電子の相互作用は、新しい電子状態を生み出し、導電性、磁性、非線形光学特性などの新規物性の開拓に本質的な役割を果たす。また、光励起やレドックス等の物理的手法で相互作用が可変であるため、スイッチング機能を有する分子デバイスや分子機械の構築への利用が期待される。さらに、電子系の吸収が可視光領域にあるものが多いことから、分光学的なプローブとしても利用価値が高い。以上のような利点に対し、相互作用が弱いという欠点を併せ持っている。 本研究では、大環状共役分子であるポルフィリンの強い電子相互作用に着目し、これをビルディングブロックとした新規な電子集積体の構築、機能開拓を行った。 第一章では、サンドイッチ型ポルフィリン錯体(ダブルデッカー型錯体)のポルフィリン配位子のダイナミクスについての研究が述べられている。提出者は、錯体中、近接した二枚のポルフィリンの間にはたらく-相互作用の強度と配位子の運動性との相関に焦点を当てた。配位子の運動を評価するプローブとして、錯体の構造的特徴であるポルフィリン配位子同士の45度のねじれを利用し、分子不斉を有する錯体を設計した。錯体のキラリティーが配位子の相対的な回転により反転するという原理を元に、錯体の光学異性体を光学活性カラムを用いたHPLCで単離し、そのラセミ化挙動を円偏光二色性スペクトル測定にて追跡し、配位子の回転運動に関する知見を得ている。イオン半径が小さく、-相互作用がより強いジルコニウム錯体では回転運動が起きないのに対し、イオン半径がより大きく、相互作用の小さなセリウム錯体では回転が起きることを明らかにした。 次に、上記の結果を踏まえ、-相互作用を錯体のレドックスで変化させ、配位子の回転運動の調節を検討している。セリウム錯体の金属イオンを還元すると、イオン半径が増大することにより-相互作用が減少し、配位子の回転が二桁以上起きやすくなることを明らかにした。また、ジルコニウム錯体では、ポルフィリン配位子の酸化によって、プロトン酸により誘起される回転が抑制されることを示した。提出者は、配位子の酸化により-相互作用が増大することと回転の抑制を対応づけることで説明した。 第二章では、ポルフィリン環状二量体の設計とフラーレン類を電子の相互作用で捕捉するホストとしての機能評価が述べられている。提出者はある種のポルフィリン環状二量体がC60やC70を一分子取り込んだ包摂化合物を形成し、その会合定数は既存のフラーレンホストの値に比べ一桁から二桁高いことを見出した。この高い会合定数のため、カラムクロマトグラフィーによる包摂化合物の単離や、質量分析による検出が可能であった。さらに、核磁気共鳴や単結晶X線構造解析を用い、包摂化合物の構造を明らかにし、安定な包摂にはポルフィリン二量体のインデュースト・フィットが重要であることを述べている。 また、C60とC70のポルフィリン二量体に対する親和性の違いを利用し、二量体がC70を選択的に抽出する能力があることを示した。さらに、内包されたフラーレンの電子受容能が低下すること、近赤外領域に弱いながらも新たな吸収が出現することから、ポルフィリンからフラーレンへの電荷移動が生じている可能性を述べている。 以上の研究は、基礎科学的にも重要な幾つかの知見を新しく報告し、ポルフィリンをビルディングブロックとした電子集積体の構築の有用性を示した。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |