学位論文要旨



No 115227
著者(漢字) 長阪,憲一郎
著者(英字)
著者(カナ) ナガサカ,ケンイチロウ
標題(和) 動力学フィルタによる人間型ロボットの全身運動生成
標題(洋)
報告番号 115227
報告番号 甲15227
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4722号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 武市,正人
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 稲葉,雅幸
内容要旨

 人間型ロボットの全身運動は、機体が分岐のある超多自由度リンク構造をなし、ロボット全体の位置・姿勢が受動的に変化し得る、多変数・非線形の力学系を形成しているため、目的の運動を達成する制御プログラムを逐一人間が解析的に求めて構成することが困難な特性を有している。従って、多様な全身運動制御プログラムを、少ない労力で効率的に構成可能とするためには、何らかの基本原理・統一的アプローチの下、その一部または全部を自動で構成する「全身運動生成手法」の確立が不可欠である。

 人間型ロボットの一般的な全身運動生成問題は、上記のような複雑な力学系の支配下で、幾何学的拘束条件、動力学的拘束条件、エネルギ効率性など、複数の運動目的を同時に満足しようとする、多変数・非線形の多目的最適化問題としてモデル化される。一度にこのような複雑な最適化問題を解く汎用解法の構成が困難であるために、従来研究では、単純な個別運動の生成手法が雑然と提示される傾向が強く、また、多様な運動目的の一側面にしか注目していなかった。

 これに対し、本論文では、複雑な多目的最適化問題からなる人間型ロボットの運動生成問題を、1)運動の単純かつ要素的な動力学的特性を自在に変更可能な「動力学フィルタ」という最適化単位の構成問題に分割し、その構成法を提示すると共に、2)これらの動力学フィルタを組み合わせた「複合動力学フィルタ」を構成することで、複数の運動目的を同時に満足する運動生成も可能とする枠組を提案する。これにより、従来雑然と取り組まれてきた運動生成問題を動力学フィルタの概念の下に定型化・体系化すると共に、従来に無い多様かつ複雑な運動生成を実現することを研究の目的とする。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。

 第2章「動力学フィルタ」では、本論文で提案する運動生成手法のフレームワークである、動力学フィルタについて述べている。単純な単一の目的関数を有する最適化単位として動力学フィルタを定義し、動力学フィルタの内部構成として、1)入出力ポート、2)データアレイ、3)動力学モデル、4)目的関数、5)変換エンジンの各要素について述べる。変換エンジンに関しては、遺伝的アルゴリズム(GA)、最急降下法、近似解推定法の3手法による構成法と、各々の特徴について説明する。その後、代表的な動力学フィルタの構成法として、1)実際の生物の試行錯誤的運動獲得のメカニズムをモデルにし、動力学モデルに順動力学モデルを、変換エンジンにGAなどの確率的大域探索手法を用いた「学習型動力学フィルタ」と、2)幾何学的拘束条件下での動力学的運動特性を変更可能とするため、動力学モデルに逆動力学モデルを用いた「幾何拘束型動力学フィルタ」を挙げ、各々の構成法と特徴を示す。また、後者が扱う重要な問題として、幾何学的運動パターンを動力学的に実行可能な運動に変換するための問題(動力学的整合問題)を挙げ、1)固定軸回り回転運動、2)平面接地型運動、3)平行面接地型運動、4)一般多点接地型運動、5)無接地型運動の5つの運動クラスについて、その十分条件(動力学的整合条件)を明らかにする。最後に、複数の動力学フィルタをループ状に結合した複合動力学フィルタの構成法とその運動変換原理について述べる。

 第3章「実験ロボットシステム」では、本研究で開発し、実験に用いたロボットシステムの構成について述べている。縮小モデル型ロボットとして、二脚ロボット(Leglike)、視覚搭載型二脚二腕ロボット(Apelike及びGibbonlike)の3機と、等身大人間型ロボットとして、二足歩行型ヒューマノイド(H5)の機構構成、ハードウェア構成、ソフトウェア構成について詳述する。

 第4章「動力学モデルの構成法」では、動力学フィルタの重要な構成要素である、動力学モデルの具体的構成法について述べている。先ず、通常の一連鎖型マニピュレータにおける逆動力学/順動力学演算を「分岐のあるマニピュレータ」の逆動力学/順動力学演算に拡張する方法を示す。次に、一般化変数にロボット全体の位置・姿勢を表す6変数を追加した「宙に浮いた分岐のあるマニピュレータ」のモデルとしてこれを拡張し、その逆動力学/順動力学演算アルゴリズムを示す。また、本モデルの逆動力学演算を用いた、厳密かつ効率的なZMP算出方法も提案する。更に、ロボットと環境間の反力算出アルゴリズムとして、完全塑性衝突モデルの構成法について述べる。上記の「宙に浮いた分岐のあるマニピュレータ」モデルの順動力学演算に本衝突モデルを導入することにより、床面、壁などで構成される環境下での人間型ロボットの挙動を数学的に厳密にシミュレートすることが可能となる。最後に、3章の具体的なロボットの動力学モデルの構成と、そのパラメータの同定方法を示す。

 第5章「学習型動力学フィルタによる運動生成」では、学習型動力学フィルタの具体的構成法と、その特徴的な運動生成問題への適用例について述べている。先ず、本動力学フィルタの特徴として、1)センサの組み込みが容易、2)ブラックボックス的問題にも適用可能、3)計算量が多く収束速度が遅い、などの点が明らかにされる。その上で、第一に、単純な時間パラメータを運動記述パラメータとし、視覚センサ入力を有する運動生成の例として、二脚二腕ロボット(Gibbonlike)における視覚誘導型雲梯運動の生成問題について述べる。第二に、運動記述パラメータの物理的意味が明らかでないため、有意な初期知識を与えることのできない運動獲得問題の例として、ニューラルネットワークの荷重係数集合を運動記述パラメータとする、二脚二腕ロボット(Apelike)による視覚誘導型ブランコ運動(駆動関節1自由度)と視覚誘導型鉄棒運動(駆動関節2自由度)の生成問題について述べる。視覚誘導型鉄棒運動の生成では、変換時間の短縮を図るため、運動評価部の並列化手法が導入される。第三に、HMCD(Human Motion Capture Data)を初期入力とし、探索空間をその近傍に限定することで、確率的大域探索手法の探索能力の低さを補完し、精度を要求される運動を効率的に生成する例として、二脚ロボット(Leglike)における跳躍運動の生成問題を取り上げる。いずれの適用例についても目的の運動生成と実ロボット上での実行に成功し、学習型動力学フィルタの有効性が確認された。

 第6章「幾何拘束型動力学フィルタによる運動生成」では、幾何拘束型動力学フィルタの具体的構成法と、その特徴的な運動生成問題への適用例として、幾つかの運動クラスにおける動力学的整合問題について述べている。第一に、平面接地型運動の生成例として、足底、手先等の位置・姿勢に関する幾何学的拘束は維持したまま、体幹の水平位置時系列を操作することにより、動力学的整合条件を満たす運動パターンに変換する、種々の「ZMP補償フィルタ」の構成法と、これを用いた直進・並進・旋回などの多様な歩行パターンの生成例が示される。また、ZMP補償フィルタで生成した運動パターンを実ロボット上でも安定に実行可能とするための汎用モデル化誤差吸収制御手法として、「体幹位置コンプライアンス制御」が提案され、これにより実ロボット上で上記歩行パターンの安定実行が実現される。更に、高速ZMP補償フィルタの構成法と、これを用いたオンライン歩容生成サーバの構成についても触れられる。第二に、平行面接地型運動の生成例として、階段昇降運動、椅子からの脚腕協調型起立運動が、第三に、一般多点接地型運動の生成例として、壁面への寄り掛かり状態からの姿勢回復運動が取り上げられ、いずれもZMP補償フィルタの拡張的利用により、目的の運動パターンが生成可能であること、及び動力学シミュレーション、実機実験によって計画通りの運動が実行可能であることが確認され、各運動クラスの動力学的整合条件の妥当性と幾何拘束型動力学フィルタの有効性が示された。

 第7章「複合動力学フィルタによる運動生成」では、より複雑な(多目的な)運動を複合動力学フィルタを用いて生成する具体的方法とその適用例について述べている。第一に、既存の運動特性に新たな運動特性を追加する例として、1)ヨー軸モーメント補償フィルタ、2)衝撃力補償フィルタを構成し、これらを前章のZMP補償フィルタに連結した複合動力学フィルタを構成することにより、動バランスを維持するだけなく、ヨー軸回りの滑りが生じ難い歩容、垂直力を自重付近の一定値に保つ滑らかな歩容などの生成が可能となる例を示す。第二に、複雑な動力学的整合条件を有した運動生成の例として、無接地型運動の生成問題を取り上げ、1)接地期にはZMP補償を、無接地期には水平方向の外力補償を行うフィルタ、2)垂直方向外力補償フィルタ、3)x,y,z各軸回りモーメント補償フィルタを構成し、これらを連結した複合動力学フィルタを用いることで、自在な跳躍・走行運動の生成が可能になることを示す。また、そのモデル化誤差吸収制御手法として、6章の体幹位置コンプライアンス制御に衝撃力吸収制御を追加した、「拡張体幹位置コンプライアンス制御」が提案され、同制御により、上記の無接地型運動パターンが安定に持続可能となることが示される。これらの運動生成結果は、いずれも順動力学シミュレーションあるいは実機実験により実行可能性が確認され、複合動力学フィルタの構成原理の妥当性が確認された。

 第8章「結論と今後の課題」では、本論文で得られた成果を要約し、今後の課題について考察している。

審査要旨

 本論文は、「動力学フィルタによる人間型ロボットの全身運動生成」と題し、複雑な多目的最適化問題からなる人間型ロボットの運動生成問題を動力学フィルタという運動最適化単位のを用いた構成問題としてとらえ、その体系的な構成法について論じたものであって、8章からなっている

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。

 第2章「動力学フィルタ」では、本論文で提案する運動生成手法の枠組である動力学フィルタについて述べている。単純な単一の目的関数を有する最適化単位として定義される動力学フィルタは、1)入出力ポート、2)データアレイ、3)動力学モデル、4)目的関数、5)変換エンジン、という5つの要素から構成される。幾何学的運動パターンを動力学的に実行可能な運動に変換する変換エンジンに関しては、遺伝的アルゴリズム、最急降下法、近似解推定法の3手法による構成法と、各々の特徴について説明している。

 第3章「実験ロボットシステム」では、本研究で開発し、実験に用いたロボットシステムについて、機構構成、ハードウェア構成、ソフトウェア構成について詳述している。

 第4章「動力学モデルの構成法」では、動力学フィルタの重要な構成要素である、動力学モデルの具体的構成法について述べている。先ず、通常の一連鎖型マニピュレータにおける逆動力学・順動力学演算を分岐のあるマニピュレータの逆動力学・順動力学演算に拡張する方法を示している。次に、一般化変数にロボット全体の位置・姿勢を表す6変数を追加した宙に浮いた分岐のあるマニピュレータのモデルとしてこれを拡張し、その逆動力学・順動力学演算アルゴリズムを示している。また、本モデルの逆動力学演算を用いた厳密かつ効率的なZMP(ゼロモーメントポイント)算出方法も提案し、更に、ロボットと環境間の反力算出アルゴリズムに関し、完全塑性衝突モデルの構成法についても論じている。

 第5章「学習型動力学フィルタによる運動生成」では、学習型動力学フィルタの具体的構成法と、その特徴的な運動生成問題への適用例について述べている。まず、本動力学フィルタの特徴として、1)センサの組み込みが容易、2)ブラックボックス的問題にも適用可能、3)計算量が多く収束速度が遅い、などの点を明らかにしている。その上で、第1に、単純な時間パラメータを運動記述パラメータとした視覚センサ入力を有する運動生成の例として視覚誘導型雲梯運動の生成問題について、第2に、有意な初期知識を与えることのできない運動獲得問題の例として視覚誘導型ブランコ運動と視覚誘導型鉄棒運動生成問題について、第3に、人間のモーションキャプチャーデータを初期入力とし精度を要求される運動を効率的に生成する例として跳躍運動の生成問題について、それぞれ運動の生成法を説明し、実験により各手法の有効性を確認している。

 第6章「幾何拘束型動力学フィルタによる運動生成」では、幾何拘束型動力学フィルタの具体的構成法と、その特徴的な運動生成問題への適用例として、幾つかの運動クラスにおける動力学的整合問題について述べている。まず、平面接地型運動における種々のZMP補償フィルタの構成法と、これを用いた直進・並進・旋回などの多様な歩行パターンの生成例を示している。またZMP補償フィルタで生成した運動パターンを実ロボット上でも安定に実行可能とするための汎用モデル化誤差吸収制御手法として、体幹位置コンプライアンス制御を提案し、これにより実ロボット上で上記歩行パターンの安定実行が実現している。更に、平行面接地型運動の生成例として、階段昇降運動、椅子からの脚腕協調型起立運動が、一般多点接地型運動の生成例として、壁面への寄り掛かり状態からの姿勢回復運動を取り上げ、それらの運動パターンが生成可能であることを動力学シミュレーションや実験により確認している。

 第7章「複合動力学フィルタによる運動生成」では、より複雑な運動を複合動力学フィルタを用いて生成する具体的方法とその適用例について述べている。まず、既存の運動特性に新たな運動特性を追加する例として、ヨー軸モーメント補償フィルタ、衝撃力補償フィルタを構成し、これらを前章のZMP補償フィルタに連結した複合動力学フィルタを構成することにより、動バランスを維持するだけなく、ヨー軸回りの滑りが生じ難い歩容、垂直力を自重付近の一定値に保つ滑らかな歩容などの生成例を示している。次に、複雑な動力学的整合条件を有した無接地型運動生成の例として、跳躍や走行運動の生成が可能になることを示している。また、そのモデル化誤差吸収制御手法として拡張体幹位置コンプライアンス制御を提案し上記の無接地型運動パターンが安定に実行可能となることを示し、複合動力学フィルタの構成原理の妥当性を確認している。

 第8章「結論と今後の課題」では、本論文で得られた成果を要約し、今後の課題について考察している。

 以上、これを要するに本論文は、複雑な多目的最適化問題からなる人間型ロポットの運動生成問題を動力学フィルタという運動最適化単位を用いた構成問題としてとらえ、体系的に整理し、実験やシミュレーションでこのアプローチの有効性を示したもので、情報工学上貢献する所少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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