようなミクロモデルの一つで、1997年に発表されたばかりの新しいモデルである。このモデルの大きな特徴は、単位速度ではなく、実数速度を持つということである。本モデルはLGAの実数空間への拡張モデルと考えることができ、LGAでは難しかった熱の取り扱いを、離散速度ではなく実数速度を持つことにより実現している。実際の粒子の速度分布により温度の概念が導入できるのである。

 本研究では、このモデルについて、速度分布の形、音速、粘性、熱伝導度などの基本的な属性について計算により検証し、レイリーベナール対流や多孔質内の流れの計算により、実験値と比較し、さらに、デブリベッドを模した体系を想定し、その分布から熱の輸送がどのように行われるかをシミュレーションした。その結果、従来の連続体モデルでは、平均量しか求められなかった流れの性質を局所的に細かく捕らえることができた。

 2.原理と手法 RLGで扱う粒子はLGAなどと同様、実際の分子ではなく幾つかの粒子の集合体であると考える。粒子は実数速度、衝突過程を計算するためのセルの位置という意味での整数位置を持つ。1タイムステップ後の粒子の状態は、並進と衝突をそれぞれ計算することによって求められる。

 2.1.並進と衝突 並進過程では、図1のように、前タイムステップにおいて衝突を起こしたセル内で、それぞれの粒子を乱数によりばらまく。そして、その点を起点として粒子の持つ速度にしたがって移動し、移動した先のセルで衝突を行う。4つのセルへの確率は速度の小数部分を用いて図1のように表すことができる。衝突過程では、図2に示すように、まず同一セル内にある粒子について平均速度を求め、各々の粒子を平均速度とそれからの相対速度に分割する。次に、相対速度をセルごとに決まる回転角で回転させる。この回転した相対速度に平均速度をたすことにより、次タイムステップの速度が決定される。2次元では、採用される回転角の集合が、{/2、-/2}のとき、このモデルでは最小の粘性が得られる。それぞれの過程において、運動量、エネルギー保存則は満たされる。本モデルでは、衝突則の性質から粒子エネルギーはMaxwell分布に従う。そのため、この分布により局所熱平衡にある温度が定義できる。また、この衝突側から求められる粘性と熱伝導率の理論値は以下の式になる。

 

 2.2.境界条件 粒子モデルでは、境界条件は粒子の出入りを記述することになり、一般に従来の手法より複雑になる。しかしながら、局所的なルールにより記述できるので、体系の形状に依存しないため、複雑な形状への適用も容易である。

 ・恒温壁境界条件は、次の手順により設定する。壁の温度Tで定義されるMaxwell分布よりある速度vを乱数を用いて計算する。壁より内側に一様乱数を用いて位置xを計算する。x+vが壁より外側になる値を持つ場合にはそれを新しい速度として採用する。壁を越えられない場合は、もう一度速度と位置を計算しなおす。以上のルールにより、温度Tを持つ壁の境界条件を設定する。

 ・風洞境界条件は、体系から出て行った粒子すべてに対し、流入速度とTで定義されるMaxwell分布に従う流速を再計算し、流入方向の速度を持つものは系の入り口から流入させ、反対の速度を持つものに対しては、出口から系に戻すことにより、風洞境界条件を設定する。

 ・複雑境界の場合でも、すべての境界条件は局所的に定義されているので、基本的には上記の境界条件を用いて計算することができる。

 3.モデルの検証 ここでは、本モデルの有効性を確認するために、簡単な問題を解くことにより、理論値と比較し検証を行う。

 3.1.Poiseuiile流れ 平行平板間に駆動力によってできる流れをシミュレートした。体系は40x40、駆動力F=0.00005、密度=10、温度T=1.0、壁での境界条件をbounce-backとして計算を行った。流れ方向速度の理論解は

 

 で与えられるが、得られた速度分布はそれに非常に近い放物線分布が得られた。また、放物線をフィッティングして求めた動粘性係数は=0.1429であり、理論値0.139に非常に近い値が得られた。

 3.2.Couette流れ 平行平板間に片方の壁だけを一定速度Uで移動させたときの流れをシミュレートした。体系は40x40、壁速度U1=1.0、密度=10、温度T0=1.0、壁での境界条件を恒温壁条件として計算を行った。流れ方向の温度分布の理論解は、

 

 で与えられるが、得られた温度分布はきれいな放物線分布が得られた。また、流れ方向の速度分布も直線状の分布が得られた。放物線から得られた熱伝導率は=12.7となり、理論値13.1に非常に近い。密度、温度を変化させて計算を行った場合、放物線の形状から、密度小、温度大,速度小になればなるほど誤差が大きくなり、その誤差は統計誤差の範囲に収まることも確認できた。

 3.3.レイリーベナール対流

 上下の平行平板間で下方向に重力がかかり、上壁の温度が低く、下壁の温度が高い場合の発生するレイリーベナール対流の計算を行った。図3,図4は、800x200の領域に密度5で粒子をばらまき、上下端を恒温壁(図3、上:1.0 下:10.0 図4、上:1.0 下:45.0.)の条件で鉛直方向に重力を0.01で与えた時のtime=10000での流速分布を表したものである。壁と流体との間の境界条件として、恒温壁の境界条件、左右の境界は周期境界条件を用いた。図5に見られるように、対流を起こしている様子が分かる。図4のように温度差が大きい場合には、乱流になっているのが観測できる。この計算体系では上下の温度差が小さいときには対流が起こらず、温度差が更に大きくなると乱れが発生した。これをRa数とNu数で整理すると、図5のようになり、実験および他の数値計算で行われているレイリーベナール対流の結果と一致しているのが確認された。

 3.4.複雑境界流れ 体系内に円状の障害物を多数配置し、複雑な流路を形成するような体系でどのような流れが起こるかを観察した。図6は流入速度vin、密度、多孔率を様々に変化させた場合の摩擦係数fdとRe/1-をプロットしたものである。この2つの値はErgunにより提唱された式により関係付けられており、

 

 で現される。ここで、fdとReはd:障害物の直径、p:圧力 :多孔率、:密度、:粘性、v:系内の平均速度を用いて以下のように定義される。

 

 Ergunの式と計算結果を比べた場合、系内での平均速度が非常に小さいことから、誤差は大きくなるが、とてもよい一致が見られる。以上のように、基礎的な流体問題を計算することにより、本モデルの妥当性を示すことができた。

 4.デブリベッド中の流れ ここでは、デブリベッドのような発熱体により複雑な流路が形成されている場合のシミュレーションを行った結果を示す。このような問題は従来の手法では、系内の平均温度や平均流速など平均量でしか評価のできない問題であるが、RLGを用いることによりデブリ個々の挙動、局所的な熱流動なども解明することができると期待される。

 いくつかのブロックで発熱体が形成される障害物の場合、それぞれのブロックに対して温度と熱容量を設定し、RLG粒子との相互作用により温度が変化させることができ、以下の関係により、温度を定義することができる。

 

 ここで、T(t)は時刻tでの温度、Cvは熱容量Ein,Eoutは粒子との衝突により得たエネルギーと失ったエネルギー、Ebeatはltimestepあたりの発熱量である。図7は熱容量Cv=200、発熱量が障害物1体積あたり1で計算したときの10000time step後の結果である。図7の場合、発熱により温度が上昇していき、ロール状の対流が消滅してしまう。これは、レイリーベナール対流の結果と同じように、温度差が大きくなると乱流に遷移しているためである。このときのロール状の対流から乱流への遷移を流速の速度ベクトル図で示したものが図8であり、(a)t=1000で見られるロール状の対流が(b)t=5000のように小さくなっていき、最終的に(c)t=10000のように乱流になっているのが観測できる。

図表図1並進過程 / 図2衝突過程 / 図3レイリーベナール対流 / 図4レイリーベナール対流 / 図5Nu数とRa数の関係 / 図6Ergunの式との比較 / 図7 デブリの発熱も考慮した計算結果 / 図8 ロール状の対流から乱流への遷移

 5.結論 RLGを用いた流体解析モデルの開発と検証を行い、モデルの妥当性を示した。またRLGを用いた熱流動問題の解析モデルの開発と検証により、RLGの熱流動問題への適用が可能であることを示した。さらに複雑境界中での対流熱伝達の解析を行い、その特性を明らかにした。

審査要旨

 これまでの流体解析は、流体を連続体として扱い、保存量のマクロなバランスを表現するナビエ・ストークス方程式を解くことにより行われてきた。しかしながら、連続体近似による手法の最大の問題は、ミクロな相互作用をマクロバランスとして記述することが難しいという点にあり、特にミクロ相互作用が卓越する界面を含む流れ、多成分流れ、燃焼流れなどの複雑な流れでこのことが問題となる。そこで、マクロな方程式でなく、実際の原子・分子レベルで流体を取り扱おうとする試みがあり、その代表例が分子動力学(MD)である。確かに、実際に存在する原子・分子を完全な形でコンピュータ上に再現できれば、マクロな体系での流れも正しい形で計算できるはずである。しかしながら、MDの手法自体にも近似が含まれており、完全な形でコンピュータ上に再現することは不可能である。さらに、原子・分子のスケールと実体系のスケールを比較した場合、現在のコンピュータの能力をもってしても、到底計算が成立する計算量にはなりえず、今後もこれが改善される可能性は非常に低い。

 このため、マクロとミクロの中間レベルであるメゾスコピックなレベルの仮想粒子を想定し、粒子同士の相互作用をマクロな解がナビエ・ストークス方程式になるように設計して流体解析を行うモデルが近年盛んに研究されるようになってきた。格子ガスオートマトン(LGA)はそのような流体解析手法を代表するもので、離散空間上の離散速度を持つ粒子によって構成されているため、非常に高い計算効率を持ち、なおかつミクロな相互作用を機構に即して取り入れることができる。このため様々な複雑流れ解析に適用され、多くの成果を挙げている。

 実数格子ガス法(RLG:Real-coded Lattice Gas)はLGAを実数空間に拡張したモデルで、粒子が実数速度を持つことにより単一速度しか持たなかったLGAでは難しかった熱を扱う問題を解析することが可能と考えられる。そのためこのモデルは、様々な体系に対して同一の手法で予測性の高い解析モデルの開発が必要であるという現在の流体解析モデルへの要請に対して、経験式を必要とせず、熱を自然な形で取り扱うことができるという優れた特徴をもっていることから、熱流動解析モデルとして高い可能性を持つものと期待される

 本論文は以上の観点より、RLGの熱流動解析への拡張を目的として行ったもので、まず、RLGの持つ特性を明らかにし、理論解析を進めつつ、音速、Poiseuille流れ、Couette流れなどの単相の基礎的な問題を用いて検証を行い、次に、熱の輸送も考慮して、レイリー・ベナール対流、複雑境界流れを計算し、本モデルの熱流動問題への適用の妥当性を示した上で、複雑な境界を持つ体系内での熱流動問題を解析するモデルを開発し、それによる複雑体系の熱流動問題の解析を行った成果をまとめたもので、全体で6つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、研究の背景をまとめ従来の研究を整理した上で、本研究の目的と意義を述べたものである。

 第2章はミクロモデルの代表例であるLGAとRLGの基礎的な概念と手法を説明し、次にRLGモデルの理論解析を行い、熱伝導率などの物理量の理論形式を導き出している。

 第3章は基礎的なベンチマーク問題のシミュレーションを行い、解析結果の定量的な評価を行いつつ流体解析モデルとしての妥当性を確認したものである。様々なRLGの衝突アルゴリズムについて比較評価し、さらに、粒子位置情報の精度とモデルが持つ誤差について計算により検討を行っている。

 第4章では、熱流動問題としてレイリー・ベナール対流、複雑境界流れを取り上げ、解析と検証を行っている。レイリー・ベナール対流についてはNu数とRa数の関係を理論値と比較し、複雑境界問題では経験式であるErgunの式との比較により、熱流動問題解析ツールとしてのRLGモデルの検証を行った。さらに、デブリベッドを模した体系での対流熱伝達問題を解析し、複雑境界・熱・体系形状が流れに与える影響を明らかにしている。

 第5章は流体と境界の連成問題について扱った章である。流体による、境界の侵食・移動・変形についてそれぞれを記述するルールを提案し、そのシミュレーションを行い、流体と境界の連成問題についてRLGが極めて高いポテンシャルを持つことを示している。

 第6章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文はミクロ機構論モデルのひとつである実数速度を持つ格子ガスモデルについて、熱を自然な形で扱えるという特徴に注目し、熱流動問題を解析するためのモデルを開発し、様々な検証問題を解くことによりそのモデルの妥当性を示した上で、複雑な対流熱伝達問題を解析しその特性と適用性を明らかにしたものであり、工学における数値解析および熱流動解析の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク