近年、地球規模で海水域や湖沼の富栄養化現象が社会問題となっている。この富栄養化は一般家庭や工場からの排水により生じるリン酸塩や硝酸塩類が、閉鎖的な水域に集積することにより起こる。これが赤潮やアオコといった水面の着色現象を引き起こし、水面の景観を悪化させる。さらに陸水では悪臭を放ち水道水源の質を低下させ、内湾では水産養殖に大きな被害をもたらす。このような富栄養化にともなう藻類の異常増殖現象は、我々の社会生活に大きく関わるのものであり、早期に検知し、対策を打つ必要がある。しかし、これらの簡便な検出法はの開発は立ち後れている。 微細藻類の検出には生物の核酸を定量する核酸法、生体のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を測定するATP法、顕微鏡での目視による計数法がある。上記2つは他の微生物も同時に定量することになり、後記については専門的判別が必要であり不適切である。また藻類が持つクロロフィルaを測定するクロロフィルa法があるが、ある特定の藻類を検出するには不適切である。 そこで本研究では異常増殖現象の原因とされる微細藻類を対象とした、迅速かつ簡便な微細藻類測定装置の開発を行った。まず、赤潮については日本沿海で水産養殖に被害をもたらすラフィッド藻に注目し、化学発光法を用いて微細藻類測定装置を構築することを目的とした。次に湖沼などで大量発生するラン藻を計測するため、藻類の光合成色素の蛍光特性の違いを利用した蛍光法によるセンサーの構築を目的とした。 第1章は緒論であり、世界各地で出現している水の華現象とその藻類の検知法についての知見をまとめた。次いで、発光及び蛍光法を利用したセンサーの動作原理および自動化技術ついてめまとめた。 第2章では赤潮原因藻ラッフィド藻が放出するスーパーオキサイドを指標にした迅速測定法について検討した。ラフィド藻の一種であるChattonellaは日本近海で発生する赤潮の主な原因藻の一つである。近年、このChattonellaがスーパーオキサイド(O2-)や過酸化水素(H2O2)などの活性酸素種を生成していることが明らかになった。そこで、生成する活性酸素種を指標に、化学発光法によりフローインジェクション法を用いて、迅速で簡便な発光型赤潮測定装置を構築した。 発光試薬としてO2-と特異的に反応し発光するウミホタルルシフェリン誘導体(MCLA)を用いた。本システムは2流路からなり、1つの流路には人工海水をキャリアー溶液として試料を送液し、もう1つの流路には発光試薬を送液した。なお送液はペリスタポンプで行った。2つの溶液は結合部で混合され発光する。この発光を渦状フローセル上に設置された光電子増倍管で検知し、発光強度を出力電圧に変換してレコーダーで記録した。 プランクトンを含んだ懸濁溶液をこのシステムに注入したところ、O2-に特異的な検出ピークが得られた。また、この培養懸濁液にO2-消去酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)を添加したところ発光が抑制された。このことから試料を注入したときの発光は、O2-による発光であることが確認された。さらに超音波破砕した試料においては、ほとんど発光が認められなかった。このことにより、この発光はC.marinaの細胞自身によるものではなく、細胞内で生産され細胞外に放出されたO2-であることが示唆された。この方法実際はO2-を測定しているため、O2-を放出する藻類であればこの方法を応用してモニタリングが可能と考えられる。 細胞濃度と発光量の相関性において、発光量は細胞濃度に依存し、103-105 cells ml-1で直線的な相関関係が得られた。検出下限は103 cells ml-1レベルであり、本装置を赤潮の早期検知に用いることができることが示唆された。 第3章では赤潮の原因藻類のその他のラッフィド藻が放出する活性酸素種を指標にした迅速測定法について検討した。日本のみならず、全世界で発生する赤潮の主な原因藻の一つであラフィド藻Heterosigma akashiwoも、近年Chattonella同様にO2-やH2O2などの活性酸素種を生成していることが明らかになった。O2-は非常に不安定で寿命も短く、より安定で寿命が長いH2O2を検出する方が感度が高く検出できると考え、発光試薬としてO2-と特異的に反応し発光するMCLA、またはH2O2についてはルミノールとその酸化を触媒する酵素ペルオキシダーゼ(POD)を用い、発光反応を検出するセンサーを構築した。 ルミノール/POD系発光について検討した。プランクトンを含んだ懸濁溶液をこのシステムに注入したところ、活性酸素に特異的な検出ピークが得られた。また、この培養懸濁液にSOD及びカタラーゼを添加した結果、発光が抑制された。このことから試料を注入したときの発光は、O2-およびH2O2による発光であることが確認された。さらに、他の藻類の珪藻のSkeletoma costatum、Chaetoceros socialeや紅藻Porphyridium sp.などからは、発光が検出されなかった。このことからH.carteraeを特異的に検出できることを確認した。 種々の最適化を行った後、測定条件を確定し、細胞濃度と発光強度との関係を調べた。H.akashiwoの細胞濃度102-105 cells ml-1の範囲では発光と細胞濃度に良い相関が見られ、検出下限は102 cells ml-1であった。 第4章では光合成色素を指標にしたアオコの原因となるラン藻の検出について検討した。実際に現場で微細藻類を検出するに当たっては、試薬などを用いずに環境を害さないセンサーが望まれている。その為には生物の持つ固有の色素を、直接計測器で検出した方が適切であると思われた。微細藻類の計測にはクロロフィルa抽出法による微細藻類の定量が主流である。とうのもクロロフィルaがすべての微細藻類に含まれ、光合成の中心となっているからである。しかしながらこの方法は、ラン藻に対する特異性を欠いている。そこで、アオコ形成種であるラン藻に属するMicrocystis aeruginosaに着目し、ラン藻などにのみ含まれる光合成色素のフィコシアニンの蛍光性質に基づいてセンサーを開発した。 ラン藻に含まれるフィコシアニンは、620nmの光に励起されると645nm付近に蛍光のピークを持つ。また、全ての植物プラントンに含まれるクロロフィルaは、440nmの光に励起すると680nm付近に蛍光のピークを持つ。この特性を利用してラン藻を選択的に測定ができると考えらた。クロロフィルaの蛍光において、緑藻のChlorella vulgarisは680nmに蛍光のピークが現れたが、ラン藻のM.aeruginosaにはこの蛍光のピークが見られなかった。またフィコシアニンの蛍光においては緑藻のC.vulgarisにおいては680nmに蛍光のピークが現れたが、ラン藻にはこの蛍光のピークが見られなかった。よって、この波長条件では、ラン藻を除いた他の藻類の全体量の測定が可能であると思われた。この条件によりラン藻における検量線を作成したところ1000cells ml-1レベルで細胞濃度と蛍光強度に相関関係が見られた。しかし、藻類が群体を形成し蛍光強度が安定化しないため、十分な再現性が得られなかった。これを改善するため藻類の分散による超音波処理を行った。その結果、超音波20分では蛍光強度が3倍程度増強し、より高感度に検出できることが示唆された。 第5章では第4章で得られた知見をもとに、蛍光法を用いて2つの色素の蛍光特性、超音波処理での応答の増強、および安定化といった特性を用いてセンサーを構築した。この微細藻類測定装置では、蛍光波長は680nm(ch1)と645nm(ch2)である。室内培養したラン藻Anabaena sp.、M.aeruginosa、Phormidium sp.、及び緑藻C.vgarisと珪藻Nitzschia sp.,Skeletonema sp.の試料を用いて純系クローンでの室内試験を行った。まず、超音波処理時間について検討したところ、M.aeruginosaでは時間依存的に応答値が増大し、約20分後に安定した。顕微鏡観察では、10分後にはM.aeruginosaの群体が分散され、20分後にはほぼ細胞がほとんど確認されなかった。また、その他の細胞も同様であった。そこで以後の超音波処理時間は20分とした。 次に、試料中のクロロフィルa濃度とch1及びch2の関係を検討した。クロロフィルa濃度はアセトン抽出による吸光法を用いて測定した。その結果、各微細藻類でch1の応答値とクロロフィルa濃度濃度の関係において、クロロフィルa濃度が広い範囲において直線関係を示した。ラシ藻は単細胞体、糸状体や群体を形成するものが多く、細胞数の計数は難しい。そこで、試料中のラン藻の濃度は、フィコシアニンの指標となるch2で評価することにした。室内培養したM.aeruginosaは、ch2の応答値とクロロフィルa濃度が10-3〜101g ml-1の広い範囲にわたって良い直線関係を示し、10-3g ml-1レベルの検出が可能であった。また細胞濃度は、10-2cells ml-1レベルで検出が可能であった。一般にM.aeruginosaが約104cell ml-1を超えると湖水が着色し「アオコ」という現象になる。このことより、このセンサーは、「アオコ」発生の約100分の1の濃度からの測定が可能であると思われた。 そこでこのセンサーを用いて霞が浦で現地稼働試験を行った。センサーはストップドフロー式を採用した。計測のサイクルは20分の超音波処理と5分の送液及びセルの洗浄からなり連続的な計測が可能になった。また得られたデータから一日の微細藻類の変動はほとんどないことが確認された。 第6章では第5章で作成したセンサーをこれを用いて長期モニタリングを行った。春期から夏季にかけてラン藻類が多く、また夏期から冬季にかけてそれが減少している結果が示唆され、本センサーは長期モニタリングにも適用できることが示唆された。 第7章は結論であり、本研究で得られた結果をまとめた。 |