学位論文要旨



No 115206
著者(漢字) 本橋,輝樹
著者(英字)
著者(カナ) モトハシ,テルキ
標題(和) Bi系酸化物超伝導体の異方性制御と輸送特性
標題(洋)
報告番号 115206
報告番号 甲15206
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4701号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 内田,愼一
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 藤岡,洋
内容要旨 1.はじめに

 銅酸化物高温超伝導体(HTSC)の最も特徴的な振る舞いの一つに、電磁気的特性に大きな異方性を持つことが挙げられる。これは、結晶のc軸に沿って超伝導CuO2面と絶縁性ブロック層が交互に積層するという本物質の特異な結晶構造に由来する。一般にブロック層を横切る電気伝導に対応する面間抵抗率(c)はCuO2面に沿った面内抵抗率(ab)に比べて遥かに大きく、物質によっては異方性パラメータ[2c/ab]の値は約104にも達することが知られている。この極めて大きな異方性の存在は、学術的な視点からだけでなくHTSC実用化を目指した工学的視点からも非常に重要である。大きな異方性はパンケーキ磁束(2次元的な渦糸のこと)一個当たりの磁束ピニングエネルギーを低下させ、同時に磁束線のCuO2面間における結合力を弱めることで超伝導体のピニング特性を著しく劣化させる。従って、高温高磁場下で優れた臨界電流特性を得るためには物質の異方性を低減させることが必須であると考えられる。

 Bi2Sr2CaCu2Oy(Bi2212,最高Tc〜94K)はブロック層に絶縁性のBi-O二重層を有し、HTSCの中でも特に異方性の大きな(2=3×103〜3×104)物質である。Bi2212は線材などへの実用化が期待されているものの、その高い異方性によって高温高磁場下で磁束ピニング特性が急激に低下するという欠点を持っている。ところが最近、我々のグループと京大化研の共同研究において、ブロック層のBiサイトをPbで高濃度置換したBi(Pb)2212単結晶が高温高磁場下で非常に優れた臨界電流特性を有することが発見された。このような特性をもたらした起源の一つとして、Pb置換に伴うBi2212の異方性低下が示唆された。本研究では、銅酸化物超伝導体の電磁気的異方性に対する元素置換効果を明らかにするため、様々な化学組成を持つPb置換Bi2212単結晶における電磁気的異方性と輸送特性の評価を行った。

 本研究では以下の4項目について検討した。

 1.Pb置換Bi2212単結晶の異方的輸送特性

 酸素量を精密に制御したBi(Pb)2212単結晶についてa,b,及びc測定を行い、抵抗率の異方性比2c/abc/(ab)1/2を決定した。これにより、常伝導状態における電磁気的異方性がPb置換量増加とともに系統的に低下することを見出した。

 2.Bi(Pb)2212単結晶におけるc軸反射率測定

 高濃度Pb置換Bi2212単結晶のc軸赤外線反射率測定を行い、主に超伝導状態における異方性に対するPb置換効果を議論した。

 3.Bi(Pb)2212単結晶を用いたHall係数測定

 様々なPb量及び酸素量を持つBi(Pb)2212単結晶のHall係数を測定し、Pb置換がキャリアドーピング状態に及ぼす本質的な効果を明らかにした。

 4.磁場中におけるBi(Pb)2212単結晶の輸送特性

 磁場中での電気抵抗率を精密に測定することで、異方性の大きさと転移ブロードニングの関係を明らかにした。

2.試料作製:Bi(Pb)2212単結晶試料

 本研究で用いたBi(Pb)2212単結晶は、全て浮遊帯溶融法によって育成した。仕込組成はBi2.1-xPbxSr1.8CaCu2Oy(x=0〜0.3)及びBi2.2-xPbxSr1.8CaCu2Oy(x=0.6)であり、育成後にICP法を用いて得られた結晶の化学組成を決定した。育成した棒からc軸方向に薄い平板状の結晶を切り出し、これを各測定法について適当な大きさに加工し、キャリア濃度を精密に制御するために石英アンプル内でポストアニール処理を施した。この時、アニール温度及びアンプル中の酸素分圧は目的のキャリアドーピング状態に合わせて調節した。

3.Pb置換Bi2212単結晶の異方的輸送特性(常伝導状態における異方性の評価)

 下表に、測定に用いた単結晶の化学組成、熱処理条件及び転移温度Tcをまとめた。

表:Bi2.1-xPbxSr1.8CaCu2Oy単結晶試料の組成と熱処理条件

 400℃、P(O2)=2.1atmのアニールによってキャリアオーバードープ試料(以後"OV")を作製した。また、Pb無添加の結晶(x=0)及びPb量が最も多いx=0.6の結晶に関しては、還元アニール処理によってTcが約85Kのややオーバードープ状態(以後"LOV")の試料も用意した。電気抵抗率測定は、4.2〜300Kの温度範囲で直流4端子法を用いて行った。

 Fig.1にBi(Pb)2212単結晶のc-T曲線を示す。Pb置換量が増加するに従って、常伝導状態におけるcの値は大きくかつ系統的に低下した。100Kにおけるx=0.6(OV)のcは0.21cmであり、x=0(OV)の値(2.67cm)に比べて一桁以上小さい。一方、Pb置換によりa,bの大きさはほとんど変化しないことが明らかになった。この結果は、Pb置換によってBi2212の異方性が系統的に低下することを示唆している。またcの温度依存性に注目してみると、x=0(OV)では124.2Kで金属的挙動(高温)から半導体的挙動(低温)へと変化しているが、Pb置換量増加に従いこのクロスオーバー温度は系統的に低下し、x=0.6(OV)では全ての温度範囲で金属的なcが見られた。

 試料の転移温度Tcは、Pb量の増加に伴いx=0(OV)の79.1Kからx=0.6(OV)の65.1Kへと低下した。Bi2212へPbを添加してもTcの最高値はほぼ変化しないことが報告されており、この変化はPb置換によって試料のキャリア濃度が高くなる、つまり試料がよりオーバードープ状態になることを示している。ここで、キャリア濃度増加は異方性低下をもたらすことが分かっていることから、Pb置換に伴う異方性低下は一部この効果によってもたらされていると考えられる。しかしながら、Fig.1のようにほぼ同じTc(〜85K)を持つLOV試料で比較しても、Pb置換試料[x=0.6(LOV)]はPb無添加のもの[x=0(LOV)]に比べ遥かに低いcの値が得られている。この結果はPb置換によってCuO2面を隔てるブロック層の電気伝導性が改善されることを示唆している。本研究における系統的な実験により、Pb置換による異方性低下は(1)キャリア濃度増加(2)ブロック層の電気伝導性改善という両方の効果でもたらされていることが初めて明らかになった。

 Fig.2に本研究で扱った試料の異方性パラメータ2c/abc/(ab)1/2をまとめた。同じアニールを施したOV試料では、Pb置換により2が8500(x=0)から1200(x=0.6)まで低下している。一方、同じTcを持つ、すなわちキャリア濃度がほぼ等しい試料でも高濃度Pb置換によって異方性が約1/5に低下することが明らかになった。

図表Fig.1.Bi(Pb)2212単結晶におけるcの温度依存性 / Fig.2.Bi(Pb)2212単結晶における抵抗率の異方性2の組成依存性
4.Bi(Pb)2212におけるc軸反射率測定(超伝導状態における異方性の評価)

 ここまでの研究でBi2212の常伝導状態における異方性がPb置換によって低下することが明らかになった。しかしながら、Bi(Pb)2212の低い異方性が超伝導状態においても保持されているのかどうかは自明でない。当然ピニング特性に深く関わってくるのは超伝導状態での異方性であるから、この値を実験的に決定するのは非常に興味深い。超伝導状態の異方性を評価する方法のひとつに、c軸赤外線反射率測定が挙げられる。超伝導状態において、HTSCのc軸反射率スペクトルにはジョセフソンプラズマに起因する鋭い反射率エッジが出現することが知られている。この時エッジ振動数pはc軸磁場侵入長cと逆比例関係にあり、測定結果から超伝導異方性パラメータ2c/ab(abは面内磁場侵入長)を直接的に評価することが可能である。

 エッジ振動数は異方性が大きくなるにつれて低下していき、やがては反射率測定が可能な範囲(30cm-1〜)から外れてしまう。このような理由から、極めて大きな異方性を持つBi系超伝導体ではこれまでジョセフソンプラズマ反射率エッジの観測例が報告されていなかった。Bi(Pb)2212の異方性が超伝導状態においても劇的に低下しているならば、この系で初めての反射率エッジが出現するはずである。そこで本研究では、Bi(Pb)2212単結晶のc軸反射率スペクトルを様々な温度で測定した。

 測定はBi1.6Pb0.6Sr1.8CaCu2Oyのオーバードープ試料(Tc=65K)について行った。この試料の100Kにおける抵抗率の異方性は約1200である。Bi2212単結晶はc軸方向に非常に薄く、測定に必要な広いac面を得るのが極めて難しい。そこで本研究では、10枚の板状結晶を積み重ねてエポキシ樹脂で固定し、c軸が表面と平行になるように鏡面研磨を行った。これについて、偏光反射率測定(E//c)を8〜295Kの温度範囲で行った。

 Fig.3に様々な温度におけるBi(Pb)2212単結晶のc軸反射率スペクトルを示す。75K以上においてスペクトルは半導体的である。しかしながら、Tc以下のスペクトルには劇的な変化が現れた。40cm-1付近に鋭い反射率エッジが出現し、その高エネルギー側に深いディップ構造の形成が見られた。La214及びYBCOのスペクトルとの比較類推から、これは明らかにジョセフソンプラズマの出現を表している。本研究はBi系超伝導体におけるジョセフソンプラズマ反射率エッジの初めての観測例であり、Bi(Pb)2212の超伝導状態における低い異方性を示す最も確実な実験結果が得られた。

 複素誘電関数のスペクトル解析によって、ジョセフソンプラズマ振動数ps=126.2cm-1が得られた。これはc=12.6mに相当し、過去に報告されているabの値(〜0.22m)を用いて異方性の大きさは2〜3200と見積もることができる。この値は抵抗率の異方性(1200)とそれほど遠くない。これまでの研究で、銅酸化物超伝導体におけるc及びTc直上のc軸伝導度cの間にはユニバーサルな関係があることが示唆されている。Fig.4にBi(Pb)2212のc及びTc直上のcを他の物質のデータとともに示したが、本研究の結果はこの関係によく従っていることが分かる。

図表Fig.3.様々な温度におけるBi(Pb)2212単結晶のc軸反射率スペクトル / Fig.4.様々なHTSCにおけるccの関係
5.結論

 本研究では、銅酸化物超伝導体の電磁気的異方性に対する元素置換効果を明らかにするため、様々な化学組成を持つPb置換Bi2212単結晶における電磁気的異方性及び輸送特性の評価を行い、以下のような知見を得た。

 ・Bi(Pb)2212単結晶についてa,b,及びc測定を行い、常伝導状態におけるBi2212の異方性がPb置換によって系統的に低下することを明らかにした。

 ・キャリアオーバードープBi(Pb)2212単結晶を用いたc軸赤外線反射率スペクトルを測定し、Bi系超伝導体で初めてジョセフソンプラズマ反射率エッジの観測に成功した。この結果は超伝導状態におけるBi(Pb)2212の低い異方性を示す最も有力な実験的証拠であり、常伝導状態におけるPb置換による異方性低下が超伝導状態でも保持されていることが確認された。

 これらの結果は、HTSCにおいてブロック層の元素置換による電磁気的異方性の低下が可能であることを初めて示したものであり、優れた臨界電流特性を持つ実用材料開発へのアプローチとして化学的手法が極めて有効であることが明らかになった。

審査要旨

 本論文は、「Bi系酸化物超伝導体の異方性制御と輸送特性」と題して、Pb置換Bi2Sr2CaCu2Oy(Bi(Pb)2212)単結晶の電磁気的異方性を評価することで銅酸化物超伝導体の電磁気的異方性に対する元素置換効果について研究したものであり、全8章で構成されている。

 第1章の序論では、銅酸化物超伝導体の電磁気的異方性と臨界電流特性の関係をまとめ、高温高磁場下での銅酸化物超伝導体の実用化を目指すには異方性の低下が必須であることを指摘している。また、最近発見されたBi(Pb)2212の優れた臨界電流特性はPb置換に伴う異方性低下によってもたらされている可能性が示唆され、本物質における異方性の詳細な評価が必要であることを述べている。

 第2章では、本研究で用いたBi(Pb)2212単結晶の育成を中心に、測定試料の準備法及びその基礎物性評価(SQUID磁束計による磁化測定やSTMを用いた表面観察など)について述べている。

 第3章では、様々なPb置換量を持つBi(Pb)2212単結晶における異方的抵抗率測定(a,b,c)の結果を示し、本物質の常伝導状態における電磁気的異方性について議論している。ここでは、Bi(Pb)2212が常伝導状態で小さなcを有し、Bi2212における抵抗率の異方性比:2c/abc/(ab)1/2がPb置換によって大幅かつ系統的に低下することを明らかにしている。

 第4章では、超伝導状態におけるBi(Pb)2212の異方性を評価するため、単結晶を用いたc軸反射率測定の結果を検討している。本研究において、異方性の大きなBi系超伝導体でc軸ジョセフソンプラズマ反射率エッジの観測に初めて成功したことを報告している。また、複素誘電関数の解析よりc軸磁場進入長c=12.6mが得られたが、これはPb無添加Bi2212の値に比べて遥かに小さく、Bi(Pb)2212が超伝導状態でも低い異方性を有する確実な実験的証拠であることを述べている。

 第5章では、Bi(Pb)2212単結晶におけるHall係数測定の結果を示し、Bi2212の電磁気的異方性に対するPb置換の本質的な効果について議論している。ここでは、Bi2212へのPb置換が結晶中のキャリア量を増加させる効果を持つこと、及びCuO2面内のキャリア散乱機構がPb置換によってほとんど影響を受けないことを明らかにしている。

 第6章では、Bi(Pb)2212単結晶の磁場中(B//c)での抵抗率測定の結果を報告し、本物質の電磁気的異方性と磁束ピニング特性の関係について議論している。Bi(Pb)2212における不可逆磁場(Birr)の上昇はPb置換に伴う異方性低下の効果でほぼ説明可能であり、本物質の高温高磁場下での優れた磁束ピニング特性は、Pb置換に伴う異方性低下が主な要因となっていると結論している。

 第7章では、本研究で得られた結果及び過去の研究成果を元にして、Bi2212へのPb置換がもたらす異方性低下のメカニズムについて検討している。Bi2212へのPb置換はブロック層(BiO二重層)の共有結合性を増大させ、この効果が常伝導状態及び超伝導状態での異方性低下をもたらしていると考察している。

 第8章の総合討論では、各章で得られた知見を総括し、本研究で得られた結論の工学的重要性や今後の課題について述べている。

 以上、本研究は銅酸化物超伝導体の電磁気的異方性がブロック層を元素置換することによって幅広く制御可能であることを実験的に明らかにした。異方性の低下は超伝導体の高温高磁場下における臨界電流特性を劇的に向上させることが判明しており、本研究によって元素置換という化学的手法が実用材料開発へのアプローチとして非常に有効であることが判明した。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54738