No | 115240 | |
著者(漢字) | 山中,武彦 | |
著者(英字) | Yamanaka,Takehiko | |
著者(カナ) | ヤマナカ,タケヒコ | |
標題(和) | 合成性フェロモンを用いたアメリカシロヒトリ個体群の制御 : 野外試験とシミュレーションモデルによる検討 | |
標題(洋) | Field trials and model simulations for controlling the fall webworm, Hyphantria cunea(Drury)with synthetic sex pheromone | |
報告番号 | 115240 | |
報告番号 | 甲15240 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2085号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生産・環境生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 性フェロモンは環境への毒性が低く、極低濃度で種特異的に働くため、1960年代以降様々な鱗翅目害虫の性フェロモンが同定されるにつれ、これを害虫防除に利用する動きが高まってきた。学位申請者は、アメリカシロヒトリ(Hyphantria cunea(Drury))に対する合成性フェロモン製剤を用いたフェロモン防除法の有効性を確かめるために、野外実験及びモデルのシミュレーション解析を併用した研究を行ってきた。本学位論文は、本種の配偶飛翔の行動特性と個体群動態の理解を通じて、性フェロモンを用いた害虫防除がどのような効果を発揮するかを分析したものである。 アメリカシロヒトリは戦後北米から侵入し、日本各地に分布を広げて、主に市街地において、広範囲の落葉広葉樹を食害する大害虫となった。都市緑地という人間の生活空間で発生する本種の防除にはとくに、環境への影響が少ない性フェロモンを利用した防除の可能性を検討する意義は大きい。さらに、本種は、多くの人工物に囲まれ生息地が分断されている都市環境で発生するため、防除対象外の地域からの移入による被害の発生は少ないと考えられること、高濃度・長期間使用可能な誘引力の高い合成性フェロモン製剤が開発されたこと、雌成虫は交尾後その場に定着して産卵するため、既交尾雌の移動による被害の拡大の恐れがないことなど、性フェロモン利用による防除を行う上で有利な点が多いと思われる。 第1章では、1994年から1996年にかけて東京都江東区豊洲の街路樹を用いて実用面を考慮した野外実験を行った。約500mに渡って88本の街路樹に各1個のフェロモントラップを設置し(1996年の試験)、同じ規模の無処理区と比較した。防除効果を確かめるため、つなぎ雌の交尾率を調査したところ、条件によってはトラップ設置区で交尾抑制効果が示された。しかし、幼虫による街路樹の食害度(木当たり巣網数)を比較すると、一部のケースを除いて、試験区を無処理区よりも有意に低く抑えることは出来なかった(図1)。その原因として、試験区の規模が小さ過ぎたため周囲からの雄成虫の移入による交尾があったこと/雄成虫密度が高い発生の最盛期にはトラップが飽和してしまったこと/トラップ設置区の個体群密度が大量誘殺法の効果を発揮できる範囲を超えた高いレベルにあったこと、の3点が考えられた。 そこで第2章では、雄成虫の飛翔能力と飛翔による分散様式を調べるため、フライト・ミルを用いた潜在的飛翔力の測定/フェロモン源を置いた室内風洞による交尾飛翔時間帯の把握/野外での標識再捕獲による分散様式の観測、という一連の実験を行った。フライト・ミル実験では、本種雄成虫は12時間で平均7220m飛び、飛翔性の強い鱗翅目移住種に匹敵する飛翔能力を潜在的に有することが示された。しかし、フェロモン源を置いた風洞実験において、雄成虫の交尾のための飛翔活動は明け方に相当する短い時間帯(約1時間)にのみ集中した。また野外における標議再捕獲でも、フェロモントラップで再捕獲された位置は放逐した場所からあまり大きく離れていなかった。本種雄の交尾のための実際の飛翔距離が潜在飛翔能力に比べるとずっと短いことは、性フェロモンを利用した防除法にとって有利な条件となるはずである。 第3章では、局所的にフェロモントラップを設置した場合の防除メカニズムを調べた。通常の粘着板を付けたフェロモントラップ/粘看板なしのフェロモントラップ/無処理の3条件の試験区を設け(1区あたり10本の樹にトラップを設置)、同時に、各試験区に処女雌トラップ(処女雌をフェロモン源にしたトラップ)を1区あたり5本の樹に設置して、処女雌トラップに捕獲された雄成虫数を比較した(少ないほど交尾成功率が低いと想定)。本実験は1999年7月に第1世代成虫の発生進行に応じて2回試験を行った。その結果、まず、通常のフェロモントラップと粘着板なしのフェロモントラップの試験区間には有意差がなかった。そこで、これら2つのフェロモントラップ処理区における処女雌トラップの雄成虫捕獲数をプールし、それを無処理区と比較したところ、成虫発生初期の低密度期では処理区の方で処女雌トラップに捕まった雄が有意に少なかった。この結果は、局所的に設置したフェロモントラップは、雄を捕獲するよりもむしろ誘引し惑わすことで、成虫低密度の条件下では雌の交尾成功率が下がって、防除効果が期待できることを示唆している。しかし、羽化発生が進んで高密度期になると有意な抑制効果は得られなくなってしまった。 第4章では以上の野外実験の結果をうけて、空間的に構造化されたモデルを構築し、侵入・誘引・捕獲がフェロモン防除法に与える影響を考察した。第一のモデルとして、個体ごとの交尾行動の詳細を個別に記述した個体ベースモデルを構築した。このモデルでは、トラップから環境中にフェロモンが風に乗って流れ出ている。雄成虫は、ランダム飛翔/フェロモン物質に接触してあらわれる風上飛翔/フェロモンから外れたときのジグザグ飛翔、という一連の行動を行う。シミュレーションの結果、風がある程度揺らぐ条件下で、雑成虫はトラップの周りに有意に集中分布すること(図2)、高濃度でフェロモンが放出されても雄の捕獲数は上がらないが、トラップ周辺への雄の集中はより顕著になることが示された。また、雄によるジグザグ飛翔の回数を増やすと、トラップ周辺への集中分布はより顕著になった。これらの結果により、これまでフェロモンによる防除のなかであまり考えられてこなかった雄によるジグザグ飛翔が、雄成虫のトラップへの集中分布に強く関与していると示唆された。また、製剤の担持量をある程度以上に増加しても雄の捕獲効率を上げる効果はないこと、トラップの周りに雄成虫を引きつけることで他所にいる処女雌の交尾成功率を下げる可能性のあることが示された。 ところが、「トラップ周辺に多くの雄を引き寄せるけれど、捕獲数は増えない」という状況が、トラップの近くに雌成虫がいた場合の交尾成功率を高めてしまう危険性はないのだろうか?そこで第5章では、第二のモデルとして、複数のトラップと雌成虫を組み込んだ格子モデルを新たに構築した。このモデルはセル(局所生息場所)状環境を考え、セル間の個体の移動を考慮しながら、各セル毎に個体数を計算するものである。ここではランダム飛翔/ジグザグ飛翔/交尾/捕獲の4つにカテゴリーを分け、シミュレーション解析を行った。その結果、高密度では防除効果が期待できなくなること、およびトラップの配置の仕方によっては防除効果を下げてしまう可能性が示峻された。 第6章では、第三のモデルとして、本種の日齢構成/有効積算温量に基づく成長/寄主植物の季節的消長、を盛り込んだ時間構造化モデルを構築した。これにより予測された本種の個体数の発生消長は現実の年3化の個体群動態と非常に近い挙動をし(図3)、このモデルの記述力の高さが示された。さらに、このモデルにフェロモントラップなどの防除手段の効果を総合的に組み込むことで、本種の個体群動態に与える影響を考察した。その結果、薬剤防除は一時的効果を発揮しても有効性が続かないこと、大量誘殺法は高密度期には効果を発揮しないことが示された。しかし、個々の防除法単独では本種を効果的に抑制することはできなくても、それぞれを補完的に組み合わせることで、本種を低い密度に抑えることが可能であると思われる。 以上のように本学位論文では、性フェロモンによるアメリカシロヒトリの防除を実際に試み、その結果をもとに防除効果ならびに個体群動態を予測するための3つのモデルを構築した。これらのモデルは生物学的意味を持ちながら、現実の防除プログラムにも応用可能な新しいアプローチである。今後、さらに生物学的な詳細の組み入れ・防除試験の結果のフィードバックを重ねることで、アメリカシロヒトリ防除プログラムを構築する際の中核となりうると考える。 | |
審査要旨 | アメリカシロヒトリHyphantria cunea(Drury)は街路樹や庭園樹の害虫であり、都市環境で発生するため対象外の地域からの移入が少ないこと、誘引力のきわめて高い合成性フェロモン剤が開発されたこと、既交尾雌の移動がないことなど,性フェロモン防除に有利な点が多いと思われる。本論文は、合成性フェロモン剤を用いた本種の大量捕獲防除法の有効性を明らかにすることを目的に野外実験とモデルシミュレーションを行い、交尾飛翔特性と個体群動態の理解に基づいて性フェロモンの防除効果を分析したものである。 第1章では、江東区豊洲の街路樹を用いて野外実験を行った。一定区間の街路樹各1本に1個のトラップを設置し、防除効果をつなぎ雌の交尾率で評価したところ、設置区で交尾抑制効果が示された。しかし、被害(巣網数)は一部を除き抑えられなかった。その原因として、試験区の規模が小さ過ぎた、高密度でトラップが飽和した、個体群密度が効果が得られる範囲を超える高レベルにあった、の3点が考えられた。 第2章では、雄成虫の交尾飛翔能力と分散様式を知るため、フライト・ミルによる飛翔力測定、室内風洞による飛翔時間帯の把握、野外標識再捕獲による分散様式の観測を行った。その結果、雄の高い潜在飛翔能力が示されたが、一方、交尾飛翔が明け方の短い時間帯に集中し、しかも再捕獲位置が放飼点からあまり離れなかったことから、雄の実際の交尾飛翔距離は潜在能力によって示された飛翔距離よりも短いことが推測され、このことは性フェロモン防除に有利な条件であると思われた。 第3章では、局所的にフェロモントラップを設置した場合の防除機構を調べた。トラップに粘着板を付けた区と付けない区を設け、同時に設置した処女雌トラップの捕獲数を比較した結果、粘着板ありとなしの間には有意差がなかった。そこで、2つのトラップ処理区の処女雌トラップ捕獲数をプールして無処理区と比較したところ、低密度期には処理区で捕獲数が有意に少なかった。これらの結果は、局所的に設置したフェロモントラップは雄を捕獲するよりもむしろ誘引し惑わすことで防除効果が期待できることを示している。 第4章から第6章では、野外実験結果をうけてモデルシミュレーションを行った。第一は個体の配偶行動を記述したモデルで、トラップから流れ出たフェロモンに雄が反応して一連の行動を行う。シミュレーションの結果、風がゆらぐと雄がトラップの周りに集中分布すること、フェロモン濃度が上昇すると雄の捕獲数は上がらないのにトラップの周りにより多くの雄を引きつけるので、全体の雌交尾率を下げる可能性があることなど、興味深い点が示唆された。ここで、雄がトラップの周りに集中分布するとき、もし近くに雌成虫がいるとかえって交尾率を高めてしまう危険性が考えられたので、第二のモデルとして複数のトラップと雌成虫を組み込んだ格子モデルを構築して検討を加えた。ここからはトラップの配置の仕方によっては防除効果を下げてしまう場合があることが示唆され、フェロモンによる防除におけるトラップ配置の重要性が示された。つぎに、第三のモデルとして本種の日齢/成長および寄主植物の消長を盛り込んだ時間構造化モデルを構築した。これにより予測された発生消長は現実の個体群動態ときわめて近い挙動を示し、このモデルの記述力の高さが示された。このモデルにフェロモントラップ、殺虫剤散布、剪定などの防除手段の効果を総合的に組み込んで、個体群動態を考察した。その結果から、個々の手段単独では十分な効果を上げられない高密度条件下でも複数の防除法を補完的に組み合わせることで防除効果があがる可能性が示された。 以上、性フェロモンによるアメリカシロヒトリの防除を実際に試み、その結果をもとに防除効果ならびに個体群動態を予測するための3つのモデルを構築した。これらのモデルは生物学的意味を持ちながら、現実の防除プログラムにも応用可能な新しいアプローチである。以上の成果は学術上も応用上もきわめて高い価値を有することから、審査委員一同は本論文を博士(農学)を授与されるべきと結論した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54742 |