学位論文要旨



No 115213
著者(漢字) 杉山,正和
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,マサカズ
標題(和) コンピュータ支援プロセス最適設計を目指したULSI用Al-CVDプロセスの解析
標題(洋)
報告番号 115213
報告番号 甲15213
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4708号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 山下,晃一
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
内容要旨

 近年のULSI作製プロセスにおいては、ウェファーの大口径化に伴い装置が大型化するとともに、層間絶縁膜や拡散防止膜等に新規材料が導入されプロセス開発期間の短縮化が求められている。このような状況では、量産機に近い試作機を何度か作製して試行錯誤的にプロセス開発を行う従来型の手法は限界に近づいており、コンピュータシミュレーションを有効に活用したプロセス最適設計手法の確立が急務である。なかでも化学気相堆積(Chemical Vapor Deposition:CVD)プロセスは装置内のガス流・伝熱・物質移動さらには化学反応が組み合わさった複雑なプロセスであり、その最適設計には、気相・表面の化学反応データの蓄積が不可欠である。このような反応データを既往の化学反応の知見に基づいてよく定義された実験および量子化学計算を組み合わせることで効率良く集積し、コンピューターシミュレーションを活用して装置の試作を繰り返すことなくプロセスに最適な装量形状・プロセス条件を探索し、CVDプロセス用量産装置の最適設計を行うのがECONOMIX (Experiment COmputer kNOledge MIXed)という概念である。

 本論文では、ECONOMIXの実現に向けた手法開発の一環として、ULSIの素子間配線形成に用いられつつあるAlのCVDプロセスを解析し、その最適化を目指した。Alは従来素子間配線材料として広く用いられてきたが、近年のULSI加工寸法の微細化により微細孔の埋め込みが可能なCVDによる配線形成の必要が生じている。既往の研究により、原料として(CH3)2AlH(DMAH)を用いることにより高純度、低抵抗の膜を堆積することが可能になっているが、その反応機構が明確になっていないために堆積プロセスのシミュレーション、それに基づくプロセスの改善が現状では不可能である。そこで、本論文ではDMAHを用いたAl堆積プロセスの反応モデルを構築し、製膜速度等の実験データを正確に予測できるシミュレーションを行い、プロセスの改善につなげることを目標とした。反応機構の解析にあたっては、実験は必要不可欠な情報を抽出するためのものにとどめ、近年進歩の著しい量子化学計算による反応データセット構築の可能性を追究した。

 反応解析の第一段階として、円管型反応器を用いた解析を行った。その結果、DMAHを用いたAl製膜反応の律速段階はAl表面でのDMAHの反応であることが判明した。量子化学計算からも、DMAHの気相反応に必要な活性化エネルギーは製膜温度200℃〜300℃で反応が起こるには大きすぎ、表面反応により製膜が進むことが確認された。

 表面反応機構の解析に際しては、実験による表面素反応の解析は大掛かりな装置を要し困難が予想されたことから、表面クラスターモデルを用いた量子化学計算を主体に反応モデルの構築を行った。その結果、以下の素反応モデルを構築した。DMAHはAl表面にH-Al結合を介して活性障壁なしに解離性吸着し、-H、-CH3、-AlCH3を生じる。このうち、-AlCH3は表面ステップで解離し表面Alと-CH3を生じる。-HはH2として脱離し、-CH3、-AlCH3は(CH3)3Alとして脱離する。(CH3)3AlがCを含む唯一の反応性生物であることは、反応器出口ガスのin situ赤外吸光分析により確認されており、実験が正しい素反応モデルを構築するのに貢献している。

 以上のように、DMAHのAl表面素反応モデルとそのエネルギー図を得たが、プロセスシミュレーションのためには、反応メカニズムを素反応式とその速度定数の形で表し、プロセスのパフォーマンス(例えば製膜速度など)をシミュレーションにより予測可能にすることが必要である。本論文では、定性的な反応モデルの提唱にとどまらず、実際に素反応速度を推算し、それをもとに素反応シミュレーションを行って反応器内の製膜速度分布を求めた。

 素反応のエネルギー図をもとに反応速度を評価するために、統計力学的手法である遷移状態理論を用いた。遷移状態理論の気相反応への妥当性は数多く論じられているが、DMAHの表面反応のように吸着種が表面に強く束縛されている系では、その適用可能性から検討する必要があった。その結果、遷移状態理論で求めることができるのは隣接吸着種同士の反応速度であると結論した。また、表面吸着種の拡散が反応に比べて遅い場合について、拡散速度を含んだ形で総括反応速度定数を定義する手法を検討した。

 遷移状態理論による反応速度の評価には遷移状態を含めたエネルギー・振動数の評価が必要である。安定状態・遷移状態のエネルギーは考慮した素反応すべてについて量子化学計算により得られたが、吸着種の振動数についてはクラスターを含む振動計算が困難であることと、振動のエントロピー項は活性化エネルギー程には速度定数に感度を持たないことから経験的な手法により評価した。すなわち、類似の構造を持つ気相種の振動数を、結合角による補正を行った上で吸着種の振動数とした。このようにして求めた隣接吸着種同士の素反応速度と吸着種の表面拡散速度を比較した結果、本反応モデルについては拡散速度の影響はないと判断できた。したがって、表面上の吸着種の配置はランダムであり、表面反応速度は速度定数と表面上の吸着種の平均濃度の積で表される。この際の速度定数は、隣接吸着種間の速度定数に表面サイトの配位数を掛けたものである。

 以上の手順により求めたDMAHのAl表面での反応の素反応式と速度定数を表1に示す。ここで、()内は表面吸着サイトを表す。また、Oは空きサイトを表し、空きサイトのない場合はDMAHの吸着が起こらない。この反応モデルに基づき、素反応シミュレーションソフトとして実績のあるCHEMKINTMを用い、実験に対応するAl製膜の素反応シミュレーションを行い、実験結果によるモデルの検証を行いつつシミュレーションによるプロセス特性予測の可能性を検討した。

表1 DMAH表面素反応モデルと速度定数

 実験による表面反応モデルの検証のためには、温度勾配をつけた円管内の製膜速度分布を用いた(図1)。温度勾配のため製膜プロファイルは表面反応速度の温度依存性に対して感度が大きく、表面反応モデルの検証を行うのに適した実験データである。製膜シミュレーションの結果、製膜速度にはDMAHの吸着速度が最大の感度を持っていた。計算で評価したDMAH吸着速度は、実験値を説明するには小さかった。また、別の製膜速度データを用いた検証の結果、TMAの脱離速度の見積もり値にも問題があった。これらの吸着過程・脱離過程の遷移状態理論による反応速度の評価は、表面の状態が関係するため一般に困難である。しかし、逆問題として、すべての実験データを説明できるDMAHの吸着速度定数、TMAの脱離速度定数を評価することは可能であった。

図1 円管内温度分布(・)、Al製膜速度分布(実験値:□■)と対応するシミュレーション結果(実線)

 このようにして構築したDMAHの表面素反応モデルをさらに実験的に検証するため、Al堆積後の表面を真空中でX線光電子分光法(XPS)、および赤外線高感度反射法(IR-RAS)により分析した。その結果、成長後の表面には-Al(CH3)2の吸着層が1層存在することが示唆された。これは、表面反応シミュレーションの結果とも合致しており、素反応モデルの妥当性がより確かになった。

 一方、Al-CVDプロセスにおいては、製膜速度の予測以外にも、成長に伴う表面凹凸の発達が問題である。本論文で構築した素反応モデルは濃度ベースのシミュレーションのためのものであり、Al膜モフォロジーの予測・制御を可能にするためには、結晶化過程や表面酸化過程を考慮したモンテカルロシミュレーション等もう1段階の要素技術が必要である。本論文では、その第一歩としてAl表面凹凸化メカニズムの現象論的理解を深めた。。

 このようにして、本論文では、何段階もの表面素反応を含む複雑な反応系においても、量子化学計算と適切な実験との組み合わせにより速度データを含む素反応モデルを構築し、CVDプロセスのシミュレーションを行いプロセスの最適化につなげることができることを示した。また、本論文で発展させた手法は、様々なCVDプロセスについて正確な素反応モデルを構築するためにさらに研究を進めることにより、実験による反応工学、量子化学計算、物理化学等の知見が融合した新たなる学問体系として発展する可能性を秘めている。

審査要旨

 半導体デバイス作製の主要な要素技術である化学気相堆積(Chemical Vapor Deposition:CVD)プロセスは、気相・表面での化学反応、輸送現象が複雑に関与する系であり、コンピュータを有効に活用した最適化手法の確立が急務となっている。化学反応データを、良く定義された実験および量子化学計算を組み合わせることで効率良く集積し、シミュレーションを活用して最適な装置形状・プロセス条件を求め、量産装置開発を行うのがECONOMIX (Experiment COmputer kNOledge MIXed)という概念である。本論文は、「コンピュータ支援プロセス最適設計を目指したULSI用Al-CVDプロセスの解析」と題し、ECONOMIXを実践するための要素技術を体系化してULSI配線材料であるAl-CVDプロセスを対象にその有用性を示したものであり、6章から成る。

 第1章では、ECONOMIXの概念とその要素技術について述べている。

 第2章では、Al-CVDプロセスの背景と既往の研究について概説している。Al-CVDの原料として用いられている(CH3)2AlH(DMAH)については、製膜速度等を定量的に説明できる反応モデルが存在しない。そこで、本研究ではECONOMIXの概念に基づき、DMAHの素反応モデルを構築し、プロセス最適設計の効率化を計ることを具体的目標として設定している。

 第3章では、円管型反応器を用いた解析について述べている。円管内の製膜速度分布の解析から、DMAHを用いたAl製膜反応の律速段階はAl表面でのDMAHの反応であることを明らかにし、反応器出口ガスの赤外分光分析から、炭素を含む反応生成物は(CH3)3Alのみであることを示している。

 第4章は本論文の中核をなす章であり、DMAHの表面反応に関する量子化学計算結果をもとに表面素反応モデルを構築し、Al製膜プロセスをシミュレーションした結果について述べている。量子化学計算より得られた表面反応機構は以下の通りである。DMAHはAl表面にH-Al結合を介して活性障壁なしに解離性吸着し、-H、-CH3、-AlCH3を生じる。このうち、-AlCH3は表面ステップで解離し表面Alと-CH3を生じる。-HはH2として脱離し、-CH3、-AlCH3は(CH3)3Alとして脱離する。これらの素過程の速度を遷移状態理論を用いて推算し、素反応データセットをまとめている。このとき、吸着種が表面に強く束縛されている系では、遷移状態理論で求めることができるのは隣接吸着種同士の反応速度であり、吸着種の拡散過程と反応過程を逐次的に取り扱う必要があるが、DMAHの表面反応においては表面拡散は反応に対して十分速く、拡散過程を考慮する必要がないことを明らかにしている。なお、このような取り扱いは今まで十分な検討がなされておらず、表面反応の量子化学計算によるモデル化を進める際には重要な検討課題であることを指摘している。

 このようにして求めたDMAH反応モデルと速度定数に基づき、Al製膜の素反応シミュレーションを行い、実験結果によるモデルの検証を行っている。感度解析の結果からは製膜速度にはDMAHの吸着速度と(CH3)3Alの脱離速度が最大の感度を持っていた。DMAH吸着過程はエネルギー障壁なしに進むため、活性化頻度因子の計算による導出が困難であり、実験データとのフィッティングによりその速度を求めるのが現実的であった。(CH3)3Al脱離の頻度因子は計算によりほぼ正確に評価されていたが、活性化エネルギーが計算値より10kJ/mol高いと仮定すると実験結果とシミュレーション結果が非常によく一致した。これらのことから、計算で評価した速度定数を用いて感度解析を行い、感度の高い反応については実験結果との比較により正確な速度定数を決定するのが現状では現実的な対応であると指摘している。

 第5章では、DMAHの表面素反応モデルをさらに実験的に検証するため、Al堆積後の表面を真空中でX線光電子分光法、および赤外線高感度反射法により分析した結果を述べている。成長後の表面には-Al(CH3)2の吸着層が1層存在することが示唆され、表面反応シミュレーションの結果とも合致していることから素反応モデルの妥当性を確認している。

 第6章は結論であり、本論文において検討した量子化学計算に基づく反応データセットの構築とプロセスシミュレーションに必要な要素技術をまとめ、相互の関係をまとめている。また、CVDプロセスのシミュレーションという目的に添って既存の知識・技術を構造化することにより、表面拡散の取り扱いや吸着・脱離過程の遷移状態理論など、さらに検討すべき事項を明らかにしている。

 以上、本論文はCVDプロセス最適設計技術を体系化し、その有用性を明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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