学位論文要旨



No 115197
著者(漢字) 垣澤,英樹
著者(英字)
著者(カナ) カキサワ,ヒデキ
標題(和) Al2O3繊維強化Al2O3複合材料の力学特性に及ぼすマトリックス結晶粒の影響
標題(洋)
報告番号 115197
報告番号 甲15197
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4692号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 1.緒言

 連続繊維強化セラミックス(以後、CFCCと呼ぶ)は、ノッチ敏感性が少なく引張破壊までに大きな破壊抵抗を持つ新しい種類の高温材料と位置づけられる。最近では、Al2O3繊維強化Al2O3に代表されるような耐熱性と耐酸化性を兼ね備えた酸化物系のCFCCが注目されている。CFCCの特性を発現させるためには、繊維・マトリックス界面のはく離と滑りを利用してミクロな破壊過程を累積的に発生させることが必要であり、界面力学特性を制御することは非常に重要である。酸化物系CFCCでは、マトリックスが異方性のある緻密な多結晶体となる場合があり、結晶粒による界面の表面粗さや結晶粒の異方性による熱応力の不均一性が界面力学特性に大きな影響を及ぼす可能性がある。しかし、緻密な多結晶体マトリックスを持った酸化物系CFCCに対する界面の制御法は十分に検討されているとはいえない。

 このような背景から、本研究では、緻密なマトリックスの酸化物系CFCCに用いることが出来る界面制御法を検討することを第一の目的とした。ついで、決定した界面制御法を用いて多結晶マトリックスの異方性や結晶粒径が界面力学特性におよぼす影響を調べ、破壊抵抗を最大にするために最適な多結晶マトリックス界面を提案することを第二の目的とした。

2.コーティング界面のせん断滑りに及ぼすアブレシブ摩耗の影響

 CFCCの界面制御に最もよく用いられているコーティング法による界面制御を酸化物系CFCCに適用することの可能性を検討した。代表的なコーティング材料である炭素をコーティング層に持つSiC繊維を用いてSiC繊維強化Al2O3を作製し、プッシュアウト試験によって繊維を押し抜き界面を滑らせた。試験後、界面の詳細な観察を行った。界面の滑りはコーティング層とマトリックスの間で生じていた。図1に示すように、界面せん断滑り後のコーティング表面には滑り方向に平行にスクラッチが発生しており、これまで報告されていた界面の表面粗さの減少とは異なる様式のアブレシブ摩耗を受けていることが明らかになった。マトリックス側の表面の観察結果から、コーティング層の摩耗はマトリックス表面の凹凸によるものと考えられた。

 観察結果をもとに界面の摩耗現象の理論モデルを構築し、その結果を用いて界面の摩擦係数に及ぼす摩耗の影響を定量的に評価した。得られた結果はプッシュアウト試験で得られた荷重-変位曲線から計算した摩擦係数に対する摩耗の寄与分とよく一致していた。新しい理論により、界面の滑り抵抗に及ぼすアブレシブ摩耗の影響を定量的に理解することが出来た。緻密なマトリックスの材料の場合にはマトリックスとコーティング層のかたさの差が大きいことから、コーティングによる界面制御では界面の摩耗の問題を避けることは出来ないと考えられた。これらの結果から、コーティング層に耐酸化性を付与できたとしても、コーティングによる界面制御法を酸化物系CFCCに適用することは難しいという結論を得た。

3.走査型微小部応力測定装置の作製

 多結晶体セラミックスをマトリックスとするCFCCの界面の研究を進めるためには、界面近傍の結晶粒オーダーの応力分布をその場測定出来る装置が必要である。しかし、既存の装置でそのような要求を満たすものは存在しない。そこで、短時間で二次元的に結晶粒単位の分解能で応力を測定できる装置の設計および製作を行った。設計した装置はAl2O3中に不純物として含まれているCr3+から発生する蛍光のピークがAl2O3に加えられる応力(ひずみ)によって変化することを利用したものである。図2に装置の概略を示す。Ar+レーザー光を音響光学偏向素子で連続的に水平方向(x方向)に走査させ、さらに水平方向に走査するレーザー光をガルバノミラー(振動ミラー)で垂直方向(y方向)に移動させることによって2次元走査を行う。分光した蛍光スペクトルの検出に2次元CCDカメラを用いることによって、x方向の一走査ライン分の蛍光スペクトルを一度に測定し、かつ位置を同定することが出来るようにした。測定可能な視野は約270×200m(水平方向×垂直方向)から約5.4×4.0mmまで変化させることが出来、約270×200mの視野を用いれば結晶粒径オーダー(〜m)の空間分解能を得ることが可能である。製作した装置を用いてCr2O3を0.5wt%含むAl2O3焼結体の研磨面の走査を行った結果、スペクトル分解能は蛍光の2つのピークを明瞭に識別することが出来、ピークシフトを検出することが可能であることが確かめられた。装置の性能の最大限である垂直方向525行の走査を行ったとき、測定に要した時間は約600minであった。この装置の実現により、CFCC中の応力分布を短時間で2次元で測定することが可能になった。

4.繊維/マトリックス接触界面による界面特性の制御

 摩耗に有効な界面制御法としてかたさの等しい繊維とマトリックスが直接接触するギャップ界面をMoフュージティブコーティング法によって形成し、摩耗に対する有効性を検討した。Al2O3と反応しないMoコーティングを施した単結晶サファイヤ繊維をAl2O3マトリックスと複合化し、大気中で加熱しコーティング層を酸化・解離させ、界面にギャップを形成させた。プッシュアウト試験で界面を50m滑らせた後界面の観察を行った。界面は観察した範囲内では摩耗を受けておらず、この界面が摩耗に対して有効であることが明らかになった。ギャップの幅を変化させた材料でプッシュアウト試験を行った結果、ギャップ幅の増加に従って界面せん断滑り応力が減少しており、ギャップ輻を変えることによって界面力学特性を制御できる可能性を見い出した。図3にCr3+の蛍光を利用して界面近傍に働く応力を界面に沿って測定した結果を示す。横軸は界面に沿った位置を結晶粒径で規格化したものである。界面の応力分布は不均一であり、応力変化の周期はマトリックス結晶粒のオーダーと一致していた。この結果から、界面のせん断滑り抵抗は繊維とマトリックス結晶粒の局所的な接触により発生し、また接触点での径方向圧縮応力はマトリックスの異方性と凹凸の大小によって不均一になっていることが明らかになった。異方性を持った緻密な多結晶体をマトリックスとする複合材料では、結晶粒単位のマトリックス微細組織を考慮に入れた界面せん断滑り抵抗の制御が必要であると考えられた。

5.多結晶マトリックスの結晶粒が界面滑り抵抗におよぼす影響

 上の結果をもとにマトリックスと繊維がマトリックス結晶粒単位で弾性接触した界面をモデル化し、界面せん断滑り抵抗に及ぼすマトリックスの結晶粒径の影響を計算した。繊維径方向の平均の圧縮応力と結晶粒径の関係を計算した結果、界面せん断応力は結晶粒径依存性をもち、界面せん断応力を最大にする結晶粒径dgMが存在することが明らかになった。これにより、マトリックスを均質とみなして求めた繊維径方向圧縮応力に一定の摩擦係数を乗じて界面せん断応力とする従来の理論をそのまま適用することは出来ないことが示された。また、その結果を用いて、マトリックス中のクラックが不安定に進展し始めるマトリックスクラック貫通応力とCFCCの最大引張り応力を計算した。図4にマトリックスクラック貫通応力と結晶粒径の関係を示す。マトリックスクラック貫通応力は界面せん断応力が最大になる結晶粒径dgMで最大値を示し、マトリックスクラック貫通応力に及ぼす結晶粒径の影響は界面せん断応力の結晶粒径依存性と深く結びついていることが明らかになった。また、結晶粒径がdgMよりも大きいときは粒径依存性は小さいが、結晶粒径がdgMよりも小さいときはdgMから離れるに従って応力は急激に低下しており、CFCCの特性を発揮させるためにはマトリックスの結晶粒径はdgMか少なくともdgM以上にすることが重要であると考えられた。最大引張り応力と結晶粒径の関係も同様の傾向を示した。以上の結果から、CFCCの材料設計指針は強度を上げるために微細化を図っているセラミックス単体とは全く逆であることが示された。

図表図1 プッシュアウト試験後のコーティング表面のアブレシブ摩耗 / 図2 走査型微小部応力測定装置の概略 / 図3 繊維軸に沿った界面近傍の繊維径方向応力分布 / 図4 マトリックスクラック貫通応力と結晶粒径の関係(Vf:繊維体積率、c:クラック長さ)
6.結論

 (1)緻密な多結晶体マトリックスの材料ではコーティング層のアブレシブ摩耗を避けることが出来ないことが明らかになった。また、界面の滑り抵抗に及ぼすアブレシブ摩耗の影響を定量的に評価することが出来た。

 (2)Cr3+の蛍光を利用した微小部応力測定装置を開発し、CFCC中の二次元の応力分布を短時間で測定することが可能になった。

 (3)かたさの等しい繊雑とマトリックスが直接接触したギャップ界面を利用する方法が界面せん断滑り時の摩耗の抑制に有効であることが明らかになった。ギャップ界面ではマトリックスを均質とみなす従来の解析が適用できない可能性が示された。

 (4)多結晶体マトリックスの材料ではマトリックスクラック貫通応力、最大引張り応力が最大になる最適な結晶粒径が存在することが計算によって明らかになった。材料の特性を引き出すためには結晶粒径は最適結晶粒径よりも小さくならないことが必要であると考えられた。

審査要旨

 本論文は「Al2O3繊維強化Al2O3複合材料の力学特性に及ぼすマトリックス結晶粒の影響」と題し、6章より構成されている。近年、全てが酸化物系材料よりなるオールオキサイド繊維強化セラミックス(以後、OCFCCと記す)が注目されている。本論文は、OCFCCの力学特性に対する理想的な界面、複合化組織などを提案するために実験及び理論的解明を試みたものである。

 第1章は序論であり、OCFCCの特性発現機構およびOCFCCの特徴と現状について従来の研究を整理して述べ、OCFCCの特性を有効に引き出すために界面に要求される条件と検討すべき課題を整理するとともに本論文の目的を明確にした。

 第2章では、従来からOCFCCの界面制御に最もよく用いられてきたコーティング法による界面制御をOCFCCに適用することの可能性を検討した。炭素をコーティング層に持つSiC繊維強化Al2O3をモデル材料として用い、プッシュアウト試験を用いることにより界面での摩耗を詳細に観察した。その結果、コーティング層表面には滑り方向に平行にスクラッチが発生しており、従来の界面の表面粗さの振幅の減少とは異なる様式のアブレシブ摩耗を受けていることを明らかにするとともに、その結果をもとに界面の摩耗現象の理論モデルを構築した。この理論により、界面の滑り抵抗に及ぼすアブレシブ摩耗の影響を定量的に理解することを初めて可能にした。さらに、コーティングによる界面制御では、界面の摩耗の問題を避けることは出来ないと結論し、従来技術の延長上にない新たな界面制御方法が必要であると結論している。

 第3章では、界面制御の研究には結晶粒単位の局所的な応力を破壊の進行中に測定する必要があると考え、短時間で二次元的に結晶粒単位の分解能で応力を測定できる装置を設計、試作した。試作した装置はAl2O3中のCr3+から発生する蛍光のピーク波数がAl2O3に働く応力によって変化することを利用したものである。収束させたAr+レーザー光を多結晶Al2O3試料上で二次元に走査させることにより発生した蛍光を分光し、二次元CCDカメラを用いて検出するという既存の装置にはない新しい機構が導入されている。この装置の実現により二次元の応力分布を短時間で測定することを可能にした。

 第4章では、Al2O3繊維強化Al2O3複合材料を対象とし、摩耗の影響を受けない界面制御法として硬さの等しい繊維とマトリックスが直接接触するギャップ界面をMoを利用したフュージティブコーティング法によって形成する界面を提案するとともに、摩耗に対する界面の有効性を検討した。プッシュアウト試験後の滑り界面を詳細に観察した結果、用いた材料の界面は全く摩耗を受けておらず、この界面が摩耗に対して有効であることを明らかにした。ギャップの幅を変化させた結果、ギャップ幅により界面せん断滑り応力を制御できることを示した。さらに、Cr3+の蛍光のピーク波数がAl2O3に働く応力によって変化することを利用して界面近傍に働く繊維半径方向の応力を測定し、界面近傍の繊維軸に沿った応力変化の周期はマトリックスに用いたAl2O3の結晶粒のオーダーと一致していることを明らかにした。この結果から、界面のせん断滑り抵抗は繊維とマトリックス結晶粒の局所的な接触により発生し、また接触点での繊維半径方向圧縮応力はマトリックスの異方性と凹凸の大小によって不均一になっていることを実験的に示した。この結果を発展させ、異方性を持った緻密な多結晶セラミックスをマトリックスとする複合材料では、結晶粒単位のマトリックス微細組織を考慮に入れた界面せん断滑り抵抗の制御が必要であり、従来から用いられている摩擦係数と繊維半径方向の締付け応力を用いた解析では議論が難しいことも明らかにした。

 第5章では、第4章で得られた実験結果に基づき、界面でマトリックスの結晶粒と繊維がランダムに弾性接触したモデルを導入し、界面せん断滑り抵抗に及ぼすマトリックスの結晶粒径の影響についてシミュレーションを行った。さらに、その結果を用いて、OCFCCのマトリックス中のクラックが不安定に進展し始める応力とOCFCCの最大引張り応力を求めた。その結果、界面せん断応力を最大にする結晶粒径が存在することが明らかになった。この結果を利用して複合材料中のマトリックスクラックが進展し始める引張り応力と材料の最大引張り応力はどちらも界面せん断応力の影響を受け、両者を最大にする結晶粒径が存在することを示した。

 第6章では得られた結果を総括した。

 以上を要するに、本論文はオールオキサイド系複合材料の界面制御の手法を実験及び理論の両面から検討し、緻密な多結晶体マトリックスと繊維が直接接触した界面制御法を提案するとともに、複合材料の力学特性を最大にする結晶粒径の最適条件を提案することを通して、複合材料開発の指針を与えるものであり、複合材料工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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