学位論文要旨



No 115191
著者(漢字) 疋田,浩一
著者(英字)
著者(カナ) ヒキタ,コウイチ
標題(和) ライフサイクルアセスメントに基づく環境評価設計システムの研究
標題(洋)
報告番号 115191
報告番号 甲15191
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4686号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨

 近年のエネルギー消費の急速な拡大とこれに伴う地球環境問題の顕在化により、これに対応するための長期的なエネルギー資源確保と有効利用、地球環境問題への有効な対応策と実施手法の開発と研究が要請されている。なかでもエネルギー資源の有効利用と環境負荷の逓減を目的とした技術開発が促進されているが、それらを総合的に定量評価し最適化或いは効率化する方策を検討することが必要である。需要部門でのエネルギー源の選択では経済的な最適化がほぼ達成されていると考えられる、全地球的レベルでの資源利用の有効性や環境負荷を考慮したエネルギー利用の効率性を評価するには経済性以外の指標が必要である。これらを背景として近年Life Cycle Assessment(生涯環境影響評価)が注目を集めている。LCAとは「ゆりかごから墓場まで」という言葉に象徴されるように、ある製品(あるいはサービス)について評価を行う際に、直接の製造プロセスに止まらず、その原材料が地球から採取されてから製造工程を経て消費され廃棄されるまでのすべての過程(ライフサイクル)における環境影響を包括的に定量評価し、環境負荷の少ない製品や技術の開発・改善、あるいは計画や施策の立案を行うための枠組みである。地球規模のエネルギー的・環境的負荷を踏まえたグローバルな視点に立って、総合的かつ定量的にエネルギー効率、環境負荷等を評価するという本研究の目的によく適している。本研究では、先ずBottom Upの視点から積み上げ法によりデータを整理してエネルギー収支および温暖化ガス排出量の分析のためのデータベースを構築した。さらに、従来の積み上げ計算での問題を解決するため、Top Downの視点からのプロセス連関分析による検討を加えた。これに、社会全体での評価を補うために産業連関表との融合をはかり、さらにシナリオ分析による改善評価、線形計画法による最適設計等の一連の分析を、分析者が一貫した手法に則って整合的・効率的に進められるように、環境評価設計システムの開発を行った。

 従来から用いられてきた代表的なLCA手法として、積み上げ法と産業連関分析法が挙げられる。積み上げ法では、評価すべきシステム内の各プロセスにおける各種の投入、産出および排出物をその種類毎に逐次評価し、文字どおり積み上げて総計し全体の評価をおこなう。計算の過程が簡便であり、近年この手法に則って国際的な標準化が進められてきている。この手法は特定の技術やシステム内でその主要な連関の及ぶ範囲が限られているものを取り扱うのに適しているが、一般に一つの製品を製造・消費する上でも数多くの産業が関係しており、それらの無限の連関(波及)を網羅することは現実的には不可能に近い。これに対してワンステップバックルールなど連関範囲の境界を明確に規則化する試みもなされているが、そうした境界の設定や評価に用いる各種原単位等の前提条件が統一されていないと、評価を定めることは難しい。もう一つの問題は配分問題である。結合生産やリサイクルを通して複数の製品・生産が関与する場合には、各々への資源消費、環境負荷を配分しなければならない。この問題への対応として、積み上げ法では各製品の重量による重量配分やモル数によるモル配分、または、製品の価格による価格配分などが提唱されているが、適用する配分規則により結果が大きく異なる場合がある。まずこの積み上げ法に基づき、主に電力・都市ガス等のエネルギーシステムについてデータを整理して、ライフサイクルインベントリ(LCI)データベースを整備した。これを利用して、電力・都市ガスシステムに対して、エネルギー効率・温暖化ガス排出量といった指標による評価を行った。電力・ガスシステムの分析では、その上流へプロセスを遡ることで、環境負荷の評価値が1〜2割程度も増加することが算定された。さらに、コージェネレーションシステム、温排熱利用システムについて運転シュミレーションを行い、その有効性を検討した。これらの分析を通じて、LCAによる評価では目的や状況、それに従う様々な前提条件に応じて結果が大きく変化するので、結果の解釈には注意を要することが示された。

 一方、特に我が国で積み上げ方と共によく利用されてきたLCA手法に、産業連関分析法がある。産業連関表は一国全体の製品-プロセスを400余部門に区分し、その間の財とサービスの流れを行列の形式で表したものである。対象とする地域の産業活動全てを網羅した、極めて包括性の高いデータで構成されているため、社会全体への波及効果を作業効率よく評価することが可能である。しかし、作成された時点と地域の技術構造に限定されているため、将来有効になる可能性のある技術や、主に国外で生産されているような製品を適正に評価できない。また、部門毎の平均値で評価されるため、製品毎の質的な差異が均一化されて評価されることになる。一般的に産業連関分析法では、One activity-One commodityの原則に基づき正方化された産業連関モデルを利用するが、そこでは結合生産・完全代替が認められておらず、副産物はマイナス投入方式による特殊な扱いを受ける。そのままでは配分問題に適切な解を与えることは不可能である。

 さらに多様なシステムに対応するLCAをおこなうために、各手法の長所を組み合わせた分析手法としてプロセス連関分析が提案された。これは、単一のプロセスから生じる複数の製品および排出物を評価に含め、積み上げ法における波及追跡の繁雑さと、複数の製品間の資源投入や環境排出の配分問題を解消する方法である。積み上げによるインベントリから構成される線形計画法を用いた体系的手法であり、各産業間の複雑な連関やリサイクルを考慮した上での最適システムの設計をシステマティックに行うことができる。この枠組みの中で配分問題に対して、線形計画法の最適基底逆行列を用いたシステム全体の最適化を促進する新たな配分指標が得られる。プロセス連関分析法はもともと積み上げ法から産業連関分析法への拡張を意図して開発された手法であるため、積み上げ法と同様に境界設定の問題が残されてしまうが、産業連関表を取り込むことで、データの包括性、完備性を高めることができる。それと同時に処理すべきデータ量が飛躍的に増大するため、これら一連の分析を補助する分析支援ツールが不可欠となる。

 そこで、プロセス連関の枠組みの上に、積み上げデータと産業連関表を組み合わせたハイブリッド表を作成し、これをもとに環境影響評価、システムの最適設計、感度分析等各種のシュミレーションといった一連の分析進めるための環境評価設計システムの開発を行った。従来、こうしたデータベースツールは積み上げのデータだけによるものが大半であり、一部産業連関表を利用している場合もその特性を十分に生かし切れていないものであった。産業連関モデルは実在する産業構造を定量的に表現したものである。分析の対象とする製品或いは技術システムが、これに対してドラスティックに影響を与えない程度に導入されるような場合を検討するのならば、従来のようにこれ自体に手を加える必要はない。しかし、産業構造が変わるほどの大規模かつ複雑な対応策を検討する場合にはこれでは対応しきれない。本分析支援システムにおいては、産業連関表に表現されている現実の産業構造を全て取り込み、分析の目的に応じて積み上げによるプロセスデータを融合させ、産業構造自体を再構成して行くことが可能である。LCAにおいて重要なことはシステム全体での総合的・定量的な評価を行うことである。部分部分で最適化されたサブシステムを寄り集めれば、社会全体としての最適化が保証されるわけではなく、よりマクロ的な視点からの分析を行った上で、個々の技術システムを評価しなければならない。こうした目的に対し、本分析支援システムは特に有効であると考えられる。

 分析は、(1)積み上げによるプロセスデータの作成、(2)ハイブリッド表(バランス表)の作成、(3)シミュレーション(シナリオの設定)による環境影響評価、(4)最適システムの設計(目的関数の設定)、(5)感度分析等による検証、(6)結果の解釈と具体的な対応策の策定、という段階を踏む。実際に積み上げのデータと産業連関表を接続する際にまず問題となるのが、財の単価或いは質の不均一性である。産業連関表において生産財はその部門内で平均化されたの単価で評価されてしまう。そこで、自動車など加工度が高い製品の分析を行う場合には、平均的な財として評価することができる財まで、プロセス連関で途中付随的に生じる環境負荷を評価しながら遡ることで、この格差を補正することができる。こうして作成されたプロセスデータと、産業連関表とを実質的に融合し、財の投入/生産のバランスを表現したハイブリッド表が作成される。これは線型計画法の制約式に相当するものであり、例えばコスト最小化や環境負荷因子の最小化といった目的関数を与えれば、最適なシステムの解が得られる。しかしながら、ここで得られる最適解とは、ある仮定のもとでの数学的帰結つまり理想或いは目標であり、必ずしもすぐさま実現可能なものであるとは限らない。目的関数にしても実際は対象によって様々なケースがあり得るだろう。そこで、よりきめ細かい分析を行うため、様々な現実的なシナリオを設定してシミュレーションを行うことで、現実との乖離を補間して行くことも重要である。また、こうした分析には、常にデータ、評価結果の精度が問題とされる。信頼性の高い分析のためには、感度分析を繰り返して寄与率の高いデータを探索し、より詳細に検討し直し精度を高めてゆくという作業は必須である。

 このデータベースツールの概要を図に示す。本支援システムは、LCAを行う分析者の作業を支援するためものである。闇雲に結果が計算されてでて来るというようなものではなく単純な作業、大規模な行列演算等の煩雑な作業を全て引き受け、単純なミスを回避するための分析支援ツールである。こうした分析では、適切な解を得るまでに元データや前提条件を検討し直し試行錯誤を繰り返すのが常であるが、分析に使用するデータ、各種係数行列等分析の途中経過、計算結果は全てスプレッドシート上に展開されるため、それらを適宜確認或いは修正することも容易である。そこで用いられるデータや手法についてよく理解している分析者であれば、より生産的な作業に集中することができるようになるであろう。これによってデータベース・各種前提条件・シナリオ・分析手法を、統一的枠組みの中で共有し、再利用性を高めることが可能となった。さらにこれを利用し、その分析事例として太陽電池システムの導入に関する分析を行った。ここではプロセス連関分析の手法をとったが、場合によっては従来の積み上げ法や産業連関分析法をそのまま利用することも可能である。各手法それぞれに長短があり、様々な手法・前提条件・データの違いによる分析結果の比較は、分析の信頼性を高めるためにも重要なプロセスであり、本支援システムを活用することで効率的に行うことができるようになる。こうした分析ツールでは、使用するデータの共有化(標準化)が常に問題とされるため、今後クライアント/サーバーシステムに拡張するなど、さらなる情報の共有化を進めることが必要である。

図 環境評価設計システムの概要
審査要旨

 近年のエネルギー消費の急速な拡大とこれに伴う地球環境問題の顕在化により、これに対応するための長期的なエネルギー資源確保と有効利用、地球環境問題への有効な対応策と実施手法の開発と研究が要請されている。なかでもエネルギー資源の有効利用と環境負荷の逓減を目的とした技術開発が促進されているが、それらを総合的に定量評価し最適化或いは効率化する方策を検討することが必要である。需要部門でのエネルギー源の選択では経済的な最適化がほぼ達成されていると考えられる、全地球的レベルでの資源利用の有効性や環境負荷を考慮したエネルギー利用の効率性を評価するには経済性以外の指標が必要である。これらを背景として近年Life Cycle Assessment(生涯環境影響評価)が注目を集めている。LCAとは「ゆりかごから墓場まで」という言葉に象徴されるように、ある製品(あるいはサービス)について評価を行う際に、直接の製造プロセスに止まらず、その原材料が地球から採取されてから製造工程を経て消費され廃棄されるまでのすべての過程(ライフサイクル)における環境影響を包括的に定量評価し、環境負荷の少ない製品や技術の開発・改善、あるいは計画や施策の立案を行うための枠組みである。本研究ではこれに対して、有効な分析手法を提案し、さらに実際の環境影響評価・設計を行うための環境の整備を目指した。先ず、従来から用いられてきた代表的な手法である積み上げ法と産業連関分析法によるLCAの利点と問題点を整理した。積み上げでは製品毎の特異性や詳細な分析が可能となる利点があり、境界設定や配分の問題がある。産業連関分析では包括的な分析が可能であり、非常にLCAに適していると言えるが、積み上げ法とは逆に一般化されすぎており、個別の製品等の分析が困難である。さらに、境界設定が一国に限られるため特殊な輸入品が考慮できない、現在実用化されていないような新技術の評価ができない等の問題が挙げられた。これを補完しそれぞれの利点を生かす方法として、プロセス連関分析手法が提案された。これは、積み上げによるインベントリから構成される線形計画法を用いた体系的手法であり、各産業間の複雑な連関やリサイクルを考慮した上での最適システムの設計をシステマティックに行うことができる。この枠組みの中で配分問題に対して、線形計画法の最適基底逆行列を用いたシステム全体の最適化を促進する新たな配分指標が得られる。積み上げ法と同様に境界設定の問題が残されてしまうが、産業連関表を取り込むことで、データの包括性、完備性を高めることができる。一方、それと同時に処理すべきデータ量が飛躍的に増大するため、これらの分析を補助する分析支援システムが不可欠となる。そこで、プロセス連関の枠組みの上に、積み上げデータと産業連関表を組み合わせたハイブリッド表を作成し、これをもとに環境影響評価、システムの最適設計、感度分析等各種のシュミレーションといった一連の分析進めるための環境評価設計システムの開発を行った。従来、こうしたデータベースツールは積み上げのデータだけによるものが大半であり、一部産業連関表を利用している場合もその特性を十分に生かし切れていないものであった。本分析支援システムにおいては、産業連関表に表現されている現実の産業構造を全て取り込み、分析の目的に応じて積み上げによるプロセスデータを融合させ、産業構造自体を再構成して行くことが可能である。LCAにおいて重要なことはシステム全体での総合的・定量的な評価を行うことである。部分部分で最適化されたサブシステムを寄り集めれば、社会全体としての最適化が保証されるわけではなく、よりマクロ的な視点からの分析を行った上で、個々の技術システムを評価しなければならない。こうした目的に対し、本分析支援システムは特に有効であると考えられる。

 分析は、(1)積み上げによるプロセスデータの作成、(2)ハイブリッド表(バランス表)の作成、(3)シミュレーション(シナリオの設定)による環境影響評価、(4)最適システムの設計(目的関数の設定)、(5)感度分析等による検証、(6)結果の解釈と具体的な対応策の策定、という段階を踏む。本支援システムは、LCAを行う分析者の作業を支援するためものである。闇雲に結果が計算されてでて来るというようなものではなく単純な作業、大規模な行列演算等の煩雑な作業を全て引き受け、単純なミスを回避するための分析支援ツールである。こうした分析では、適切な解を得るまでに元データや前提条件を検討し直し試行錯誤を繰り返すのが常であるが、分析に使用するデータ、各種係数行列等分析の途中経過、計算結果は全てスプレッドシート上に展開されるため、それらを適宜確認或いは修正することも容易である。そこで用いられるデータや手法についてよく理解している分析者であれば、より生産的な作業に集中することができるようになるであろう。これによってデータベース・各種前提条件・シナリオ・分析手法を、統一的枠組みの中で共有し、再利用性を高めることが可能となった。さらにこれを利用し、その分析事例として太陽電池システムの導入に関する分析を行った.ここではプロセス連関分析の手法をとったが、場合によっては従来の積み上げ法や産業連関分析法をそのまま利用することも可能である。各手法それぞれに長短があり、様々な手法・前提条件・データの違いによる分析結果の比較は、分析の信頼性を高めるためにも重要なプロセスであり、本支援システムを活用することで効率的に行うことができるようになる。こうした分析ツールでは、使用するデータの共有化(標準化)が常に問題とされるため、今後クライアント/サーバーシステムに拡張するなど、さらなる情報の共有化を進めることが必要であるが,そのような本支援システムはこの様なデータのレビュー,相互利用などにも有効に活用可能なものであって,この様なシステムを確立しそのツールを具体的に提供することは,今後一層強く要請されると考えられる,システムの環境面を総合的,統合的に評価して社会的にも工学的にも最適なシステムを設計,実現する上で重要な意義を持つものであり,この成果は地球システム工学の発展に大きく寄与するものと認められる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク