学位論文要旨



No 115198
著者(漢字) 桐原,和大
著者(英字)
著者(カナ) キリハラ,カズヒロ
標題(和) Al系正20面体準結晶・近似結晶における結合性、組織形成と熱電特性評価
標題(洋)
報告番号 115198
報告番号 甲15198
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4693号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 枝川,圭一
内容要旨

 正20面体相準結晶は結晶構造中に許されない正20面体対称性を持ち、非周期構造を有する物質で、主にAl系合金に多く見られる。準結晶の電気抵抗率は同種の結晶合金やアモルファス合金に比べて2〜4桁程度大きい電気抵抗率(例えばAlPdRe準結晶は、室温で10000〜20000cm)を有し、負の温度依存性を示す。準結晶は金属元素で構成されながら、半導体的な電気物性を有し、金属と半導体との中間に位置付けられる物質である。この高抵抗率の起源は、Fermi準位が深い擬ギャップ内にあることと、そこでの電子局在効果であると知られている。半導体的物性は、状態密度のスパイキー構造との関連も議論されている。準結晶の材料への応用に関する研究例として、Al合金への凖結晶微細粒分散による高強度化や、Ti系準結晶の水素吸蔵効果などの研究が進められているが、準結晶の最も特徴的な電気物性を利用した新素材の研究は世界的にもほとんどなされていない。しかし、本研究では、準結晶が金属と半導体の中間的性質を持つことに着目し、準結晶の持つ電子局在効果を利用した新材料として、熱電変換材料への応用を考えた。熱電材料の性能は、Seebeck係数及び電気伝導率が大きいほど、また熱伝導率が小さいほど良い。正20面体相の場合、キャリア濃度が熱電材料としての最適値に近いうえ、熱伝導率は通常のAl合金に比べると2桁程度小さいため、熱電材料として有望である。しかしながら、準結晶は一般的に、その電気物性がわずかな組成の変化に敏感であるという特徴を持つため、物性の制御が難しい。従って、準結晶の特異な電気物性を利用した材料を開発する上でまず必要なことは、特異な電気物性の起源を明らかにし、その制御法を確立することである。そこで、本研究では、特異性が最も著しいAlPdRe系及びAlCuRu系の正20面体相を中心にして、

 (1)準結晶の結合性と電気物性との関係を明らかにすることによって、特異な電気物性の起源についての知見を得る。

 (2)実用材料に適したバルク状試料の準結晶の組織形成機構を明らかにして、その制御法についての知見を得る。

 (3)上で得られた知見をもとに、準結晶の応用例の1つとして熱電変換材料としての実用性を評価する。

 の3つを目的として研究を行なった。得られた結果について報告する。

正20面体相近似結晶の結合性

 準結晶の非金属的な電気物性をその原子構造との関係を理解する上で重要となるのが近似結晶である。近似結晶とは準結晶相に特徴的な正20面体的クラスターを維持しこれを周期配列した結晶で、その格子定数が大きくなるにつれて金属的な電気物性が非金属的な物性へと変化する。そこで、金属的、非金属的な電気物性を持つ近似結晶をそれぞれ作製し、放射光を用いた粉末X線回折パターンを測定した。続いてRietveld法による結晶構造解析と、精密な電子密度分布をイメージングする方法である最大エントロピー法(MEM)とを併用し、正20面体クラスターやクラスター間の結合性を調べた。MEM解析はこれまで、すでに構造がよく知られており、Rietveld解析によって結晶構造が精密化できたAl12Re、-AlMnSiの2つに対して行なった。図1のように、Al12Reは金属的、-AlMnSiは非金属的であることが電気抵抗率の温度変化から確かめられる。また、図2のように、Al12Reは中心にRe原子を配置したAl正20面体クラスター、-AlMnSiは中心に原子のないMackay正20面体クラスターが体心立方充填した構造である。図3にAl12Re(200)面及び-AlMnSi(100)面の電子密度分布を示す。Al12Re(200)面は、ちょうど中心のRe原子とAl正20面体の一部の原子を切る面である。-AlMnSi(100)面は図2(b)で説明したMackay正20面体クラスターの第1殻及び第2殻の原子を切る面である。図3を見ると、Al12ReのAl-Al間には存在しない共有結合が、-AlMnSiにおける第1殻の原子(AlまたはSi)間に存在することが分かる。また、-AlMnSiの中で最も強い結合は、第2殻内のAl-Mnや、第2殻のMnとglue siteのAlの共有結合である。他に、第1殻のAl(またはSi)と第2殻のMnとの間にも共有結合が見られる。これまで準結晶や近似結晶に対して光電子分光や軟X線発光分光などによってAl-遷移金属間にsp-d混成が起こることが示唆されており、本研究におけるAlとMnの強い結合は、その直接的証拠を意味する。一般に、前述した準結晶のFermi準位付近に存在する擬ギャップの起源は、Hume-Rothery機構であるとされているが、-AlMnSiにおける第1殻の原子間や第2殻内のAl-Mn間に明確な共有結合が生じていることから、自由電子的なHume-Rotheryの描像から一歩進んで、この場合は擬ギャップの起源が共有結合であると考えた方がよいことをを指摘した。また、Al正20面体クラスターの結合性が中心原子の有無によって変化するという結果が得られたが、これは、III族元素の正20面体クラスター単体に対する分子軌道計算によってすでに予測されており、それを実験的に支持するものである。このようにAl系近似結晶結晶においては、正20面体クラスターの共有結合性が強く、Alと遷移金属との間の結合が強いと非金属的な電気物性を示すことを見出した。

AlPdRe系正20面体相の原子充填による結合性の評価

 準結晶における結合性の変化を調べるために、AlPdRe正20面体相における遷移金属濃度と平均的な原子の充填との関係に関する研究を行なった。その結果、図4のようにAlPdRe準結晶において、遷移金属(Pd,Re)濃度が増えるとともに準格子定数(準結晶構造の基本骨格となる準格子の稜の長さ)は大きくなるが、真密度を分析組成で割った原子数密度の減少は、それ以上に大きいことが分かった。Alの原子半径(Goldschmidt半径)はPd、Reより大きいため、原子の充填は剛体球パッキングでは説明できない。従って、遷移金属濃度の増加に応じて準結晶格子が膨張したり原子数密度が減少する現象は、原子の充填が剛体球パッキングではなく、原子間の特定の方向に共有結合が生じた結果、各原子の配位数が減少したためであると解釈できる。配位数が減るのは、特定のサイトの占有率が下がり、原子が抜けたサイト付近で、金属結合から共有結合への転換現象が準結晶中に起きていると考えることによって説明できる。近似結晶に対するMEMの結果を考慮すると、遷移金属濃度の増加によって、Alと遷移金属との混成が強くなっていると考えられる。

バルク試料の組織形成機構

 実用材料として使うのに適した、バルク準結晶試料における組織形成過程を調べるために、Ar雰囲気にてアーク溶解したAlPdRe系合金を切り出して真空封入し、850℃で試料を焼鈍した。その後、電顕観察及び組成分析を行い、比重びん法を用いた密度測定値から試料に含まれる空洞の割合を見積った。その結果、準結晶相の単相度が高くなるにつれて組織はポーラスになることが確認でき、空洞率の値もこの結果を支持することが分かった。焼鈍前後の準結晶の組織とEDX元素マップを図3に示す。焼鈍前では、EDX組成がAl3Pd(液相)と、Al0.7Re0.3(固相)の領域に分かれた層状組織であり、焼鈍後にAl0.7Re0.3相の領域にAlとPdが拡散して準結晶が生成し、同時にAl3Pd相の領域に空洞が形成される。これは準結晶相に一般的な包晶反応であるが、この合金系は他の系に比べ、ポーラス組織を形成しやすいことが分かった。

図表図1 近似結晶の電気抵抗率の温度依存性 / 図2 Al12Reと -AlMnSiの結晶構造 / 図3 近似結晶の電子密度分布((100)面)
AlPdRe準結晶の熱電特性

 熱電材料の性能は、Seebeck係数及び電気伝導率が大きいほど、また熱伝導率が小さいほど良い。正20面体相において、前述したように、金属結合と共有結合が混在しているとすると、金属の利点である大きな電気伝導率と半導体の利点である大きなSeebeck係数を併せ持った、性能の高い熱電材料が生まれる可能性がある。また、前述したポーラスな組織も、電気伝導率より熱伝導率を効率的に下げることにより、熱電性能の向上に有利に働く可能性がある。そこでAlPdRe正20面体相のバルク試料に対して室温より高温での熱電性能を評価した。Seebeck係数は定常温度差法、電気伝導率は4端子法とvan der Pauw法により測定し、熱伝導率はレーザーフラッシュ法により測定した熱拡散率及び比熱の値から算出した。各物性値は様々なRe濃度や形状の試料に対して測定したが、試料の分析の結果同一試料内に±0.5at%程度の組成のばらつきがあり、仕込み組成によって物性値を制御できていない。従って、Seebeck係数最も高い値を示したRe9at%(Al71Pd20Re9)の試料に限って述べる。図4に、(a)Seebeck係数S、(b)電気伝導率、(c)熱伝導率、(d)性能指数Z(=S2/)の温度変化をそれぞれ示した。

図表図4 AlPdRe準結晶の組成による準格子定数と原子数密度の変化 / 図5 Al70Pd20Re10正20面体相の熱処理前後の組 / 図6 Al71Pd20Re9正20面体相の熱電特性

 (a)Re9.0at%の試料のSは500Kで最大+150V/Kを示すことが分かった。これはこれまでに報告された正20面体相のSeebeck係数の中で、最も高い値である。

 (b)Re9.0at%の試料の室温でのの値は13000S/mであり、l00Kから1000Kに至るまで電気伝導率の温度変化は連続していることが分かった。またこの試料には、金属的な第2相の微細粒が互いに孤立して分散していることが分かり、比較的高いSを維持しつつ高いを与えることができた。

 (c)Re9.0at%の試料の熱伝導率は、室温で約1W/mKかそれより少し小さい値となり、高温になるにしたがって上昇することが分かった。熱伝導率の低減には、本研究で議論したポーラス組織が有効に働いていることも分かった。また、Wiedemann-Franz則に従って熱伝導に対する格子の寄与を評価すると、室温から高温に至る全温度範囲で格子の熱伝導の寄与が熱伝導の大部分(70〜80%程度)を占めていることが分かった。

 (d)性能指数は約360Kで最大値0.3×10-3K-1をとる。高温で性能指数が低下するのは、Seebeck係数が500K付近で頭打ちになることと、熱伝導率の上昇によるものでおる。性能指数の最大値は同じ温度域で実用されているBiTe半導体の1/5〜1/10の値ではあるが、現在、熱電変換材料の新しい候補として注目を浴びている、NaCoO2酸化物とほぼ同程度である。従って、AlPdRe正20面体相は新しい熱電変換材料の候補となり得ると考えた。

 今後、AlPdReの熱電性能をより向上させるには、第4元素を加えるなどによりキャリア密度をさらに小さくすることや、母合金の溶解条件を変えてポーラス組織や準結晶粒径をより微細にして熱伝導に対する格子の寄与をさらに小さくすることなどが有効であると考えた。

総括

 (1) Al系正20面体相では、Alと遷移金属との共有結合や、正20面体クラスターに置ける共有結合性が、金属結合と混在しているとして、その結合性が説明されることがわかった。また、共有結合性の増大が、非金属的電気物性の1つの起源であることを実験的に証明した。

 (2) 最も高い電気抵抗率を有するAlPdRe正20面体相は、包晶反応にともなってポーラスな組織を形成しやすいことを見出した。

 (3) AlPdRe正20面体相の熱電性能は最近の新しい熱電材料のそれに匹敵する可能性が高く、今後は熱伝導に対する格子の寄与を低減するなどしてより熱電性能を向上させることが、実用的な性能に到達するための指針となることを提案した。

審査要旨

 準結晶は、結晶の「周期性」と異なる、「準周期性」という特異な秩序構造を持つ物質群である。その最も特徴的な物性としては、金属元素のみから構成される合金としては異常に高い抵抗率を示す電子輸送現象が注目されてきた。高い抵抗率の原因は,状態密度の深い擬ギャップ内にフェルミ準位が位置するため有効キャリア密度が少ないことと、フェルミ準位付近の電子状態が局在傾向を持つためキャリア易動度が小さいことの二つである。深い擬ギャップの起源は、フェルミ球と対称性の高い正20面体的擬ブリルアン・ゾーンの強い相互作用によるヒューム・ロザリー機構であると考えられてきた。特異な物質である準結晶の応用としては、分散強化用材料、非密着性・耐磨耗性コーティング材料、水素吸蔵材料、等が考えられてきたが、準結晶合金の最も特異な物性である電気的性質を利用しようとする研究は、ほとんど無かった。本研究は、準結晶の特異な電気物性の起源に関するより深い理解を得ると共に、これを積極的に利用して材料として開発するための基礎的知見を得ることを目的としている。論文は、7章より構成されている。

 第1章は序論で、本研究の目的と論文の構成について述べ、研究の背量となる従来の研究について概観している。特に、原子構造解析手法が確立していないために現在でも構造モデルが確定していない準結晶に代わって、構造の確定が比較的容易な近似結晶を研究することの重要性を強調している。

 第2章では、試料の作製と評価について記述している。準結晶合金の中で高抵抗率が特に顕著なAl-Pd-Re系およびAl-Cu-Ru系を選択している。試料作製方法としては、材料としての応用を念頭に置き、多結晶でポーラスな組織しか得られないが、簡便で大量のバルク状試料が作れる、アーク溶解法と熱処理を組み合わせた方法を採用している。近似結晶としては、Al-Cu-Ru系では、1/0と1/1立方晶を作製しているが、Al-Pd-Re系では近似結晶の探索に成功しなかった。電気抵抗率が最も高く準結晶に近いAl-Mn-Si 1/1立方晶と、最も低く金属的なAl12Re立方晶近似結晶も作製している。試料の評価は、粉末X線回折による相同定、SEM-EDXおよびEPMAによる組成の均質性、電気抵抗率とその温度依存性について行った。電気抵抗率の絶対値はばらつきが大きいが、室温の抵抗率で規格化した温度依存性は組成に対して系統的に変化していることを示している。ばらつきの原因はポーラスな組織に依るが、温度依存性には粒界等の影響が無いことを指摘している。

 第3章では、近似結晶の電子密度分布を測定し、結合性と電気抵抗率の振る舞いとの関連、さらには擬ギャップの起源について議論している。近似結晶としては、前章で作製した、Al-Mn-Si 1/1立方晶とAl12Re立方晶を選び、軌道放射光を用いて粉末X線回折パターンを高精度で測定し、リートベルト法と最大エントロピー法を用いて3次元的な電子密度分布を求めた。抵抗率が低く正の温度依存性を持つAl12Re立方晶中の正20面体は、中心にRe原子を持つ13原子クラスターであり、Al原子間には結合が無く、最低電子密度も高く、金属結合性が強いことを明かにした。一方、抵抗率が高く負の温度依存性を持っAl-Mn-Si立方晶中の正20面体は、中心に原子の無い12原子クラスターでおり、その周囲の第2殻内のMn原子と3種類のサイトのAl(Si)原子間、および正20面体内のAl(Si)間に、共有結合が存在することを明かにした。さらに、正20面体中心の最低電子密度は、Al12Re立方晶中のそれより2桁小さいことを示した。これは、電子の波動関数に強い定在波が立っていることを意味し、このように強い共有結合が形成されている場合は、擬ギャップの起源として、従来のヒューム・ロザリー機構が発展して、共有結合がより重要であるとの議論を展開している。

 第4章では、第3章で用いられた共有結合電子を直接観測することができない準結晶合金において、準格子定数の精密測定と真密度の精密測定から、原子充填について調べ、結合性の評価を行っている。準格子定数は粉末X線回折の精密測定により、真密度はヘリウムガスを用いた定容積膨張法により求めている。Al-Pd-Re系準結晶単相域において、原子半径の大きいAlを小さい遷移金属で置換していくと、平均原子半径は小さくなるが、準格子定数はほとんど変化せず、一方、原子数密度は大幅に少なくなる。これらは、剛体球充填的な見方では理解できず、この準結晶中の結合が金属結合的ではないことを明らかにした。原子数の減少は、単位胞に約160個の原子を含む1/1立方晶近似結晶の場合に換算すると、約10個の原子サイトが空孔になったことに相当する。正20面体クラスターはこの単位胞中には2個しかないから、クラスター中心以外に第2殻中のAlサイトにも空孔が発生したことが予想でき、これはボロン系半導体結晶中のクラスター構造との比較により、共有結合性が強化されたためであると解釈している。

 第5章では、本研究で採用した溶融凝固と熱処理により作製したバルク状の準結晶試料がポーラスな組織を形成する機構を明らかにしている。多くの安定相準結晶と同様にAl-Pd-Re系も包晶系であり、アーク溶解で溶融凝固させた試料は、Al3Pd相とAl0.7Re0.3相のmオーダーの混相組織であることを、SEMによる組織観察とEDXによる組成分析から明らかにしている。これを850℃や950℃で熱処理すると、熱処理前のAl3Pd相の領域に空洞ができ、ポーラスな組織になることを見出した。これは、Al3Pd相が液相となりAlとPdが固相のAl0.7Re0.3相内に拡散して行き、Al-Pd-Re準結晶相が生成するためと解釈している。比重瓶法により測定したかさ密度と真密度の比から空洞率を、準結晶単相域のみでなく結晶相との2相共存域でも求め、準結晶相単相に近づくほど空洞率が大きくなり、最大で30%を越える値にまで達し、このような場合には試料の形状が明かに膨張することを見出した。

 第6章では、準結晶の特異な電気物性の応用として、第3章、第4章で明かにした準結晶が部分的に共有結合性を持つことから、金属並の高い電気伝導率と、半導体並の大きなゼーベック係数を持つ材料となり得ることを指摘し、熱電変換材料としての性能評価を行っている。準結晶単相域内で、Pd組成を20原子%に固定し、Re組成を7.5から9.5原子%まで変化させた試料の電気伝導率、ゼーベック係数、熱伝導率を測定し、熱電性能指数を評価している。ポーラスな組織は、単純な幾何学的な効果としては、電気伝導率と熱伝導率の両者に同じ様に効いて、熱電性能指数を算出する時には相殺されるので、両者の見かけ上の伝導率を測定している。また、ゼーベック係数については測定誤差が大きいので、3種類の異なる測定装置を用いて測定している。その結果、異なる装置のデータから、小さく見積もっても、従来までに報告されている準結晶の値より大きなゼーベック係数を持つ試料を作製することに成功している。ただし、性能指数の温度依存性を、実用材料のそれと比較すると、今回の値は、大きく見積もっても、最大性能を持つBi-Te系材料の数分の一程度の価であることを示している。組織制御による熱伝導率のさらなる低下や準結晶中に金属相を分散させる等により、より高い性能指数を持った材料を開発できる可能性があるとしている。

 第7章は、総括である。

 以上要するに、この研究は、新しい秩序構造を持つ準結晶合金の特異性が最も顕著な電気物性を応用した材料を開発しようとする試みであり、そのための基礎を提供した。特に、準結晶と電気物性の振る舞いが同じ近似結晶において、共有結合の存在を目に見える形で明らかにした。準結晶においては、原子空孔の発生と共有結合性を結びつけるというユニークなアプローチからも共有結合の存在を明らかにした。さらに、材料として適したバルク材料のポーラスな組織の形成機構を明らかにし、3つの物性値が関与する熱電性能指数の材料評価にまで漕ぎ着けている。これらの成果は、物質科学や材料学の発展に寄与するところが非常に大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54112