学位論文要旨



No 115199
著者(漢字) 小西,智也
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,トモヤ
標題(和) 希土類イオンを含有するほう酸塩ガラスの分相と光物性
標題(洋)
報告番号 115199
報告番号 甲15199
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4694号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 助教授 近藤,高志
 無機材質研究所 主任研究官 井上,悟
 東京大学 助教授 井上,博之
内容要旨

 RO(RはPb、Mg、Ca、SrまたはBa)の含有量が20mol%以下のRO-B2O3系ガラスは液相線温度以上の温度で液-液分相をおこし、均一な融液中に球状の微小相が析出、分散した組織を与える系として知られており、様々な不混和特性が研究されてきた。分相粒をガラス微小球として利用する場合、マイクロレンズ・微小球光共振器・医療用放射性物質の担体としての用途が考えられる。分相粒が母相中に均一に析出した分相組織を利用する場合、微結晶分散ガラス及び磁性体や発光体などの機能性微粒子が分散したガラスの作製に応用できる。また分相組織を圧縮したり引っ張ったりすることにより、ガラスに異方性を導入することができると考えられる。さらに、分相の特長を活かしつつ、希土類イオンの添加によって光機能性を導入したり、微小重力環境を利用するといったプロセスを組み合わせることにより、新しい分相材料開発が可能となると考えられる。そこで本研究では、希土類イオンの添加や微小重力環境が液-液分相に及ぼす影響に関する知見を得ることを目的とした。

 第2章ではEu2O3を含有するPbO-B2O3ガラス、BaO-B2O3ガラス、SrO-B2O3ガラスの不混和温度をその場観察法により測定した。Eu2O3の添加により、各系のガラスの不混和温度が上昇することが分かった。その効果はRO濃度が低いほど顕著であり、Eu2O3-B2O32元系の特性が支配的になることが分かった。EPMAあるいはFE-SEM/EDSにより、RO-B2O3-Eu2O3系分相組織および各相におけるEu面分析を行った,ROリッチ相はEuが選択的に均一に固溶するのに対し、母相はほぼ純粋なB2O3であった。この結果はRO-B2O3-Eu2O3系の不混和温度曲線の形を3元系状態図(Fig.1)で考察することにより示唆された、B2O3・xEu2O3相とBaO・yB2O3・x’Eu2O3相をエンドメンバーとする分相は生じないという予測を裏付けるものであった。SrO-B2O3-Eu2O3系の分相粒内のEu2O3濃度をEDS分析により見積もった。分相粒内のEu2O3濃度は初期バッチ組成によって制御できることから、すべてのEu2O3はすべてのROリッチ相に均等に固溶していると予測された。

Fig.1::模式的に描かれたRO-B2O3-Eu2O3系の3元系状態図

 第3章では、BaO-B2O3系ガラスの液-液分相を用いて、希土類イオンを含有する、あるいは含有しないガラス微小球を作製した。熱処理時の冷却速度を500〜1℃/minの範囲で変えることにより、分相粒径を1〜45mの範囲で制御することが可能であった。分相粒のラマン散乱スペクトルおよび分相粒内部の希土類イオシの蛍光スペクトルを測定した結果、バックグラウンド発光上に鋭いピークが多数観測された。これらの位置や間隔が粒径の測定誤差範囲内でLorenz-Mie理論による計算値とよく一致したことから(Fig.2)、微小球光共振が生じていることが分かった。また、エタノールで摘出した分相粒で観測された、モードオーダー2のQ値が理論値と同程度であったため、液-液分相を用いることにより、高品質の微小球共振器が得られることが分かった。こねにより、液-液分相は微小球光共振器の作製方法として応用可能であることが分かった。

Fig.2:分相粒中のNd3+の蛍光スペクトルと、計算よる分相粒の散乱効率

 第4章では、いくつかの分相粒が発生した状態のBaO-B2O3系ガラス融液の温度を保持する落下塔実験を、直接加熱方式(Ptループヒーター)あるいは間接加熱方式(ボビンヒーター)を用いて行った。直接加熱方式を用いた場合は以下の知見が得られた。

 1)落下前の融液内の対流が激しく、その流れは落下後も持続したため、分相粒の観察は困難であった。

 2)落下開始直後に断熱ブランケット効果により試料温度が上昇してしまい、分相粒の消失が確認された。

 3)これにより、直接加熱方式は液-液分相のその場観察には不適切であることがわかった。

Fig.3:直接加熱方式における、P点・Q点(Fig.4-7参照)で測定した試料温度変化

 間接加熱方式を用いた場合は以下の知見が得られた。

 1)落下前後で融液内の流れがほとんど生じていなかったため、分相粒の観察は容易であった。

 2)落下開始後も温度を一定に保つことができた。

 3)間接加熱方式は液-液分相のその場観察に適切であることが分かった。

 4)これにより、落下塔実験における液-液分相のその場観察のための装置の開発に成功した。また、断熱ブランケット効果による温度上昇機構をモデル化することにより、昇温速度や到達温度を、落下前と落下開始後の対流速度の差・比から定性的に説明することができた。

 第5章では、4BaO・96B2O3mol%融液および2SrO・98B2O3mol%融液のその場観察を、地上実験と落下塔実験で行った。その場観察画像を2値化処理することにより、両実験における分相開始温度や分相速度の違いを検討した。その結果、微小重力環境では過冷却あるいは核生成速度の低下が生じることが分かり、分相が抑制される傾向にあることが分かった。

Fig.4:2SrO・98B2O3mol%ガラス融液の視野中の分相率
審査要旨

 ガラスの液-液分相現象はガラス微小球を作製するための手段として有望であるが、光機能性を付与し得る希土類元素の添加、あるいは重力による悪影響を受けない微小重力環境の利用により、新機能性ガラスを創製することが可能であると考えられる。本論文は、そのための材料設計・プロセス設計に関する検討および例証を目的としており、全5章より構成される。

 第1章では分相を利用した機能性ガラスの創製について概論を述べた。さらに希土類元素の添加や微小重力環境の利用によって期待される新機能について述べた。そのためには、希土類元素の添加や微小重力環境が液-液分相に及ぼす影響についての知見を得る必要があることを述べた。

 第2章ではEu2O3を含有するPbO-B2O3ガラス、BaO-B2O3ガラス、SrO-B2O3ガラスの液-液分相をその場観察することにより、希土類元素の添加が不混和温度に及ぼす影響について知見を得た。Eu2O3の添加により、各系のガラスの不混和温度が上昇することが分かった。その効果はRO濃度が低いほど顕著であり、Eu2O3-B2O32元系の特性が支配的になることが分かった。EPMAあるいはFE-SEM/EDSにより、RO-B2O3-Eu2O3系分相ガラスを分析することにより、希土類元素の添加が液-液分相組織に及ぼす影響について知見を得た。ROリッチ相はEuが選択的に均一に固溶するのに対し、母相はほぼ純粋なB2O3であった。この結果はRO-B2O3-Eu2O3系の不混和温度曲線の形を3元系状態図で考察することにより示唆された、B2O3・xEu2O3相とBaO・yB2O3・x’Eu2O3相をエンドメンバーとする分相は生じないという予測を裏付けるものであった。SrO-B2O3-Eu2O3系の分相粒内のEu2O3濃度をEDS分析により見積もった。分相粒内のEu2O3濃度は初期バッチ組成によって制御できることから、すべてのEu2O3はすべてのROリッチ相に均等に固溶していると予測された。

 第3章では、液-液分相を利用した新機能性ガラスとして微小球光共振器の創製過程を例証するとともに、そのプロセス設計について検討した。BaO-B2O3系ガラス融液を冷却熱処理することにより、希土類イオンを含有する、あるいは含有しない分相粒を含有する分相組織を得た。熱処理時の冷却速度を500〜1℃/minの範囲で変えることにより、分相粒径を1〜45mの範囲で制御することが可能であった。さらに水またはエタノールで溶出処理することにより、分相粒を分相組織から取りだした。水で取りだした分相粒には表面に30nm程度の微小凹凸が確認されたが、エタノールで取りだした分相粒表面は滑らかであった。分相粒のラマン散乱スペクトルおよび分相粒内部の希土類イオンの蛍光スペクトルを測定した結果、バックグラウンド発光上に鋭いピークが多数観測された。これらの位置や間隔が粒径の測定誤差範囲内でLorenz-Mie理論による計算値とよく一致したことから、微小球光共振が生じていることが分かった。また、エタノールで摘出した分相粒で観測された、モードオーダー2のQ値が理論値と同程度であったため、液-液分相を用いることにより、高品質の微小球共振器が得られることが分かった。これにより、液-液分相は微小球光共振器の作製方法として応用可能であることが分かった。

 第4章では、落下塔を利用した微小重力環境に特有の断熱ブランケット効果による温度上昇機構について検討し、その影響を受けずに液-液分相をその場観察するための装置開発・技術開発を行った。いくつかの分相粒が発生した状態のBaO-B2O3系ガラス融液の温度を保持する落下塔実験を、直接加熱方式(Ptループヒーター)あるいは間接加熱方式(ボビンヒーター)を用いて行った。間接加熱方式を用いた場合は落下前後で融液内の流れがほとんど生じていなかったため、分相粒の観察は容易であった。結果、断熱ブランケット効果による影響を受けず、液-液分相のその場観察に適切であることが分かった。また、断熱ブランケット効果による温度上昇機構をモデル化することにより、昇温速度や到達温度を、落下前と落下開始後の対流速度の差・比から定性的に説明することができた。

 第5章では、微小重力環境が液-液分相に及ぼす影響について知見を得た。4BaO・96B2O3mol%融液および2SrO・98B2O3mol%融液のその場観察を、地上実験と落下塔実験で行った。その場観察画像を2値化処理することにより、両実験における分相開始温度や分相速度の違いを比較・検討した。その結果、微小重力環境では過冷却あるいは核生成速度の低下が生じることが分かり、分相が抑制される傾向にあることが分かった。

 以上を要するに、本研究は希土類元素の添加および微小重力環境を利用した、液-液分相による新機能性ガラスの創製に関して多くの有用な知見を提示した。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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