学位論文要旨



No 115210
著者(漢字) 熊切,泉
著者(英字)
著者(カナ) クマキリ,イズミ
標題(和) ゼオライト膜の合成と透過機構に関する研究
標題(洋) Preparation and Permeation Mechanism of Zeolite Membranes
報告番号 115210
報告番号 甲15210
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4705号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 講師 山口,猛央
内容要旨

 省エネルギープロセスである膜分離法は、高分子材料を中心に研究が進展し、現在では、様々な膜や膜モジュールが市販され、又、実用化されている。近年では、耐熱性、耐溶媒性に優れた無機材料からなる膜の研究、開発が盛んに行われるようになった。様々な無機材料の中でも、結晶性アルミノ珪酸塩であるゼオライトは、結晶中にオングストロームオーダーの規則正しい細孔構造を有し、また、特異な吸着性を示す等の特徴を持つ。このため、膜に成形すれば、ゼオライト結晶中の細孔径に基づく分子篩性能や、ゼオライトへの吸着性の違いに基づいた分離が可能であるとして期待を集めている。

 ゼオライト膜の合成は1987年の特許1に始まり、90年代に様々な種類のゼオライト膜の合成法が開発された。特に近5年間に、ゼオライト膜の透過、及び、分離性能が検討され、ゼオライト膜が吸着分離に基づく高い性能を示すことが明らかになった2-8。一方で、ゼオライト細孔径以上の大きさの分子が、膜を透過する現象が多くの膜で報告されている6-8。これは、ゼオライト膜が多結晶体からなるために、結晶同士の間にゼオライト細孔径以上の大きさの結晶間隙が存在する為であると考えられている。高い分子篩能を得るためには、結晶間隙の影響が無い膜を合成することが必要である。しかしながら、結晶間隙の量が少ないために、その大きさや量を評価することは難しく、その制御法と併せて、検討すべき課題の一つである。ゼオライト膜の研究は主として5.5Åの細孔径を持つMFI型ゼオライトが用いられてきた。より小さな4Åの細孔径を有するA型ゼオライトの場合では、結晶間隙の透過への影響がより大きくなることは容易に予測され、実際に分子篩性を示す膜は報告されていない。分子篩性を有する膜の開発のためには、結晶間隙の大きさや、その透過への影響の評価、及び、結晶間隙の閉塞法の開発が必要である。

 一般にゼオライト膜は、水熱合成法、又は、気相輸送法により合成されている。主として用いられている、水熱合成法による製膜では、反応ゲル(液)中での核発生と成長により膜が形成する。Figure 1(a)には、代表的な膜形成過程を示した。この場合、合成時間の増加に伴って、膜を形成する結晶の数およびその大きさが変化し、膜の構造が複雑に変化する。一方、粉末ゼオライト合成に於いて、反応系に共存するゼオライトが合成粉初期から成長することはよく知られている。Figure 1(b)に示したように、基材上に予め塗布した種結晶の成長のみにより膜を形成することができれば、膜の形成過程で結晶の数が変化しないため、膜構造を次第に緻密に変化させながら、その透過性、分離性への影響を検討することが可能である。さらに、液中での核発生の影響が除かれるため、膜合成の再現性や操作性が向上すると考えられる。また、従来の合成はバッチ式反応器が用いられており、核発生が合成条件に敏感であるためにスケールアップは困難であった。核発生を必要としない手法を開発できれば、製膜技術のスケールアップが容易に行えると考えられる。

Figure 1 Illustration of membrane forming mechanismsa)membrane formation with accumulation of formed crystals in solution b)concept of membrane formation by seed growth method

 本研究の目的は、種結晶の成長のみによる、新しいゼオライト膜の合成法を開発することである。論文は大きく3部に分けられる。第1部では膜合成条件の開発を、第2部ではゼオライト膜の種々の分離法への適用と透過機構の検討を、第3部では製膜法のスケールアップに必要な基礎的な研究を行った。

 第1部は、第2、3章からなる。第2章では、様々な反応液組成、合成温度、時間で合成を行い、結晶のみにより膜を形成するために適した水熱合成条件を検討した。最適化した反応溶液の、組成及び液中に発生する結晶量の経時変化をFigure2示す。用いた溶液は、珪素、アルミの濃度が希薄なclear solutionである。5時間までの合成であれば、液中に結晶が発生せず、液組成も変化しない。この反応溶液中で結晶が発生しない条件を用いることにより、溶液中の核発生や結晶の形成の影響を除き、予め基材に塗布した種結晶の成長のみによって膜を合成することができる。また、A及びFAU型の2種類の異なったゼオライト結晶を種として用いたところ、全く同一の合成条件から、種結晶と同じ種類のゼオライト膜が得られた。従来、合成されるゼオライト相は反応溶液組成や合成条件に依存するが、本研究では種結晶が成長する特異な結果を得た。この結果も、膜の形成が溶液中での核発生の影響を受けず、種結晶の成長によっていることを支持している。

Figure 2 Property of clear synthesis solution (○Al,□Si,△Na,■formed crystals)

 第3章では、ゼオライト膜構造に与える諸条件を、電子顕微鏡による直接観察により検討した。得られるゼオライト膜の厚さは、種結晶層の厚さとほぼ等しいこと、膜の表面結晶径は合成時間に比例して増加し、合成時間の増加により膜が緻密化することを明らかにした。また、透過電子顕微鏡による腹中の結晶間隙の直接観察を行い、結晶の成長が進行すれば結晶間隙が数ナノメーター以下になりえることを示した。

 第2部は、第4、5章からなり、ゼオライト膜の透過性能と透過性能の検討を行った。第4章では、結晶成長法により合成したA型及びFAU型ゼオライト膜を様々な膜分離法に適用し、本研究で開発した合成法によっても、高い選択性を示す膜が得られることを明らかにした。膜中の結晶間隙のサイズ分布を評価し、高い水選択性を示すゼオライト膜中にナノオーダーの結晶間隙が存在していることを示した。Figure3には、合成時間のエタノール水溶液浸透気化分離性能に与える影響を示す。合成時間の増加に伴うエタノール透過性の激減は、結晶の成長による膜の緻密化に起因すると考えられる。また、水の透過性の減少はエタノールに比べ小さく、水、エタノールの透過機構(透過に寄与するゼオライト細孔と結晶間隙の影響)が異なっていることが示唆された。

Figure 3 Effect of synthesis time on ethanol and water permeation flux through zeolite A membrane (10wt% ethanol aq. as feed at 30C)

 第5章では、A型ゼオライト膜の透過機構の検討を行った。透過に与える結晶間隙とゼオライト細孔の寄与を明らかにするために、CVD修飾による結晶間隙のサイズを減少と、イオン交換によるゼオライト細孔中の透過性の変化を行い、修飾前後でのエタノール、水、及び、ガスの透過性能を測定した。CVDによる結晶間隙修飾の、透過性に与える影響をFigure 4に示す。結晶間隙サイズの減少によって、エタノール、ガスともに透過性が1/10程度に減少し、これらが主として結晶間隙を透過していることが明らかになった。イオン交換は、ガスの透過性に影響を与えず、この結果もガスが主として結晶間隙を透過していることを支持した。一方で、水の透過性は、ゼオライト結晶中の吸着、拡散性の文献値から予測されたようにイオン交換によって変化し、結晶中の透過が寄与していることが明らかになった。さらに、CVDにより結晶間隙を完全に閉塞し、ガス透過が主としてゼオライト細孔による膜の合成に成功した。

Figure 4 Effect of intercrystalline path modification by CVD on permeation of various components

 第3部、第6章では、腹合成法のスケールアップに必要な基礎的研究を行った。種結晶の成長によるゼオライト膜の製膜は、種結晶担持過程と水熱合成による結晶の成長による膜形成過程に分けられる。大面積基材上に均一な種結晶層を作製する手法として、cross-flowろ過を提案した。この手法は、ピンホールが形成しない点、及び、種結晶層厚みが圧力や流速などの操作条件によって決まる点が特徴である。また、結晶の成長に流通式水熱合成を初めて適用し、流動条件下で緻密なゼオライト膜の合成に成功した。この2つの技術の組み合わせにより、様々な形状を持つ大面積基材へのゼオライト膜の合成が可能となる。

 以上のように、本研究では、基材に予め塗布した種結晶のみの成長による、ゼオライト膜の合成法を開発した。さらに、ゼオライト膜の透過に与える、結晶間隙とゼオライト結晶中の細孔の寄与を明らかにした。また、種結晶成長法によるゼオライト膜合成のスケールアップに必要な手法を開発した。

参考文献1 H.Suzuki,US Patent 4699892(1987)2 T.Sano,F.Mizukami,H.Takaya,T.Mouri and N.Watanabe,Bull.Chem.Soc.Jpn.,65,146(1992)3 H.Kita,Membrane,20(3),169(1995)4 M.C.Lovallo and M.Tsapatsis, AIChE Journal,42(11),3020(1996)5 W.J.W.Bakker,L.J.P.van den Broeke,F.Kapteijn and J.A.Moulijn,AIChE Journal,43(9),2025(1997)6 K.Kusakabe,T.Kuroda and S.Morooka,J.Memb.Sci.,148,13(1998)7 M.Nomura,T.Yamaguchi,S.Nakao,Ind.Eng.Chem.Sci.,36(10),4217(1997)8 J.Coronas,R.D.Noble and J.L.Falconer,Ind.Eng.Chem.Res.,37,166(1998)
審査要旨

 本論文は、「Preparation and Permeation-Mechanism of Zeolite Membranes(和訳ゼオライト膜の合成と透過機構に関する研究)」と題し、構造制御及びスケールアップが容易なゼオライト膜の合成法を提案し開発するとともに、A型ゼオライト膜の透過機構を考察したもので、7章からなっている。

 序章では、本研究の目的及び本論文の構成が述べられている。

 第1章では、既往のゼオライト膜合成法及び既往のゼオライト膜透過性能をまとめている。また、ゼオライト膜開発における課題を整理するとともに、反応ゲル中の核発生とその成長によりゼオライト膜が形成される従来の合成法に対し、基材上に予め担持した種結晶の成長による膜形成の利点を述べている。

 第2章では、種結晶の成長のみにより膜を形成するために適した水熱合成条件を検討している。その結果、珪素、アルミの濃度が希薄なclear solutionを用い、反応溶液中で結晶が発生しない条件を用いることにより、予め基材に担持した種結晶の成長のみにより膜を合成できることを明らかにしている。一般に、合成により得られるゼオライト相は反応溶液組成等の合成条件に依存する。これに対し本研究では、A型及びFAU型の2種類の異なったゼオライト結晶を種として用いたところ、全く同一の合成条件を用いたにもかかわらず、A型の種からはA型が、FAU型の種からはFAU型の結晶が成長する特異な結果を得、膜の形成が溶液中での核発生の影響を受けず、種結晶の成長のみによるということを発見している。さらに、既往のゼオライト結晶成長機構をまとめ、本研究における結晶の成長機構についても考察している。

 第3章では、諸合成条件のゼオライト膜構造に与える影響を検討している。ゼオライト膜の厚さが種結晶層の厚さとほぼ等しいこと、膜の表面結晶径は合成時間に比例して増加し、膜が緻密化することを報告している。さらに、膜の微細構造を電子顕微鏡により直接観察し、結晶の成長が進行すれば結晶間隙がナノメーターサイズ以下になりえることを示している。

 第4章では、結晶成長法により合成したA型及びFAU型ゼオライト膜の、分離透過性能を検討している。加えて、多結晶体構造を持つゼオライト腹中の結晶間隙のサイズ分布を評価し、高い水選択性を示すゼオライト膜中にナノオーダーの結晶間隙が存在していることを明らかにしている。さらに、結晶成長法の特徴である段階的な結晶成長を利用し、徐々に結晶を成長させながら各段階で膜の透過分離性能の評価を行い、これにより結晶間隙が透過に与える影響を考察し、透過機構を提案している。

 第5章では、A型ゼオライト膜の透過機構を検討している。透過に与える結晶間隙とゼオライト細孔の寄与を明らかにするため、対向拡散CVD法による結晶間隙の修飾や、イオン交換によるゼオライト細孔径及び特性変化の透過性への影響を検討し、ガス及び蒸気の透過機構を考察している。さらに、対向拡散CVD法により結晶間隙を完全に閉塞し、主としてゼオライト細孔を透過する膜を合成すると共に、その透過性能を検討している。

 第6章では、膜合成法のスケールアップに必要な基礎的研究を行っている。大面積基材上に均一な種結晶層を作製する手法として、cross-flowろ過が提案され、この手法によりピンホールがない種結晶層が形成できること、さらに、種結晶層の構造をろ過圧力や流速などの操作条件により制御できることを示している。また、種結晶の成長に流通式水熱合成法が初めて適用され、流動条件下でも緻密なゼオライト膜の合成が可能であることを明らかにしている。核発生を必要とする従来の合成法ではスケールアップが困難とされてきたが、これに対し、結晶成長法を用いれば、上記2種の技術の組み合わせによりモノリスなどの様々な形状を持つ大面積基材へのゼオライト膜の製膜が可能であることが述べられている。

 終章では、種結晶成長によるゼオライト膜の製膜法、及び膜透過機構に関して総括している。また、今後の展望をまとめ、本論文で開発された手法により、制御された構造をもつ大面積のゼオライト膜製膜が可能であることを述べている。

 以上要するに、本論文は、基材に予め担持した種結晶のみの成長によるゼオライト膜の合成法及びスケールアップに必要な手法の開発を行うとともに、ゼオライト膜の構造及び、透過に与える結晶間隙の寄与を明らかにしている。ここで開発された膜合成法、及び得られた知見は、広範な分野に適用可能なゼオライト膜の製膜技術の確立に資するものであり、膜分離工学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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