学位論文要旨



No 115231
著者(漢字) 本山,直樹
著者(英字)
著者(カナ) モトヤマ,ナオキ
標題(和) 梯子型銅酸化物の超伝導-絶縁体転移
標題(洋)
報告番号 115231
報告番号 甲15231
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4726号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 瀧川,仁
内容要旨

 梯子型銅酸化物は,1986年に高温超伝導が銅酸化物2次元面で発見されて以後,急速に注目を集めてきた系である。その理由は,この梯子系におけるスピンギャップの存在と,キャリアドープしたときに超伝導が発現するという理論的予想の存在である。本研究では,2本足梯子をもつ銅酸化物Sr14Cu24O41に焦点を当てる。この系は,SrCu2O3や(La,Sr)CuO2.5といった他の銅酸化物梯子系に比べ,

 1)Cuの形式価数が+2.25とすでにホールがドープされている。

 2)スピンギャップ〜500Kを持つ。

 3)Srに対しCaを十分置換した組成Sr0.4Ca13.6Cu24O41において超高圧下(P〜3GPa)で超伝導(Tc〜12K)が発現する。[1]

 という利点を持ち,また上に述べた梯子系に期待される物性を実際に発現している物質である。

 本研究では,このSr14Cu24O41系について,単結晶を用いて物性の詳細な測定行った。この系の超伝導が,Ca置換された組成で,さらに超高圧下で発現していることを鑑みて,広い組成範囲において,超高圧下に至るまで測定を行い,この系の電子状態,特に,Ca置換と圧力印可がこの系にどういう役割を持つのか,超高圧下での超伝導がどういう機構で発現しているのかを解明することが本研究の目的である。

 図1にSr14Cu24O41の構造を示す。この物質は,Cu2O3梯子構造とともに,CuO2鎖構造も併せ持っている。ゆえに,物性測定の場合は,常にどちらの構造の寄与かを判別する必要がある。この系の場合は,それぞれの構造におけるCu-O結合の違いから,重なり積分tの大きさやスピン間相互作用Jの大きさが,梯子の方が鎖に比べ1桁以上大きいため,バルクの物性値は,磁気的なものは鎖,電気的なものは梯子が主要な寄与を与えると考えられる。実験からも,このことが裏付けられている。

 本研究の物性測定には,すべて単結晶を用いた。単結晶は酸素10atm雰囲気下でのTSFZ(Travelling Solvent Floating Zone)法によって,本研究により初めて育成された。この方法は,種々の雰囲気下で,不純物の少ない大型単結晶を得ることができるため,高温超伝導体の単結晶作製に広く利用されている方法である。

 図2に,常圧でのSr14-xCaxCu24O41の電気抵抗率の温度依存性を示す。抵抗率は,梯子方向と,梯子面内で梯子に垂直な方向とで〜10,梯子面間方向では〜1000の異方性を持つ。抵抗率はどの軸でもCa置換量xを増大させるとともに単調に減少する。この抵抗率の減少は,x=0では鎖にほぼすべて存在し局在していたホールが,Ca置換とともに電気伝導に寄与する梯子へと移動することによることが,光学伝導度の測定[2]からわかっており,その結果から,梯子のホール量は,x=0で0.07,x=11で0.22と見積もられる。ゆえに,この系では元素置換により梯子のホール量を制御することができる。

図表図1 Sr14Cu24O41の構造 / 図2 常圧下でのSr14-xCaxCu24O41の電気抵抗率の温度依存性

 x=9以上では抵抗率は特徴的な異方性を示す。すなわち,梯子方向ば金属的,梯子に垂直な方向は絶縁体的な温度依存性を示す温度領域が存在することである。これは,梯子へのホールのドープによって,キャリアの梯子内への1次元的閉じこめが起こっていることを示している。この抵抗率の振る舞いは,光学伝導度の擬ギャップ的な振る舞いと対応している[3]。これらの現象は,理論的にも予想されている,スピンギャップに由来するホールの対形成によって説明できる。

 図3には,超高圧下におけるSr14Cu24O41の電気抵抗率の温度依存性を示す。抵抗率は,梯子方向,梯子に垂直な方向ともに,圧力印可とともに減少する。そして,8GPa以上の圧力では,梯子方向,梯子に垂直な方向ともに金属的なふるまいを示す。また,5GPaでは抵抗率が80K付近で急激な増大を示し,これは,常圧でその兆候が見られているCDW転移が,圧力によって顕在化した,という可能性がある。さらに,8.5GPaまで加圧したが,この組成では2Kまでの温度領域で超伝導は発現しなかった。

 x=3,6,8の組成では,ほぼすべての圧力領域で絶縁体的であり,超伝導はどの圧力でも発現しなかった。そして,x=10以上の組成でのみ,超高圧下で超伝導が発現する。x=11.5では,超伝導が発現する圧力(3.5GPa)下で,梯子方向だけでなく,常圧下では絶縁体的であった梯子に垂直な方向の電気抵抗率も金属的な温度依存性を示し,2次元的な伝導を示した上で,超伝導へと転移する[4]。図4には,これらの測定から考えられる,Sr14Cu24O41系のCa置換量-圧力相図を示す。

図表図3 超高圧下におけるSr14Cu24O41の電気抵抗率の温度依存性 / 図4 Sr14Cu24O41系のCa置換量(x)-圧力(P)相図

 Ca置換(化学的圧力効果)と圧力印加は,格子が縮むという意味で同じ役割を持つことが,これまでのV2O5や有機のTM2X系などの実験結果からは示唆される。しかし,Sr14Cu24O41系は,これらの系とは違い,Ca置換と圧力印可の役割は異なることが明らかとなった。図5に,電気抵抗率の異方性の大きさのCa置換量依存性,並びに,x=11.5の組成での圧力依存性を示す。この図から,Ca置換では電気抵抗率の異方性が増大,圧力印可では減少と,互いに反対の効果を与えていることがわかる。すなわち,Ca置換は,梯子のホール濃度を増大させ,梯子が十分なホール量に達すると,ホールは対を形成し,キャリアは1次元的に閉じこめられる。これに対し,圧力印加は,系の次元性を増大させる効果が主であると考えられる。

図5 電気抵抗率の異方性の大きさの,Ca置換量依存性と,x=11.5の組成での圧力依存性

 また,この系では,超伝導は十分Ca置換をした組成(x=10以上)でのみ,さらに超高圧下においてのみ観測することができた。このことから,この系の超伝導は,ドープ量増大によって対相関を強められたホールが,圧力印可による次元性増大により2次元的に動き出すとともに,その対相関を引力として超伝導を引き起こしているものと考えられる。

[1]M.Uehara et al.,J.Phys.Soc.Jpn.,65,2764-2767(1996).[2]T.Osafune et al.,Phys.Rev.Lett.78,1980-1983(1997).[3]T.Osafune et al.,Phys.Rev.Lett.82,1313-1316(1999).[4]T.Nagata et al.,Phys.Rev.Lett.81,1090-1093(1998).
審査要旨

 高温超伝導銅酸化物の類縁物質として、またスピンギャップ、正孔対形成等高温超伝導機構解明のヒントを与える物質として、近年梯子型結晶構造をもつ銅酸化物が多くの注目を集めている。高温超伝導研究の歴史とは逆に、梯子型銅酸化物は、RiceやDagottoらによる理論研究が先行し、いわば理論家の「玩具」ともいうべき対象であった。このような状況にブレークスルーを与えたのが青学大秋光グループによるSr14-xCaxCu24O41(14-24-41化合物と略称)の高圧化での超伝導の発見と(1996年)、本研究による14-24-41単結晶成長の成功と物性実験である(1996年〜)。本研究は、単結晶試料に対する異方的電子輸送現象の実験を中心とした結果から、2本脚梯子格子上にドープされた正孔の対形成やその解離を議論し、高圧下の実験で超伝導が発現する条件を明らかにしたものである。これらの成果は、他のグループの追随を許さないレベルの高いものであり、梯子型銅酸化物の物性研究を飛躍的に進展させるものとなった。

 本論文は6つの章からなる。第1章では、高温超伝導機構解明の努力が続くなかでより次元の低い1次元銅酸化物及び梯子型銅酸化物の研究の重要性がいかに認識されてきたか、そして本研究の対象となった1次元系Sr2CuO3、SrCuO2及び梯子系14-24-41についての発見の経緯、これまでの実験状況が述べられている。これらを背景にして、本研究の動機と目的が記述されている。

 第2章は,本研究に用いられた様々な実験手法の記述である。その中心となるのがSr2CuO3、14-24-41の結晶成長で、全く同じSr、Cu、Oの元素の組み合わせから、様々な形態の結晶構造をもつ銅酸化物をいかに単相で成長させるか、また14-24-41においてSrとCaの固溶をどこまで制御できるかが述べられている。測定手法については、電気抵抗率の異方性、ホール係数などの電子輸送現象測定法、特に梯子系の超伝導状態の研究に必要な2GPa以上の超高圧下での測定を述べている。

 第3章は、1次元鎖を持つ系、Sr2CuO3とSrCuO2に対する実験結果をまとめたものである。極力、不純物やノンストイキオメトリーの影響を排除した試料を作製し、上記1次元系の固有の帯磁率の測定に成功した。実験結果をEggert-Affleck-高橋の最新の理論と比較することによって、1次元銅酸化物においては、超交換相互作用の大きさがJ〜2000Kと極めて大きくなっていること。そして、ほぼ理想的なS=1/2 1次元ハイゼンベルグ反強磁性体であることが示された。この成果は、角度分解光電子分光や電子エネルギー損失分光による電子のスピン・電荷分離現象の初めての実験的検証につながった。

 第4章が本研究の中心をなす2本脚梯子系14-24-41に対する実験成果の記述である。帯磁率そして共同研究(物性研 滝川研)の成果であるNMR/NQR及び中性子散乱(理研・松田-勝又研及び青学大・秋光研)の結果が述べられ本系の磁気的性質、特に梯子系のスピンギャップについて述べられている。このスピンギャップをもつ梯子系にCa置換により正孔を導入したとき、電気抵抗率の温度依存性とその異方性がどのように変化するかが本研究により明らかにされた。

 本研究のハイライトは高圧下の実験(物性研・毛利研との共同研究)である。これにより梯子系の超伝導が実現する正孔濃度及び圧力範囲が決定されるとともに、その超伝導が2次元性をもつことが明らかにされた。

 梯子系ら超伝導とスピンギャップ及び電気伝導の異方性/1次元性を決めている正孔対形成との関係が第5章で包括的に議論されている。

 第6章は、本研究の結論である。本研究によって、1次元鎖及び2本脚梯子型の銅酸化物の単結晶作製法が確立されたこと、1次元鎖における「スピン・電荷分離」、梯子におけるスピンギャップ、正孔対形成そして高圧下の超伝導と多彩かつ特徴的な物性が実験的に検証できたことが強調されている。特に、梯子の超伝導に関しては、高圧下でのみ発現する理由が推定され、理論的に予想された梯子上の1次元的な超伝導ではなく、異方的な2次元面での超伝導現象であると結論されている。

 本研究は、1次元及び梯子型銅酸化物の実験研究を飛躍的に進展させることに多大な貢献をなし、既にして内外の研究者から高い評価を受けている。これらの成果は、高温超伝導体における対形成の機構についての有用な知見、洞察を与えるもので、超伝導工学に寄与するところ大であると判断される。

 よって本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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