学位論文要旨



No 115235
著者(漢字) 谷中,雅顕
著者(英字)
著者(カナ) ヤナカ,マサアキ
標題(和) 高分子フィルム上に形成された脆性薄膜の強度評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 115235
報告番号 甲15235
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4730号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 助教授 藤本,浩司
 東京大学 助教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 真空製膜技術の進歩により、高分子フィルム上へ、巻取方式による高速かつ大面積の真空成膜が広く行われるようになった。機能性の高い薄膜を高分子フィルム上に成膜した、「機能性フィルム」材料が各分野で注目され開発が進められている。機能性フィルム材料に共通する特性として、フィルム基材の柔軟性が挙げられる。この特性を十分に活用するためには、材料が実際に使用される変形負荷下において薄膜の機能性劣化がない事が重要である。しかし、機能性薄膜には脆性を示す材料が多く、薄膜の破壊に伴う機能性劣化が懸念される。

 機能性フィルム材料の中で、薄膜の強度特性がその機能性に非常に強く反映する例として、透明ガスバリアフィルムがある。これは厚さ10m程度の高分子フィルム上に10nmオーダーの極めて薄い無機酸化物層を蒸着したものであり、酸化や水蒸気による劣化を防ぐ目的で、食品や医薬品、電子部品などの包装材料として注目されている。透明バリアフィルムの主たる機能は気体透過の高い遮断性である。もし、加工工程あるいは実際の使用状況での熱、機械負荷によって薄膜破壊が生ずれば、その機能性は著しく劣化する。従って、透明バリアフィルムでは、劣化を最小限に留めるための材料構成や加工プロセス設計が特に必要であり、そのためには、負荷下での薄膜の破壊進展過程を定量的に理解することが不可欠である。

 しかし、従来研究では、薄膜破壊の進展過程について詳細に研究した例はほとんどなく、さらに、フィルム材料の実際の加工工程において重要となる、破壊に対する温度の影響についての報告例も非常に少ない。このため、透明バリアフィルム材料に最適な材料設計および加工プロセスが実現されているとは言い難いのが現状である。

 このような観点から、本論文では透明バリアフィルムの基本構成である、SiOx蒸着薄膜/PET基材フィルム2層構成材を研究対象とし、引張り負荷下におけるクラック破壊進展機構およびそれに伴う気体バリア性能の劣化過程を定量的に理解することを目的とする。

 本論文は全6章で構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の対象となる機能性高分子フィルム材料、特に透明バリアフィルム材料についてその開発動向について述べ、つづいて高分子基材上の脆性薄膜の強度評価に関する現状と問題点をまとめた。また、これを踏まえて本研究の目的と意義を述べた。

 第2章「引張り負荷下におけるSiOx/PET中の破壊進展の測定」では、光学顕微鏡と加熱炉を備えた薄膜破壊進展のその場観測システムを新たに構築し、本研究での具体的な研究対象であるSiOx蒸着薄膜/PETフィルム材について、SiOx薄膜の破壊進展過程のその場観察を行い、破壊進展に及ぼす残留歪み、薄膜厚さ、温度の影響について実験的に明かにした。具体的には以下の結果を得た。

 (1)SiOx薄膜の破壊は、歪みが10%以下では主に引張り荷重に垂直な方向に多数のクラックが生じ、それ以上の歪みでは、薄膜と基材のポアソン比のミスマッチにより座屈もしくは剥離破壊が主となる。

 (2)SiOx薄膜の厚さが、43〜320nmの範囲で測定した結果、クラックが発生する歪みは薄いほど高く、残留歪みを考慮した薄膜の初クラック発生応力値は膜厚の-1/2乗によく比例を示した。また、クラック数進展が進んだ後は、膜厚が薄いほうが高いクラック数を示した。

 (3)室温から150℃の範囲で測定を行った結果、クラックが発生する歪みは温度に依らず1.3±0.05%とほぼ一定値を示したが、クラック数は温度が上昇するほど、ほとんどの歪みにおいて減少を示した。

 (4)SiOx中の残留歪みは、膜厚が薄くなるほど圧縮方向に増大を示す。

 (5)PETのガラス転移に伴う大幅な収縮により、SiOx薄膜の応力値は温度上昇と共に圧縮方向に増加を示す。一方、PET中の引張り残留歪みは、弾性率の大幅な低下のために、ガラス転移温度以上では急激な増加示した。

 (6)クラック発生後、水滴により界面の付着強度を弱め、薄膜層を剥離させた試料を用い、PETが表面に露出した部分のAFM測定を行った結果、クラックがSiOxの厚さの5%程度PET中に侵入していることが分かった。

 第3章「薄膜クラック進展の解析」では、2章で測定したSiOx薄膜中のクラック数進展の機構を定量的に明かにした。まず、PET基材の応力歪みを適切に考慮するために弾塑性FEMによって断片化された薄膜中の応力解析を行い。応力クライテリオンによるクラック数進展の予測を行った。次に、薄膜中の応力を簡便に表わす別の方法として、従来の薄膜解析に用いられたシェアラグ模型に対して、残留歪みとPETの降伏状態を考慮した修正を行い、また、応力分布を弾塑性FEMと比較することにより、模型中の基材中にズリ変形が生じる深さの最適値を決定した。この修正シェアラグ模型を用いてクラック数進展の予測を行った。具体的には以下の結果を得た。

 (1)SiOx薄膜のマルチプルクラック進展は、弾塑性FEMによる応力解析を用いた最大応力クライテリオンにより良く説明することが出来る。

 (2)本解析で提案した修正シェアラグ模型では、模型中の一つのパラメータを適切に決定することで、広いクラック範囲に渡って弾塑性FEMによる薄膜応力分布をよく再現することが可能となる。その結果シェアラグ模型によるクラック進展の予測も可能となる。

 (3)さらに、クラック進展の温度依存性に関しては、室温での実験結果に対するフィッティングから最適なシェアラグパラメータ値を求め、高温での予測を行う時には同じ値を用いることにより、シェアラグ解析単独でクラック進展の温度依存性をよく説明出来た。この結果より、高温で実測されたクラック数の減少は、PETのガラス転移に伴う弾性率の大幅な低下が原因であることがわかった。

 第4章「薄膜の破壊進展と酸素透過率の相関関係」では、薄膜の破壊進展と酸素バリア性劣化の関係を定量的に明かにした。まず、SiOx/PET材の引張り酸素透過度測定を実施し、引張り負荷下におけるバリア性能の劣化を実験的に明かにした。また、同試料のクラック数進展測定および、原子間力顕微鏡によるクラック開口幅測定を行い、薄膜破壊状態とバリア性能劣化の関係を実験的に比較した。次に、このクラックの進展および開口の測定結果を用い、気体が周期的クラックを通じて拡散する理論から、バリア性能劣化の予測を行った。具体的には以下の結果を得た。

 (1)酸素透過度が急激に増加し始める歪みは、クラックの発生と非常に良い一致を示す。一方、歪みが増すにつれて、膜厚が異なる試料ではクラック密度に大差が生じるにも関わらず、透過度はPET基材単体の値に漸近する一つの曲線上に集まった。

 (2)周期的クラックを通じて気体が拡散する理論から予測される結果と、実験結果はよく一致を示した。

 (3)これより、たとえクラックの開口がわずかであっても、PET基材内での拡散により透過度の増加が顕著となることが実験、理論から示された。ガスバリア性の劣化を防ぐには、クラック数を減らすことが重要となる。

 第5章「アコースティックエミッション法による薄膜損傷進展評価」では、アコースティックエミッション(AE)により、引張り負荷下における薄膜破壊進展の測定および評価を行った。実際のフィルム材料は多層構成をとることが多く、内部層の破壊進展を光学的に観察することは容易ではない。AE法はそのような場合に有効であり、実用上重要な手法である。

 薄膜破壊によって発生したAE信号は、フィルム材料全体の厚さが非常に薄いことから、周波数依存性を持つ板波として効率良く伝搬する。本SiOx/PET材の厚さは10m程度であり、そのためVHF帯域でのAE波検出が望ましい。本論文では、この周波数帯域に感度を持つZnO圧電薄膜を超音波センサとして用いた。また、試料とセンサは水によって結合させ、AE信号の水中への放射角度分布の測定を行った。さらに、水中に放射されるAE波の角度および周波数スペクトルを2次元波動方程式から求め、実験結果との比較を行った。具体的には以下の結果を得た。

 (1)クラックと剥離の2種類の破壊で生じるAE信号は、水中への放射角度分布がそれぞれ異なり、特に、クラックによるAEは、試料に垂直な方向には放射されない事、一方、剥離破壊では、ほぼ等方向にAE信号は放射される事が、実験と理論の両方から示された。

 (2)実験と理論で得られたAE波の周波数スペクトルには、いずれも漏洩ラム波によるピークが見られ、両者は良い一致を示した。

 (3)これより、材料が不透明や、多層構成をとる等、破壊進展を直接観察することが困難な場合においても、破壊進展を評価する事が可能となり、実用上の有用性が高い。

 第6章では、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討した。

 以上により、クラック数進展の詳細な観察に基づく破壊プロセスの適切なモデル化が行われ、また、破壊進展と気体バリア性の劣化過程の定量的な関連づけも可能となった。本論文の成果により、透明バリアフィルム材料において、最終的に必要とされるバリア性能を見据えた、最適な材料および加工プロセス設計を行うための重要な指針を与えることが可能となり、その工学的意義は大きいものと考える。

審査要旨

 修士(理学)谷中雅顕提出の論文は、「高分子フィルム上に形成された脆性薄膜の強度評価に関する研究」と題し、6章よりなる。

 透明ガスバリアフィルムは厚さ10m程度の高分子フィルム上に10nmオーダーの極めて薄い無機酸化物薄膜を蒸着したものであり、酸化や水蒸気による劣化を防ぐ目的で、食品や医薬品、電子部品などの包装材料として注目されている。薄膜が脆性を示すことから、膜の強度評価は不可欠であるが、膜厚が極めて薄いため評価方法が確立されていないのが現状である。本論文では透明バリアフィルムの基本構成である、SiOx蒸着薄膜/PET基材フィルム2層構成材を研究対象とし、引張り負荷下におけるクラック破壊進展機構およびそれに伴う気体バリア性能の劣化過程を定量的に理解することを目的としている。本論文は全6章で構成されている。

 第1章は「序論」であり、高分子基材上の脆性薄膜の強度評価に関する現状と問題点をまとめた上で、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章は「引張り負荷下におけるSiOx/PET中の破壊進展の測定」であり、光学顕微鏡と加熱炉を備えた薄膜破壊進展その場観測システムを新たに構築し、SiOx薄膜の破壊進展に及ぼす残留歪み、薄膜厚さ、温度の影響について実験的に明らかにしている。その結果、SiOxの破壊は、歪みが10%以下では主に引張り荷重に垂直な方向に多数のクラックが生じ、それ以上の歪みでは、薄膜と基材のポアソン比のミスマッチにより座屈もしくは剥離破壊が主となる。クラック発生応力値は膜厚の-1/2乗によく比例する。クラック数増加が十分進んだ後は、薄い膜の方が高いクラック数を示す。クラック発生応力値は温度に依らずほぼ一定値をとるが、その数は温度が上昇するほど減少することなどを明らかにしている。

 第3章は「薄膜クラック進展の解析」であり、クラック数増加の機構を定量的に明らかにしている。まず、PET基材の弾塑性挙動を適切に考慮するために、弾塑性有限要素法(FEM)によって薄膜応力解析および、応力クライテリオンに基づくクラック数増加の予測を行い、実験をよく説明している。次に、従来解析に用いられたシアラグ模型に対して、残留歪みと基材の降伏状態を考慮した修正を行い、模型中の一つのパラメータをFEMの結果と比較して決定することにより、弾塑性FEMによる薄膜応力分布をよく再現し、クラック進展が予測可能となることを明らかにしている。特に高温では、室温と同じパラメータ値を用いることによりシアラグ解析単独でクラック進展の温度依存性をよく説明している。

 第4章は「薄膜の破壊進展と酸素透過率の相関関係」であり、薄膜の破壊進展と酸素バリア性劣化の関係を定量的に明らかにしている。まず、SiOx/PET材の引張り酸素透過度測定を実施し、引張り負荷下におけるバリア性能の劣化を実験的に明らかにしている。透過度が急増し始める歪みは、クラックの発生と非常に良い一致を示すなどの結果を得ている。次に、気体が周期的クラックを通じて拡散、透過する過程のモデル化を行い、クラックの進展および、開口測定の結果からバリア性能劣化の予測を行い、理論モデルと実験結果のよい一致を得ている。

 第5章は「アコースティックエミッション法による薄膜損傷進展評価」であり、アコースティックエミッション(AE)により、引張り負荷下における薄膜破壊進展の測定および評価を行い、光学的観察が困難な場合に有効な強度評価手法を提案している。薄膜破壊によって発生したAE信号は、材料全体の厚さが10m程度と非常に薄いため、VHF帯域の板波として効率良く伝搬することから、この周波数帯域に感度を持つZnO圧電薄膜を超音波センサとして用いている。クラックと剥離の2種類の破壊で生じるAE信号は、水中への放射角度分布がそれぞれ異なり、特に、クラックによるAEは、試料に垂直な方向には放射されないこと、一方、剥離破壊では、ほぼ等方向にAE信号は放射されることを明らかにしている。また、AE波の周波数スペクトルには、理論と実験ともに漏洩ラム波によるピークが見られ、両者の良い一致を得ている。

 第6章では、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

 以上要するに、本論文は、高分子フィルム上に形成された脆性薄膜について、そのクラック数増加の詳細な観察結果に基づく破壊プロセスのモデル化を行い、また、破壊進展と気体バリア性の劣化過程を定量的に関連づけている。これにより、透明バリアフィルム材料において、最終的に必要とされるバリア性能を見据えた、最適な材料および加工プロセス設計を行うための重要な指針を与えることが可能となり、その工学的意義は大きいものと考える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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