植物のシュート構築に中心的な役割を果たしているのが茎頂分裂組織(SAM)であり、SAMからの葉の分化様式(葉序、葉間期)がシュートの形を決定するときの重要な要因である。本研究は、葉原基の分化様式の異常を示すイネの3種類の変異体を用い、SAMの構造と葉原基の分化様式(葉序、葉間期)との関係を解明するとともに、葉の形態形成を制御する遺伝的プログラムを明らかにすることを目的として行ったものである。 まず野生型イネの葉の発生過程と表面構造を走査型電子顕微鏡を用いて3次元的に観察した。また、22種のイネ科植物の葉身、葉鞘それぞれの向軸、背軸の4種類の表面構造を調査し、多くのイネ科植物種では、少なくとも2つの表面構造が類似しており、これら4種類の葉の表面構造は必ずしも独立に決定されているのではないことを示した。 続いて、変異体を用いて葉の分化様式の遺伝的制御機構を解析した。葉間期が短くなる変異体pla1-1とpla1-2を同定し、解析した。pla1は栄養生長期において葉原基を約2倍の速さで分化した。その時のSAMの形は野生型と変わらなかったものの、幅、高さはともに大きかった。従って、葉間期の制御にはSAMの大きさが重要であると考えられる。細胞周期のS期に発現するhistone H4を用いてpla1のSAMでの細胞分裂活性を調査したところ、葉原基の分化速度に比例して活性化していた。pla1の生殖生長の開始時期は野生型と変わらなかったが、pla1では1次枝梗原基がシュートに転換し、穂の代わりに複数のシュートが抽出した。しかし2次枝梗分化期に特異的に分化する苞毛も観察され、pla1では生殖生長期のプログラムと栄養生長のプログラムが同時に発現していることが明らかになった。従って、pla1は葉間期を短くするとともに栄養生長期を延長するヘテロクロニー突然変異であることが明らかになった。 次に、葉序が異常となるdec変異体を用いて、SAMと葉序及び葉の形態形成との関係について解析した。dec変異体ではライフサイクルを通じて多面的な異常が見られたが、約半数の個体で栄養生長初期に葉序が互生から十字対生に転換した。しかし、ファイトマー当たりの葉間期は野生型とdec変異体で変わらなかった。このときのSAMは大きく、扁平であった。従って、DEC遺伝子は栄養生長初期でSAMの形、大きさを維持することによって、葉序の制御をしていると考えられる。dec変異体は葉にも異常を示し、葉身-葉鞘の境界が葉の長軸に対して斜めにずれて形成されていた。またそのずれ方には規則性があり、葉身-葉鞘境界の決定と葉の発生位置との間には密接な関係があった。 葉の形態及び葉序、葉間期が異常となる3遺伝子座に由来するsho変異体を解析した。これらは発芽初期に多数の糸状の葉を不規則な葉序で分化した。このときのSAMは、高さは低いが幅の広い扁平なものが多かった。SAMの構造と葉原基の分化様式との関係を解析したところ、葉原基分化のパラメータに対してSAMの高さ/幅の値が最も高い相関を示し、葉原基の分化にはSAMの形が最も重要であると考えられる。sho変異体の発芽後初期におけるSAMの細胞分裂活性を調査したところ、野生型よりも活性化されていた。またイネホメオボックス遺伝子OSH1の発現パターンを調べたところ、sho変異体のSAMでは、野生型に比べてOSH1の発現領域が狭くなっていた。すなわち、sho変異体では、SAMの中で葉原基となり得る領域が野生型よりも拡大していた。従って、SHO遺伝子はSAMの構造を維持し、葉原基分化を時間的、空間的に制御する遺伝子であると考えられる。sho変異体の異常は栄養生長後期になると次第に消失し、葉序も1/2互生へと戻った。しかしその過程での葉の形態は非常に多様であった。これらの葉の発生過程を詳細に解析することにより、イネの葉には中心部-周縁部方向にcentral、lateral、marginalの3つの領域が存在し、shoでは、central領域に比べlateral及びmarginal領域の生長が遅れたり、停止することによって、様々な形態の葉が形成されることが明らかになった。 以上、本研究は、葉の分化に関わる3種類の変異体を用いて、イネの葉の分化様式(葉序、葉間期)の時間的、空間的制御機構を明らかにするとともに、葉原基分化に対するSAMの構造の重要性を指摘したものであり、学術上、応用上価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |