学位論文要旨



No 115246
著者(漢字) 淡井,信将
著者(英字)
著者(カナ) アワイ,ノブマサ
標題(和) 生物活性を有する環状化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 115246
報告番号 甲15246
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2091号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 天然には多くの生物活性物質が存在するが、天然から微量にしか得られない化合物においてはその構造の確定、及び詳細な活性評価がなされていないものも多く、それらの解明に対し有機合成的手法によるサンプルの供給が果たす役割は大きい。また、有機合成の手法が確立されれば、一種類の天然体だけでなくその立体異性体、また天然には存在しない類縁体の調製も可能となり、それらを用いた生物活性試験で構造活性相関を明らかに出来る。ここでは興味深い生物活性物質のうちとくに環状化合物を取り上げ、それらの構造の確定、及びサンプルの大量供給を目的として合成研究をおこなった。

1.Rhinacanthus nasutusより単離された抗菌性ナフトキノン、rhinacanthoneの構造の改訂に関する研究

 Rhinacanthoneは東南アジアに分布する低木、Rhinacanthus nasutus(Acanthaceae)からイネのイモチ病菌に対する胞子発芽阻害活性物質(ED50値=0.4ppm)として単離された化合物であり、各種スペクトルデータの解析および合成研究に基づいてその構造はp-ナフトキノン型の1のように決定されていた。しかし、rhinacanthoneの紫外、可視スペクトルがo-キノン型構造の既知物質のそれに酷似していたため、その構造は1ではなく1’である可能性が高いと考えるに至った。そこでrhinacanthoneの構造および従来の合成経路の再検討を目的として1及び1’の両異性体を合成することとした。

 合成は1-メトキシ-2-ナフトエ酸メチル2を出発原料とし、イソブタン酸エステルとのアルキル化でピラン環形成に必要な炭素骨格を持つ3へと変換し、4への酸化、及び環化反応を経て7工程、全収率58%で1’を合成した。また1’の異性化により1も合成した。これらの構造は紫外、可視スペクトル、COLOC相関スペクトルの比較および1’のX線結晶構造解析によって確認し、それによりrhinacanthoneはo-キノン型構造の1’であることが確定した。

 

2.Rhinacanthus nasutusより単離されたテルペン側鎖を有するナフトキノンの合成研究

 RN-B(6,仮称)はRhinacanthus nasutus(Acanthaceae)から単離され、イネのイモチ病菌に対しrhinacanthoneよりもさらに強い胞子発芽阻害活性(ED50値=0.2ppm)を示す化合物である。本研究ではRN-Bの構造の確定、及び詳細な活性評価を行う為の標品の大量供給を目的として6の合成を行った。

 

 モノテルペン側鎖の合成はゲラニルアセテート7を出発原料とし、オゾン分解により得られる8の水酸基をハロゲンへと変換、さらに還元的に除去して9へと導いた。これをWittig反応で増炭した後3工程で酸塩化物10へと変換した。最後に、rhinacanthoneのジヒドロピラン環を開環してジオール中間体5とし、その側鎖上の水酸基を酸塩化物10を用いて選択的にアシル化することにより、62%の収率でRN-B(6)に変換することに成功した。

3.イネのファイトアレキシンであるoryzalexin Sの合成研究

 Oryzalexin S(11)はイネが生産するファイトアレキシンとして単離、構造決定されたステマラン骨格を有するジテルペンである。しかし、天然から単離された量が極く徽量であった為に、その絶対立体配置は決定されなかった。そこで、11の光学活性体を合成してその絶対立体配置を決定すると共に、ステマラン骨格の一般的合成法を確立することを目的として合成研究を行った。

 合成はWieland-Miesher ketone12を出発原料とし、アセタール保護及びアシル化で13とした後、3工程で2位に酸素官能基を導入して14を得た。14をアセタールで保護した後4位のメチル化反応を行ったところ、4位に正しい立体でメチル基を持つ15をほぼ定量的に得ることが出来た。最後に2位のアセタールの脱保護、及びBirch還元することにより2位の水酸基を立体選択的に導入し、oryzalexin SのAB環に相当する中間体16の合成に成功した。

 

4.シス-オクタリン骨格を有するアシルテトラミン酸系抗生物MBP049-13、及び類縁体の合成研究

 小房子嚢菌に属するOphiobolus rubellus MCI-2552菌株から単離されたMBP 049-13(17)はコラーゲン生合成系の酵素の一つであるプロリン水酸化酵素の選択的阻害剤であり、肝硬変等の臓器繊維化症の治療薬として期待されているが、現在その絶対立体配置は決定されていない。本研究では未だ合成が達成されていないシス-オクタリン骨格を有するアシルテトラミン酸系化合物の合成法を確立すると共に、17の絶対立体配置の確定を目的として合成研究を行うことにした。また同時に、MBP 049-13の類縁体30の合成研究も行うこととした。

 合成戦略としては化合物23を前駆体とした分子内Diels-Alder反応による立体選択的オクタリン骨格の構築を鍵段階とし、最後にアシルテトラミン部位を導入してMBP 049-13を合成するルートを検討した。

 

 まずチグリンアルデヒド18から4工程でWittig塩19を調製した。また、4-ブロモ-1-ブテン20より2工程で得られる対称ジオールのモノTBS化、及びヨウ素化により21とした。このものでフェニルチオ酢酸メチルをアルキル化した後、5工程を経てアルデヒド22へと導き、19とのWittig反応でテトラエン23を得ることが出来た。鍵反応となる23の分子内Diels-Alder反応は、通常の熱、又はLewis酸条件ではexo付加物である25を優先的に与えてしまい、目的の立体を有するendo付加物24は低収率で得られたのみであった。しかし、この反応を超高圧条件下(1.5GPa)、室温で行うとendo付加が優先的に起こり、目的の24が3:2の選択性にて高収率で得られた。24のラクトン環に対するセレノアニオンのSN2的置換反応で26とした後、4工程でシス-オクタリン部に相当する27を得ることに成功した。

 

 シス-オクタリン部に対するアシルテトラミン酸部位の導入については類縁体28を用いて検討しており、28を増炭した後にバリン誘導体とアミド化反応を行い、29を得ることに成功している。現在は29の環化による30への変換、及び27のMBP 049-13(17)への変換を検討中である。

審査要旨

 本研究は、植物及び微生物の生産する生物活性物質、その中でも環骨格を持つ化合物の合成研究に関するものであり4章からなる。

 第一章ではRhinacanthus nasutusより単離された抗菌性ナフトキノン、rhinacanthoneの合成による構造の改訂について述べている。

 Rhinacanthoneは低木であるRhinacanthus nasutus(Acanthaceae)からイネのイモチ病菌に対する抗菌物質として単離された化合物であり、その構造はp-キノン型の1のように決定されていた。しかし紫外、可視スペクトルがo-キノン型構造の既知物質のそれに酷似していたため、Rhinacanthoneはo-キノンである可能性が高いと考えるに至った。そこでrhinacanthoneの構造および従来の合成経路の再検討を目的として1及び1’の両異性体の合成を行った。

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 合成は2を出発原料とし、アルキル化で3へと変換した後4への酸化、及び環化反応を経て7工程で1’を合成した。また1’の異性化により1も合成した。これらの紫外、可視スペクトル、COLOC相関スペクトルの比較および1’のX線結晶構造解析によりrhinacanthoneはo-キノン型構造の1’であることが確定した。

 第二章ではRhinacanthus nasutusより単離されたテルペン側鎖を有するナフトキノンの合成研究について述べている。

 RN-B(6,仮称)はRhinacanthus nasutus(Acanthaceae)から単離され、イネのイモチ病菌に対し抗菌活性を示す化合物である。本研究ではRN-Bの構造の確定、及び詳細な活性評価を行う為の標品の大量供給を目的として6の合成を行った。

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 モノテルペン側鎖の合成は7を出発原料とし、オゾン分解により得られる8の水酸基を除去して9へと導いた。これをWittig反応で増炭した後3工程で酸塩化物10へと変換した。最後に、rhinacanthoneを開環して5とし、側鎖上の水酸基を10を用いてアシル化することにより、でRN-B(6)に変換することに成功した。

 第三章ではイネのファイトアレキシンであるoryzalexin Sの合成研究について述べている。

 Oryzalexin S(11)はイネが生産するファイトアレキシンとして単離、構造決定されたステマラン骨格を有するジテルベンであるが、その絶対立体配置は決定されていない。そこで、両鏡像体を合成してその絶対立体配置を決定すると共に、ステマラン骨格の一般的合成法を確立することを目的として合成研究を行った。

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 Wieland-Miesher ketone 12を出発原料とし、アセタール保護及びアシル化で13とした後、3工程で2位に酸素官能基を導入して14を得た。ビースアセタール15に変換した後4位のメチル化反応で15をほぼ定量的に得た。最後にBirch還元により2位の水酸基を立体選択的に導入し、oryzalexin SのAB環に相当する中間体16の合成に成功した。

 第四章ではシス-オクタリン骨格を有するアシルテトラミン酸系化合物MBP 049-13の合成研究について述べている。

 小房子嚢菌Ophiobolus rubellus MCI-2552菌株から単離されたMBP 049-13(17)はコラーゲン生合成系の酵素の一つであるプロリン水酸化酵素の選択的阻害剤であるが、現在その絶対立体配置は決定されていない。そこで両鏡像体の合成による絶対立体配置の決定を目的として合成研究を行った。

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 まず4-ブロモ-1-ブテン18より12工程を経てアルデヒド19へと導き、Wittig反応でテトラエン20とした。鍵反応となる20の分子内Diels-Alder反応は、超高圧条件下(1.5GPa)で行うことでendo付加が優先的に起こり、目的の21が3:2の選択性にて高収率で得られた。21に対するセレノアニオンのSN2的置換反応で22とした後、4工程でシス-オクタリン部に相当する23とし、さらに3工程で24へと変換した。

 以上、本論文では4種類の生物活性物質を取り上げ、それらの合成研究を行なっている。これは、有機合成化学の分野において、学術上貢献するところが多く、それと同時に、農学分野における実用面でもそれらの応用が期待される。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと判断した。

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