本学位論文で、申請者はアジアのイネ栽培地に広範囲に発生しイネ収量の減少をもたらすグラッシースタント病・病原ウイルスの全ゲノム構造を明らかにした。 実験方法としては、罹病イネ葉からウイルス成分を精製し、抽出RNAよりランダムcDNAライブラリーを作製し,100個以上のランダムcDNAクローンの塩基配列を詳細に解析した。その結果は、3章に分けて記述されているが、各車とも以下に述べるように極めてオリジナリティーに富む内容となっている。 すなわち、第1章では、イネグラッシースタントウイルスの南フィリピン分離株の全遺伝子構造(25,159塩基)を明らかにし、本研究より1-2年先立って全塩基配列が決定された北フィリピン分離株との相違を塩基配列レベルで調べた。その結果,本ウイルスゲノムを構成する6種類のRNAセグメント間でリアソートメントが生じていることが明らかになった。分節ゲノムウイルスにおけるリアソートメントは動物ウイルスではよく知られた現象だが、植物ウイルスの自然界でのリアソートメント現象を塩基配列レベルで証明したのは、本研究が初めてである。この研究結果は国際的にも高く評価され、最近、国際学術雑誌であるVirologyに掲載された。 第2章では、グラッシースタント病罹病イネ葉より新種のイネウイルスと推察されるRNAゲノムを発見し、その全遺伝子構造を明らかにした。本ゲノムを既知のウイルスゲノムを比較した結果、双子葉草本および果樹類に感染するダイアンソウイルスと極めて類似性が高いことが明らかになった。単子葉植物からダイアンソウイルス様のゲノムが発見されたのは初めてであり、先駆的な研究成果と評価される。この研究結果は、国際学術雑誌Jounal of General Virologyに投稿され、現在審査を受けている。 さらに第3章では、グラッシースタント病罹病イネ葉より検出された2種類のレトロトランスボゾン様RNAのアミノ酸配列を明らかにし、これらがこれまで未報告のレトロトランスポゾンである可能性を示した。検出された2種類のレトロトランスポゾンがグラッシースタントウイルスあるいは第2章に記述された新種ウイルス様ゲノムの感染によって誘発されたものか否かは不明だが、今後新たな研究領域を切り開く可能性のある重要な発見と言える。 このように、本学位論文で、申請者はイネグラッシースタント罹病イネ葉を材料に、病因学的に極めて価値のある3種類の異なる現象を明らかにし、さらにこれらの相互作用がウイルス病徴や伝搬性など生物学的表現型変異の主要因である可能性を議論している。本研究で明らかになった現象は、今後さらに詳細な解析を行うことにより、新たな研究分野を切り開ける可能性があり、将来への発展性を含んでいる点が高く評価出来る。 本学位論文はイネグラッシースタント病の病因に関する豊富な研究成果を含むと共に、高いオリジナリティをも示しており、審査委員一同、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |