高温超伝導体が発見されてから、早くも13年の年月が経過したが、未だその全貌が明らかになったとは言い難い状況である。特に高い臨界転移温度を持ちながらも、応用が遅れているのは、臨界電流密度が小さいことに起因する。臨界電流密度は、磁束状態によって決定されることから、磁束を制御するためのピン止め中心を導入することによって改善される。しかしながら、ピン止め中心と磁束状態の関係は未だ不明な点が多く、隘路となっている。こうした中で、重イオンを照射することによって柱状欠陥を導入し、これによって臨界電流密度が上昇するという報告がなされた。これは、磁束の形状が線状であることに着目して、そのピン止め中心も円柱状になっているため、より一層、磁束をピン止めできでいると考えられる。 このように位置相関をもつピン止め中心が重要であることがわかったてきたが、重イオン照射が特殊な手法であることもあって、研究はまだまだ進んでいないようである。また、最近高濃度に鉛置換したBi2Sr2CaCu2O8+y(BSCCO)では、共析による面状欠陥の導入が可能であり、この欠陥をもつ試料は高い臨界電流密度を持つことが報告され、相関のあるピン止め中心の導入方法・種類に広がりが出てきた。 本研究は、こうした相関をもつピン止め中心が磁束状態に与える影響をより明らかにすることが目的である。相関の幾何学的な配置から2次元的なものと1次元的なものに大別することができるので、本研究では、それぞれについて取り扱った。具体的には、2次元的なピン止め中心として、高濃度に鉛置換したBSCCO(BPSCCO)の面状欠陥、1次元的なピン止め中心として重イオン照射されたの柱状欠陥について研究を進めた。 浮遊溶融帯法(FZ法)を用いて高濃度に鉛置換したBSCCOを作製した。面状欠陥を確認するために透過型電子顕微鏡(TEM)観察によって成長方向であるa軸にそって面状欠陥が導入されていることを確認した。さらに広い範囲で面状欠陥を観察するために、原子間力顕微鏡(AFM)で測定を行った。これにより、面状欠陥は数ミクロンのオーダーで同一方向に揃っていることが確認され、面状欠陥の間隔はおよそ100nm程度と見積もることができる。 磁気光学的な手法を用いることにより、臨界電流密度の面内異方性を調べることができる。BSCCOでは、jca/jcbが0.94程度であるのに対して、BPSCCOは1.2(T=14K)から3.5(T=40K)に単調に増加する。この大きな面内異方性は、異方的な形状をもつピン止め中心でしか説明できないと考えられることから、面状欠陥が磁束系に大きな影響を及ぼしていることがわかる。さらに、回転機構付きのプローブと微小Hall素子を用いて、磁気履歴曲線の角度依存性を測定した。外部磁場をc軸方向から面状欠陥に沿って傾けるときを=0°、面状欠陥から外れる方向に傾けるときを=90°としてc軸からの角度をとすると、=90°のときは、傾けていくにつれて、不可逆磁化が=0のときよりも急速に減少していくことがわかった。このことから、面状欠陥は、c軸方向にも何らかの相関をもっていると思われる。=65°以上の高角度まで傾けると磁束系に大きな変化が現れる。これまで面状欠陥に起因していると思われるfishtail状のピークがBSCCOに良くみられる2D-3D次元交差におけるピークに変化していくようにみえる。これと同時に大井らによって発見された新しい磁化異常が観察されるようになる。角度依存性を考察すると、この角度はBSCCCOにおける★に対応するものと考えられる。 さらに結晶の歪を取り除き、酸素ドーブ量を調節するためにアニール処理を行った。ただし、高温では面状欠陥が破壊されるので、400℃でアニールを行い、AFM観察で面状欠陥が破壊されていないことを確認した。アニール処理により得られた試料では、ある限られた磁場領域で、面状欠陥に平行に磁場をかけたときは、磁化が抑制されるが、わずかに傾斜していくと、磁化が回復し、その後減少していくという磁場方向に関して非単調な振る舞いが観測された。これは一方向双晶境界をもつYBCOでもすでに報告されており、BPSCCOでも同様の磁束チャンネリング現象が生じていると考えられる。このことから、面状欠陥はc軸方向にも十分な相関を持っていることが示唆された。 また磁化曲線に特徴的なピーク(Bp)が観測された。このピークは、角度にあまり依存しない性質を持ち、比較的温度依存性も小さいことがわかった。さらに酸素量を変化させた試料についても同様なピーク磁場で観察される。このことから、このピークは面状欠陥に対する何らかのマッチングによるものと考えられる。そこで、面状欠陥がある長い楕円形をした擬似柱状欠陥として作用すると考え、これに対するマッチングを考える。これによって温度依存性、酸素量依存性、角度依存性の説明が可能である。この試料についてこのピーク磁場より十分に高い磁場では、一つの擬似柱状欠陥に複数の磁束が入っており、それらは、磁束バンドルとして運動する。このときcollective pinning theoryから臨界電流密度の面内異方性は欠陥密度の平方根に比例することを用いると、面状欠陥が支配的なときには臨界電流密度の自乗は擬似柱状欠陥のアスペクト比と等しくなることが期待される。これから、この試料について面内異方性が1.56、面状欠陥の間隔が105nmであることを用いると"マッチング磁場"は、=770G程度になる。ここで、マッチング磁場()を欠陥の個数の磁束量子が作る磁場と定義した。すると先ほどのピークは1/4のところに位置し、これは、BSCCOで報告されているJosephson Plasma共鳴のリカップリング転移や可逆磁化、不可逆磁化、不可逆曲線の異常がマッチング磁場のほぼ1/5から1/3あたりに存在することに対応していると考えられる。 一方、重イオン照射されたYBCOにおける結果は、主に次の二つに大別される。一つは、零磁場近傍での磁化の落ち込み(ディップ)の機構解明であり、もう一つは電流不連続線の移動である。柱状欠陥をもつ’YBCOでは、磁化が非常に増大するために、むしろ零磁場近傍での磁化は相対的に低くなることが知られている。しかしなだらかなピークの温度依存性を調べていくと、あまり変化せず、柱状欠陥のマッチングと考えることができる。このなだらかなピークはマッチング磁場のほぼ1/3に相当する。これは、BSCCOの1/3での異常に対応する。しかしディップを微小Hall素子で詳しく調べていくとピークの谷間には、角度依存性を持たない普遍的なディップ構造が見出された。このディップは磁場を傾けていくと連続的に通常のセンターピークに変化していく。ディップの磁化とセンターピークの磁化が変化しないことから、特殊な機構が示唆される。また零磁場近傍では、磁気緩和の異常がすでに報告されており、これらと関連していると考えられる。Vlasko-Vlasovらによって示唆されたMeissner holeが零磁場近傍の磁束・反磁束の境界で発生するとして、1次元のBean modelのsimulationを行った。臨界電流密度はAnderson-Kim modelに従い、加えて柱状欠陥のマッチングが1/3で生じると仮定した。するとMeissner holeを仮定しない限り、磁化曲線の角度依存性を説明できないが、Meissener holeの存在を仮定することにより、磁化曲線を非常に良く再現することがわかった。これは、Meissner holeの存在を強く示唆するものと考えられ、逆に通常の超伝導体のセンターピークもこのMeissner holeが強くかかわっていることが考えられる。つまり磁束密度が零になるところでは、Meissner holeが必ず生成され、そのときの磁化はMeissner hole特有の値で決定されると考えられる。 さらに、柱状欠陥の方向と磁場を印加する方向がずれているときには、磁場プロファイルにおける電流不連続線が非対称に移動することが見出された。これは、ずれの角度が10°程度のとき最大をとり、45°程度であまり移動しなくなる。この現象は増磁過程と減磁過程で大きくことなり、移動の様子から、磁場プロファイルの形と磁場の方向のみよって決定されることがわかった。これは、表面のみでは電流の保存則が破れていることを意味する。つまり試料表面をつねに一方向に電流が流れ、それを相補的な形で裏面にも電流が流れているとしか考えることができない。この電流の起源は何らか形で大きな面内磁化が発生していることを表す。この面内電流密度と通常の臨界電流密度の比は磁場に比例して大きくなっていき、あるピークをもってほぼ零になる。零になるあたりで、柱状欠陥による磁化の増大が起きており、磁束の柱状欠陥へのトラップでこの面内電流が発生していると説明できる。つまり磁束のトラップも1/3で生じていると考えられる。 以上をまとめると、相関のあるピン止め中心を持つ層状超伝導体では、マッチング磁場の1より小さいある定数倍のところでピークなどの異常が発生ずることが、普遍的に起きているように思われることが判明してきた。この定数は、c軸方向に相関がある欠陥に関する普遍的な理論で説明されることが期待される。 |