学位論文要旨



No 115195
著者(漢字) 李,進模
著者(英字)
著者(カナ) イ,ジンモ
標題(和) 純鉄および2相IF鋼の相変態挙動と極微量ボロンの挙動
標題(洋)
報告番号 115195
報告番号 甲15195
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4690号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 森,実
内容要旨

 純鉄および極低炭素鋼は、熱処理条件の違いによって変態組織が極めて複雑となり、変態挙動について不明な点が多いため、本研究では、まず、純鉄における変態時の前結晶粒界と粒との関係、変態挙動に及ぼす冷却速度の影響を調べた。ついで、IF鋼では、変態時やその逆変態時の極微量Bの挙動、(+)2相域における極微量Bの挙動についての研究がほとんどないため、IF鋼における変態挙動とBの分布を様々な熱処理条件と、SiとPの量を変化させて観察した。得られた結果のうち主なものをまとめると以下のようになる。

1-1純鉄における変態挙動に関する研究1-1-1自作した高温光学顕微鏡によるin-situ観察法の確立

 本研究では、純鉄における様々な変態挙動を観察する方法として、その場(in-situ)観察ができる高温光学顕微鏡を作成して用いた。市販の高温光学顕微鏡は、動的な変態画像および変態温度の取り込み速度が改善されていないため、10℃/s以上における変態挙動をin-situ観察できなかった。また、既成の高温光学顕微鏡を用いる限り、加速速度、冷却速度、温度計測の信頼性、および画像記録ともに満足するスペックを得られない。そこで、本研究では、高温光学顕微鏡を自作することにした。その結果、市販製品よりも速い変態挙動と画像処理能力を向上させることにより、これまで得られなかった熱処理条件による前結晶粒界と変態で生成される粒との関係について知見を得ることができた。

1-1-2純鉄の変態時における粒界と粒との関係および変態挙動に及ぼす冷却速度の影響

 純鉄および極低炭素鋼においては、熱処理条件、合金元素の違いによって変態組織が複雑になるため、従来の金属組織の知識と経験からは理解できないものが多い。例えば、純鉄は冷却条件の違いによって様々な種類の変態組織が存在すること、変態時、冷却速度を高めても粒が必ずしも小さくならないことがあることが知られている。

 しかし純鉄および極低炭素鋼の変態の詳細について不明な点が多く、また、各種組織呼称が研究者によってが異なる場合が多く、より詳細な検討を行って整理することが必要である。そのような理由から、純鉄の変態時における前結晶粒界と粒との関係および変態に及ぼす冷却速度の影響を高温光学顕微鏡を用いて調べ、以下の結果を得た。

 0.5〜18℃/sで冷却した純鉄において、/界面が粒を横切って成長する様子が多く観察された。また、純鉄では、通常の低炭素鋼に比べて、

 (1)もともと結晶粒径が大きいこと、(2)/相界面の移動速度が非常に速いこと、(3)/相界面の移動を阻止する不純物などの影響が少ないため、容易に/相界面が容易に粒を横切って成長できることが推察された。そのため、冷却速度が多少速くなっても、結晶粒径は必ずしも小さくならないものと考えられる。一方、純鉄において/相界面の移動速度、変態組織、Fs点、および変態時間は、冷却速度に大きく依存することが分かった。冷却速度0.5〜18℃/sの範囲で、p、q、Widmanstatten likeフェライトなどの混合組織が観察された。観察結果より、純鉄および極低炭素鋼の変態組織の呼称について考察し、超高速冷却速度域でのマッシブフェライトの変態開始温度と冷却速度の関係を示す曲線がプラトーを示すとすれば、低冷却速度側にもそのプラトーの外挿線を延長して描くべきであること、また、極低炭素鋼の場合、マッシブフェライトのみをマッシブ変態によって生じたフェライトとすることや、equaxed pと同一視することは妥当ではないことが指摘できる。

 しかし、極低炭素鋼のpとマッシブ変態との関係を明らかにするには、さらに研究が必要であると考えられる。

1-1-3純鉄における冷却中の微量ボロンの挙動に及ぼす界面性格の影響

 純鉄、および極低炭素鋼における冷却中の変態挙動および微量Bの挙動については、未だに不明な点が多い。そこで、本研究では、純鉄における冷却中(5℃/s,150℃/s)の微量Bの挙動と界面性格の関係をEBSP法により調べ、以下のような結果を得た。

 冷却速度を5℃/sから150℃/sに増すと、qの割合が増える傾向にあるにもかかわらず、粒界の中における小角粒界と双晶界面の割合が多くなり、湾曲した大角不整合界面の割合が少なくなる。これは、湾曲していて大角不整合粒界であるように見える粒界も、小角粒界であったり3双晶粒界であることによる。

 5℃/s冷却材では、極微量B材であるA0鋼でも、大角非整合粒界にBが偏析するが、整合双晶粒界と小角粒界には、Bの偏析が認められない。150℃/sの冷却速度だと、大角非整合界面にもBは偏析しなくなる。

2-2IF鋼の冷却中および2相域加熱における極微量ボロンの挙動2-2-1オーステナイト域から冷却中におけるIF鋼中微量ボロンの挙動

 鋼中におけるBの微量添加は、変態時における変態挙動に大きな影響を及ぼす。またBはPの添加による粒界破壊を抑制すると知られている。しかし、極低炭素鋼の場合、変態時におけるBの挙動、およびBと他の合金元素(P、Si)との相互作用についての詳細な研究は、ほとんどない。

 そこで、本研究では極低炭素・極低窒素鋼(IF鋼)における変態挙動および、Bの分布を様々な熱処理条件(保持温度、および冷却速度)と合金元素の変化により観察し、Pとの相互作用を調べ、以下の結果を得た。本研究ではBの分布を観察する方法として、10Bと熱中性子との反応で線が生じることを利用したATE法を用いた。因みにATE法は、Bのみの元素がppmオーダで検出できる高感度のBの分布状態測定法である。

 保持温度の違い、PとSi添加量、および冷却速度の変化は、Bの挙動に大きな影響を及ぼす。変態開始温度以下における変態組織は、P量が多い鋼においては、前結晶粒界へのBの偏析が少なく、p(あるいはq)を主とした変態組織であった。P量が少ない鋼では、前結晶粒界へのB偏析が多く、ベイナイトを主とする混合組織である。これはBの粒界偏析によって結晶粒界の自由エネルギーが減少し、変態が遅れるためと考えられる。P量の多い鋼では、結晶粒界へのPの偏析がrepulsiveな相互作用によってBの粒界偏析を妨げることが推察される。一方、保持温度860℃の空冷材におけるBの分布は、前結晶粒界と結晶粒界が混在しており、両者の区別は難しい。これは前結晶粒界に偏析していたBの一部が、空冷中に結晶粒界および粒内へ移動したためと考えられる。

 保持温度860℃の炉冷材からは以下のことが分かった。(1)ATE像で前結晶粒界が結晶粒界とともに観察される。(2)前結晶粒界においては、Bの偏析が殆ど観察されず、ボライドの析出が主として観察される。(3)ATE像でコントラストが薄く見える結晶粒界は結晶粒界である。(3)は、炉冷材においては、前結晶粒界に偏析していたBが拡散するのに十分な時間があるため、冷却中結晶粒界へ移動したためと考えられる。他方、前結晶粒径に及ぼすPとSi添加の影響は、両者とも前結晶粒径を小さくするが、その効果はPのほうが大きい。

2-2-2Dual phase型IF鋼の2相域加熱における微量ボロンの挙動

 混合組織(+)を有する金属材料は、従来の高降伏比を有する析出強化型高張力鋼に比べて、低降伏比であるため、プレス加工が容易なばかりでなく、強度と延性も優れている。鋼の材質は、2相(+)域における加熱条件および冷却条件とも密接な関係があり、さらには混合組織を得るために必要な冷却条件は、Bなどの合金元素に大きく依存すると知られている。しかし、鋼中の2相域におけるBの挙動はどうなるかについての研究はほとんどない。そこで本研究はIF鋼における2相域加熱における微量Bの挙動を調べ、以下の結果を得た。

 圧延まま材を850℃まで加熱すると、Bの粒界への偏析及びBの粒内への固溶が増加した。このとき、ボライドは結晶粒界には殆ど認められないことから、ボライドは/結晶粒界には生成されにくいことが分かった。

 850〜900℃に加熱後、水冷した場合の観察結果より、加熱温度が高くなるにしたがって、Bの粒界偏析は増加し、ボライドの量は減少する。これは温度が高くなるにしたがって、ボライドは結晶粒内への固溶し、Bは冷却時に結晶粒界へ偏析するためと理解される。2相域においては、ボライドが相にのみ生じた。また、2相域での相と相におけるATE像の強度の違いが認められないことから、の固溶B量の違いは、あったとしても僅かであると考えられる。900℃に加熱後、室温まで空冷した供試鋼に観察される/結晶粒界に沿ったボライドは、2相温度域で/相界面に生じたものと考察される。

 Si、P複合添加材では、900℃加熱後徐冷すると固溶Bはに拡散する。これはSi、Pの相への分散とSi-B間、P-B間のrepulsiveな相互作用から説明できる。しかし、P添加材のB偏析量が少なくなるのは、Pの影響によって結晶粒径が小さくなるためか、BとPの相互作用によって粒界へBの偏析がしにくくなるためかなど、今後さらに検討する必要がある。

審査要旨

 侵入型元素フリー鋼(IF鋼)など純鉄に近い組成を有する鋼は,成形性、溶接性、省資源性、リサイクル性に優れることから、今後益々発展することが期待される。しかし、この系の鋼では、相変態前のオーステナイト()結晶粒界が観察しにくいこと、からフェライト()が生じる変態を途中で凍結することが困難なことなどから、相変態挙動に関する研究例が非常に少ない。また、この系の鋼に通常添加される極微量ボロン(B)の挙動も不明な点が多い。そこで、本研究では、まず、高温光学顕微鏡装置による変態のその場観察、中性子照射にょるBオートラジオグラフィーや電子線後方散乱回折(EBSP)により、純鉄の変態挙動の詳細、極微量Bの粒界偏析とフェライト粒界の性格との関係を明らかにすることを目的として研究を行っている。ついで、(+)2相域における極微量Bの挙動がほとんど分かっていないことから、2相型IF鋼を用いて、極微量Bの挙動と、実用鋼での添加元素であるシリコン(Si)、りん(P)の効果を明らかにすることを目的として研究を行っている。

 第1章は、緒論であり、これまでになされた研究を総括して本研究の目的を明らかにしている。

 第2章は、実験方法を述べたもので、自作した高温光学顕微鏡装置の構造および画像や温度の取り込み方法、中性子照射によるBオートラジオグラフィー、EBSP、熱処理方法などが説明されている。

 第3章は、純鉄の変態挙動に及ぼす冷却速度の影響および変態時における粒界と粒との関係に関する研究結果について述べたものである。まず、/相界面の移動速度、変態組織、生成温度、および変態時間は、冷却速度に大きく依存することを明らかにしている。また、0.5〜18℃/sの冷却速度範囲で、粒が粒を横切って成長する様子が多く観察されることを、はじめて明らかにしている。これらの実験結果に基づいて、純鉄では冷却速度が多少速くなっても結晶粒径が必ずしも小さくならない理由を考察し、純鉄では結晶粒径が大きいこと、/相界面の移動速度がに速いこと、/相界面が容易に粒を横切って成長できることが考えられるとしている。さらに、冷却速度を5℃/sから150℃/sに増すと、粒界における小角粒界と双晶界面の割合が多くなること、150℃/s冷却ではBの粒界偏析が認められないこと、5℃/s冷却では小角粒界と双晶界面にはBの粒界偏析は認められないことも明らかにしている。

 第4章は、Fe-1.5mass%Mn基本鋼にSiおよびPを単独添加、複合添加した鋼を用い、2相型IF鋼を域から冷却したときの極微量Bの挙動について詳しく調べた結果を述べたものである。まず、P添加鋼においては、前結晶粒界へのBの偏析の程度が小さく、P無添加鋼では、前結晶粒界へのBの偏析の程度が大きいことを明らかにしている。このことから、前結晶粒界へのPの偏析が、P-B間の反発的相互作用によってBの粒界偏析を妨げている可能性を指摘している。他方、前結晶粒径に及ぼすPとSi添加の影響を調べた結果、両者とも前結晶粒径を小さくするが、その効果はPのほうが大きいことが分かった。このことも、P添加鋼において前結晶粒界へのBの偏析の程度が小さいことに寄与する可能性も指摘している。また、前結晶粒界に偏析していたBの一部が、冷却中に結晶粒界および粒内へ移動することも明らかにしている。

 第5章は、前章で用いたと同じ供試鋼を用い、2相型IF鋼の2相域加熱における極微量Bの挙動について詳細に調べた結果について述べたものである。まず、熱間圧延まま材を高温域に加熱すると、熱間圧延まま材に存在していたボライド(Fe3(C、B)、BN)の多くが固溶し、Bは粒界及び粒内へ移動し、空冷のように冷却速度が遅いと冷却中にボライドが新たに生成することを明らかにしている。さらに、そのようなボライドは/結晶粒界には殆ど認められないことから、ボライドは/結晶粒界には生成されにくいことを指摘している。次いで、2相域まで加熱すると、熱間圧延まま材に存在していたボライドはますます減少し、相中および/境界に新たにボライドが生じることを明らかにしている。また、Si、P複合添加以外の鋼においては、2相域での相と相における固溶B量の違いは、あったとしてもごく僅かであることを明らかにしている。これらの結果は、不明のままであるBの極微量域でのFe-B2元系状態図に対して、有力な知見を与えるものである。さらに、Si、P複合添加鋼では、2相域加熱時、固溶Bは相中により多く分配することも明らかにし、この理由を、生成元素であるSi、Pの相への分配とSi-B間およびP-B間の反発的相互作用を考えることにより説明している。

 第6章は総括である。

 以上を要するに、本論文はIF鋼など純鉄の組成に近い鋼の組織制御に関する多くの有益な知見を提示している。よって本論文は博士(工学)の学位論文請求論文として合格と認められる。

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