学位論文要旨



No 115201
著者(漢字) 林,克郎
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,カツロウ
標題(和) 半導性BaTiO3系セラミックスの結晶粒界ポテンシャル障壁
標題(洋)
報告番号 115201
報告番号 甲15201
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4696号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 多くの半導性セラミックスでは、多結晶体中の結晶粒界に形成されるポテンシャル障壁の機能を巧みに利用している。セラミックスの特性に及ぼす要因は多岐に渡っているので、特性の制御や理解にはしばしば経験的な手法が有効であった。近年のセラミックス電子部品の高性能化、とりわけ小型化には著しい進歩があるため、これらの材料が引き続き利用されて行くには個別の粒界における素機能について明確にする必要がある。そこで、代表的な半導性セラミックス材料であるBaTiO3系PTCサーミスタについて、単一の結晶粒界で定量的な測定を行うことで、ポテンシャル障壁の動作機構と形成要因を明らかにすることが出来ると考えた。本研究は、異常粒成長を利用した半導性BaTiO3の双結晶の作成と、それを用いることで可能となった一連の電気的特性計測と解析に関するものである。

 本論文は6章より構成される。第1章は序論として、粒界ポテンシャル障壁と各種半導性材料における結晶粒界電気特性についての、これまでの研究経緯全般について述べた。半導性BaTiO3の結晶粒界ポテンシャル障壁はPTCR特性(抵抗率の正の温度依存性)と呼ばれる得意な現象を示し、これについての概説を中心とした。また研究背景から問題点を検討し、研究の目的と本論文の構成を記した。

 第2章では、PTCR特性を示すNb添加手導性BaTiO3双結晶を用いて、単一の結晶粒界にて抵抗-温度、電流-電圧、容量-電圧の各特性を測定した。得られた結果に対して、半導体デバイス・シミュレーション手法を用いて解析した結果に基づいて議論を行なった。図1は測定された電流-電圧特性に対して、二重ショットキー型障壁モデルと半導体-絶縁体-半導体構造のポテンシャル障壁モデルを用いて計算された結果を表している。電流-電圧特性においてsub-ohmic特性が確認できない点など、半導体-絶縁体-半導体構造のポテンシャル障壁モデルによって測定結果をよく再現できた。また同様に、容量-電圧特性においてゼロバイアス時においても低周波過剰容量が観察されることで、半導体-絶縁体-半導体構造のポテンシャル障壁モデルが妥当であると判断された。以上の結果から、粒界ポテンシャル障壁は結晶粒界近傍に100nmオーダーの幅でアクセプター型格子欠陥が集積した領域を特徴とする、半導体-絶縁体-半導体型のものであると結論された。また、元素半導体中に形成される粒界ポテンシャル障壁との相違点の議論を行った。

図1 異なった温度領域で測定された抵抗-温度特性(実線)と二重ショットキー障壁(a)および半導体-絶縁体-半導体型(b)障壁モデルを用いて計算された結果(波線)。

 第3章では、同様のBaTiO3双結晶を用いて測定されたPTCR特性について、粒界を構成する結晶粒の相対方位関係による影響を調べた結果について述べている。結晶格子に対応する逆格子点の一致の度合い(CRLP)による評価指標を導入することで、単純な幾何学的な取り扱いによって、PTCR特性の粒界性格依存性を示すことができた。図2にはCRLPの評価値Vの相対方位関係依存性と、VによるPTCR特性の関係を示した。低い値を持つ対応格子粒界のみならずランダム粒界を含めた一般粒界でPTCR特性が粒界性格に依存することを表している。CRLPによる指標の意味について検討を行った結果、低指数格子面の一致の度合いと粒界転位に関連づけることが出来ることを示した。また、個々の結晶粒界における抵抗-温度特性の違いは、粒界性格の違いに起因する試料作成時の粒界酸化の度合いによるものと結論された。

図2 [100],[011]軸周りの回転による逆格子点一致度合いVの依存性(左図)とVの指標によるPTCR特性の関係(右図)。

 第4章では、結晶粒の相対方位関係と共に結晶粒界面の方位による影響を明らかにするために、Nb添加粗大BaTiO3多結晶体中における同一の結晶粒界で異なる結晶粒界面方位を持つ領域での直接測定を試みた。図3は、同一の結晶粒界で測定された抵抗-温度特性の例と、ポテンシャル障壁の相対的な形成度合いに応じて粒界面方位を分けてプロットしたものである。これらから、粒界面方位がPTCR特性に影響を及ぼすことを直接証明し、とりわけ(111)格子面の影響が大きいことを示した。また、粒界相対方位関係・粒界面方位の両巨視的パラメータから傾角・ねじれ角成分を見積もったところ、PTCR特性は傾角成分に強く依存することを示した。同様の依存性は他材料の粒界特性においても確認されていることから、BaTiO3特有ではない普遍的な特性であると考えた。この原因として、低指数面一致粒界が概してねじれ成分を多く持つという幾何学的理由が挙げられるとした。

図3 同一の結晶粒界で測定された異なるPTCR特性(a)と相対的に大きな特性を示した領域(b)と小さな特性を示した領域(c)の粒界面方位。

 第5章では、半導性BaTiO3の単一粒界において、走査型電子顕微鏡を用いて電子線誘起電流(EBIC)の行った結果について記した。走査型電子顕微鏡中で温度を変化させて測定を行い、BaTiO3のキュリー点を挟んだEBIC特性の変化からポテンシャル障壁の生成と消失が確認できることを示した。また、得られた電流プロファイルを解析することによって、少数キャリアーの拡散長の評価を行った。図4は測定されたEBICプロファイルの例と、それに対して理論的に計算されたものを重ねて示したものである。BaTiO3では元素半導体などに比べて少数キャリアーの拡散長が小さく、その為に生じる解析上の問題点についても検討を行った。また、少数キャリアーの及ぼすポテンシャル障壁の高電圧降伏特性について他材料と比較して考察を行った。

図4 半導性BaTiO3の結晶粒界近傍における電子線誘起電流プロファイル(波線)と、それに対して理論的に計算された結果(実線)。

 最後に、第6章で本研究で得られた結果の総括を行った。

審査要旨

 多結晶体半導性セラミック材料では、結晶粒界に形成されたポテンシャル障壁によって多くの機能が発現することから、幅広い利用法が期待されてきた。これらの材料における小型化等の要求に応えるために、個別の結晶粒界における素機能を明らかにすることが必要とされている。本論文はBaTiO3系セラミックスの双結晶を用いた単一粒界の直接測定を利用することで、粒界ポテンシャル障壁の形成と動作機構を明らかにしたものである。

 第1章は序論であり、既往の半導性セラミック材料に関する研究を概観し、本論文の目的・構成を述べている。特に半導性セラミック材料の特性を理解するに当たって、単一の結晶粒界を利用することの有用性を示した。

 第2章では、PTCR特性を示すNb添加半導性BaTiO3双結晶のを焼結法により作成し得ることを示している。得られた双結晶試料を用いて、単一の結晶粒界の抵抗-温度、電流-電圧、容量-電圧の各特性を測定し、半導体デバイス・シミュレーション手法を用いて、粒界ポテンシャル障壁の動作機構を明らかにしている。例えば、電流-電圧特性においてサブ・オーミック特性が確認できない点など、半導体-絶縁体-半導体構造のポテンシャル障壁モデルによって測定結果をよく再現できることを示している。また、容量-電圧特性においてゼロバイアス時においても低周波過剰容量が観察されることから、半導体-絶縁体-半導体構造のポテンシャル障壁モデルが妥当であると判断している。これらの結果から、粒界ポテンシャル障壁は結晶粒界近傍にl00nmオーダーの幅でアクセプター型格子欠陥が集積した領域を特徴とする、半導体-絶縁体-半導体型のものであると結論している。この成果は、デバイス・シミュレーション手法適用の有効性をセラミック材料について初めて示したものである。

 第3章では、BaTiO3双結晶を用いて測定されたPTCR特性について、粒界を構成する結晶粒の相対方位関係による影響を調べた結果について述べている。結晶格子に対応する逆格子点の一致の度合い(CRLP)による評価指標を導入することで、簡素な幾何学的な取り扱いによって、PTCR特性の粒界性格依存性を記述することに成功している。本研究によって導入された手法により、低い値を持つ特殊な対応格子粒界のみならず、一般的な粒界においても整合性の指標を与えることが可能となった。また、CRLPによる指標について検討を行い、低指数格子面の一致の度合いと粒界転位に関連づけることが出来ることを述べている。以上の結果から、個々の結晶粒界における抵抗-温度特性の違いは、粒界性格の違いに起因する試料作成時の粒界酸化の度合いによるものと結論している。

 第4章では、結晶粒の相対方位関係と共に結晶粒界面の方位による影響を明らかにするために、Nb添加粗大BaTiO3多結晶体中における同一の結晶粒界で異なる結晶粒界面方位を持つ領域での電気特性の直接測定を試みた。その結果、粒界面方位がPTCR特性に影響を及ぼすことを直接証明し、とりわけ(111)結晶面の影響が大きいことを明らかにしている。また、粒界相対方位関係・粒界面方位という両巨視的パラメータから傾角・ねじれ角成分を見積もったところ、PTCR特性は傾角成分に強く依存することを見いだしている。この原因として、低指数面一致粒界が概してねじれ成分を多く持つという幾何学的理由が挙げられることを指摘している。

 第5章では、共ドープ半導性BaTiO3の単一粒界において、走査型電子顕微鏡を用いて電子線誘起電流測定を利用したポテンシャル障壁評価について検討を行っている。走査型電子顕微鏡中で温度を変化させて測定を行い、BaTiO3のキュリー点を挟んだ電子線誘起電流特性の変化からポテンシャル障壁の生成と消失を実験的に初めて確認している。更に、得られた電流プロファイルを解析することによって、少数キャリアーの拡散長の評価を行っている。BaTiO3では元素半導体などに比べて少数キャリアーの拡散長が小さく、その為に生じる解析上の問題点について指摘を行うとともにその解決法を示した。また更に、少数キャリアーの及ぼすポテンシャル障壁の高電圧降伏特性への影響について述べている。

 第6章は本研究の総括である。

 以上要するに、本研究は半導性セラミックスの結晶粒界ポテンシャル障壁の動作解析に対する半導体デバイス・シミュレーション手法や電子線誘起電流法の有効性を示すとともに、この材料中の結晶方位関係などに由来する粒界性格の影響を初めて明らかにしたものであり、材料学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54113