1.はじめに 近年ミクロモデルによる流体のシミュレーションが盛んに行われるようになってきた。ミクロモデルでは粒子同士もしくは壁などの障害物との相互作用により更新される各粒子の挙動のみに着目すればよく、現象モデル等を必要としない。そのため、複雑流れのシミュレーションに適していると考えられる。ミクロモデルの代表的な手法に、MD,DSMC,LGA,LBGKなどがあるが、流体解析にはLGA、LBGKが主に使われている。しかしながら、これらの手法では熱の扱いに制限があるため、熱が系の挙動に重要な役割を果たすような問題を解析することは不得意であった。そこで、ミクロレベルで衝突を記述でき、熱を物理的に健全に表現できるモデルが求められてきた。本研究で用いられているRLGはその要請を満たすようなミクロモデルの一つで、1997年に発表されたばかりの新しいモデルである。このモデルの大きな特徴は、単位速度ではなく、実数速度を持つということである。本モデルはLGAの実数空間への拡張モデルと考えることができ、LGAでは難しかった熱の取り扱いを、離散速度ではなく実数速度を持つことにより実現している。実際の粒子の速度分布により温度の概念が導入できるのである。 本研究では、このモデルについて、速度分布の形、音速、粘性、熱伝導度などの基本的な属性について計算により検証し、レイリーベナール対流や多孔質内の流れの計算により、実験値と比較し、さらに、デブリベッドを模した体系を想定し、その分布から熱の輸送がどのように行われるかをシミュレーションした。その結果、従来の連続体モデルでは、平均量しか求められなかった流れの性質を局所的に細かく捕らえることができた。 2.原理と手法 RLGで扱う粒子はLGAなどと同様、実際の分子ではなく幾つかの粒子の集合体であると考える。粒子は実数速度、衝突過程を計算するためのセルの位置という意味での整数位置を持つ。1タイムステップ後の粒子の状態は、並進と衝突をそれぞれ計算することによって求められる。 2.1.並進と衝突 並進過程では、図1のように、前タイムステップにおいて衝突を起こしたセル内で、それぞれの粒子を乱数によりばらまく。そして、その点を起点として粒子の持つ速度にしたがって移動し、移動した先のセルで衝突を行う。4つのセルへの確率は速度の小数部分を用いて図1のように表すことができる。衝突過程では、図2に示すように、まず同一セル内にある粒子について平均速度を求め、各々の粒子を平均速度とそれからの相対速度に分割する。次に、相対速度をセルごとに決まる回転角で回転させる。この回転した相対速度に平均速度をたすことにより、次タイムステップの速度が決定される。2次元では、採用される回転角の集合が、{/2、-/2}のとき、このモデルでは最小の粘性が得られる。それぞれの過程において、運動量、エネルギー保存則は満たされる。本モデルでは、衝突則の性質から粒子エネルギーはMaxwell分布に従う。そのため、この分布により局所熱平衡にある温度が定義できる。また、この衝突側から求められる粘性と熱伝導率の理論値は以下の式になる。 2.2.境界条件 粒子モデルでは、境界条件は粒子の出入りを記述することになり、一般に従来の手法より複雑になる。しかしながら、局所的なルールにより記述できるので、体系の形状に依存しないため、複雑な形状への適用も容易である。 ・恒温壁境界条件は、次の手順により設定する。壁の温度Tで定義されるMaxwell分布よりある速度vを乱数を用いて計算する。壁より内側に一様乱数を用いて位置xを計算する。x+vが壁より外側になる値を持つ場合にはそれを新しい速度として採用する。壁を越えられない場合は、もう一度速度と位置を計算しなおす。以上のルールにより、温度Tを持つ壁の境界条件を設定する。 ・風洞境界条件は、体系から出て行った粒子すべてに対し、流入速度とTで定義されるMaxwell分布に従う流速を再計算し、流入方向の速度を持つものは系の入り口から流入させ、反対の速度を持つものに対しては、出口から系に戻すことにより、風洞境界条件を設定する。 ・複雑境界の場合でも、すべての境界条件は局所的に定義されているので、基本的には上記の境界条件を用いて計算することができる。 3.モデルの検証 ここでは、本モデルの有効性を確認するために、簡単な問題を解くことにより、理論値と比較し検証を行う。 3.1.Poiseuiile流れ 平行平板間に駆動力によってできる流れをシミュレートした。体系は40x40、駆動力F=0.00005、密度=10、温度T=1.0、壁での境界条件をbounce-backとして計算を行った。流れ方向速度の理論解は で与えられるが、得られた速度分布はそれに非常に近い放物線分布が得られた。また、放物線をフィッティングして求めた動粘性係数は=0.1429であり、理論値0.139に非常に近い値が得られた。 3.2.Couette流れ 平行平板間に片方の壁だけを一定速度Uで移動させたときの流れをシミュレートした。体系は40x40、壁速度U1=1.0、密度=10、温度T0=1.0、壁での境界条件を恒温壁条件として計算を行った。流れ方向の温度分布の理論解は、 で与えられるが、得られた温度分布はきれいな放物線分布が得られた。また、流れ方向の速度分布も直線状の分布が得られた。放物線から得られた熱伝導率は=12.7となり、理論値13.1に非常に近い。密度、温度を変化させて計算を行った場合、放物線の形状から、密度小、温度大,速度小になればなるほど誤差が大きくなり、その誤差は統計誤差の範囲に収まることも確認できた。 3.3.レイリーベナール対流 上下の平行平板間で下方向に重力がかかり、上壁の温度が低く、下壁の温度が高い場合の発生するレイリーベナール対流の計算を行った。図3,図4は、800x200の領域に密度5で粒子をばらまき、上下端を恒温壁(図3、上:1.0 下:10.0 図4、上:1.0 下:45.0.)の条件で鉛直方向に重力を0.01で与えた時のtime=10000での流速分布を表したものである。壁と流体との間の境界条件として、恒温壁の境界条件、左右の境界は周期境界条件を用いた。図5に見られるように、対流を起こしている様子が分かる。図4のように温度差が大きい場合には、乱流になっているのが観測できる。この計算体系では上下の温度差が小さいときには対流が起こらず、温度差が更に大きくなると乱れが発生した。これをRa数とNu数で整理すると、図5のようになり、実験および他の数値計算で行われているレイリーベナール対流の結果と一致しているのが確認された。 3.4.複雑境界流れ 体系内に円状の障害物を多数配置し、複雑な流路を形成するような体系でどのような流れが起こるかを観察した。図6は流入速度vin、密度、多孔率を様々に変化させた場合の摩擦係数fdとRe/1-をプロットしたものである。この2つの値はErgunにより提唱された式により関係付けられており、 で現される。ここで、fdとReはd:障害物の直径、p:圧力 :多孔率、:密度、:粘性、v:系内の平均速度を用いて以下のように定義される。 Ergunの式と計算結果を比べた場合、系内での平均速度が非常に小さいことから、誤差は大きくなるが、とてもよい一致が見られる。以上のように、基礎的な流体問題を計算することにより、本モデルの妥当性を示すことができた。 4.デブリベッド中の流れ ここでは、デブリベッドのような発熱体により複雑な流路が形成されている場合のシミュレーションを行った結果を示す。このような問題は従来の手法では、系内の平均温度や平均流速など平均量でしか評価のできない問題であるが、RLGを用いることによりデブリ個々の挙動、局所的な熱流動なども解明することができると期待される。 いくつかのブロックで発熱体が形成される障害物の場合、それぞれのブロックに対して温度と熱容量を設定し、RLG粒子との相互作用により温度が変化させることができ、以下の関係により、温度を定義することができる。 ここで、T(t)は時刻tでの温度、Cvは熱容量Ein,Eoutは粒子との衝突により得たエネルギーと失ったエネルギー、Ebeatはltimestepあたりの発熱量である。図7は熱容量Cv=200、発熱量が障害物1体積あたり1で計算したときの10000time step後の結果である。図7の場合、発熱により温度が上昇していき、ロール状の対流が消滅してしまう。これは、レイリーベナール対流の結果と同じように、温度差が大きくなると乱流に遷移しているためである。このときのロール状の対流から乱流への遷移を流速の速度ベクトル図で示したものが図8であり、(a)t=1000で見られるロール状の対流が(b)t=5000のように小さくなっていき、最終的に(c)t=10000のように乱流になっているのが観測できる。 図表図1並進過程 / 図2衝突過程 / 図3レイリーベナール対流 / 図4レイリーベナール対流 / 図5Nu数とRa数の関係 / 図6Ergunの式との比較 / 図7 デブリの発熱も考慮した計算結果 / 図8 ロール状の対流から乱流への遷移 5.結論 RLGを用いた流体解析モデルの開発と検証を行い、モデルの妥当性を示した。またRLGを用いた熱流動問題の解析モデルの開発と検証により、RLGの熱流動問題への適用が可能であることを示した。さらに複雑境界中での対流熱伝達の解析を行い、その特性を明らかにした。 |