学位論文要旨



No 115212
著者(漢字) 庄司,良
著者(英字)
著者(カナ) ショウジ,リョウ
標題(和) 環境水の細胞毒性の迅速・簡便な評価方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 115212
報告番号 甲15212
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4707号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 松村,幸彦
 東京大学 講師 酒井,康行
内容要旨

 近年、深刻化・複雑化する水環境汚染の人体影響を評価するため、生体の応答を利用して総括的な毒性を評価するバイオアッセイが、新しい水質評価方法として注目されている。しかし、既往のバイオアッセイ手法は評価に時間を要し且つ操作が煩雑であるため水環境管理に運用するためには、大幅な迅速・簡便化が必要になる。また、バイオアッセイを水環境管理体系に組み込むためには、従来の化学物質の濃度を指標とした水質基準とは、質的に全く異なるため、新しい水環境管理体系の構築が必要にもなる。本博士論文では迅速・簡便な環境水の細胞毒性評価手法を開発して、実際の河川水の汚染評価に応用すると共に、バイオアッセイを水環境管理に応用する方法論を検討・提案することを目的とした。

 こうしたバイオアッセイの究極的な目標としては、得られた結果をヒトに対する影響評価に外挿することにある。この目標を念頭において、本研究ではまずヒト由来細胞を用いる迅速・簡便毒性評価系を構築することにした。

 迅速毒性評価の原理として、細胞のLDL(低密度リポタンパク質)の取り込み活性阻害に着目した。この迅速毒性評価系の基礎的な評価条件と性能について検討し、曝露時間を4時間と決定した。Fig.1にパラコートを暴露した場合の、LDL取込み量の時間変化を示す。この図から、4時間の曝露時間で有意な毒性の差をデータペースを構築した。また、同時に行った細胞生存率試験の結果と比較し、LDL取込み活性阻害試験の毒性評価特性を確認した。感度の指標として用量作用曲線から得られるED50(50%活性阻害濃度)で評価すると、様々な評価系の中で本評価系は同じ曝露時間では最も高感度に評価し、また同じ感度を得るために必要な毒物曝露時間は最も短時間で評価できることが明らかになった。また、曝露時間を48時間に延長することで、LDL取込み機能という肝機能の障害を評価する細胞機能障害性試験としても適用可能であることが、幾つかの肝特異的毒物の検討によって、確認された。

Fig.1 Time-course of LDL uptake in the cells administered with Paraquat.

 また、用量作用曲線を数式によって整理することで、数理的な毒性情報を抽出する試みについても検討した。定式化には以下に示すロジスティック式を用いた。

 

 y;相対細胞活性(-),x;化学物質の濃度(mM)の対数,m;Log ED50,s;用量作用曲線の傾き

 この定式化によって得られた毒性情報(m,s)を化学物質の官能基で整理し、構造活性相関や物性値との比較検討を行った。また、環境水の用量作用曲線から得られる毒性情報(m,s)と化学物質の毒性情報(m,s)を直接比較することで、環境水中での毒性支配的物質の探索を行った。

 加えて、開発した迅速毒性評価手法を簡便化した。簡便化には細胞をマイクロプレートに接着進展させたまま凍結保存する方法とマイクロキャリアーを固定化担体としてチップに充填する方法を検討した。前者はプレートレベルでの簡便化に関する検討、後者は簡便毒性評価キットとして開発した毒性評価チップの作成と使用に関する検討である。これらの検討によって、毒性評価は大幅に簡便化され、水環境の現場で毒性評価が可能となった。また、これらの毒性評価結果は先に開発した迅速毒性評価と同等の感度を保持しており、河川における水質事故等の急性毒性に対応できる評価系として、バイオアッセイを導入する新しい水環境管理に有用な方法となる。

 また、本研究で開発した迅速・簡便毒性評価法を用いて、多摩川等の河川水の毒性を評価した。その結果、本研究で開発した迅速・簡便毒性評価法は、既往の細胞生存率試験と同等の感度で河川水の毒性を評価した。Fig.2に多摩川河川水の細胞毒性の変動を示す。河川水の毒性は非常に短時間で大きな変動を示すことが明かとなった。こうした変動の大きな河川水を水道原水として安全に運用するためには、この変動に追随できるような毒性評価法が必要となり、迅速・簡便毒性評価法の必要性を再確認した。

Fig.2 Variation of cytotoxicity of the Tama-River water (1 week).

 更に、河川水のような多成分混合系における、複合毒性を構成単成分の濃度の情報から記述する方法論について併せて検討した。すなわち複合暴露系の細胞生存率をY、構成成分単独暴露における細胞生存率をyiとすると、Eq.1で単一化学物質または環境水の用量作用曲線は記述され、これを用いて

 

 で複合毒性を表現した。この方法を用いることで環境水中に存在する物質の毒性の寄与の計算が可能になり、また河川の合流による毒性の変化や排水の流入による影響を見積もることが可能となる。この方法は水環境管理を指向したバイオアッセイの運用に際して重要な方法論となると考えられる。

 結論として、本研究で開発した幾つかの方法論の限界を明らかにした。Fig.3に既往のバイオアッセイのうち特に簡便な方法に焦点を当てて、それらの方法と本研究で開発した方法を、感度、迅速性、簡便性の3つの視点から、比較した図を示す。この図から本研究で開発した方法は同程度の感度で比較した場合、他の各方法よりも迅速・簡便に毒性を評価できることが分かる。加えて、今後の展望としてヒト健康リスク、水環境管理の視点からバイオアッセイの展望を概観した。

Fig.3 Position of the assays developed in this work in various bioassays.
審査要旨

 近年、深刻化・複雑化する水環境汚染の人体に対する急性毒性・遺伝毒性など種々の影響を評価するため、生体の応答を用いて総括的な毒性を評価する、いわゆる「バイオアッセイ」が、新しい水質の評価手法として注目されている。しかし、既往のバイオアッセイ手法は評価に時間を要し且つ操作が煩雑であるため水環境の日常的な管理に運用するためには問題を有している。また、バイオアッセイによる評価は、従来の濃度を指標とした水質基準による評価とは質的に異なっているため、この手法を水環境に適用する為には新しい管理体系の構築も必要となる。

 本論文においては、迅速・簡便な環境水の細胞毒性評価手法を開発して、実際の河川水の汚染評価に応用すると共に、このバイオアッセイ手法を水環境管理に応用するための方法論について検討している。

 第一章においては、バイオアッセイに関する既往の研究の総括を行っているとともに、その究極的な目標として、ここで得られた結果がヒトに対する影響評価と関連付けられ、かつ水質管理に用いることの必要性から、ヒト由来細胞を用いる迅速・簡便毒性評価系を構築することの重要性に言及している。

 第二章においては、ヒト細胞を用いるバイオアッセイとして、細胞機能阻害評価の迅速化に関する検討を行っており、迅速評価の原理として、細胞のLDL(低密度リポタンパク質)の取り込み活性阻害に着目している。この評価系について基礎的な検討を行い、更に230種類の化学物質に適用し、毒性情報データベースを構築している。ここでは、同時に細胞生存率試験を行い、LDL取込み活性阻害試験による毒性評価特性の有効性を確認している。感度の指標として用量作用曲線から得られるED50(50%活性阻害濃度)を用いて評価すると、様々な評価系の中で本方法は同じ曝露時間では最も高感度に評価し、また同じ感度を得るために必要な毒物曝露時間は最も短時間であることを示している。また、曝露時間を48時間に延長することで、LDL取込み機能という肝機能の障害を評価する細胞機能障害性試験としても適用可能であることを示している。

 第三章においては、本手法を実用化することを目的として、操作の簡便化のために細胞をマイクロプレートに接着伸展させたまま凍結保存する方法とマイクロキャリアーを固定化担体として用いる方法の有効性について検討している。これらの検討によって、毒性評価は大幅に簡便化することが出来、水環境の現場での毒性評価が可能であることを示している。このことは、本方法が河川における水質事故等の急性毒性に対応できる評価系として導入可能であることを示している。

 第四章では、本評価法を用いて、多摩川等の河川水の毒性変動の評価を試みている。その結果、本評価法は、既往の細胞生存率試験と同等の感度で河川水の毒性を評価出来ることが示されている。河川水の毒性は短時間で変動を示すことが判り、このような河川水を水道原水として安全に運用するためには、この変動に追随できるような評価法が必要であり、迅速・簡便毒性評価法の必要性を再確認している。

 また、同章においては、化学物質の細胞増殖に与える阻害効果に関する用量作用曲線をロジスティック曲線により整理し、現象論的パラメーターを決定し、毒性情報を抽出することを試みている。この情報を化学物質の有する官能基の種類、構造活性相関や物性と比較検討を行い、また、環境水の用量作用曲線から得られる毒性情報と化学物質の毒性情報を直接比較することで、環境水中の支配的毒性物質の推定を行っている。

 更に、自然の河川水のような多成分混合系における、複合毒性を構成単成分の濃度の情報を用いて記述する方法論を示し、この方法を用いることで環境水中に存在する物質の毒性の寄与の推算が可能になり、また河川の合流等による毒性の変化を見積もることも可能となることを示している。この方法は水環境管理を指向したバイオアッセイの適用に際して重要な手法を与えると考えられる。

 第五章の総括においては、本研究で開発した幾つかの方法論の有効性と限界について検討している。本研究は、従来の方法に比して迅速・簡便に毒性を評価でき、バイオアッセイの水環境管理への適用も可能であるとしている。

 以上要するに、本論文はヒト細胞を用いたバイオアッセイを水質評価に適用することを目的とし、ヒト細胞を用いた基本的な毒性評価手法を確立し、これを水環境管理に用いる為の簡便化法を提示し、実河川水に対する適用を試みている。さらに化学物質の用量作用曲線に関する検討を加え、河川水中など未知の物質を含む系における支配的毒性物質の推定を行う手法を提案するなど、工学的な価値の高いものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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