学位論文要旨



No 115203
著者(漢字) 渡邊,誠
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マコト
標題(和) AEレーザー計測法によるセラミックス被覆材の微視破壊評価
標題(洋)
報告番号 115203
報告番号 甲15203
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4698号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨 1.緒言

 ガスタービンおよびジェットエンジンの高温化は熱効率を向上させる有力な手段であり、近年,母材を熱伝導率の低いセラミックスにより被覆する耐熱コーティング材に注目が集まっている.これら被覆材ではセラミックスコーティング部の落脱破壊が最も大きな問題となることが報告されており、熱衝撃や熱疲労による損傷を評価し、寿命予測のためのモデル化を行うことが実用上急務の課題である.しかしながら、その破壊は高温環境下という特殊な状況において生じるため適用可能な破壊評価法は限られざるおえず,破壊発生温度といった基本的な情報を得るために導波棒を介してPZTセンサーによりコーティング材破壤に伴うAE波を検出することが試みられてきた[1].しかし,この手法では検出されるAE波は導波棒の伝達関数に強く依存し,また,ある程度の長さを要することから,AE位置標定,逆演算によるAE原波形の推定,さらには破壊モードの導出は極めて困難であり,定性的な域をでないものである.

 一方、近年-、PZTセンサーにかわってレーザーを用いることにより、媒体中を伝播する弾性波を検出する手法に期待が集まっている[2].レーザー干渉計はPZTセンサーと比較してTable 1.に示されるような利点を有し,特に測定面との物理的な接触を必要とせずPZTセンサーでは困難であった高温環境下での測定が可能であること、媒体表面速度もしくは変位の絶対値を測定することが可能であり,正確なAE原波形の導出を期待し得るという際立った特徴を備えている.そこで本研究ではAEセンサーとしてレーザー干渉計を使用することに着目し,セラミックコーティング材の熱サイクル破壊挙動を定量的に評価することを目的としている.

Table 1.PZTセンサーとレーザー干渉計の比較
2.レーザー干渉計によるAE計測

 本節では擬似AE源を利用したレーザー干渉計による弾性波収録実験により,AEセンサーとしてのレーザー干渉計の利用可能性と原波形解析の精度における優位性を示した後,高温環境下におけるAE計測結果について述べる.

2.1擬似AE源を用いたレーザー干渉計のキャリブレーション

 擬似AE源として直径1mm、長さ50mmの石英ガラス棒利用し、400x400x17mmのアルミニウム平板上面中央部で室温にて破壊させ、下面にてレーザー干渉計を用いて弾性波の収録を行った.実験装置の概略をFig.2.1に示す.レーザー干渉計は小野測器製LV1610(He-Neレーザー、ヘテロダイン型)を用い、ローパスフィルター(LPF)1MHzにて測定を行った.AE波の計測は震央からの距離をxとして、x=0,25,50mmにて測定を行った.トリガーは0.005m/s(=0.256V)とした.x=25mm地点において検出された波形をFig.2.2に示す.レーザー干渉計を用いて突発的な事象に伴う弾性波の計測が非接触のもと可能なことが分かる.また,図中には検出点x=25mmに対し、立ちあがり時間1is、大きさ1Nmのステップ状関数を入力関数として、有限要素法より導出した数値解を伴わして示している.このような震央から離れた地点においても実測値と解析解は非常に良好な一致を示しており、レーザー干渉計を用いることにより非常に精度良く、AE波による表面速度を測定できることができ,精度の高い原波形解析が期待できる.

図表Fig.2.1 実験装置の概略図 / Fig.2.2 実測波と解析解の比較
2.2高温下におけるAEの計測

 試料としてプラズマ溶射により作製されたAl2O3/NiCrAlY/SUS304片側コーティング材を用いた.母材形状は15x15x5mm,膜厚500mである.Fig2.3に示されるように,実験はスポット径1cmの赤外線イメージ炉を用いて試料コーティング面側を加熱し,保持温度1100℃にて10秒保持後,空冷した.その際,レーザー干渉計によるAE波の検出を試料裏面中央部にて行った.試料裏面は鏡面状に研磨されている.ノイズレベルを押さえるためにLPF300kHz,HPF200Hzにて測定を行った.レーザーによる測定位置となる母材裏面は1050℃程度になっており,キュリー点以上では測定できないPZTセンサーの利用は不可能であった.Fig.2.4に保持温度1100℃の場合のAE検出結果を示すが,このような高温環境下においてAEを検出することが可能であることはレーザーによる測定の優位性を示している.

図表Fig.2.3 熱サイクル試験の装置構成 / Fig.2.4 熱履歴とAE発生挙動
3.1チャンネルAE計測によるAl2O3コーティング材の熱サイクル破壊評価3.1実験および結果

 前節で述べた装置構成および試料を用いて異なる保持温度に対して熱サイクル試験を行った.AEは冷却時においてのみ検出された.最終はく離は1〜3サイクル目に生じ,保持温度が低下するに伴い最終破壊に至るサイクル数が増加する傾向を示した。Fig.3.1に保持温度1200℃の試料の1サイクル後における断面写真を示す.Al2O3/NiCrAlY界面極近傍のAl2O3層内において,はく離が生じており,被覆部には縦割れが認められないことから,検出されたAEはこれら界面はく離の生成により生じたものと考えられる.Fig.3.2には保持温度1100℃において,各サイクル毎に超音波探傷結果を示す.1サイクル後,き裂が試料中央部付近にて直径およそ1mm程度のはく離が生じ,それらが停留していることが分かる.さらに2サイクル目では,き裂が端部へと抜け,ほぼ完全にはく離が生じている.また,Fig.3.3に示されるように検出された波形は,主に高い周波数成分を有するタイプAと低周波成分を有するタイプBに分類された.タイプAのAEは各サイクルの初期の段階に多く見られるのに対して,Bはサイクル後半もしくは最終はく離直前において多く検出された.超音波探傷の結果と伴わせると,タイプAは中央部でのき裂生成,タイプBはそれらが端部へと進展に起因して生じたものと考えられる.

図表Fig.3.1 1200℃保持後の試料断面組織写真 / Fig.3.2 超音波顕微鏡によるはく離進展挙動の観察 / Fig.3.3 代表的な検出波形,(a)タイプA,(b)タイプB
3.2原波形解析

 試料中央部での破壊に対応するものと推測されたタイプA型に対して,モード1の破壊を仮定し原波形解析を行い,割れ半径の評価を試みた.原波形解析の手順は以下の通りである.モードIの破壊の場合,検出点垂直変位U3は次式のように書くことができる[3].

 

 ここで,はラメ定数,Dは原波形の大きさ,Gij,kは入力点におけるj,k方向のダイポールに対する検出点でのi方向のグリーン関数を示しており,グリーン関数を既知とすれば上式の逆演算により原波形の評価が可能である.グリーン関数の導出には有限要素法を用いた.伝達関数G3j,iは,各ダイポールの入力関数として立ちあがり時間1s,大きさ1Nmのステップ状関数を用い,中央界面部セラミックス相側に入力し導出した.解析から割れ半径を導出した結果をFig.3.4に示す.約数100mの大きさを有する破壊が生じている.このようにレーザー干渉計をAEセンサーとして用いてコーティング材の熱サイクル下での割れ半径を定量的に評価可能となった.

4.4チャンネルAE計測によるAl2O3コーティング材の熱サイクル破壊評価

 位置評定および破壊モードの評価を行うために,Fig.4.1に示す4チャンネルAE計測システムを構築し,熱サイクル試験を行った.システムの加熱系は同樣であるが4本のレーザー干渉計により試料下面4点にてAE計測を可能とするものである.また,試料の溶射条件をTable 4.1に示すように,セラミックス層膜厚,ブラスト条件,ボンド層有無について変化させ,破壊挙動に及ぼす各種因子の影響評価を試みた.母材は厚さ5mm,半径15mmの円板状である.

4.1実験および結果

 実験は,保持温度1000℃にて10秒保持後空冷する過程を1サイクルとして,熱サイクルを負荷した.Fig.4.2に試料No.1の試料において検出されたAEの位置評定結果を示す.図中,数字は発生順序を示す.この試料に代表されるように今回作成した試料は,試料端部からはく離破壊が生じ,最終的にセラミックス層全面がはく離する挙動を示し,3節で見られた中央部破壊とは異なる挙動を示した.

4.2破壊モードの導出

 同一事象に対して各センサーに計測された波形から,破壊モードの導出を試みた.微視割れの破壊面が界面に水平であると仮定すると,検出点z変位U3

 

 と書ける[3].ここでui(t)は破壊源の食い違い変位を意味する.さらに各変位が同一の時間関数を仮定すると,各センサー位置Iにおいて,

 

 が成立する.上式を逆演算により解くことにより食い違いu1を導出できる.有限要素法を用いてグリーン関数の導出は行った.Fig.4.1においてNo.19に示すイベントの解析結果をFig.4.2に示すが破壊はx方向へのすべり成分が主モードであり,ほぼせん断破壊であることが理解できる.解析の結果,多くのイベントがせん断を主モードでするものであり,本材の破壊はせん断応力による破壊であると結論付けられた.

図表Fig.3.4 割れ半径の分布 / Fig.4.1 4チャンネルAE計測概念図 / Table 4.1 各種試料作製条件図表Fig.4.1 AE位置標定結果 / Fig.4.2 徴視割れの食い違い変位
5.破壊モデルと逆演算による靭性値推定

 ここでは3節での中央部破壞について導出された原波形の大きさを既存の破壞モデルからFig.5.7に示す概念のもと,界面靭性値評価法を提案する.被覆材の破壊に関するモデルはすでに幾つか提案されているが,本研究では初期欠陥からのき裂成長過程を記述しうるClarkeらのモデルを使用する.

5.1Clarkeモデル

 Clarkeらはsin波状の凹凸を有する界面を仮定し,そのき裂生成に伴うエネルギー収支から,破壊を次式のように表現した[4].

 

 ここで,Rは界面の曲率,Cはき裂長さ,hは膜厚,Bは弾性率差補正項,Eは被膜のヤング率,は界面靭性値を意味する.上式で残留応力bTE(は、薄膜と母材の熱膨張係数差,Tは最大保持温度からの温度差を表す)とおくと,式(5.1)の不等式より,Fig.5.2を得る.上式左辺の値は温度の低下に伴い減少し,式(5.1)の不等式を滿たす領域が生じてくる.仮に大きさCaの初期欠陷が内在すれば,図中に示すTpにてポップインによるき裂の生成もしくは進展が生じ,長さCbにて停留する.その後、温度の低下に伴い安定的に成長していくことになる.したがって,Tの関数として生じたき裂の大きさを求めることができる.

5.2原波形の大きさ

 原波形の大きさDはモードI仮定のもと、

 

 と示される。従って、上式に示したCに前述の破壊力学モデルを適用することにより原波形の大きさと開口変位の比D/uを解析的に導出することができる.

5.3解析結果

 Fig.5.3は初期き裂長さC0,靭性値を変化させることにより得られる破壊の模式図であり,また,保持温度1200℃の試験結果より導出された結果を黒丸で示している.図より界面靭性値は100J/m2程度であり、内在する初期欠陥サイズは300im程度であったものと推定される.

図表Fig.5.1 本研究で提案する方法論 / Fig.5.2 き裂の大きさの導出方法 / Fig.5.3 破壊の模式図と実測値の対応
6.総論

 従来、破壊挙動の評価が困難とされていた耐熱セラミックスコーティング材の評価を行うために、熱サイクル試験時のAE計測をレーザーを用いて行うことに成功した.さらにレーザー干渉計を用いた多チャンネルAE計測により,破壊モードの導出を行い,破壊挙動を定量的に評価した.また,AE原波形解析と破壊モデルを組み合わせることによる破壊靭性値評価法を提案し,非破壊手法としてのAE原波形解析のさらなる有用性を示した.

参考文献1.Bruttomesso,D.A.,Journal of Engineering Mechanics,119,pp.2303-2316(1993).2.Palmer,C.H.,Review of progress in Quantitative Nondestructive Evaluation,5A,pp.651-658.3.Enoki,M.,and Kishi,T.,International Journal of Fracture,38,pp.295-310(1988)4.Clarke,D.R.,and Pompe.W.,Acta mater.,47,pp.1749-1756(1999)
審査要旨

 ガスタービンおよびジェットエンジンの高温化は熱効率を向上させる有力な手段であり、近年、母材を熱伝導率の低いセラミックスにより被覆する耐熱コーティング材に注目が集まっている。これら被覆材ではセラミックスコーティング部の落脱破壊が最も大きな問題となることが報告されており、熱衝撃や熱疲労による損傷を評価し、寿命予測のためのモデル化を行うことが実用上急務の課題である。しかしながら、その破壊は高温環境という特殊な状況下において生じるため、評価手法自体の確立が求められているのが実情である。そこで、本研究では、測定面との物理的な接触を必要とすることがなく、媒体表面速度もしくは変位の絶対値を測定することが可能であるレーザー干渉計をAEセンサーとして使用するという着想の下、セラミックコーティング材の熱サイクル下での破壊挙動を定量的に評価することを目的として行われた。

 第2章では、レーザー干渉計を用いた非接触AE計測システムを構築し、実験による検討から技術的な基礎の確立を図ることを目的とした。擬似AE源を用いた突発的な弾性波の計測としてアルミニウム板中を伝播する弾性波の計測実験を行い、非接触によるAEの計測が可能であること、さらに有限要素法を用いた波形の数値シミュレーションと比較した結果、非常に良い一致を示し、波形解析におけるレーザー干渉計利用の有用性を示した。次にクロスプライCFRP材の常温引張試験時におけるAEの計測をレーザー干渉計、PZTセンサーを用いて行い、両者の検出事象数の比較からAEセンサーとしてレーザー干渉計利用の問題点を明らかにした。さらに、アルミナコーティング材の熱応力による被膜破壊に伴うAE計測を試み、1200℃という高温下において材料破壊に伴うAE計測に成功した。

 第3章では、プラズマ溶射により作製されたAl2O3/NiCrAlY/SUS304片側コーティング材の熱サイクル試験を行い、レーザー干渉計を用いた1チャンネルAE計測により破壊挙動の定量的な評価を試みた。実験は赤外線イメージ炉を用いて試料コーティング面側を加熱し、保持温度900〜1200℃にて10秒保持後、空冷した。その際、レーザー干渉計によるAE波の検出を試料裏面中央部にて行った。AEの発生は冷却過程において生じ、検出された組織観察との対応の結果、AEは界面はく離の生成に対応したものであった。各事象がモードI型の破壊により生成されるものと仮定しAE逆演算手法により、熱サイクル破壊に伴う割れ半径の評価を行った。微視破壊は100mオーダーの大きさを有していることが明らかにされ、このようにレーザー干渉計をAEセンサーとして用いることにより、コーティング材の熱サイクル下での欠陥生成・破壊過程を定量的に評価可能となったことは極めて画期的なものといえる。

 第4章では、高温環境下における破壊をより詳細に評価するため4個のレーザー干渉計からなる測定システムを試作した。このシステムの構築により、これまで困難であった破壊発生位置、破壊モードの導定が可能となった。本章で作成されたAl2O3/SUS304では、破壊は主に試料端部において優先的に生じていること、さらにAEモーメントテンソル解析の結果、それらは主としてせん断型の破壊であることが明らかとなった。有限要素法による応力場解析結果からも、破壊は端部におけるせん断応力の集中に起因するものであることが裏付けられた。

 第5章では、AE原波形解析結果と破壊モデルを組み合わせことにより、微視破壊に対する局部的な破壊靭性値を評価するという新規性に富む手法の開発を行った。AE検出波から破壊挙動を定量的に評価する手法として、これまで割れ半径の評価や、破壊モードの評価といったことが行われてきた。本論文で提案する手法はこれら従来の解析手法とともに、AEと破壊を相関付けるものとして、非常に興味深いものである。また、その利用法として、本研究で対象としている高温環境下といった酸化や焼結といった経時劣化が、問題となるような破壊現象に対して特に有効なものと期待できる。具体的には、実験結果からAE原波形解析により割れ半径を導出し、破壊モデルから初期欠陥サイズと破壊靭性値の関数として割れ半径値を評価し、両者の対応から破壊靭性値を評価するものである。破壊モデルとして、面凹凸に起因した応力場によるモードI型のき裂進展と仮定した。得られた結果はDCB試験結果による参考値と良い一致を示し、本手法の有効性が明らかとなった。

 全体の総括としては、レーザー干渉計をAEセンサーとして利用する非接触AE計測システムを構築し,アルミナセラミックスコーティング材の熱サイクル下における破壊挙動を,AE逆演算による割れ半径導出,破壊モード導出,局部的破壊靭性値導出により定量的に評価することに成功し,これまで定量化が困難とされてきた分野に対する新しいアプローチを提案したものといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク