現在、ポリシロキサンについての応用および研究は、シリコーンオイルやシリコーンゴムに関するものが中心である。一方,T単位(RSiO3/2)やQ単位(SiO4/2)を主成分とするシリコーンレジンは、架橋系のミクロ構造の評価法が困難であることが問題点である。その点から考えて,架橋系のミクロ構造の評価は、合成経路と得られたレジンのマクロな物性を結びつけることにつながり、重要であるといえる。 光プローブ法は系中にドープまたは結合させた色素分子の光物理・光化学過程を用い、アモルファス高分子固体のミクロ構造を感度よく調べる手法として期待されている。 本研究では、シリコーンレジンとしてM単位(R3SiO1/2)およびQ単位(SiO4/2)のみからなるMQレジンを用い、光異性化、ホールバーニング、蛍光の3種の光プローブ法により、系のミクロ構造を線状シロキサンや線状の炭素-炭素主鎖高分子とも比較しながら議論した。 MQレジンの構造 MQレジンのプレポリマー(uncured prepolymer)はアルコキシシランの加水分解・脱水縮合により得た。M単位にMVi単位((CH2=CH)(CH3)2SiO1/2)およびMH単位(H(CH3)2SiO1/2)の2種類を用い、プレポリマーとしてビニル系MQ(MVi/Q=1.5)、水素系MQ(MH/Q=1)を合成した。ビニル系MQと水素系MQを混合しuncured prepolymer 1を得た。また、加熱硬化(cure)によるビニル基とSiH基間のヒドロシリル化反応を用いて、フィルム状サンプルを得た(cured MQ)。MQレジンの模式図をFig.1に示す。相互に結合したQ単位の外側をM単位でキャッピングした構造体の集合がプレポリマーと考えられる。この構造体の径は、数nmと見積もられ、これをナノ粒子と呼ぶ。MQレジンは、ナノ粒子の集合系という構造上の特徴をもっている。 Fig.1.Schematic illustration of the MQ resin and doped dye molecules.アゾベンゼンの光異性化反応を用いたポリシロキサン系の局所自由体積の評価 アモルファス高分子固体中の光異性化反応は、系の局所自由体積の大きさおよびその熱的なゆらぎの影響を受ける。局所自由体積の熱的なゆらぎがほぼ凍結される4Kでは,最終異性化率は局所自由体積の本来の大きさを反映し、それより上の温度では、熱的なゆらぎの影響がみられる。本実験では,系中にドーブしたアゾベンゼンのtrans体からcis体への光異性化を測定した。 プレポリマーおよびcuredMQ系における光異性化反応のkineticsプロット(一次プロット)をFig.2、Fig.3に示す。プレポリマー中では、各温度で異性化は一次反応に従った。アモルファス高分子固体中での光異性化は、一次反応からずれることが知られているが、プレポリマーは均一な反応速度を示す特徴的な系といえる。一方、curedMQ中では、低温で一次反応からのずれがみられた。連続的な異性化速度分布に対応する不均一な系が、cureによって形成されたことを示している。 図表Fig.2.Kinetics plots for trans-to-cis photoisomerization of azobenzene in the uncured prepolymer 1:(○)300K,(◆)250K,(△)150K,(□)88K,(■)20K. / Fig.3.Kinetics plots for trans-to-cis photoisomerization of azobenzene in the cured MQ:(○)300K,(◆)200K,(△)150K,(□)86K,(■)20K,(×)4K. Fig.4にプレポリマーおよびcuredMQ、線状シロキサンであるポリメチルフェニルシロキサン(PMPS)およびポリメチルオクチルシロキサン(PMOS)、炭素系線状高分子であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)中での、UV光照射下での光平衡状態におけるアゾベンゼンの異性化率(最終異性化率)の温度依存性を示す。プレポリマー、curedMQおよび線状シロキサン中の最終異性化率は、20K以上ではPMMAより高い値を示すが、20Kと4Kの間で値が大きく減少し、4KにおいてはPMMAよりも小さい。シロキサン系は局所自由体積の本来の大きさは小さいが、鎖のフレキシビリティによる局所自由体積の熱的なゆらぎは大きいといえる。 プレポリマーとcuredMQ中の最終異性化率を比較すると、20K以上ではプレポリマー中の方が大きい。cureによりMQレジンのナノ粒子間が結合され、局所自由体積のゆらぎが抑制されたと考えられる。しかし4Kでは逆転し、curedMQ中の最終異性化率(22%)はプレポリマー中(10%)より大きい。一見意外な結果であるが、これはプレポリマー中では低温になるにつれ、ナノ粒子がアゾベンゼンの周囲に密に凝集すると考えると説明できる。すなわち4Kでは、プレポリマー中ではアゾベンゼンの周囲に凝集したナノ粒子の局所熱ゆらぎが凍結され、異性化反応が妨げられるのに対し、curedMQ中ではナノ粒子間の結合により粒子の空間的な位置が固定され、ナノ粒子の密なパッキングが形成できず、結果としてアゾベンゼン周囲に空間を確保したと考えられる。 アゾベンゼンの光異性化に影響を与える局所自由体積の熱的なゆらぎとは、系の局所構造緩和による鎖のコンフォメーションや局所構造の再配向と考えられる。ポリシロキサン系で4-20Kの温度範囲においてアゾベンゼンの最終異性化率に大きな減少がみられたことから、この温度領域で何らかの局所構造緩和が存在する可能性が考えられる。そこで、ホールバーニングを用いて構造緩和の検討をおこなった。 光化学ホールバーニング(PHB)を用いたポリシロキサン系の局所構造緩和 光化学ホールバーニング(PHB)は、極低温下でのレーザー照射により、アモルファス高分子固体中の色素分子の吸収帯にホールを形成する現象である。PHB温度サイクル実験は、アモルファス高分子固体の構造緩和を調べる手法である。4Kにおいて、レーザー照射によりサンプル中にドープした色素の吸収帯にホールを形成した後、初期ホール形状を測定する。次に所定の温度(Excursion temperature)まで昇温し一定時間保持した後、4Kに降温してホール形状を測定する。Excursion temperatureの値を上げ、この手順を繰り返すのが温度サイクル実験である。本実験では、MQレジン中にドープしたテトラフェニルポルフィン(TPP)に4Kでレーザー照射し、TPPの互変異性化を利用してホールを形成後、温度サイクル実験をおこなった。 Fig.5にポリシロキサン系におけるホール幅の増加を示す。15K付近からプレポリマー、curedMQ、PMPSいずれの系においても、ホール幅の増加が始まっている。ホール幅の増加は個々の色素分子の吸収帯の小規模なシフトに対応し、ポリマー側鎖の回転など色素近傍の小さな構造緩和や、色素から離れた位置の大きな構造緩和を反映する。したがって15K付近でシロキサン鎖由来の局所構造緩和が開始しているといえる。ホール幅の増加の始まる温度領域は、Fig.4においてアゾベンゼンの最終異性化率が大きく変化する温度域と一致しており、同じ緩和に対応するといえる。 Fig.4.The final cis fraction against temperature for trans-to-cis photoisomerization of azobenzene in each matrix:(○)uncured prepolymer 1,(×)cured MQ,(■)PMPS,(●)PMOS,(△)PMMA.Fig.5.The increase in hole width in the PHB temperature cycling experiments starting at 4K:(○)uncured prepolymer 1[1.2cm-1],(×)curedMQ[1.4cm-1],(■)PMPS[1.6cm-1].The values in [ ] correspond to the initial hole width burned at 4K. プレポリマーに比べcuredMQ中の方がホール幅の増加が大きい。系中の局所空間が大きいほど、ホール幅の増加につながるような小さな構造緩和が起きやすい。従ってcuredMQの方がプレポリマーに比べ局所空間が大きいといえ、アゾベンゼンの異性化実験における4Kでの最終異性化率に関する考察と一致している。 PHBにより、極低温におけるシロキサン鎖由来の局所構造緩和の存在を初めて明らかにした。また、光異性化実験における局所自由体積の熱的なゆらぎとは、PHBで検出される局所構造緩和に対応することを見いだした。 ペリレンの蛍光偏光解消を用いたポリシロキサン系のミクロ構造とダイナミクス 蛍光偏光解消法を用いて、ナノ秒の時間領域におけるMQレジン系のミクロ構造とダイナミクスについて考察した。蛍光偏光解消法は、励起状態の寿命間における蛍光分子の回転ブラウン運動を測定して、系のミクロ構造およびダイナミクスを調べる手法である。本実験では、MQレジン系にペリレンをドープし、定常状態蛍光偏光解消測定で得られる蛍光異方性比rと蛍光寿命測定で得られる蛍光寿命から、90〜300Kでの回転拡散係数Drを求めた。このとき、uncured prepolymer 1よりも分子量の小さいuncured prepolymer 2中でも実験をおこない、curedMQについては、架橋率の異なる4種類を用いた。 Fig.6にDrの温度依存性を示す。PMMA中のDrの値が示すように、通常固体中ではペリレンのように励起寿命の短い(4-6ns)蛍光分子の回転運動は温度によらず非常に困難である。しかしMQレジン系では、cureの影響がはっきり観測された。300Kでは、プレポリマー中のDrは、curedMQ中よりも大きい。300Kにおいて液体状のプレポリマー中では、ペリレン分子は比較的容易に回転できることを示している。また、curedMQでは、架橋率の高いものほどDrが小さい。架橋率の上昇に伴い、ナノ粒子間の結合の数が増え、ペリレン分子の周囲の空間の大きさが小さくなったと考えられる。 Fig.6.Rotational diffusion coefficient,Dr,of perylene against temperature:(○)uncured prepolymer 1,(□)uncured prepolymer 2,(◆)curedMQ(11%),()curedMQ(16%),(×)curedMQ(31%),()curedMQ(47%),(△)PMMA. 低温になるにつれ、プレポリマー中のDrは急速に小さくなるのに対し、curedMQ中のDrはほとんど温度依存性がない。125K付近でDrの大小関係が逆転し、90KではcuredMQ中のDrの方がプレポリマー中よりも大きくなっている。プレポリマー中では、低温になるにつれ、ナノ粒子が凝集してその動きが抑えられてゆき、色素の回転運動を妨げたと考えられる。一方、curedMQでは、cureによってナノ粒子の凝集が妨げられ、結果としてペリレン周囲に空間を確保したと考えられる。以上の考察は、光異性化やPHB実験の考察と一致する。300K〜90Kまでの温度範囲でも、プレポリマー中で連続的な動的構造の変化が存在することがわかった。 まとめ 3種の光プローブ法により、MQレジンのミクロ構造について知見を得た。光プローブ法は、架橋ポリシロキサン系のミクロ構造評価法として有力であると考えられ、今後他の系に関しても適用可能と期待できる。 |