学位論文要旨



No 115245
著者(漢字) 赤尾,寛子
著者(英字)
著者(カナ) アカオ,ヒロコ
標題(和) 光学活性エレモフィラン類の合成研究
標題(洋)
報告番号 115245
報告番号 甲15245
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2090号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 農業生産の場においては、約一万年前に農耕が開始されて以来、様々な技術が開発されてきた。農薬の開発もその一つであろう。現在、農業生産の効率化という点において、農薬の存在、特に除草剤の存在を無視することはできない。何故ならば、雑草の繁殖は農作物の減産を引き起こし、又その駆除には絶大な労力を必要とするからである。そこで、現在でも広く、農薬となる可能性を秘めた各種の植物生理活性物質の探索が続けられている。

 近年、植物病原菌の産生する毒素として、いくつかのエレモフィラン骨格を持つセスキテルペン類が発見された。1985年菅原らによって、Bipolaris cynodontisの培養液から単離、構造決定されたbipolaroxin 1もその一つである。1は非常に高い宿主選択性を持ち、bermuda grass等の雑草に対してのみ高い活性を示した。又、1994年には丸茂らによって、bipolaroxin 1のエステル体であるKM-01 2がDrechslera avenaeの菌体から単離、構造決定されたが、これはブラシノライドに対する阻害作用を示した。

 ところで、1988年から数年間にわたり、Pietraらによって、海洋の不完全菌であるDendryphiella salinaから一連のdendryphiellin類が単離、構造決定された。これらの化合物群については、これまでのところ特に活性についての報告はないが、いずれも1及び2と同様に、エレモフィラン、或いはトリノルエレモフィラン骨格を有している。特にdendryphiellin C 3はKM-01 2と同じ脂肪酸側鎖を持っている。

 そこで、1及び2等の有用な生理活性物質を合成する為の足がかりとして、3の合成法を確立することは重要と考え、まず3の合成を行った。次に1の合成に着手した。

 

第1章Dendryphiellin Cの合成

 Dendryphiellin C 3は、1989年に、トレント大学のPietraらによって、海洋の不完全菌であるDendryphiella salinaの代謝産物として単離、構造決定された。彼等は1988年から1990年にわたって、一連のdendryphiellin類を単離しているが、これらは側鎖のカルボン酸と母核部分の構造が少しずつ異なる。Dendryphiellin C 3は、トリノルエレモフィラン骨格を持ち、3位水酸基に炭素数9個からなる、KM-01 2と同じ構造の脂肪酸をエステル結合で有している。

1)トリノルエレモフィラン骨格部分の合成

 -ケトエステル4を酵母還元して得られる光学活性なアルコール5から6工程68%で出発物質となる3員環を有する化合物6を調製した。この3員環をBirch還元の条件で開裂後メチル化し、さらに保護基のかけ替えを行って7とした。これを熱力学的に安定なエノラートとした後に、TMSメチルビニルケトンとRobinson成環反応を行うことによりオクタロン骨格を構築した。続いて、アリル位のブロム化と脱HBrを行い、共役ジエノン構造を導入した。さらにケトンの位をDavis試薬で酸化して水酸基を導入し、アルコールの保護、続いてエステル結合部位となるアルコールの脱保護を行い、トリノルエレモフィラン骨格部分10を合成した。(6より10工程、3.0%)

 

2)側鎖カルボン酸の合成

 市販の(S)-(-)-2-メチルブタノール11から出発し、これをPCC酸化してアルデヒドとし、カルボエトキシメチレントリフェニルホスホランとのWittig反応及びエステルの還元を行ってアルコール12を得た。

 同様にして炭素鎖をさらに伸長し、最後にエステルの加水分解を行うことによって、側鎖カルボン酸13を合成した。(11より6工程、18%)

 

3)Dendryphiellin C 3の合成

 最後に、母核のアルコール10と側鎖カルボン酸13の縮合及び脱保護を行うことにより、dendryphiellin C 3を合成した。DCCカップリングは低収率だったが、山口法による縮合では高収率を得ることができた。合成品のNMRスペクトルと旋光度は文献値と良く一致した。

 

第2章Bipolaroxinの合成研究

 Bipolaroxin 1の単離及び生理活性については前述したが、この化合物はdendryphiellin C 3と類似した母核を有している。従って、ケトン9に水酸基を導入するところまでは3と同じ方法で合成できると考えられる。

 ところで、前述のスキーム中、8から9への変換では、NBSによるアリル位のブロム化に続いて脱HBrを行うことにより、共役ジエノン構造を導入した。この方法ではアリル位のみの選択的ブロム化が困難であり、ジブロム体の副成を押さえる為、原料が約半分消費された段階で反応を止めたが、モノブロム体と原料8との分離が困難で、9は低収率でしか得られなかった。

 そこで別の方法を検討した。エノン8をHMDS、TMSIで熱力学的に安定なシリルエノールエーテルとした後に、DDQとcollidineにより共役ジエノンへと酸化を行うことにより56%の収率で9を得ることができた。

 9を酸化して生成したアルコール14に対して、アルキル化の検討を行った。ケトン14のカルボニル基をアセタールとして保護し、水酸基の酸化を行ってケトン15とした後に、2-ブロモ-2-プロペノールによるアルキル化を行って16を合成しようと計画したが、アセタール保護がうまく進行せず15を調製できなかったのでこの方法は断念した。

 

 次にアルコール14の水酸基をシュウ酸エステルとして保護した後、塩基でアシル転位を起こそうと考え、いくつかの塩基を試みたが、いずれも側鎖の加水分解が起こるだけで転位は起きなかった。

 

 そこで、モデル化合物19を用いてアルキル化の検討を行っている。20をブロモ酢酸エチルでアルキル化したところ、TBS保護基がエノラートに転位しつつ反応が進行し、21が生成してしまった。そこで保護基をTHPに変更して同様にアルキル化してみたが、今度はO-アルキル化が進行してしまった。

 

 現在、保護基の検討を行っているところである。今後、適当な保護基のもとにアルキル化を行い、Eschenmoser試薬によるエキソメチレンの導入等の工程を経て1へと導く予定である。

 

まとめ

 以上述べたように、酵母還元によって不斉を導入したアルコール6から出発して、トリノルエレモフィラン骨格を持つ光学活性なdendryphiellin Cを合成した。この方法を応用して、雑草に対して特異的に毒性を示すbipolaroxinの合成を検討中である。

審査要旨

 本研究は、生理活性を持つエレモフィラン類の合成にも適用できると考えられるdendryphiellin Cの合成とそれの応用であり、2章からなる。多官能基性のエレモフィラン類には、植物毒素、ホルモン作用をはじめ、多様な生物活性を持つものが多い。著者はこの点に着目して以下の合成研究を行った。

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 第1章ではdendryphiellin Cの合成について述べている。

 Dendryphiellin C 1は、1988年から1990年にかけて、Pietraらによって、海洋の不完全菌であるDendryphiella salinaの代謝産物として単離、構造決定された一連のdendryphiellin類の一種であり、低濃度で雑草に対してのみ毒性を示すbipolaroxin 2や、ブラシノライドに対する阻害作用を示すKM-01 3等のエレモフィラン類と類似のトリノルエレモフィラン骨格を有している。又、3位にKM-01と全く同じ構造のメチル分岐を持つオクタジエン酸をエステル結合で有している。Dendryphiellin Cは、特に活性についての報告のない化合物ではある。著者はその合成が前記の類似エレモフィラン類の合成に対する足掛かりを与えるものと考え、合成を行っている。

 まずトリノルエレモフィラン骨格の合成を行った。

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 -ケトエステル4を酵母還元して得られる光学活性なアルコール5から6工程68%で出発物質となる3員環を有する化合物6を調製した。続いてBirch還元の条件下での3員環の開裂とメチル化、保護基のかけ替え、TMSメチルビニルケトンとのRobinson成環反応を行うことによりオクタロン骨格を構築した。さらに、アリル位のブロム化と脱HBrによる共役ジエノン構造の導入、Davis試薬によるケトンの位の酸化、水酸基の保護、エステル結合部位となる水酸基の脱保護を行い、トリノルエレモフィラン骨格部分10を合成した。(6より12工程、4.8%)

 次に、市販の(S)-(-)-2-メチルブタノール1lから出発し、カルボエトキシメチレントリフェニルホスホランとWittig反応を繰り返すことによって炭素鎖を伸長し、側鎖カルボン酸13を合成した。(11より6工程、18%)

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 最後に、母核のアルコール10と側鎖カルボン酸13の山口法による縮合及び脱保護を行うことにより、dendryphiellin C 1を得た。合成品の分光学的データは文献値と良く一致した。以上のようにして、収束的合成法により、ケトアルコール6から14工程、3.8%でdendryphiellin C 1を合成した。

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 第2章では、第1章での合成法を応用して植物毒素bipolaroxinの合成に着手した結果について述べている。

 Bipolaroxinはdendryphiellin Cと類似のエレモフィラン骨核を有している為、ジエノン9に水酸基を導入するところまでは第1章と同じ方法で合成できる。

 ところで、前述のスキーム中、8から9への変換では、NBSによるアリル位のブロム化に続いて脱HBrを行うことにより、共役ジエノン構造を導入したが、アリル位のみの選択的ブロム化は低収率であった為、別の方法を検討し収率の改善を図った。その結果、エノン8をHMDS、TMSIで熱力学的に安定なシリルエノールエーテルとした後に、DDQとcollidineにより脱ハイドロシリル化を行うことにより、46〜56%の収率で9を得ることができた。

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 9を酸化して生成したアルコール14に対して、アルキル化の検討を行った。ケトン14のカルボニル基をアセタールとして保護し、水酸基の酸化を行ってケトン15とした後に、2-ブロモ-2-プロペノールによるアルキル化を行って16を合成しようと計画したが、アセタール保護がうまく進行せず15を調製できなかった。

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 次にアルコール14の水酸基をシュウ酸エステルとして保護した後、塩基でアシル転位を起こそうと考え、いくつかの塩基を試みたが、いずれも転位は起きなかった。

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 そこで、モデル化合物19を用いてアルキル化の検討を行った。20をブロモ酢酸エチルでアルキル化したところ、TBS保護基がエノラートに転位しつつ反応が進行し21が生成した。次に保護基をTHPに変更して同様にアルキル化を行ったが、今度はO-アルキル化が進行した。現在、他の保護基で検討中である。

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 今後、適当な保護基のもとにアルキル化を行い、Eschenmoser試薬によるエキソメチレンの導入等の工程を経て2へと導く予定である。

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 以上、本論文はトリノルエレモフィラン骨格を持つdendryphiellin Cの合成に成功し、その方法のエレモフィラン類への応用を試みており、有機合成分野において学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと判定した。

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