セラミックスは通常、原料粉末を加圧成形した後焼結を経て合成されるため、焼結雰囲気のガスや原料粉体間の反応により生成したガスなどが材料内部に捕捉されているものと考えられる。これらのガスは気孔の形成に影響を与えていると考えられ、また、ガスが粒界に侵入してその結合を弱める可能性もある。しかし現在まで焼結体内部の極微量ガスを分析する手法が存在しなかったために、ガスの挙動は明らかとなっていない。焼結体中のガスの挙動と組織に及ぼす影響について検討した本論文は、全七章より成っている。 第一章は序論であり、現在までの焼結の理論とガスに関する研究についてまとめ、研究目的を明らかとしている。 第二章では、超高真空中でセラミック焼結体を破壊させることにより、焼結体内部のガス分析を可能とした新装置の開発結果について述べている。この装置では約1x10-8Paの超高真空を達成し、付帯した高感度の真空計及び質量分析計の大気成分による汚染を防ぐため、試験片の予備排気室を設けて検出感度の安定した分析を可能としている。さらに破面以外からの放出ガス(試料表面やジグ表面の吸着ガスなど)の影響を極力排除するために、予備排気室内に500℃まで加熱可能な装置を設置して脱ガス処理を可能として信頼性の高い分析を実現している。 第三章では上記で開発した装置を用いて、代表的なセラミックスであるAl2O3とSi3N4焼結体内部に存在するガスについて検討している。Al2O3については、大気中焼結の多結晶材と気孔等の欠陥がほとんどない単結晶材を用いて試験を行った。単結晶材ではほとんどガス放出が認められないのに対して多結晶材では窒素、アルゴンなどのガスが検出され、焼結雰囲気である大気成分のガスが焼結体内部に多く残存していることが明らかとしている。Si3N4においては水素の放出が支配的であり、粒成長などによってもその放出量が変化することなどから、水素が主な残留ガスであると結論している。 第四章では、高純度Al2O3焼結体を用いて破壊時のガス放出挙動に及ぼす焼結雰囲気、焼結時間の影響について調べている。焼結雰囲気によらず短時間の焼結で相対密度が99.7%程度の緻密な焼結体が得られるが、大気中、酸素中、アルゴン中で焼結した場合は焼結時間が長くなるにつれて粒界上の気孔が成長して密度が低下すること、および真空中で焼結した場合には気孔の成長と密度低下を生じないことを示している。さらに、真空中焼結材以外では、密度低下に対応してガスの放出量が増大するとしている。これらから、主に粒界上に分散する微少な気孔の中にガスが存在し、粒成長とともに気孔の合体等の機構を通して気孔内のガス量が増加した結果、気孔体積が増加すると結論している。また、酸素中焼結の場合、微量のMgO添加によって気孔の成長が抑制されて高密度の焼結体を得ることができることおよびその理由を考察している。 第五章では、大気中焼結した場合の閉気孔状態からの緻密化、及び粒成長の過程における組織とガスの放出挙動について、Al2O3とZrO2-8mol%Y2O3とを用いて検討している。Al2O3においては一旦理論密度に近い高密度に達した後に気孔が成長して密度が低下し、破壊時におけるガス放出量は密度によらず単調増加することを見出している。一方、ZrO2-8mol%Y2O3では最高到達密度に達した後の気孔の成長と密度の低下は認められず、ガスの放出量も一旦上昇した後に減少に転じるとしている。これらから、Al2O3では閉気孔状態に達した後にほとんど窒素が拡散できないために気孔が成長し、ZrO2-8mol%Y2O3では窒素の拡散が容易であるために気孔の成長が起こらなかったと結論している。さらに、ガスの拡散性によらず両者とも最高到達密度が99.7%程度の緻密な焼結体が得られたことについては、均一微細な原料粉体を用いて初期の気孔径を小さくすれば、非拡散性ガスが内部に存在していても理論密度に近い最高到達密度を得ることができると考察している。 第六章では、高強度、高信頼性を有するセラミックスの製造にしばしば用いられるHIP処理についてSi3N4を用いて検討し、HIP処理により大量の加圧媒体ガスが試料内部に混入すること示している。そしてHIP処理材を高温で焼鈍すると生成する多数の微小な気孔は、HIP処理によって混入したガスによって生じたものであると結論している。 第七章では、以上の結果を総括している。 以上のように、本論文では代表的なセラミックスであるAl2O3、Si3N4およびZrO2においてこれまで推論の域をでていなかった焼結体内部のガスの挙動と組織に及ぼす影響、特に気孔形成や粒成長に及ぼす影響について、実際に焼結体内部のガスを分析することにより明らかとしている。本研究で得られた結果は、焼結現象の理解に大きく貢献するものと判断される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |