学位論文要旨



No 115244
著者(漢字) 尤,淑艶
著者(英字)
著者(カナ) ユウ,シュウエン
標題(和) ダイズにおける莢実の個体内分布と子実収量との関係
標題(洋)
報告番号 115244
報告番号 甲15244
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2089号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山岸,順子
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 坂,齋
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 助教授 八巻,良和
内容要旨

 ダイズは世界的に最も重要な作物の一つであり、その需要は世界人口の増加と生活の向上にともなって拡大しつつある。ダイズの子実収量決定機構の解明は、多収穫を目指した品種育成および栽培方法の確立にとって極めて重要なものである。今までに行われた研究では、ダイズの収量はシンク容量を増大させることにより増加する可能性が示されている。そこで本研究ではダイズの収量構成要素のうち、主として個体あたりの莢数に関与する落花・落莢数と個々の子実重の2点に着目し、シンク容量を決定する要因に関して研究を行った。試験には有限型の3品種、つまり、粒数型のコガネダイズと早熟のスズマル、および大粒のエンレイを供試し、始めに落花・落莢数および子実重の個体内における分布と品種間差の実態を調べた。また、遮光処理、摘花処理および高CO2処理を行い、莢の着生と1粒重の個体内における分布の変化を調べ、個々の子実のシンクとしての能力について検討した。さらに、子実の細胞数および細胞の大きさを調べることにより個体内および品種間での子実重が異なる原因について検討した。得られた結果は下記の通りである。

I.莢実の個体内分布および1粒重

 1.供試した3品種に共通して主茎下部には主茎分枝が着生するため開花数が多く、その中でも0次花房、1次花房および2次花房の開花数が大きな割合を占めた。主茎上部節位の開花数は主茎下部と比べて少なかった。

 2.落花・落莢率は、節位別で見た場合、中間部の節位で最も高く、それより上部、または下部の節位に向かって減少する傾向が見られた。各節での落花・落莢しやすい花房次位は基部節から上部節へ向かって高次位花房から低次位花房へと転換していくことが観察された。また、花位の上昇に伴って落花・落莢率が増加した。これらのことは3品種共通して認められた。

 3.着莢数は開花数の多い主茎下部において主茎上部より多かった。主茎下部の中では低節位、主茎上部の中では高節位の着莢数が少なかった。また、花房次位から見れば、1次莢数が多く、3次莢数が少なかった。

 4.1粒重に関しては、花房次位別に見ると、1粒重の軽い子実では2次、2次椏枝および3次花房の割合が高く、1粒重の重い子実では0次、1次の割合が増加した。そして、重い子実は主として0次または1次花房によって構成されることが分かった。同一節位の中で、花房次位が高まるのにつれて1粒重は減少した。また、花位では花位が高まるのにつれて1粒重は減少した。粒位では粒位が高まるのにつれて1粒重は増加した。個体全体から見た場合、最も重い子実は個体の頂端の0次花房にあった。

 5.子実収量に最も貢献の大きかったのは着莢数の多い主茎下部の節であった。花房次位別に見ると、主茎下部の節では0次、1次花房の貢献が大きかったのに対して、主茎上部では1次花房または2次椏枝花房の方が大きかった。

 これらのことから、低次位花房において落花、落莢率が低く、1粒子実重が重いため、低次位花房の割合の大きい主茎下位節位が個体あたりの子実収量に大きく寄与することが分かった。

II.莢実の個体内分布および1粒重に対する遮光処理の影響

 1.開花期における遮光処理による個体あたり開花数への影響は、供試した3品種ともに少なかった。

 2.開花期遮光処理により3品種とも個体全体の落花・落莢率は増加した。節位によって落花・落莢率は異なったが、同一節位の中では低次位花房の0次、1次の落花・落莢率が最も高かった。同一花房の中では第1花位を除いて各花位において遮光により落花・落莢率が増加した。

 3.しかし、開花期遮光処理によりコガネダイズおよびスズマルでは0次または1次花房の1粒重が増加したため、個体全体の子実重の減少は莢数の減少から予想されるよりも少なかった。それに対し、エンレイでは、1粒重の変化は認められなかった。

 以上より、開花期のみの遮光によって莢数が減少することにより、登熟期における子実間の競合が少なくなり、コガネダイズおよびスズマルでは1粒重の増加が認められたが、エンレイでは1粒重は変化しなかった。

III.1粒重に対する摘花処理の影響

 1.高次位花房摘花処理により供試した3品種いずれにおいても、0次花房と1次花房の着莢数が多くなり、1粒重も増加した。

 2.低次位花房摘花処理により3品種共通して各節位での着莢数が増加した。増加程度は主茎下部の節位で大きかった。摘花処理によりコガネダイズとスズマルでは1粒重の増加が認められたが、エンレイでは認められなかった。

 3.0次のみ残す摘花処理では3品種共通して各節位での莢数が増加し、第3節の増加幅が最も大きかった。0次花房の1粒重は顕著な増加を示した、また、1莢のみ残す摘花処理によっても0次花房の1粒重が3品種共通して増加した。

 このことは、1粒重の大きい0次花房においても、他の子実との競合が少なくなればさらに1粒重を増加させることを示している。これは低次位花房摘花処理や遮光処理の場合に変化が認められなかったエンレイにおいても認められた。

IV.莢実の個体内分布に対する高CO2処理の影響

 1.コガネダイズについて試験を行った結果、開花期における高CO2処理は個体あたりの開花数に影響を与えなかった。しかし、開花期から収穫期まで高CO2処理を行うと充実期における0次、2次および3次花房の落花・落莢率が減少し、そのため、特に主茎下部の着莢数が増加した。

 2.開花期のみの高CO2処理では個体あたり平均1粒重は対照区と変わらなかったが、開花開始日から収穫まで高CO2処理をすることにより平均1粒重は対照区より増加した。これを花房次位別に見ると、1次花房の1粒重は対照区より増加したが、0次および高次位花房の1粒重は変わらなかった。つまり、落花・落莢率が減少した花房においては1粒重は変化しなかったが、落花・落莢率が変わらなかった1次花房においては1粒重が増加した。

 遮光処理、摘花処理および高CO2処理の結果から、個体内における莢間の競合がある場合には落花・落莢数が最も影響を受けやすい要素であり、競合が小さいと落花・落莢率が減少することが明らかとなった。次いで1粒重が影響をうけ、競合が小さいと1粒重が増加することが分かった。また、これらの変動程度には、節位および花房次位による差が認められることおよび品種間に差異が認められることが明らかとなった。

V.子葉細胞数および細胞の大きさと1粒重との関係

 1.1粒重は子葉の細胞数と細胞の大きさによって決まると考えられるが、品種間の1粒重の差異は主として細胞数の差によることが認められた。

 2.同一品種においては、個体内の異なる位置の1粒重の差は主として細胞の大きさの差により生じたものであり、細胞数には大きな違いが認められなかった。したがって、1粒重の小さい位置にある子実においても、子実重をさらに増加させる能力があることを示していると考えられた。

 以上を要するに本研究は、ダイズの収量構成要素のうち主として落花・落莢数と個々の1粒重に着目して、シンク容量を決定する要因について調べ、最も変動しやすい形質が落花・落莢数であり、次いで1粒重であることを明らかにした。また、これらの変動程度には、節位および花房次位による差が認められることおよび品種間に差異が認められることを示した。さらに、個体内の異なる位置に着生する子実においてもシンクとしての能力には差異が認めがたいこと、および品種間には個々の子実のシンクとしての能力に差異があることを示唆したものである。

審査要旨

 ダイズの収量はシンク容量を増大させることにより増加する可能性があるとされ、密植などにより着莢数を増加させることに主眼がおかれてきた。しかしながら、ダイズは落花・落莢数が多いことおよび個々の子実の重量の変異が大きいことから、シンク容量という点ではそれらの形質も重要な課題である。本研究ではダイズの収量構成要素のうち、主として個体あたりの着莢数に関与する落花・落莢数と個々の子実重の2点に着目し、シンク容量を決定する要因に関して研究を行ったものである。得られた結果の概要は以下のようにまとめられる。

 1.粒数型2品種(コガネダイズ、スズマル)および粒重型1品種(エンレイ)を用い、落花・落莢と着莢、および1粒重の個体内分布の実態を明らかにした。そして、それらは節位、花房次位などの個体内の位置によって異なること、また、品種間に差異があることを認めた。また、供試した3品種とも、分枝が着生して低次位花房の割合の大きい主茎下位節位の収量に対する寄与が大きいことを確認した。

 2.開花期遮光処理により、3品種とも子実収量が減少したが、それは、落花・落莢数が増加し、着莢数が減少したためであり、落花・落莢数の増加程度は主茎下位で大きいことを明らかにした。また、コガネダイズ、スズマルでは1粒重が増加することによって着莢数の減少に伴う収量の減少を補償するが、エンレイでは1粒重の変化は認められないことを明らかにした。

 3.摘花処理により着莢数を制限すると、コガネダイズ、スズマルでは1粒重の増加が顕著に認められたが、エンレイでは各節に1莢残した場合のように強度な摘花処理を行わないと増加は認められないという結果を得た。このことから、コガネダイズ、スズマルはエンレイに比べて、1粒重をさらに増加させる能力が高いことが示された。

 4.コガネダイズにおいて高CO2処理を行った結果、子実収量は増加した。それは、開花期における落花・落莢率は変化しなかったが、充実朝における0次、2次および3次花房の落花・落莢率が減少すること、また、0次、2次および3次花房の1粒重は変化しなかったが、1次花房の1粒重が増加することによることを明らかにした。加えて、この結果から、落花・落莢率および1粒重が花房ごとに決められていることが示された。

 5.遮光処理、摘花処理および高CO2処理の結果から、個体内における莢の間の競合がある場合には落花・落莢数が最も影響を受けやすい要素であり、競合が小さいと落花・落莢率が減少すること、次いで、1粒重が影響を受け、競合が小さいと1粒重が増加することが示された。そして、これらの関係は節位あるいは花房次位ごとに決まっていること、加えて、これらの関係には品種間に差異があり、エンレイにおいてはコガネダイズ、スズマルと比較し、1粒重が変化しにくいことを明らかにした。

 6.個々の子実における子葉細胞数と細胞の大きさを調べた結果、個体内の異なる位置の子実における細胞数には大きな違いがないことを認めた。このことから、個々の子実のシンクとしての能力には差異がないことが示され、1粒重の小さい位置にある子実においても、さらに1粒重を増加させる能力があることが示唆された。また、品種の間の1粒重の差異は主として細胞数の差によっており、品種間には個々の子実のシンクとしての能力に差異があることが示された。エンレイ子実の1細胞あたりの重さはコガネダイズ、スズマルの1細胞あたりの重さよりも重く、エンレイにおいては他の2品種に比較し、子実がシンクとしての能力を通常栽培条件下において、より多く発揮していることを推察した。

 7.これらの結果から、収量の向上をめざすためには着莢数の増大をはかると共に、個々の子実の持つシンクとしてのポテンシャルを充分発揮させ、1粒重の増大をはかることが有効であると結論された。このことは、特にコガネダイズ、スズマルのように1粒重をさらに増加させる能力が高い品種では収量の増大に結びつくと考えられた。

 以上、本研究は、ダイズの収量構成要素のうち主として落花・落莢数と個々の1粒重に着目して、シンク容量を決定する要因について調べ、ダイズにおけるシンク容量に関して重要な知見を与えたものであり、応用上のみならず学術上も貢献するところが大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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