1.はじめに 化学者や材料科学者たちにとって、C60を用いてポリマーを合成することは長らく大きな興味の対象であった。それはC60表面で電子が高度に非局在化しているためである。特に、C60を主鎖に含むポリマー(パールネックレスポリマー)はその化学的に美しく、独特な構造に加え、C60クラスターと結合分子との間の相互作用が電子の挙動に与える影響という点でも興味深いものである。このような非局在電子系を付与することができれば、C60フラーレンパールネックレスポリマーは非線型光学効果やエレクトロルミネッセンス、蛍光などの興味ある物性、さらには金属的電気伝導をも示すかも知れない。しかしこのような高分子の合成反応では、反応制御の困難さやC60分子への多重付加により、通常クロスリンクした不溶性の生成物が生じるといった問題点がある。 これらの点から、高分子量のC60パールネックレスポリマーの合成がこの研究の最大の目標である。 2.実験手順 1)スルフォニウムイリドの合成 2)ビスメタノフラーレン(フラーレンニ付加体)の合成および水素化 3)trans-2フラーレンパールネックレスポリマーの合成 4)equatorialフラーレンパールネックレスポリマーの合成 5)モデルポリマーの合成 3.ビスメタノフラーレン誘導体の合成および分離 1)ポリマーの合成のために、ビスメタノフラーレンの一連の幾何異性体はC60フラーレンとスルフォニウムイリドの反応によって合成された.生成した7種の異性体がHPLCにより完全に分離され、FT-IR,UV-VIS,TOF-MSおよび、1H-と13C-NMRによって同定された。 2)サイクリックボルタンメトリー(CV)法によって、得られた各幾何異性体(Ia-g)の電気化学的特性を測定した.各ビスアダクトはC60よりも大きな負の還元電位を示した。シクロプロパン環を介した-付加体の還元電位は[2+3]環状付加による-付加体に比べはるかにC60に近いすなわち、シクロプロパン環を介して付加を行なうことにより、電子はC60とアダクト間非局在する傾向があると仮定すれば、この結果が説明できる.よって、共役系をとおしてC60から外部に電子を非局在化させるためには、シクロプロパン環を有力な候補と考えた。 4.trans-2パールネックレスポリマーの合成とキャラクタリゼーション 1)新しいフラーレンパールネックレスポリマー(IVa)はトリフェニルホスファイトおよびピリジンの存在下で直接重縮合して得ることに成功した.このポリマーでは、C60とジアミン連結部はメタノカルボニル接合によってつながっている。 2)ポリマー合成においてLiClの使用量が少ないとオリゴマーの混合生成量が増加することからLiClが分子間および分子内の水素結合を弱め、生成したポリマーの溶解度を向上させる働きがあると推定された。 3)多量のトリフェニルホスファイトおよびピリジンを段階的に加えると、C60殼への直接的アミノ化などの副反応を抑制することができることが判明した。 4)ポリマーIVaのFT-IRスペクトルではN-H伸縮による吸収が見られ、またC=0伸縮吸収がモノマーIIaのときの1717cm-1がら1670cm-1にシフトしている。これより、アミド結合が生成していることが示された。 5)ポリマーIVaはその解離温度が比較的高い値(300℃)を示した。 6)TOF-MSスペクトルによって求められたポリマーIVaの分子量は4.5×104g/mol程度である。これは一つの分子鎖にC60が45分子ほど含まれていることになる。これらの測定結果からこのポリマーは高分子量C60パールネックレスポリマーであると結論した。 7)ポリマーIVaの1H-NMRスペクトルではシクロプロパンメチレンプロトンのピークが元のエチルエステルIaに比べ低周波数側への大きなシフトが見られる.これはシクロプロパン環によってC60Bからジアミン部分に電子が非局在化することと間連するものと推定した。 8)また、生成したポリマーのUV-VISスペクトル測定では、非常に長波長まで吸収端が伸びたブロードな吸収帯が見られたこともこの結論を支持した。 5.equatorial-パールネックレスポリマーの合成とキャラクタリゼーション 合成上、あるいは、物性の上で前記トランス型とエカトリアル型ポリマーとの間には大きな差があると考えられたため、比較のために一連のエカトリアル型ポリマーの合成を試み、また、生成物の評価を行なった。 1)equatorial-フラーレン誘導体と種々のchromophoricな芳香族ジアミンから一連のパールネックレスポリマー(Va-c)が合成された。 2)このフラーレンを含むポリマーは非プロトン性極性溶媒に可溶であり、スピンコーティングやスピンキャスティングによって薄膜化することに成功した。このによって、このポリマーの実用化が可能である。 3)フラーレンポリマーVa、Vb、Vcの紫外可視吸光スペクトル測定では、それぞれ310nm、340nm、390nmに最大吸収波長maxをもち、850nm付近までテイリングしたブロードなピークが観測された.モデルポリアミドVIa-cではVa-cとほぼ同じmaxが観測されたが、吸収端は380-520nmまでであった.これらの結果から、長波長域への吸収のテイリングはC60の存在によるものと考える。 6.フラーレンパールネックレスポリマーのフォトルミネッセンス 1)量子収率からフォトルミネッセンス強度はポリマー化によりC60単独の場合に比べ劇的に増加した(20-90倍程度)。 2)ジアミンIIIcやモデルポリマーVIcなどフラーレンを含まない物質ではフォトルミネッセンスが観測されなかったことから、フラーレンポリマーのフォトルミネッセンスが芳香族部分によるものではないと分かる.一方、強いフォトルミネッセンス応答がフラーレンポリマーVcで観測された.さらに、モデルポリマーVIa、VIbのフォトルミネッセンスはフラーレンポリマーよりも短波長に現われた. 3)trans-2(Ia)、equatorial(Id)生成物において明確なエミッションが観測されなかったことから、フォトルミネッセンスの増強はC60への付加による対称性の低下によるものではないことが分かる。 4)分子間相互作用は光物理的過程を妨害する働きがあると考えられる。それは分子間相互作用を無視できる希薄溶液でフォトルミネッセンスが観測されることにより支持される。 5)3種の極性の異なる溶媒について、溶媒効果の測定を行った結果、溶媒の極性が大きくなるにつれフォトルミネッセンスピークの長波長側へのシフトが見られたが、フォトルミネッセンス強度は弱くなった。このことから電子受容体であるC60と電子供与分子のジアミン間で電子移動が起こることが考えられる。 6)時間分解分光測定ではC60の吸収ピークが観測された。光誘起電子スピン共鳴測定ではジアミンカチオンとC60アニオン両方のシグナルが観測された。この結果は、C60とジアミン間で電子移動が起こるという結論を支持した。 7.NiやCoを充填したカーボンナノチューブの磁気的特性 1)遷移金属NiやCoを充填したナノチューブは730K以上においてもフェロ磁性を示した。NiやCoのバルクでのキューリー温度はそれぞれ627K,1388Kであるので、ナノチューブに充填されたこれら遷移金属のキューリー温度は狭い空間内に閉じ込められても、大幅な減少はないことが示された。 2)カーボンナノチューブ複合体は1KOeの大きな抗磁力(M⊥)および1.25倍程度の異方的磁気特性を示した。すなわち、遷移金属充填カーボンナノチューブは垂直方向磁力による磁気的記録材料として有用であると期待される。 8.将来への展望 C60と電子供与分子のポリマー化によって、電子受容体であるC60と電子供与分子間で電子移動が起こることが本研究から示唆された。そしてC60がchromophore分子を介して互いに連結され、donor-bridge-acceptor(D-B-A)ユニットが多数つながった一種の超分子が形成され得る。一方、遷移金属充填カーボンナノチューブは大きな抗磁力(M⊥)および、異方的磁気特性を示した。よって、C60を主鎖に含むフラーレンポリマーやナノチューブは光、電気、磁気機能材料などの分野への応用の可能性を持っている。 |