学位論文要旨



No 115230
著者(漢字) 笹川,崇男
著者(英字)
著者(カナ) ササガワ,タカオ
標題(和) 精密組成制御した高温超伝導体単結晶における量子化磁束の挙動
標題(洋)
報告番号 115230
報告番号 甲15230
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4725号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 花栗,哲郎
内容要旨

 高温超伝導体(HTSC)材料の実用化における最重要課題は、臨界電流密度特性の向上であるが、それには量子化した磁束の侵入した超伝導状態(混合状態)の理解が欠かせない。ゆえにHTSCの発見直後から、磁場・温度を関数に、量子化磁束の構造とその動的挙動、そして量子化磁束と物質の微視的構造との相互作用(磁束ピン止め効果)を把握するための研究が活発に展開されてきた。HTSCでは、層状の結晶構造や大きな熱揺らぎの効果により、磁束線配置や磁束線方向の相関に多様性が生じるため、従来超伝導体では見られなかった様々な磁束状態が実現していることが、理論および実験の両研究から報告されている。中でも、磁場を超伝導CuO2面と垂直に印加した場合に、YBa2Cu3Oy(Y123)やBi2Sr2CaCu2Oy(Bi2212)において観測された磁束系の1次相転移は、新たな物性物理の発見としても注目を集めている現象であるが、その機構および相転移に伴う磁束状態の変化については、まだわからないことが多い。

 そこで本研究では、(La1-xSrx)2Cu(La214)高温超伝導体を対象に、化学組成(Sr濃度および酸素不定非量)を精密に制御して作製した一連の単結晶試料について、磁化および輸送特性を詳細に測定・解析することにより、物質パラメータと相転移とを定量的に関連づけることから、一次相転移を統一的に理解することを試みた。特にLa214系は、相転移において重要とされる異方性パラメータ2(c軸方向とa軸方向の有効質量の比として定義)の大きさを、化学組成の制御によって、Y123(最小:2〜50)とBi2212(最大:2〜10000)の間で幅広く変化可能であるという特徴を有することから、本研究の目的に最適な対象物質であると考えた。

 Y123およびBi2212における磁束系の一次相転移は、非常に均質な単結晶試料においてのみ観測されている。そこで、La214単結晶は、坩堝を使用せずに育成するTSFZ(Traveling-Solyent-Floating-Zone)法で作製することにより、坩堝材からの不純物混入を回避した。更に、育成後の熱処理条件の最適化も行い、酸素量を化学量論(〜0)とすることで、酸素不定比性に由来する不均質性と欠陥構造の導入を避けるよう努力した。その結果、La214では初めて、輸送特性と磁化において1次相転移の観測に成功した。

 一次相転移は、磁束格子(強く磁束方向に相関を持つ線状の磁束が周期的な配置をとった構造)から磁束液体(線状の磁束がランダムに配置)への「融解転移」であるとする主張と、磁場方向の相関までもが失われたパンケーキ磁束の気体状態への「昇華転移」であるとする二つの立場がある。まず、現象論的アプローチとして、相転移曲線の温度依存性をもとに、1次相転移の機構を明らかにしようと試みた。Sr組成を変化させた一連のLa214単結晶における測定から、化学組成を変数に相転移線Hpt(T)を決定することが出来た。図1に示すように、Y123およびBi2212で報告されている結果もあわせて示すと、Hpt(T)は物質に大きく依存しているように見える。「融解」と「昇華」の機構は、いずれもリンデマンの経験則をもとにHptの温度依存性を与えている。これまでも、両者へのフィッティングの良し悪しから、どちらが一次相転移の機構としてふさわしいかという議論がなされて来たが、単一の物質に限った議論が中心であったため、いずれも決定的な証拠とは成り得なかった。本研究ではこの議論に一歩踏み込み、フィッティングパラメータを必要としないスケーリングの手法によるアプローチを行った。すなわち、理論式に近似を加えて更に展開することから、融解転移では2Hptvs.1-T/TcのプロットによりHpt(T)はスケールし、一方、昇華転移では2sHptvs.Tc/T-1(sはCuO2面の間隔)がそれに対応することを指摘し、実際に実験データを用いたプロットから両者の比較を行った。その結果、図2に示すように、物質パラメータが著しく異なるにもかかわらず、La214、Y123、Bi2212の全てにおいて、Hpt(T)が昇華理論に基づいた2Hptvs.Tc/T-1のプロットでスケールされることを見い出した。この結果は、一次相転移が昇華転移である可能性を示唆するものとして興味深い。更に、相転移の機構を結論づけるため、輸送特性および磁化を詳細に検討することから、相転移前後の磁束状態を調べた。

図表図1.様々なHTSCの1次相転移線 / 図2.昇華理論に基づく相転移線のスケーリングプロット

 輸送特性の測定では、磁束に駆動力(電流)を作用させた時の散逸(電圧降下)を調べることで、磁束状態に関する知見を得ることができる。均一な駆動力を磁束に垂直に作用させる配置の測定では、相転移に伴って電圧降下に急激な変化が観測され、これは相転移前後での異なった磁束構造が磁束ピン止める効果を変化させたものとして理解された。興味深いのは、電流が磁束に平行な配置、すなわち駆動力ゼロの配置においても、相転移で電圧降下に急激な変化が観測され、磁束線方向の相関が相転移に伴って急激に変化していることが示唆されたことである。そこで次ぎに、不均一な駆動力を磁束線に作用させて、散逸の場所依存性を調べることから、磁束線方向の相関を明らかにすることを試みた。図3の図中に示すような多電極配置で、磁束に駆動力が大きく作用している試料上面の電圧降下(Vt)と、駆動力の小さな試料下面の電圧降下(Vb)を同時に測定した。注目したいのは、Vbのリエントラント的で非単調な変化である。相転移温度Tpt以下でのVtと同じ温度依存性をもつ急激なVbの減少は、磁束線方向に強い相関をもつ線状の磁束状態と一致する振る舞いであった。一方、T>TptでのVt>>Vbという結果は、磁束線方向の相関が非常に小さくなったパンケーキ磁束の気体状態を示唆するが、試料形状及び異方性を考慮した解析によると、散逸が局所電流密度から予想される値よりも大きいことから、有限の磁束相関が残っていることがわかった。

 次ぎに磁化測定では、熱力学量である磁化が相転移磁場Hptで不連続に変化する異常として一次相転移は観測された(図4)。相転移における磁化の変化量Mptからは、相転移に伴うエントロピー変化量が見積もられる。Sr組成を変化させたLa214試料における測定と、Y123およびBi2212における報告例の比較から、それぞれの臨界温度Tcで温度を規格化すると、非常に類似した温度依存性であること、また、エントロピー変化量の大きさも、パンケーキ磁束当りとして換算すると〜0.5kBとなり、組成や物質に大きく依存していないことがわかった。つまり、組成や物質によらず1次相転移における磁束状態の変化が普遍的であること、パンケーキ磁束が磁束状態の構成単位として重要であること、などを示唆する結果を得た。HTSCの平衡磁化は、磁束線同士の相互作用からくる寄与(London項)と、パンケーキ磁束が磁束線方向からずれることによるエントロピー的な寄与(エントロピー項)で説明され、両者ともにlnHの磁化Mを与えることが理論的に導かれている。図4に見られるように、相転移の前後ともlnHの依存性が確認されたが、傾き(dM/dlnH)がHptを境に変化していることが見出され、この傾きの差から、磁束格子相から転移した後の磁束状態におけるエントロピー項の寄与を見積もることができた。その結果は、パンケーキ磁束の磁束線方向の相関長として、CuO2面間距離の4倍程度の26Åという値を与えたが、これは輸送特性でのゼロでない磁束相関と一致する結果と言える。

図表図3.多電極配置での輸送特性測定 / 図4.磁化測定

 更に、平衡磁化のLondon項を解析することで、磁場侵入長abの絶対値と温度依存性が得られた。磁束系の自由エネルギー汎関数についてパンケーキ磁束の配置の関与する部分だけを書き下すと、3D-XYモデルで知られる

 

 を得る。この式から明らかなように、平衡状態での磁束構造は、2,s,そしてカップリング定数J=s02/(4ab)2だけで決まり、それが反映されて、磁束の挙動はエネルギーをJ、磁場をHcr0/r2s2の尺度で測ると普遍的になることが予想される。本研究では、これらパラメータの全てを決定することができたので、実際に磁場をHcr、温度をJで規格化した普遍的相図上にLa214の相転移線をプロットすることから、確かにこの相図上で相転移線がスケールされることを、初めて実験的に確認することができた(図5)。多体問題ゆえに、理論で解析的にスケーリング関数の関数形を得ることが出来ないことから、本研究で実験的に(Hpt/Hcr=0.094(T/J)-1.1と決定できたことは重要であると考える。こ二で、幕の値を-1とし、この式に近似を加えながら展開してゆくと、昇華理論での2sHpt(T)=B(Tc/T-1)が導かれることが更に見出されたので、図2でみたスケーリング則が、3D-XYモデルに基づく磁束系の振る舞いの普遍性を反映した良い経験則となっていることが、より原理的な側面から確認できたことになる。そして、一次相転移が、すべての物質において普遍的に2,s,Tcというパラメータだけで決定されていることが明確となった。

図5.3D-XYモデルに基づく普遍的相図上でのLa214の1次相転移線

 以上を総括すると、HTSCにおける磁束系の1次相転移は、「磁束昇華転移」と呼ぶにふさわしいような、磁束格子から、ほとんど磁束線方向の相関までもが失われたパンケーキ磁束気体への状態変化である、と結論づけることができる。HTSCにおける磁束の状態変化は、パンケーキ磁束を共通の構成単位としている点が重要で、これが反映されて、物質の個性に依存しない普遍的な現象として1次相転移が捕らえられることを、昇華理論から展開した経験的スケーリング則と、より原理的な3D-XYモデルに基づくスケーリング則の両者で示した。スケーリング則は、2,s,Tcという物質パラメータさえわかれば、1次相転移の生ずる磁場・温度を予言できることを示す結果であることから、HTSCの物質設計を行う上での指針を与えるものとしても興味深いと考える。

審査要旨

 本論文では、工学的見地からの重要課題である高温超伝導の材料としての実用化、そして、学問的観点からの新しい物性物理の開拓という、高温超伝導体における量子化磁束の挙動の理解から期待される成果を大目標に、磁束ピン止め、磁束状態、相転移・クロスオーバー、そして磁気相図といった問題に取り組んでいる。

 本論文の構成は以下の通りである。

 第1章では、論文全体をとおした予備知識をまとめるとともに、研究の着眼点、研究方針および特色、そして研究の目的を述べている。

 第2章では、実験手順を中心に、単結晶試料の作製法と、試料の分析・評価法についてまとめている。特に、(La1-xSrx)2Cu単結晶における酸素不定非量のアニール処理による精密制御、そして微少酸素量の化学分析法について詳しく説明している。

 第3章では、磁束ピン止めの観点から混合状態の研究を行った結果を報告している。(La1-xSrx)2Cuにおいて、Sr濃度xと酸素欠損量のそれぞれを、系統的かつ精密に制御した単結晶試料を準備し、磁化ヒステリシス(臨界電流密度)特性を、これら組成と関連付けて明らかにしている。得た結果をもとに、第2ピーク効果で知られる磁化ヒステリシス特性における異常な挙動の起源について考察を行っている。

 第4章では、酸素不定非量を考慮することで達成された(La1-xSrx)2CuO4単結晶の高品質化により、この系において観測に成功した量子化磁束線格子の1次相転移について報告している。(La1-xSrx)2CuO4で得た結果を、詳細な検討が既に行われているYBa2Cu3OyとBi2Sr2CaCu2Oyにおける結果と比較しながら統一的に考察し、1次相転移におけるみられる現象の類似性および普遍性を議論している。さらに、高温超伝導体全般に成立した1次相転移曲線のスケーリング則について述べ、1次相転移の機構を考察している。

 付録A章では、第4章において1次相転移における重要な物質パラメータの一つとして指摘した異方性パラメータについて、常伝導状態と超伝導状態の対応や、その大きさを決める因子について考察している。

 第5章では、多様な磁束状態が比較的低磁場で観測されるBi2Sr2CaCu2Oy単結晶を対象に、直流磁化測定、面内抵抗率測定に加えて、測定条件を様々に変化できる交流帯磁率測定による検討を行っている。様々な実験手法を同一単結晶試料に適用することで、相補的なデータを収集し、それぞれを比較、解析することを通じて、幅広い磁気相図領域における多様な磁束状態とその境界について詳細な検討が行われている。

 最後に、第6章では、研究の全体を省み、本研究で得ることのできた高温伝導体の混合状態に関する知見を総括している。

 本論文の特徴は、各種物性を多くの変数をもとに系統立てて測定し、多角的かつ総合的に解析している点で、これにより、全体としての系統性のなかから、いくつかの重要な実験法則を見出している。物質パラメータの磁束状態に与える影響を定量化することにより、高温超伝導体における混合状態について、現象論の構築に役立つ実験データの提供、あるいは現象論そのものの提案を行っている点も、高く評価できる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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