本研究は、植物及び微生物の生産する生物活性物質、その中でも環骨格を持つ化合物の合成研究に関するものであり4章からなる。 第一章ではRhinacanthus nasutusより単離された抗菌性ナフトキノン、rhinacanthoneの合成による構造の改訂について述べている。 Rhinacanthoneは低木であるRhinacanthus nasutus(Acanthaceae)からイネのイモチ病菌に対する抗菌物質として単離された化合物であり、その構造はp-キノン型の1のように決定されていた。しかし紫外、可視スペクトルがo-キノン型構造の既知物質のそれに酷似していたため、Rhinacanthoneはo-キノンである可能性が高いと考えるに至った。そこでrhinacanthoneの構造および従来の合成経路の再検討を目的として1及び1’の両異性体の合成を行った。 合成は2を出発原料とし、アルキル化で3へと変換した後4への酸化、及び環化反応を経て7工程で1’を合成した。また1’の異性化により1も合成した。これらの紫外、可視スペクトル、COLOC相関スペクトルの比較および1’のX線結晶構造解析によりrhinacanthoneはo-キノン型構造の1’であることが確定した。 第二章ではRhinacanthus nasutusより単離されたテルペン側鎖を有するナフトキノンの合成研究について述べている。 RN-B(6,仮称)はRhinacanthus nasutus(Acanthaceae)から単離され、イネのイモチ病菌に対し抗菌活性を示す化合物である。本研究ではRN-Bの構造の確定、及び詳細な活性評価を行う為の標品の大量供給を目的として6の合成を行った。 モノテルペン側鎖の合成は7を出発原料とし、オゾン分解により得られる8の水酸基を除去して9へと導いた。これをWittig反応で増炭した後3工程で酸塩化物10へと変換した。最後に、rhinacanthoneを開環して5とし、側鎖上の水酸基を10を用いてアシル化することにより、でRN-B(6)に変換することに成功した。 第三章ではイネのファイトアレキシンであるoryzalexin Sの合成研究について述べている。 Oryzalexin S(11)はイネが生産するファイトアレキシンとして単離、構造決定されたステマラン骨格を有するジテルベンであるが、その絶対立体配置は決定されていない。そこで、両鏡像体を合成してその絶対立体配置を決定すると共に、ステマラン骨格の一般的合成法を確立することを目的として合成研究を行った。 Wieland-Miesher ketone 12を出発原料とし、アセタール保護及びアシル化で13とした後、3工程で2位に酸素官能基を導入して14を得た。ビースアセタール15に変換した後4位のメチル化反応で15をほぼ定量的に得た。最後にBirch還元により2位の水酸基を立体選択的に導入し、oryzalexin SのAB環に相当する中間体16の合成に成功した。 第四章ではシス-オクタリン骨格を有するアシルテトラミン酸系化合物MBP 049-13の合成研究について述べている。 小房子嚢菌Ophiobolus rubellus MCI-2552菌株から単離されたMBP 049-13(17)はコラーゲン生合成系の酵素の一つであるプロリン水酸化酵素の選択的阻害剤であるが、現在その絶対立体配置は決定されていない。そこで両鏡像体の合成による絶対立体配置の決定を目的として合成研究を行った。 まず4-ブロモ-1-ブテン18より12工程を経てアルデヒド19へと導き、Wittig反応でテトラエン20とした。鍵反応となる20の分子内Diels-Alder反応は、超高圧条件下(1.5GPa)で行うことでendo付加が優先的に起こり、目的の21が3:2の選択性にて高収率で得られた。21に対するセレノアニオンのSN2的置換反応で22とした後、4工程でシス-オクタリン部に相当する23とし、さらに3工程で24へと変換した。 以上、本論文では4種類の生物活性物質を取り上げ、それらの合成研究を行なっている。これは、有機合成化学の分野において、学術上貢献するところが多く、それと同時に、農学分野における実用面でもそれらの応用が期待される。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと判断した。 |