CFRP積層板においては,最終破壊以前に破断強度よりも遥かに低い応力でマトリックスクラック(Matrix Crack)が生じる事が知られている.マトリックスクラックの発生により積層板の挙動は非線形的なものとなり,また,クラック先端の応力集中が,隣接層の損傷を引き起こすことから,マトリックスクラック発生を把握することはこの材料を用いた設計を行う上で重要である.これまでマトリックスクラック挙動を対象とした様々な研究が行われてきているが,マトリックスクラック挙動を予測するための理論解析の分野においては,簡単な積層構成であるクロスプライ積層板を対象としたものが、ほとんどであり,実際に用いられる擬似等方性積層板などに対する解析的アプローチは少ない. 本論文においては任意の積層構成を有する複合材料積層板におけるマトリックスクラック挙動を解析的に明らかにすることを目的とし,損傷力学を用いた予測モデルを提案した.さらに近年開発された高性能CFRP積層板に対して準静的引張試験・引張疲労試験・熱疲労試験を行い,微視的損傷発生・進展プロセスを実験的に明らかにした.また実験結果と解析結果を比較し,提案したモデルの妥当性を検証した. 第2章においては,損傷力学的手法を用いた,マトリックスクラックを有する複合材料積層板の熱・弾性解析を利用し,任意の積層板におけるマトリックスクラック挙動の予測手法を提案した. (1)マトリックスタラッタ発生に伴うエネルギー解放率を算出し,臨界エネルギー解放率を基準とするエネルギークライテリオン及び,臨界平均応力をクライテリオンとする平均応力クライテリオンに基づくマトリックスクラック挙動の解析手法を提案した. (2)90°層の厚さの異なる,同一の剛性を有する擬似等方性積層板に対してエネルギー解放率及び平均応力を計算した.これにより積層板応力・応力フリー温度からの温度差・積層構成(90°層の厚さ)の影響を考察した. (3)エネルギー及び平均応力クライテリオンに基づくマトリックスクラック挙動の解析結果に与える臨界値の大きさの影響を考察した. (4)エネルギー及び平均応力クライテリオンの両クライテリオンを満たしたときにマトリックスクラックが発生すると考える予測手法を提案した. (5)提案した予測手法に基づき,マトリックスクラック挙動を考慮した応力-ひずみ関係を例示した. 第3章においては3種類の材料系(エポキシ系層間強化型CFRP T800H/3900-2,ビスマレイミド系耐熱CFRP G40-800/5260,熱可塑性ポリイミド系耐熱CFRP IM600/PIXA)の複数の積層構成に対して準静的引張負荷下における微視的損傷挙動に着目した詳細な観察を行った. (1)各積層板に対し引張試験を行い,負荷過程中における各層のマトリックスクラック挙動及びはく離挙動に関して,光学顕微鏡及び軟X線探傷装置を用いた観察を行った.これにより微視的損傷挙動に及ぼす材料系・積層構成・温度の影響を明らかにした. (2)第2章で提案した損傷力学解析を用いたマトリックスクラック挙動の予測手法の妥当性を確認した,図1に示すように,各材料系に対して臨界エネルギー解放率及び臨界平均応力を与えることにより,90゜層のマトリックスクラック以外の損傷が発生していない領域においては予測結果は実験結果をよく説明できることが確認された. (3)層間はく離の生じた部分におけるマトリックスクラック挙動についても第2章で提案した手法を用いて予測可能であることが確認された. (4)本手法を用いたマトリックスクラック挙動を考慮した応力-ひずみ挙動の解析結果の妥当性を確認した.本解析ではマトリックスクラック発生に伴う積層板剛性の低下を大きく見積もるため,応力-ひずみ挙動における非線形性を大きく見積もることが確認された. 第4章においてはエポキシ系層間強化型CFRP T800H/3900-2の3種類の擬似等方性積層板に対して引張疲労負荷下における微視的損傷挙動に着目した詳細な観察を行った. (1)3種類の擬似等方性積層板に対し引張疲労試験を行い,疲労負荷過程中における各層のマトリックスクラック挙動及びはく離挙動に関して,光学顕微鏡及び軟X線探傷装置を用いた観察を行った.これにより微視的損傷挙動に及ぼす積層順序の影響を明らかにした. (2)マトリックスクラック発生繰り返し回数に関して,積層構成によらず統一的に説明するため,層内最大引張応力のべき乗の形で整理する手法を提案した.この結果,層内引張応力範囲とマトリックスクラック発生繰り返し回数は,積層構成によらず同一の曲線で表されることが確認された. (3)第2章で提案した損傷力学の手法を用いて,マトリックスクラック発生に伴うエネルギー解放率を計算し,Nairnらの方法に従い,図2に示すように,マトリックスクラック密度増加速度とエネルギー解放率範囲を形式的に修正Paris則の形に当てはめることによりマトリックスクラック挙動のモデル化を試みた.この結果,層間はく離が発生するまでについては本手法により積層構成に関わらず,統一的に評価が可能であることを示した. 第5章においては熱可塑性樹脂であるPEEKを母材に用いたCFRP AS4/PEEKの2種類のクロスプライ積層板に対して熱疲労負荷下における微視的損傷に着目した詳細な観察を行った. (1)2種類のクロスプライ積層板に対して熱疲労試験を行い,熱疲労負荷過程中における各層のマトリックスクラック挙動及びはく離挙動に関して,光学顕微鏡及び軟X線探傷装置を用いた観察を行った.これより微視的損傷挙動に及ぼす積層構成・繰り返し温度範囲の影響を明らかにした. (2)各層に存在するマトリックスクラックの相互作用を考慮した損傷力学解析を行い,温度範囲・積層構成の変化に対するエネルギー解放率及び平均熱残留応力とマトリックスクラック密度の関係を示した.実験結果より得られたマトリックスクラック密度範囲においてはマトリックスクラックの相互作用の影響は小さいことが確認された. (3)マトリックスクラック発生に伴うエネルギー解放率を計算し,引張疲労負荷下における場合と同様にNairnらの方法に従い,マトリックスクラック密度増加速度とエネルギー解放率範囲を形式的に修正Paris則の形に当てはめることにより,マトリックスクラック挙動のモデル化を試みた.この結果,層が厚い場合には,エネルギー解放率範囲で必ずしも統一的に表せないことが明らかになった. (4)(3)の結果より,マトリックスクラック密度増加速度と繊維直角方向の平均応力をべき乗の形で表す手法を提案し,図3に示すように層が厚い場合には本手法で積層構成によらず統一的に説明できることを示した. 図表図1 準静的負荷下におけるマトリックスクラック密度-積層板ひずみ / 図2 引張疲労負荷下におけるマトリックスクラック密度増加速度-エネルギー解放率範囲 / 図3 熱疲労負荷下におけるマトリックスクラック増加速度-層内引張応力範囲 以上により任意の積層構成を有する積層板におけるマトリックスクラック挙動の予測手法及び,マトリックスクラック挙動を考慮した積層板の力学的挙動の予測手法が確立されたと言える.これまでの設計基準においてはマトリックスクラック発生を許容しない設計基準がとられていたが,本解析を用いることにより,マトリックスクラックの発生・進展を考慮した損傷許容設計が可能となり工学的意義は大きいと考えられる. |