本研究は、生理活性を持つエレモフィラン類の合成にも適用できると考えられるdendryphiellin Cの合成とそれの応用であり、2章からなる。多官能基性のエレモフィラン類には、植物毒素、ホルモン作用をはじめ、多様な生物活性を持つものが多い。著者はこの点に着目して以下の合成研究を行った。 第1章ではdendryphiellin Cの合成について述べている。 Dendryphiellin C 1は、1988年から1990年にかけて、Pietraらによって、海洋の不完全菌であるDendryphiella salinaの代謝産物として単離、構造決定された一連のdendryphiellin類の一種であり、低濃度で雑草に対してのみ毒性を示すbipolaroxin 2や、ブラシノライドに対する阻害作用を示すKM-01 3等のエレモフィラン類と類似のトリノルエレモフィラン骨格を有している。又、3位にKM-01と全く同じ構造のメチル分岐を持つオクタジエン酸をエステル結合で有している。Dendryphiellin Cは、特に活性についての報告のない化合物ではある。著者はその合成が前記の類似エレモフィラン類の合成に対する足掛かりを与えるものと考え、合成を行っている。 まずトリノルエレモフィラン骨格の合成を行った。 -ケトエステル4を酵母還元して得られる光学活性なアルコール5から6工程68%で出発物質となる3員環を有する化合物6を調製した。続いてBirch還元の条件下での3員環の開裂とメチル化、保護基のかけ替え、TMSメチルビニルケトンとのRobinson成環反応を行うことによりオクタロン骨格を構築した。さらに、アリル位のブロム化と脱HBrによる共役ジエノン構造の導入、Davis試薬によるケトンの位の酸化、水酸基の保護、エステル結合部位となる水酸基の脱保護を行い、トリノルエレモフィラン骨格部分10を合成した。(6より12工程、4.8%) 次に、市販の(S)-(-)-2-メチルブタノール1lから出発し、カルボエトキシメチレントリフェニルホスホランとWittig反応を繰り返すことによって炭素鎖を伸長し、側鎖カルボン酸13を合成した。(11より6工程、18%) 最後に、母核のアルコール10と側鎖カルボン酸13の山口法による縮合及び脱保護を行うことにより、dendryphiellin C 1を得た。合成品の分光学的データは文献値と良く一致した。以上のようにして、収束的合成法により、ケトアルコール6から14工程、3.8%でdendryphiellin C 1を合成した。 第2章では、第1章での合成法を応用して植物毒素bipolaroxinの合成に着手した結果について述べている。 Bipolaroxinはdendryphiellin Cと類似のエレモフィラン骨核を有している為、ジエノン9に水酸基を導入するところまでは第1章と同じ方法で合成できる。 ところで、前述のスキーム中、8から9への変換では、NBSによるアリル位のブロム化に続いて脱HBrを行うことにより、共役ジエノン構造を導入したが、アリル位のみの選択的ブロム化は低収率であった為、別の方法を検討し収率の改善を図った。その結果、エノン8をHMDS、TMSIで熱力学的に安定なシリルエノールエーテルとした後に、DDQとcollidineにより脱ハイドロシリル化を行うことにより、46〜56%の収率で9を得ることができた。 9を酸化して生成したアルコール14に対して、アルキル化の検討を行った。ケトン14のカルボニル基をアセタールとして保護し、水酸基の酸化を行ってケトン15とした後に、2-ブロモ-2-プロペノールによるアルキル化を行って16を合成しようと計画したが、アセタール保護がうまく進行せず15を調製できなかった。 次にアルコール14の水酸基をシュウ酸エステルとして保護した後、塩基でアシル転位を起こそうと考え、いくつかの塩基を試みたが、いずれも転位は起きなかった。 そこで、モデル化合物19を用いてアルキル化の検討を行った。20をブロモ酢酸エチルでアルキル化したところ、TBS保護基がエノラートに転位しつつ反応が進行し21が生成した。次に保護基をTHPに変更して同様にアルキル化を行ったが、今度はO-アルキル化が進行した。現在、他の保護基で検討中である。 今後、適当な保護基のもとにアルキル化を行い、Eschenmoser試薬によるエキソメチレンの導入等の工程を経て2へと導く予定である。 以上、本論文はトリノルエレモフィラン骨格を持つdendryphiellin Cの合成に成功し、その方法のエレモフィラン類への応用を試みており、有機合成分野において学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと判定した。 |