近年のULSI作製プロセスにおいては、ウェファーの大口径化に伴い装置が大型化するとともに、層間絶縁膜や拡散防止膜等に新規材料が導入されプロセス開発期間の短縮化が求められている。このような状況では、量産機に近い試作機を何度か作製して試行錯誤的にプロセス開発を行う従来型の手法は限界に近づいており、コンピュータシミュレーションを有効に活用したプロセス最適設計手法の確立が急務である。なかでも化学気相堆積(Chemical Vapor Deposition:CVD)プロセスは装置内のガス流・伝熱・物質移動さらには化学反応が組み合わさった複雑なプロセスであり、その最適設計には、気相・表面の化学反応データの蓄積が不可欠である。このような反応データを既往の化学反応の知見に基づいてよく定義された実験および量子化学計算を組み合わせることで効率良く集積し、コンピューターシミュレーションを活用して装置の試作を繰り返すことなくプロセスに最適な装量形状・プロセス条件を探索し、CVDプロセス用量産装置の最適設計を行うのがECONOMIX (Experiment COmputer kNOledge MIXed)という概念である。 本論文では、ECONOMIXの実現に向けた手法開発の一環として、ULSIの素子間配線形成に用いられつつあるAlのCVDプロセスを解析し、その最適化を目指した。Alは従来素子間配線材料として広く用いられてきたが、近年のULSI加工寸法の微細化により微細孔の埋め込みが可能なCVDによる配線形成の必要が生じている。既往の研究により、原料として(CH3)2AlH(DMAH)を用いることにより高純度、低抵抗の膜を堆積することが可能になっているが、その反応機構が明確になっていないために堆積プロセスのシミュレーション、それに基づくプロセスの改善が現状では不可能である。そこで、本論文ではDMAHを用いたAl堆積プロセスの反応モデルを構築し、製膜速度等の実験データを正確に予測できるシミュレーションを行い、プロセスの改善につなげることを目標とした。反応機構の解析にあたっては、実験は必要不可欠な情報を抽出するためのものにとどめ、近年進歩の著しい量子化学計算による反応データセット構築の可能性を追究した。 反応解析の第一段階として、円管型反応器を用いた解析を行った。その結果、DMAHを用いたAl製膜反応の律速段階はAl表面でのDMAHの反応であることが判明した。量子化学計算からも、DMAHの気相反応に必要な活性化エネルギーは製膜温度200℃〜300℃で反応が起こるには大きすぎ、表面反応により製膜が進むことが確認された。 表面反応機構の解析に際しては、実験による表面素反応の解析は大掛かりな装置を要し困難が予想されたことから、表面クラスターモデルを用いた量子化学計算を主体に反応モデルの構築を行った。その結果、以下の素反応モデルを構築した。DMAHはAl表面にH-Al結合を介して活性障壁なしに解離性吸着し、-H、-CH3、-AlCH3を生じる。このうち、-AlCH3は表面ステップで解離し表面Alと-CH3を生じる。-HはH2として脱離し、-CH3、-AlCH3は(CH3)3Alとして脱離する。(CH3)3AlがCを含む唯一の反応性生物であることは、反応器出口ガスのin situ赤外吸光分析により確認されており、実験が正しい素反応モデルを構築するのに貢献している。 以上のように、DMAHのAl表面素反応モデルとそのエネルギー図を得たが、プロセスシミュレーションのためには、反応メカニズムを素反応式とその速度定数の形で表し、プロセスのパフォーマンス(例えば製膜速度など)をシミュレーションにより予測可能にすることが必要である。本論文では、定性的な反応モデルの提唱にとどまらず、実際に素反応速度を推算し、それをもとに素反応シミュレーションを行って反応器内の製膜速度分布を求めた。 素反応のエネルギー図をもとに反応速度を評価するために、統計力学的手法である遷移状態理論を用いた。遷移状態理論の気相反応への妥当性は数多く論じられているが、DMAHの表面反応のように吸着種が表面に強く束縛されている系では、その適用可能性から検討する必要があった。その結果、遷移状態理論で求めることができるのは隣接吸着種同士の反応速度であると結論した。また、表面吸着種の拡散が反応に比べて遅い場合について、拡散速度を含んだ形で総括反応速度定数を定義する手法を検討した。 遷移状態理論による反応速度の評価には遷移状態を含めたエネルギー・振動数の評価が必要である。安定状態・遷移状態のエネルギーは考慮した素反応すべてについて量子化学計算により得られたが、吸着種の振動数についてはクラスターを含む振動計算が困難であることと、振動のエントロピー項は活性化エネルギー程には速度定数に感度を持たないことから経験的な手法により評価した。すなわち、類似の構造を持つ気相種の振動数を、結合角による補正を行った上で吸着種の振動数とした。このようにして求めた隣接吸着種同士の素反応速度と吸着種の表面拡散速度を比較した結果、本反応モデルについては拡散速度の影響はないと判断できた。したがって、表面上の吸着種の配置はランダムであり、表面反応速度は速度定数と表面上の吸着種の平均濃度の積で表される。この際の速度定数は、隣接吸着種間の速度定数に表面サイトの配位数を掛けたものである。 以上の手順により求めたDMAHのAl表面での反応の素反応式と速度定数を表1に示す。ここで、()内は表面吸着サイトを表す。また、Oは空きサイトを表し、空きサイトのない場合はDMAHの吸着が起こらない。この反応モデルに基づき、素反応シミュレーションソフトとして実績のあるCHEMKINTMを用い、実験に対応するAl製膜の素反応シミュレーションを行い、実験結果によるモデルの検証を行いつつシミュレーションによるプロセス特性予測の可能性を検討した。 表1 DMAH表面素反応モデルと速度定数 実験による表面反応モデルの検証のためには、温度勾配をつけた円管内の製膜速度分布を用いた(図1)。温度勾配のため製膜プロファイルは表面反応速度の温度依存性に対して感度が大きく、表面反応モデルの検証を行うのに適した実験データである。製膜シミュレーションの結果、製膜速度にはDMAHの吸着速度が最大の感度を持っていた。計算で評価したDMAH吸着速度は、実験値を説明するには小さかった。また、別の製膜速度データを用いた検証の結果、TMAの脱離速度の見積もり値にも問題があった。これらの吸着過程・脱離過程の遷移状態理論による反応速度の評価は、表面の状態が関係するため一般に困難である。しかし、逆問題として、すべての実験データを説明できるDMAHの吸着速度定数、TMAの脱離速度定数を評価することは可能であった。 図1 円管内温度分布(・)、Al製膜速度分布(実験値:□■)と対応するシミュレーション結果(実線) このようにして構築したDMAHの表面素反応モデルをさらに実験的に検証するため、Al堆積後の表面を真空中でX線光電子分光法(XPS)、および赤外線高感度反射法(IR-RAS)により分析した。その結果、成長後の表面には-Al(CH3)2の吸着層が1層存在することが示唆された。これは、表面反応シミュレーションの結果とも合致しており、素反応モデルの妥当性がより確かになった。 一方、Al-CVDプロセスにおいては、製膜速度の予測以外にも、成長に伴う表面凹凸の発達が問題である。本論文で構築した素反応モデルは濃度ベースのシミュレーションのためのものであり、Al膜モフォロジーの予測・制御を可能にするためには、結晶化過程や表面酸化過程を考慮したモンテカルロシミュレーション等もう1段階の要素技術が必要である。本論文では、その第一歩としてAl表面凹凸化メカニズムの現象論的理解を深めた。。 このようにして、本論文では、何段階もの表面素反応を含む複雑な反応系においても、量子化学計算と適切な実験との組み合わせにより速度データを含む素反応モデルを構築し、CVDプロセスのシミュレーションを行いプロセスの最適化につなげることができることを示した。また、本論文で発展させた手法は、様々なCVDプロセスについて正確な素反応モデルを構築するためにさらに研究を進めることにより、実験による反応工学、量子化学計算、物理化学等の知見が融合した新たなる学問体系として発展する可能性を秘めている。 |